第28話 先取点を制したのは……

 同年代女子二人と成人女性一人を躱していた俺は体力をごっそりと持っていかれた状態で駅に到着した。

 俺が最後だったらしく、南沢が苛立っている。


「遅かったのぅ。ワシらを待たせるとはよい度胸しとるやないか」

「すまねぇな、お花摘みの時間が遅れたんだよ」

「お花摘み……? この地域の山に花でも取りに行ったんか?」

「私たちもお花見に行きたいです! どこですか!? どこですかっ!?」


 顎をなぞりながら首をかしげる南沢と同時に、補修組の菅原が小さい体をふんだんに使ってぴょこぴょこと跳ねる。


「どアホ。そんな訳ねぇだろ、トイレって意味だよ」

「そ、そうなのか?」

「そうなんですかっ!?」


 元ヤンキーの長島が答えを教えると、二人は目を丸くしながら顔を向ける。

 二人とも身体能力に極ぶりでもして知力をどこかの場所に捨ててきたんじゃないだろうか。


「……なぁ、コーチ。こいつらの頭しばいたら治ると思うか?」


 長島が指さしながら俺に問いかけてくる。


「下手にケガされるとまずいからやめてくれ。二人とも、チームで重要なメンバーなんだから」

「へへっ」

「それほどでもぉ~~?? うへへっ!」


 南沢は当然と言いたげに腕を組み、菅原が両手を組み合わせながら腰付近に持ってきて上半身を嬉しそうに揺らしている。

 菅原は小動物みたいな感じで、見てて和むなって思う。


 小動物のモルモットとかを買うときの気分ってこんな感じなのかなと横道にそれた想像をしつつ、俺は両手をたたいた。


「それじゃあ、全員揃ったので出発します」


 俺は部員をぞろぞろと引き連れながら駅を後にした。

 信号などの基本的なルールを守りながら歩いていると、目的地へ到着する。

 白色のペンキで塗られた壁が特徴的な二子石市管轄の体育館だ。

 

 グラウンドと併設しており、ここで着替えなどの用意を済ませられる。

 俺がそんなことを思いながら中に入ろうとしていると、一人の少年が自動ドアから出てきた。昨日俺を煽ってきた水越だ。


 冨士和と書かれた赤と黒のストライプユニフォーム、白のパンツ、黒のソックスをはいた奴はにこやかに微笑みながら姿勢を正して頭を下げる。


「おはようございます、二子石高校の皆さん。本日は、よろしくお願いします!」

 

 言葉と同時に軽やかな足取りで去っていく水越に対し、部員数名が称賛する。


「ああいう奴、いいよなぁ。仁義礼智を弁えているやつは、裏切らないからな」

「仁義礼智は重要じゃよなぁ。ワシらみたいな血みどろのやり取りをする奴らの場合だと、裏切り者は粛清せんと行かんからな!」

「えっ、抗争……?」

「あ、あぁ。気にしないでください。こいつヤクザ系の作品が好きなだけなんで」

「あ、あぁ……そうなの」


 黒田先生の反応に気が付いた長島が適当な言いくるめで場を収めたらしい。

 正直長島の過去が無茶苦茶気になるが、今はそんなことに言及しないほうがいいだろう。


(一旦体育館に入ってこれからの流れを伝えることが先決だな)


 俺はそう思いながら館内に入る。冷えたエアコンの風が俺たちを出迎えてくれた。体育館の中では大会が行われているらしく、場内から盛り上がる声とシューズのキュキュットいう音が聞こえてきていた。


「よし。それじゃあ今日の流れを話します。現在八時なので、九時までにグラウンドへ集合してください。九時半までアップした後、メンバーを伝えます。今日は昨日よりも気温が高いので、ちゃんと給水を行ってください。それじゃ、桜木と相馬、先生以外は解散」


 俺が手を叩くと、部員たちは女子更衣室へ向かってぞろぞろと歩き始めた。

 俺は部員が持ってきたサッカーボール入れとキットを一つずつ背負い、会場の外に出る。河川敷のグラウンドへ向かうための階段を降りると、既に冨士和FCは練習を開始していた。ガタイの良い選手たちが多く、うちのチームよりも練度が高いように見える。


 そんなことを感じていると、一人の人物が近づいてくる。

 先日やり取りを交わした冨士和FC監督の巻島まきしまだ。


 整ったあごひげとスポーツ刈りの頭を持つ巻島は、現在もIT企業サッカークラブの選手として活動しているらしい。監督しての仕事はあくまで副業とのことだが、実力に関しては申し分がないほどに高い。


「やぁ、豆芝君。初めて会うね」

「初めまして、巻島さん。本日はよろしくお願いします」

「互いに実りある試合になるよう、よろしく頼むよ」


 俺は巻島と互いに握手を交わしてから軽くやり取りを交わす。

 その結果、今回はあちらのチームから副審と主審を務めてくれる選手を出してもらうことにした。今日来ているだけでも二十五人そろっているため、三人ほど駆り出されても痛みはないだろう。


(こっちは控え層が少ないからな。駆り出されると詰みかねんからな)


 ライセンスを中学時代に取得していそうなのは桜木や相馬、志満先輩だが、主力としてチームでフル稼働してもらう必要がある選手ばかりだ。彼女たちがいなくなった場合を避けるのは絶対に必要なのである。


 そんな風に考えていると、巻島が腕を組みながら質問してくる。


「今日の試合時間はどうするんだい?」

「そうですね……45分ハーフでお願いしてもいいですか?」

「無茶苦茶長いね。高校女子サッカー選手権だと40分ハーフの覚えがあるけど、それでもいいのかい?」

「はい。長い試合時間をメンバーに経験させてみたいので」

「なるほど。それなら納得だよ」


 巻島は腕を組みながら嬉しそうに微笑む。


「それじゃ、俺はこれで」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 俺が戻ろうとすると、巻島が引き留めてきた。

 何事だと思いながら顔を近づけると、このように耳打ちしてくる。


「今日の試合……もしチームが負けそうだったら、君が出てくれないかな?」

「……は? 何を言ってるんですか? 俺はコーチですよ?」

「頼むよ。超高校レベルの君がどのぐらいやれるか、メンバーに教えてやりたいんだ。このぐらいのレベルがないと、全国制覇なんてできないって示したいからね」


 予想外の条件だ。どこに斉京の監視がついているか分かったものではない以上、プレイはあまり見せようとは思わないが、無理して引き受けてもらったのはこちらだ。


「何点差で出場すればいいんですか?」

「七点差だね」

「……そんなに取られると思うんですか?」

「あぁ、思うね。水越から話を聞いた感じだと、君たちの全体レベルは良くて地区ベスト4に入れるか入れないかぐらいだろう」

「意外と、高く見ているんですね」

「サッカーってのは戦術以上に個の力が求められるからね。個々の選手が高い実力を持っていれば、そのぐらいは行けるだろうさ」


 随分高く買われているんだなと思った。確かに、桜木や相馬辺りは全国でも通用するほどの実力を持っている。今の桜木が個で崩そうと思えば、得点を量産することだって可能だろう。


 そんな風に分析していると、巻島が俺の下を離れる。


「ま、今回は君たちが挑戦者だからさ。負けないように頑張ってよ」


 彼はそう言いながら、右手を振って去っていったのだった。



 時間はあっという間に流れ、試合開始前。俺はポジションを発表していた。


二子石のフォーメーション:4-1-4-1

センターフォワード:11番(桜木)(キャプテン)

トップ下:7番(三好 竜馬)8番(三好 志保)

右サイドハーフ:14番(水木)

左サイドハーフ:25番(菅原)

ボランチ:5番(相馬)

センターバック:13番(武田)、31番(志満)

サイドバック:20番(長島), 32番(南沢)

ゴールキーパー:12番(栗林)


控え:

島石(SB)

森川(SB)

田中(CB)

月桃 (CM)

半田(オールラウンダー(GK以外))


 昨日から左サイドバックに配置する選手を考えた結果、俺が出したのは南沢の起用だった。南沢は足が無茶苦茶速いというわけではないが、サイドバックとして重要な体力と恵まれた体格による力が非常に強い。


 少々ラフなところがありカードが出る可能性もあるが、水越を止めるには最適な人選だと俺は感じていた。


「やったね、南沢ちゃん!」

「やったじゃねぇか。同じサイドバックとして頑張ろうぜ!」

「ありがとのぅ、長島、菅原! ワシ、頑張るわい!」


 喜びを爆発させている中、控えになった島石は少し暗い顔をしている。

 どんな選手であれ、試合に出られないのは中々心に来るものだ。

 それを理解したうえで――俺は島石に近づく。


「島石」

「は、はいっっ。なんでしょうか、コーチ……!?」


 島石は怯えた様子で俺に返事を返す。

 奴に対してどのような言葉を伝えるべきだろう。

 そんなことを考えていると、南沢が声を出す。


「島石っ! ワシ、頑張ってくるからの。応援、頼むぞぃ!」

「は、はいっ! それで……なんでしょうか、コーチ?」


 南沢によって自らが伝えようとしていた言葉を言われた俺は少し悩んでから、このように伝えることにした。


「自分で考えて、強くなることを考えろよ」

「……それって、どういうことですか?」

「それは、自分で考えてみろ」

「は、はいっ……わかり、ましたっ!」


 俺がそのように声をかけていると、試合開始を告げる笛が鳴り響いた。

 正直、前半はゼロ対ゼロで折り返すと思っていた。


 最低限、守備陣は機能すると、俺自身考えていた。


 だが――現実は非情だった。


 俺たち二子石イレブンは――前半三分にして、先取点を許したのだ。

 

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