第30話 斉京学園に相応しい男

 前半終了時、ほとんどの選手が自信を無くしていた。

 自らの努力が通用しないと理解したもの、前回の試合がまぐれによるものだったんじゃないかと思い絶望するもの。タオルで頭を覆いながらベンチに座る者と。


 非常に、様々だ。


「前半お疲れさま。と言いたいところだけど……正直、水越にやられすぎだね」


 俺は敢えて傷口を抉る行為をする。


「サッカーってのはさ。君たちが思っている以上に会話が重要なんだよ。会話って言っても、あれね。俺が向かうからこいつ頼むっていうマークの受け渡しとか、パスを貰いに飛び出すときの流れ、とかだよ。そういうのがお前らには行う意思が一切感じられないんだよね」

「……わかってます。僕たちは点を取られてから、会話する時間もなくてただただ、一方的にやられてしまいました」

「ワシのせいじゃ……ワシが、奴を抑えられんかった……」


 ベンチに座りながら南沢がバチンと膝を鳴らす。

 相当悔しかったらしく、奴は涙を流していた。


「しょうがねぇさ。うちらみたいな一月のチームより、奴らみたいなチームの方が当然、攻撃も練度も高いのは頑張ってきた時間差があるからな」

「じゃあ……この試合は、諦めろってことですか?」


 菅原がボトルの蓋を弱弱しく締めながら俯く。


「だから……今回の試合。少し見本ってやつを見せてやる」

「見本……ってどういうことですか?」

「単純だよ。後半、俺が少しの間だけ試合に出るってことだ」


 その言葉を聞いた全員がどよめく。


「な、何を言ってるんですか!? 師匠!?」

「流石にそれはへんじゃないですか?」

「大丈夫だ。あちら側の了解は取ってある。むしろ、出てくれって言われてるぐらいだ。条件付きでな」

「条件……?」

「あぁ。七点差が付いたら出るって約束してた」


 俺の言葉を聞いた選手たちが怒りを見せる。

 自分たちがそこまで大差をつけられるわけがないと思っていたのだろう。


「私たちがそれだけやられるって思ったんですか?」

「あぁ思ってたよ。現に、今のお前らはボコボコじゃないか。サイド連携はちぐはぐで、攻撃は中央の無理攻めばかり。当然ロスも増えるし、相手も対応しやすい。女子と男子という面で見れば、体の強さは間違いなくあちらが上手だしな」


 二子石はフィジカルも戦術の練度も、全てが負けている。

 そんな状況をひっくり返すとしたら、集中状態による周りの声掛け。

 声を掛ければ、選手は自らの状況を判断できるし、体も思うように対応できる。

 が、他の選手が真面目に聞こうという意識がなければ意味がない。


「お前ら、今のままだと全国なんて夢のまた夢だ」

「全国……って、本気で言ってるんですか?」

「島石。お前は今回の試合をその程度に捉えていたのか」

「い、いや、そんなこと……」


 島石は言葉尻を弱めながら俯く。


「お前らは知らないかもしれないが、俺は最初から全国を目指すチームを作るって決めている。そのことは、桜木や相馬は重々承知している。だから奴らは、チーム全体を見るような動きを自分なりに行っているんだ。そういう意識を、試合中に持っていたか? 自分だけが活躍できればいいとか、失敗しなきゃいいとか、自分勝手な風に物事を見ていなかったか?」


 俺の言葉を聞いた南沢や三好姉妹が顔を濁す。


「いいか? これは練習試合だ。負けても確かに問題ないかもしれない。けど、今のままじゃその後の試合も勝てなくなる。それをちゃんと理解してくれ」


 俺はそんなことを言いながら、ユニフォームと同じ色のジャージを着る。


「あの、豆芝さん。何をしているんですか?」

「決まってるだろ。後半、俺が出るんだよ」

「は、はぁ!? 誰と変えるんですか!?」

「決まってるだろ。桜木、お前だよ」

「えぇ!? し、師匠! 私、まだまだやれますよ!」


 桜木がぷんすかと言いたげな顔で怒るが、俺は宣言を変える気はない。だからこそ俺は、奴の両肩をつかみながら面と向かってこういう。


「桜木。お前は良い選手だ。視線を活かした躱し方も、俺が指導したシュートも自分なりの技術として昇華させて扱えるようにしている。俺から見ても、すげぇ奴だよ」

「え、えへへっ……ふへっ……それほどでもぉ~~」


 桜木は頬を赤らめながら嬉しそうに笑う。


「だからこそ、お前は一旦ベンチに下がってもらう」

「……師匠。褒めてくれるのは嬉しいけど、やっぱり理由がわかりません。なんで、私なんですか?」

「それは、後半戦を見ていればわかるよ」


 俺は桜木に短い言葉を返す。

 彼女は意味の分からないと言いたげな顔でベンチに座った。


「……すまん、桜木。一応それをくれ」

「……わかりましたよっ。その代わり、いいプレーを見せてくださいね」

「あぁ。見せてやるよ」


 俺は桜木からキャプテンマークを貰い、グラウンドへ向かうのだった。



 俺は数人に自ら指示を出してから、センターサークル前に立つ。


(この、試合独特の緊張感。胸が高ぶるな)


 復讐を誓って半年間、試合には出ていない。

 久しぶりにできる喜びと、勝つという緊張感が俺の心を躍らせた。


「みんな! 一点、返していこう!!」

「おぅっ!」

 

 俺の言葉を聞いたメンバーが声を出す。

 奴らの表情は芯が通ったものに変化していた。


 先ほどの喝がきいたようでよかったと思いつつ、俺は試合開始と共に相手のボールを追う。俺の中で、FWのプレスは二種類あると考えている。


 ボールを奪うために体を当てに行くプレス。

 敵選手のパスコースを切り、攻撃を遅延させるプレス。


 今回の場合であれば、後者が有効だ。


 俺はCMの縦を素早く切りながら相手の前に止まる。

 ボールを転がしながら俺をはがそうとするが、あまり上手くはないようだ。


 俺は須王のように手を用いながら奴からボールを刈り取る方針に変更した。

 ファウルを取られる可能性もあるが、あえて強引に行く。


「あんた、コーチじゃないのかよっ……面倒くせぇなぁ!」


 男は利き足ではないほうで左のミッドフィルダーへパスを出す。

 あまり威力のないボールが人工芝を転々と転がる中、一人の少女が奪い取る。


 引っ込み思案の少女、志保だ。


「コーチさんっ……!」


 志保はフリーになった俺へパスを出す。

 全国レベルにもなさそうな、中ぐらいの背丈を持つCB二人。

 俺としては、これぐらい対処のしようもない。


「なっ……!」

「はやっ――!」


 俺は桜木直伝の視線誘導を混ぜながらパスを警戒させることで、相手の守備を完全に無力化した。守備をぶち抜けば、GKと一対一。後は俺の独断場だ。


「決めるぜ」


 俺は一言呟いてから、ボールを柔らかく蹴った。ふんわりと浮いたボールはGKの腕とももの間を抜け、ゴールに吸い込まれていった。


 後半およそ二分。

 そんな短時間で、俺は点差を二点に縮めて見せた。


(まぁ、こんぐらいか。ロングを狙ってもよかったが……こっちのほうがいいだろ)


 俺はボールを回収してから、高らかに右手を上げる。


「お前ら! さらに点を奪うぞぉ!!」



 サッカーというのはチームスポーツである。

 一人一人がチームの役割を果たし、結果として還元する。


 それにより、試合に勝つことが初めて出来るようになる。

 そして、勝利するチームは絶対に行えていることがある。


 それは――選手同士の、コーチングである。


 声が出ることで、選手たちは行動を整えやすくなる。

 オフサイドトラップも、ポストプレーも、全て選手同時で意思疎通が出来ていなければ意味を成さないゴミになる。


「志保! ボランチのポジションに入って、相馬と共に守備陣を形成しろ! 長島は少し高めにラインを張って、オフサイドラインを上げられるようにするんだ!」

「は、はいっ……!」

「了解した!」


 豆芝は、過剰と思えるほどの指示を前線から出していた。


 コーチとして身についた、多角的に状況を確認する視野。

 そして、斉京ビルダーズFCで活動していた時よりも軽い強度。


 これによって、高い支持を出せるようになっていたのだ。


 それでいて、自分自身は相手が嫌がるようなオフサイドギリギリを取り続ける。

 当然、彼がいれば自分たちのゴールが脅かされるため、ラインは豆芝基準になる。


「南沢、お前はもっとがつがつ行け! ファール覚悟ぐらいのほうが、お前らしくできんだろ!」

「……! がっはっはっ! そうじゃのぅ!!」


 南沢は大声を出して笑いながら水越にタックルした。

 単純な力負けをした水越はバランスを崩し地面に転倒する。


「くそっ……なんだよ、こいつっ!?」

「がっはっはっ! ワシゃ負けんぞ、がきんちょ!」


 エース水越に対し、南沢が激しく体をぶつけてボールを奪い取る。


「南沢ちゃん、こっちにちょうだい!」

「おぅ、志満さん!」


 パスを貰った志満は相手FWのプレスをターンで躱す。


「相馬ちゃん!」


 鋭いインサイドパスを貰った相馬は右足でトラップし、前を向く。

 豆芝にはCBが一人マンマークについている。

 下手にパスを出すのは難しいかと思い、一瞬だけ躊躇する。


「相馬ぁ! よこせぇ!!」


 だが、当の本人は自分のパスを要求していた。

 誰よりも練習を真剣に見てくれた男の声は、このグラウンドにいるどんな人間よりも彼女を信頼させた。


「豆芝さんっ!!」


 彼女の鋭いグラウンダーパスが豆芝に送られる。CBはターンさせまいと肩を掴む勢いで力をこめるが、彼は倒れない。あまりに強靭な肉体を持つ豆芝に驚く中、CBは予想外の状況に陥る。視界にあったはずのボールが、突如として消えたのだ。


 しかも、豆芝も姿を消していた。


「こっちだよ、アホゥ」


 声が聞こえる。直後、CBは今の状況を理解する。

 豆芝はパスが送られてきたボールを自らの右足甲で柔らかく浮かせたのだ。これにより、頭上をきれいに通り越したボールは視点が豆芝しか入っていなかったCBに錯覚を与えたのである。


 CBはファウル覚悟で腕を伸ばして止めようとする。

 トラップすれば絶対に止まると彼は考えていたのだろう。


「トラップなんて甘えだよ、馬鹿が」


 豆芝はそう言いながら、浮き球を右足ボレーで放つ。縦回転のかかったボールは、鋭い弧を描きながらゴールネットへ吸い込まれていった。


「っしゃおらぁ!」


 豆芝は高らかに右こぶしを突き上げながら、雄叫びを上げるのだった。

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