第29話 一方的な前半戦

 豆芝が先取点を取られるまでに目にしたのは、冨士和FCの4-2-4による巧みな守備戦術だった。

 試合開始早々、ボランチの相馬へパスが渡ると同時に、トップの一枚がプレスをかけた。


 それは、ボールを奪うのではなくトップ下へ供給するパスラインを潰すものだ。

 前線にパスが遅れないことを理解した相馬は一度志満へパスを渡す。


 志満は首を振りながら周りを見ていたが、司令塔の役割をいつも果たしている相馬へのパスコースをFWが切っており、パスが出せないという状況だった。


 ボランチへパスが出せないことを理解した志満は正確なインサイドパスで左サイドバックに入った南沢へパスを供給する。その直後、一陣の黒い風がボールを奪う。


 冨士和FCエースの水越だった。水越によってボールを奪取されたチームは一瞬で攻守が切り替わる。絶体絶命の状況で南沢たちが必死に守備へ向かうが、彼はワープしたような速さでするりと躱す。


 あっという間にGKと一対一の状況に持ち込んだ彼は、右足を素早く振りぬく。


「ふんぬぅっ!!」


 そんな彼に対し、補修組の栗林が体を張ってボールをはじく。はじかれたシュートはラインを割り、コーナーキックとなった。


「おっしぃ~~決まったと思ったのになぁ~~」


 水越が残念そうに頭を抱える中、ショートコーナーを貰いに近づいていく。


「志満さん、ワシが止めに行った方がいいですか?」

「いや、下手に向かうと中が開いちゃう可能性があるから……内側にいてくれると、ありがたいかなぁ~~」

「分かりました。そうします」


 志満の指示によってマークが取り付けられる。

 守備五枚、攻撃三枚と数的優位をペナルティエリアには作り出せている。


「ふぅん……ちゃんと声出せるんだ、あの人。じゃまずは……あの人を倒そうか」


 水越は右手を上げてキッカーからパスを貰う。

 それと同時に、エリア内へドリブルを開始した。


「いかせないよぉ~~?」


 誰よりも素早い速度で志満が守備に向かう。百六十中盤の水越からすれば、百八十という長身を持つ志満はあまり対戦したくない相手である。


 だが、彼は果敢に向かっていった。シザースを用いながら相手の重心突こうと体を動かす。それに対し、志満は落ち着いた様子で体の力が抜けている。


「うまいねぇ~~きみぃ」

「喋っている暇なんか、ないですよっと!」


 水越は右足裏でボールを引いてから、少し浮かせる。

 そのままの流れで、勢いよく右足をこすり上げた。


 志満の想定に入っていなかったパスは彼女の頭部左横を通過し右側へ回転する。

 鋭く回転のかかったボールは勢いよくペナルティエリアに入っていた選手たちの下へと向かっていった。


「いかせるかっ!」


 長島が声を出しながらFWと競る。

 が、彼女の頭上を無情にもボールは通過していった。


「ドンピシャナイスパス」


 誰も触っていないボールの先には、フリーになっているLWの選手がいた。

 フリーになっている選手が右足でボールを一閃すると、インパクトしたボールがゴール左上へ突き刺さった。


 僅か前半三分で、志満率いる守備陣の牙城が崩されたのだった。たった一人、水越によって翻弄された守備陣が少しばかり沈黙する。


「みんな、まだ一点奪われただけだよ! 切り替えていこう~~!」


 両手をたたきながら志満先輩が声を張り上げる。呼応するように、出場していた選手たちは皆顔を上げて真剣さを顔に表す。


「よし、まずは一点! とっていきましょう!」


 桜木の発声後、メンバーが「おぅ!」と声を張り上げる。試合再開の笛とともに、桜木は後ろに下げてからトップとのラインにかからないようにボールを貰う。


「よしっ、仕掛け……!?」


 前を向いた直後、彼女のドリブルコースに二人の選手が立ちふさがる。CMの一人が横に走る志保のパスコースを切りつつ、もう一人が彼女に体を寄せてきた。


「いかせないっすよ、キャプテンの誇りに懸けて」

「くそっ、うざいわねっ……!」


 桜木は前を向こうとするが、毎度毎度前に相手のCMが立ちふさがる。

 抜こうとしても、中々重心が崩れない。

 体格的にスピード勝負も有効ではないだろう。


「桜木、よこせっ!」


 桜木が困っていると横から上がってきた南沢がいた。桜木はそれに気が付くと同時に竜馬の方へ視線を向ける。

 パスかと思った相手のCMが一瞬だけ守備の意識を外した直後、桜木はターンで抜き去った。


「なっ――!?」


 CMがあっけない声を出す中、桜木がスピードに乗る。

 守備四人に対し、攻撃六枚。非常に優勢な状況になった。


 重戦車のような体を持つ南沢が前線に突っ込む中、桜木は離れる様に右側へドリブルする。それと同時に、彼女はペナルティエリアの外から鋭いシュートを放った。


 インステップキックで放たれたグラウンダーのシュートがゴールを強襲する。GKはそのシュートを片手でかろうじてかきだした。


「あ――くそぉ! 師匠から教えてもらったシュート、あんまり体重載せられなかったっ! でも……良い感触はあったぞッ!」


 桜木は自らの膝を叩きながらシュートの質に言及する。

 豆芝に放課後練習で伝授してもらったシュートは前重心をかけることで軸足に負荷をかけつつ、体重を前側に寄せるといったものだ。

 体重がシュートに乗せやすくなり、勢いを出せるという中々な手法である。


 だが、彼女はまだ体重を乗せるというやり方が実現できていないようだった。


「コーナーキック、一本取っていこう!」

「おぅっ!」


 桜木指示の下、四枚の選手がペナルティエリアに侵入する。それを確認した後、キック力に定評のある長島が手を挙げてセンタリングを上げる。


 が、そのボールはきれいにGKがキャッチされてしまった。

 GKはそのままの勢いで水越にパスを出した。

 オーバーラップしていた南沢によって、サイドががら空きになる。


「ラッキー♪」


 水越は右足で前方にボールを転がした後、目にもとまらぬ速さでサイドを抉る。

 その速さは豆芝から見ても早いと言わしめるほどの速さだった。

 あっという間にペナルティエリアへ侵入した彼は右足で回転を勝てたシュートを放つ。シュートは人工芝を転々と跳ねながらゴールに吸い込まれていった。


 前半十分で二点先取されたチームに暗雲が立ち込める。


「強いな……相手チーム……」

「やっぱり、前回の試合が偶然だったんじゃ……」


 ベンチからも弱音が漏れ出す中、豆芝が立ち上がる。


「皆、顔を上げろ! チーム内で声掛けをちゃんとするんだ!」


 豆芝の声に対し、桜木や相馬、他数名が反応を見せる。だが、何人かは声を出す事すら行わなくなっていた。格上との対戦が、かなりプレッシャーなようだった。


「くそっ……良いチーム作りやがるな……」


 どっしりと構える巻島を見つつ、豆芝はベンチに座り局面を考える。

 俯瞰的に試合状況を上から眺める様に思考しながら、誰を変えるべきか考える。


 その間にも、冨士和FCは攻撃をさらに研ぎ澄ましていた。右サイドは水越に完全破壊されており、段々とチーム全体が左寄りになっている。それに水越が気が付けば今度はサイドチェンジを行いフリーになった選手を活用してくる。


 嫌らしいプレイをしてくる水越に対し対処方法が生み出せないまま前半ロスタイム。ばてているところにとどめと言わんばかりの三点目が突き刺さる。


 前半にして、0-3。

 圧倒的大差をつけられた状態で前半を終えることになった。

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