第6話 勝負の行方、そしてPTA
奴が全力を出す宣言をして一分ほど経過した。
俺は未だにボールを奪えていない。奴の練度が向上したからだ。
(体の柔らかさを活かしたボールタッチ、視線移動によるフェイント技術、そして強者に立ち向かう闘争心。素晴らしいというほかないな)
俺がそんなことを思っている間にも、桜木はまた視線を向けてきた。顔がつられれば、逆側に足を動かし俺を軸にしたルーレットを仕掛けてきた。
(くそっ! 仕掛けてきやがった! だが……間に合う!)
俺は桜木に対しスライディングを仕掛けてボールをクリアした。
桜木は俺の足を軽やかに飛び跳ね転倒を避ける。
「なかなかやりますね……」
「そっちこそ、やるじゃないか……!」
嬉しそうに笑う桜木に俺は歯を見せて同じ反応を返す。
桜木の攻撃センスは、俺が今まで手にしたことのない次元を見せてくれた。
足元のシュート技術では将来的に、歯止めが来る。それを解消するには小手先の足元だけでなく、上半身を使ったボディプレーも重要だ。
そんなことを彼女から俺は教えてもらっていた。
「感謝するぞ、桜木」
「何がですか?」
「お前と出会ったことで、俺はさらなる高みに迎える可能性が出来た。指導者の道を選んだことを――俺は、間違っていなかったと胸を張って言おう」
俺は桜木に対しプレスを仕掛けた。
桜木は先ほどと同じような背負うキープで対応してくる。
膠着状態が続く中――俺はさらに集中力を研ぎ澄ます。
(チャンスは一回。失敗できない罠を張る)
そう考えた俺は、一瞬だけ右側に重心をずらす。膝が右にぶれたと奴が思えば、逆を突いてくる。そのように考えたからだ。
「狙いは良かったが……それは俺の狙い通りだ」
俺は桜木とボールの間に体を素早く入れた後、ルーレットを用いて躱した。完全にフリーになる中、俺は鋭いドリブルを仕掛ける。
(攻めに神経を使ったこと、そして守備への切り替え速度。それが敗因だよ)
俺はそう思いながら、マーカーの間をドリブルでぶち抜いた。
「しょ、勝者! 豆芝さん!」
相馬が右手を上げながら勝者の名前を叫ぶと同時に、戦いが終わる。
「キャプテン……」
「桜木さん……」
桜木は地面に体育座りしながら一切動こうとしなかった。
負けて悔しいのかもしれないが……そんなことはお構いなしだ。
俺は桜木の下へ近寄りながら、
「勝者は敗者に対して何でも命令できるんだよな?」
と煽るようなことを言う。
(さて、どう出るかな……)
俺がそう思いつつ桜木の肩を触ろうとする。
直後、俺の右手を一人の少女が振り払った。
「何のつもりだ、相馬? 仲間意識から情でもわいたか?」
「情とかじゃありません……仲間にひどいことをするなら、私が身代わりになろうと思っただけです」
(おいおいひどい言い草だな。どんだけ変態に思われているんだよ)
俺はそんなことを思ったが、よくよく考えたら桜木をたきつけるために炎上するレベルのことを口にした。それは勘違いされてもおかしくないだろう。
「勘違いしているようだが、俺は変な命令しねぇよ。ただな、桜木。俺が変な気を起こしてたら、大変なことになってたのは事実だぞ?」
眉をしかめる相馬に対し、俺はドスの効いた声で伝える。
「何か手にするときは、他人から何かを奪わきゃならねぇ。情弱だからわからない、俺は不幸だから勝てるわけがない。そんなこと勝者側は知ったこっちゃねぇ。昔から敗者側に立ったら奪われるだけなんだよ」
俺は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
俺は敗者だ。
将棋みたいに深く状況を読まなかったせいで、行動を誤ったのだ。
それが原因で、俺は高校サッカー界から追放された。
プロになって父親の生活を楽にする夢も、彼女と良好な関係を保つことも、弱者の俺はできなかった。
そんな弱者だからこそ――
俺は、決してこいつらには奪われる立場になってほしくない。
「桜木。てめぇは強ぇ。俺が保証してやる」
俺の言葉を聞いた桜木が、こちらを向く。
桜木の端正な顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「けど、今は粗まみれだ。攻撃から守備への切り替えも高精度のパスを送る守備側へのプレスのかけ方も、前線を務める選手という立場から見ればゴミ同然だ。FWが攻めるだけの時代は、昔に終わってるんだよ」
俺は泣きべそをかいてる桜木に淡々と主観を述べる。
海外と日本の違い。それは世界的に名の通るFWが存在しないこと。
彼らみたいな恵まれた体躯を持つ選手は、理不尽なプレーが行えるのだから。
対し――桜木のような線の細いFWはどうだ?
欧州系のガタイが良い守備と戦えば、空中戦は勝率が低くなるし、ポストプレーも難しい。得点を創出するというのは、比較的難しくなるだろう。
これをひっくり返す方法は、一つしかない。
前線から、精度の良い守備をこなせるようにすることである。
「お前は、俺と同じように体が細い。男子と違い成長期が十四歳ごろと考えると背が伸びる可能性は高くないだろう。だとすればお前が上がるには一つしかない。
桜木――俺のサッカーを学べ」
俺は桜木の目線にしゃがみながら、そういってみせる。桜木と相馬は「えっ?」と互いにシンクロしている。性的行為を要求してくると思っていたのだろうか。
するわけがないだろう。俺は童貞だぞ。
「そして、俺のサッカーを学ぶには条件が一つある。桜木、キャプテン権限を使って、サッカー部の練習日時を増やせ。そうすれば、お前らを常勝軍団に導いてやる」
それを聞いた桜木や相馬以外の部員が悲観的なコメントを出していく。
(……思うに、この部活はゆる部なんだろう。そうじゃなきゃ、こいつらみたいなパッとしねぇサッカー部員がいるわけねぇからな)
「桜木、俺はお前の盾だ。降り注ぐ暴言は俺が全て受け止めてやる。だから――俺の手をつかめ!」
沈黙が少し流れた後――
「ふっ、ふふっ、はははっ!」
涙を袖で拭った桜木が立ち上がり、高笑いした。
「女子コーチの少年が来るって聞いたから変態かと思ってテストしたけど、逆に私がほだされてしまうなんて……思いませんでした」
桜木は頬を赤らめながらもじもじした後、俺に手を出してくる。
「豆芝さん。私と一緒に、サッカーで日本一を目指してくれますか?」
大言壮語な夢を口にする桜木に、「無理だよ」「馬鹿言わないでよ!」とモブ野郎の声が飛ぶ。そんな声は、俺にとっちゃ知ったことではねぇ。
「あぁ、はなからそのつもりで俺はこの学校に来たんだ。お前らを一年で強豪レベルの学校まで強くしてやるよ!」
「はいっ……! よろしくおねがいします!!!!」
俺は桜木の右手をがっしりと掴みながら、左手を高らかに掲げ宣言する。
桜木や相馬は、俺についてきてくれるってのが二人の目つきから見て取れた。
これから素晴らしいサッカー人生が幕を開ける――
そう思っていたのだが……
「
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