第7話 サッカー部に来なくなった先輩

「PTAから呼び出されたみたいだが……お前ら何かやらかしたのか?」

「いや、何もやらかしてないはず……そうだよね、相馬?」

「僕より頭の良い桜木が言ってるんだから、間違えてないはずだよ」


 グラウンドでやり取りを交わしながら、俺は情報収集する。

 よくよく考えたら、一年生の入学した直後なんだからやらかすもくそもない。


(てか、待てよ? 入学直後なのに、なんでキャプテンになってるんだ?)


 俺は当然のことを今気が付いた。普通に考えれば、入学直後は先輩が管理しているはずだ。それなのに、今のサッカー部は一年生主体で回っている。


 明らかに異常だ。


「おい、桜木。前にキャプテンやっていたやつはどこに行ったんだ?」


 俺の問いかけに対し、桜木は顔を下に向ける。

 何か言いにくいことでもあるのかと思っていると、


「……僕から、校舎を歩きつつ説明させていただきます」


 と返事が返ってくる。


 事情を聞けるならどんな状況でもよいと考えた俺は、


「分かった。じゃあPTA室に向かいながら聞くわ」と返事する。


「え、PTA室くるんですか!?」

「入館証つけてるし別にいいだろ? ポケットに入れていたから汗でぐちゃぐちゃだけど、使えないというわけではないだろうしな」


 返事を聞いた桜木は「そうかもしれないですけど……」と不安げな表情を見せる。


 俺は桜木の顔を見つめながら、


「俺はお前らの盾になるってさっき言ったろ? 理不尽なことを言われても、俺が盾になって守ってやるから。どんどん要求してくれよ」

「……わかりました。さっき負けてしまいましたし、豆芝さんに従いますよ」

「桜木の考えに同意します。負けたのに従わないのは理に叶ってないですから」


 二人とも賛同してくれたようだ。

 俺はほっとしつつ、PTA室へ向かうべく校舎に入る。


 靴箱に砂まみれのトレシューをしまいスリッパに履き替えていると、桜木が先ほどの質問に回答してくれた。


「以前、このサッカー部は涼風すずかぜひより先輩がキャプテンを務めていました。ひより先輩は私たちの一つ上で、とても優しいお淑やかな方でした」

「へぇ、そうなんだ。詳しく知ってるってことは、中学同じとか?」


 俺の質問に対し、桜木は笑みを浮かべながら相槌を打つ。


「えぇ、そうです。同じサッカークラブで主将を務めてたひより先輩は、サッカーの楽しさを私たちに教えてくれたんです。そして――先輩誰よりも負けず嫌いでした」


 閑散とした廊下を歩きながら、桜木は続ける。


「私たちは、ひより先輩の後を追うようにこの学校に入学しました。けど……ひより先輩は私たちが入学を決めたときには既にサッカー部を辞めていました」

「それは、なんで?」


「先輩が教えてくれなかったので真実はわからないですけど可能性があるんじゃないかって思うことがあります。先輩が学校に来なくなったときと同時期に、一人の教員が懲戒免職ちょうかいめんしょくになったらしいです。その人が確か入学する前のサッカー部顧問だって聞いています」


(……なんだか、最悪な可能性を考えてしまう話だな)


 懲戒免職なんてそうそう食らうことはない。

 くらうには、それなりに重罪を犯しているはずだ。


 例えば……いや、考えるのはやめよう。


 俺は首を左右に小さく振ってから、桜木に問いかける。


「桜木、練習を増やす場合はいつならあいてる?」

「前に先輩が組んでいた日程だと、火曜日と金曜日ですね。それ以外は、申請出してグラウンドを少し使うみたいな感じだったらしいです」

「なるほどねぇ……じゃあ月、火、金の三日にするか」


 それを聞いた相馬が目を見開く。


「そ、そんなに増やして大丈夫なんですか!? 結構緩い部活だって聞いて、入部してきているメンバーいるのに……」


「そんな奴らは切っても良いだろ。俺が必至子いてスカウトすればいいだけだしな。それに……こういっちゃなんだが、奴らがしがみつく理由はあるんだろう?」


 俺は桜木の顔を見て質問する。

 桜木は「察しがいいですね」と言いながらこくりとうなずく。


「私、こう見えて学年上位なんです。サッカー部に所属していれば、私から勉強方法を学べるかもしれない。そういう考えで入っている子たちは、抜けないでしょうね」

「ただ、在籍だけして来ないのは部活の空気に支障が出る。生活に困窮しているからバイトしている感じなら、連絡して休んでもらうようにするか」


 部活動を変革するべく考えを巡らせていると、桜木が話を変えてくる。

 

「豆芝さんはどこを目指すんですか?」


 当然の質問だった。


 組織として強くなるには、何かしらの目標設定が必要だ。

 弱小校が強くなるには、年月がかかる。


 けれど俺には猶予がない。


 だからこそ――ここは嘘だとしても目標を言う必要がある。


「決まっているだろ、全日本高等学校女子サッカー選手権大会でトップを取るぞ」

「ぜ、全日本!? 本気で言ってるんですか!?」

「俺はいつも本気だ。それに――お前ら二人は既に、全国レベルはあるだろ」


 俺は桜木と相馬を見つめながらそんな言葉をかける。


「待ってください! 僕のプレイを見ていないのに、なんでそう言えるんですか!?」

「自ら考えて動く力が養われているのは、審判しに向かったお前を見て分かったからだ。それに、お前は体力自信あるタイプだろ。例えば……シャトルランは?」


「七十回です。男子には遠く及びませんが……それが何か?」

「教えてくれてありがとう。女子サッカーで活躍するという面で見れば、体力が十分足りているな。因みにだが、俺はお前のポジションをコンバートする予定だ」


「えっ!? 変えるんですか!? どこにする予定なんです!?」

「左ウィングバックだ。足元が上手くて体力があるなら、最適だろ?」


 俺の返答に対し話を聞いていた桜木が横やりを入れてくる。


「でも、相馬アホですよ? こういっちゃなんですけど……」

「え、さ、桜木!? 恥ずかしいこと言わないでよ!?」

「恥ずかしいもなにも事実だからしょうがないでしょ」


(……それは致命的だな)


 俺はそう思いながら桜木の告発を聞く。


 桜木いわく相馬は学年三桁しかとったことがなく、桜木が教えてもすぐに忘れるらしい。好きなことであるサッカーは一週間で覚えられるらしいが遅いほうだ。


(見た目は知的なのに、アホ系だとは……)


 俺は残念ボーイッシュ少女、相馬をそんな風に評しつつ、


「まぁ、ゆっくりと鍛えていけば問題ないだろう。それより、PTA室についたな」

「私が先頭で開けるので、最後に入ってきてください」

「合点招致」


 俺は軽く言葉を返してからPTA室に入る。

 高そうな茶器が並んでいる部屋に、顧問と思われる女性と女性校長、昭和ドラマで見るような着物を羽織った女性がいる。


「私、PTA会長の日高ひだかと申しますわ。入学早々で申し訳ないけどお伝えすべきことがあるので呼び出しましたわ」


 日高と名乗る女性は茶色の丸眼鏡を少し直してから、俺たちにこう言ってきた。


「本日をもって――女子サッカー部への助成金を打ち切りたいと考えておりますわ」

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