第5話 サッカーの天才、実力を見せる

 初日に勝負っていうのは、割とスポコンだとよくある展開らしい。

 昔読んだ漫画とかにも、そういうのは結構あった覚えがある。


(けど、まさか自分が当事者になるなんてなぁ)


「どうですか、豆芝さん。この勝負、受けてくれますか?」


 桜木は嬉しそうに質問する。

 声色は上手く偽装できているが……顔はちょっと曇っている。

 簡単に言うと、笑顔なのに眉間のしわがちょっとあるって感じだ。


(些細な感じかもしれないし癖かもしれないが……俺の予想が間違えていなければ、彼女には目的があると思う。それがあるとしたら……多分、俺を追い出すことか。俺がどんな奴が分かっていないんだろうな、可愛そうに)


 勝負事ってのは常に、提案の時点で駆け引きが始まる。

 スポーツ然り博打然り初期の提案で勝敗が決まっていることもあるのだ。


 俺に強みがあるとしたら、名門斉京グループ傘下のレギュラーであるということだ。桜木はまだ知らないからこそ、少し手を抜く可能性もある。


(けど、手を抜いた相手に勝つのは意味がない。ちょっと誘導するか)


 俺はそんなことを思いつつ、質問する。


「あぁ、いいぞ。ルールはどうするんだ?」

「それは僕の方から説明します」


 相馬と名乗るボーイッシュ少女が回答する。

 知的そうだし、彼女に聞いたほうがよさそうだろう。


「それじゃ、準備とか頼んだわ」

「わかりました!!」


 桜木は元気よく頷いてからマーカーを取り出しグラウンドの手前と奥に置く。

 状況から察するに、マーカーの間をドリブルでぶち抜いたら勝ちな感じだろう。


(一年生でキャプテンを任せられる選手、そうそういないからな。油断は禁物だ。)


 彼女に対し警戒心を強めつつ、俺は相馬に疑問を問いかける。


「今日って顧問の先生は練習見ていないのか?」

「入学式ですしね。忙しいんだと思いますよ」

「そうなのか」

「さてと、続きを話しますね」


 俺はストレッチをしながらルール説明の続きを聞く。


 まとめるとこんな感じだ。


勝利条件:

相手側にあるマーカーラインの間を一回でも通過したら勝利


その他の条件:

・ボールが外に出た場合、ラインを割った位置から触っていない人物のドリブルで再開する。

・相手陣地のマーカーラインから後ろを通り過ぎた場合、処理は二つとする。

  ――マーカーの間を通る場合:一番最後尾から相手ボールで再開する。

  ――マーカーの間を通らない場合:真ん中から相手ボールで再開する。

・ペナルティとなる行為は、基本のサッカールールに基づくものとする。

・ペナルティを犯したら、累積警告で退場とする。

・勝者は敗者に対し、何でも言うことを聞かせることが出来る。


(一つ頭がおかしくなりそうな抜け道があるが……折角だし利用しよう)


 俺はルールを聞きながら自分なりにシナリオを構築する。

 そうしているうちに、一通り体が温まった。


 俺は体をゆっくりと動かしながら、奥側のマーカーエリアに立つ。

 

 俺と桜木が見合っている中、相馬がグラウンドの真ん中へボールを置いた。


「それじゃ、僕の笛で試合を始めさせていただきます。2人とも、準備はよろしいですか?」

「あぁ、問題ないぞ」

「私も問題ないです!」

「両者、確認が取れました。それでは、笛を鳴らさせていただきます!」


 相馬が宣言すると同時に、大きな笛を吹く。

 俺と桜木は同時にスタートを切り、ボールを奪い取ろうとする。


(相手の方が早いな。筋トレの疲労が取り切れていないんだろうか?)


 俺は朝と昼に筋トレしていたことを少しばかり悔いた。

 だけど、悔いていられるほど暇はない。


 桜木にボールを取られたからだ。しかも彼女は、右足裏でボールをトラップしゆっくりとした足取りでドリブルを始める。


(こちらが仕掛ければ勝てる自信があるやり方だな)


 ボールではなく、俺の身体を見つめてくる桜木を見ながら俺はそう評した。

 サッカーは上手い選手であるほど球ではなく相手の身体を見る。


 利き足などの事前情報や、体の重心や目線を視覚から取り入れたうえで最適なプレイを選択してくるのである。


(結構厄介だな。一発で来てくれるならそれなりにやりやすいんだが……)


 そう考えていた時、桜木がダブルタッチで仕掛けてくる。砂によって加速するボールを小刻みにつま先で蹴りながら、彼女は加速に乗ろうとする魂胆だろう。


(けど、横から抜かれるのは想定内なんだぜ。これでもよ。)


 俺は体を反転させてから、彼女の左肩を右手で軽く押す。


「うわっ、とと!?」


 彼女はバランスを崩しながらボールから離れた。


(ボールタッチは上手いが、体幹はそこまで強くないのかな?)


 少し押しただけでボールを取られた彼女を見ながら、俺はそう評した。


 上手い海外の選手ほど、守備するときは足ではなく上半身を巧みに使う。それを学ぶには良い経験になったんじゃないだろうか。


(そう言ってやりたいけど、今は余裕ないな。)


 俺がボールを回収すると同時に、後ろから桜木がプレスを仕掛けてくる。力はそこまで強くないが、ちょこまかとボールに足を出してくるのはうざい。何より胸元に手を置いて距離を取る方式がとれないのがディスアドバンテージだ。


(背中で背負う形で守備しておけば負けることはないが、進むことはできない。持つだけの状況になると、消耗戦に持ち込まれるな)


 主観だが、攻撃側のほうが守備側より疲労蓄積が大きくなりやすい。

 守備は前の力、攻撃は後ろの力をこめるのだから、当然と言えば当然だ。


(けど、これは一対一の勝負。やりようはあるんだよね)


 俺は右足のヒールでボールを桜木の右足にぶつけた。ボールがラインを割ったことを確認すると同時に、俺はゲームをリスタートさせる。


 が、さすがはキャプテンというべきだろう。

 俺がドリブルを開始したときはすでにコースを切っていた。


「ぬかせませんよ……!」

「やるねぇ。そうやって切り替えできる選手、好きだよ」

「ありがとうございます……けど、同じ手は食らいませんよ? ラインぎりぎりに追い込まれてるのに、どうするんです?」


 桜木は俺の状況を見ながら勝ち誇った顔を見せる。


 実際、難しい局面だ。


 左のラインは非常に狭い。少しドリブルがずれれば、相手ボールになる。右側に膨らむ手もあるが、体を入れやすいためあまり向かない。


 どちらからしても、守備側が有利と言えるだろう。


「けどねぇ……舐めてもらっちゃ困るよ」


 俺はそういいながら、右足を振りぬく。

 ボールはグラウンドを這いながら左側に曲がり、マーカーの間を通過する。


「な、何してるんですか!?」

「さぁ? なにやってるんだろうねぇ?」


 目を丸くする桜木に対し、はっきりしない返事を返す。

 顔に困惑の感情が浮かぶが、直ぐに我を取り戻しボールに向かう。


「と、とにかく……私ボールですからね! これは攻撃側が有利なんですから、覚悟しててくださいよ!」


 桜木は先ほどと同様にドリブルを仕掛けてくる。

 ボディフェイントを加えながらかわそうとしてくるが、キレは良くない。


「そんなドリブルじゃ甘いよ」

「えっ――」


 俺は桜木とボールの間に体を割り込ませることで、攻撃を防ぐ。

 これでまた、俺のボールになった。

 桜木がぎっと睨みつけてくるが、知ったことではない。


 勝負の世界とは非常に理不尽なのが当たり前なのだから。


「さて、ドリブルで狙っちゃおうかなぁ」


 俺はそんな言葉を口にしながら桜木を引き付ける。

 縦のコースを切ることで速度の乗ったドリブルをさせない算段らしい。

 

(守備側の意識としてはまぁまぁだ。と言っても、まだまだあめぇな)


 俺は右側にボールを転がした後、インフロントキックで蹴る。」

 右回転がかかったボールはマーカーの間を通過し、通り過ぎていった。

 これには桜木も怒りをあらわにする。


「ま、また……私のこと、馬鹿にしてるんですか!?」

 

 桜木は俺の行動が勝負を捨てたことからきていると考えたのだろう。

 だが、実際は違う。これは立派な戦略だ。


 そろそろ、種明かしでもしてやるとしよう。


「わかってるさ。でもよ……俺はルールの範囲でやってるぜ? それに、サッカーの反則は禁止なだけで、マーカーエリアを通過するようにボールを蹴り続けても反則にはならないよな?」

「ま、まさか!」


 桜木も気が付いたようだ。


 そう、俺の戦略はいたって単純。ボールを取ったら、桜木の体力が落ちてくるまでマーカーゾーンにボールをけりこみ続けるだけ。


 相手は自分陣地に戻る際、それなりに移動する。

 体力がいくらあるかわからないが、きついはずだ。


「体力が尽きるまでこれを続ける。同じことをやってもいいけど……俺にはボールを取らせないほうが良いのは、わかるよね?」


 俺の問いに対し、桜木は怯えた表情に変化する。

 桜木からすれば、目の前の敵は素性が分からない格上だ。

 下手にボールを持たせれば、普通に負ける可能性が高いと思うだろう。


 だからこそ、俺は奴の慢心を棒でつつく。


「……桜木。お前俺のことをなめていただろ」

「……え?」

「どうせあれだろ? 俺が弱いやつだと思っていたから、勝ってコーチをやめてもらおうとか考えていたんだろ?」


 桜木は目を丸くする。どうやら図星だったようだ。


「……いつから、気が付いていたんですか?」

「バーカ。カマかけただけだよ」

「――!? じゃ、じゃあ確信はなかったんですか!?」


 桜木は目を丸くしながら大声を出した。周りの他部活から睨みつけるような視線が向く中、俺は桜木からボールを奪い取りリフティングして続ける。


「こう見えて俺は勝負事を人以上に多く経験しているたちなんでな。それなりに、こういう状況は経験しているんだ。だからよ……お前は甘いんだよ」


 俺はプレスをかけに来た桜木を背負いながらボールを後ろ側へ高く蹴り上げる。ボールはまっすぐとマーカーの間を抜けていった。


「わかったろ? てめぇが生半可な気持ちで挑んだら、こんぐらいやられんだよ。てめぇのみてる世界なんて、そんなちっぽけなもんさ」

「…………一体あなたは……何者なんですか?」


 彼女は俺をまっすぐと見据えながら、問いかけてくる。


「それを答えてやる義理はない。もし聞きたきゃ……勝って聞け」


 ボールを回収した桜木に対し、俺は気持ちを込めた言葉をぶつける。


「桜木ぃ! てめぇの全力を見せてみろ!」


 俺の言葉を聞いた桜木の目つきが変わる。

 本気になったようだ。


「……上等ですよ! 私の全力、見せてあげます!!」


 俺の言葉を皮切りに、第二ラウンドが開始されるのだった。

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