第4話 仕事初日、キャプテンに勝負を挑まれる

(さて……ついにこの日がやってきたか)


 心地好い陽気の中、サッカージャージをまとった俺は二子石にこいし女子高前にやってきていた。桜がひらひらと舞う中、活気ある声が聞こえてくる。


(今日は入学式って聞いていたから、それなりに生徒は帰っているとは思うけど……部活動の声は賑やかだなぁ。もしかしたら強豪かもしれん)


 俺はそんな期待感をサッカー部に持ちながら学内へ足を踏み入れる。

 刹那、すれ違った女子生徒からいわれもない罵声を浴びた。


「ひそひそ……変態よ!」

「ひそひそ……私たちを見て、いかがわしい妄想を考えているわ!」


(おいおい、理不尽すぎんだろ。男だからだって誰もがセクハラするとでも思っているのか?)


 だが、ここで無理に反応してもよくはないだろう。

 適当に顔を向けて違うよとだけでも言ってやるか。


 そう思いながら顔を向けると――


「ギャ――変態よ――!」

「逃げましょ逃げましょ!!」


 俺が顔を向けると同時に、女子二人が逃げていった。

 あまりにも理不尽だ。


(あぁ、神よ。なんて理不尽なんだ)


 俺はそんなことを思いながらジャージのポケットに手を入れる。

 猫背気味になりながら入ろうとすると、今度はじぃさんに声をかけられた。


「あんた、学校の関係者かい? まさか不審者じゃないだろうね」

「俺はこの学校のサッカー部でコーチになる者です」

「あぁ、昨日やってきた変な男がそんなこと言ってたな。なんだい、どんだけ変な男が来るかと思ってたけど、ちんちくりんなガキじゃないか」


(うるせぇやい! 俺はまだまだ成長期だっつの!)


 俺は目の前のじぃさんに心の中で悪態をついた。

 そんな風にしていると、じぃさんが黄色い入館証を渡してくる。


「入館証は帰るときにちゃんと返すんじゃぞ。悪用されたらたまらんからな」

「じぃさん、俺のことなんてみえてるの?」


(まさか、性癖当てられたりしねぇよな?)


「たっぱとケツの大きな女が好きなド変態野郎」


(何だと……性癖当ててるじゃねぇか!? あれか、俗にいう変態じじぃか!?)


 俺が予想外の事態に目をぱちぱちと動かしていると、はっと我に返る。

 困惑している暇はない。今はとにかくサッカー部に会う必要があるのだ。


「そう見えるんだ……まぁいいや。俺はグラウンドへ向かうから」

「そうかい。生徒に手を出すなよぉ」

「出さねぇよ、じぃさん」


 俺はじぃさんにそう言ってからグラウンドへと向かう。

 歩くたびに声が大きくなる中、俺は少しづつ期待感を膨らませる。


 ただ残念だったのは女子生徒とすれ違うたび、


「何あのもさいジャージを着ている子」

「入館証つけているから関係者なんだろうけど……いったい誰なんだろう?」


 不思議そうに見る視線や、ごみクズを見る視線が向けられる。

 俺が何したってんだ。


(この世の中、理不尽すぎひんか? 神様。)


 お天道様を見ながらそんな風にツッコミを入れていると、体育着を着た女子が精を出すグラウンドへ到着した。

 賑やかな声があちらこちらから聞こえてくる。それなりに活気があるようだ。


(サッカーグラウンドは、確かこっちだよな)


 各エリアを確認しつつ、サッカー部が練習しているはずの砂グラウンドへと向かう。そして到着したとき……俺は声を失った。


 グラウンドでまじめに練習しているのが、二人だけだったからだ。


「……何つ―ハード条件だよ」


 弱小サッカー部から成りあがるゲームでも最低限部員は活動していた描写があったはずだ。なのに、今は二人しかまともに機能していない。絶望的すぎる。


(……とりあえず、あれやるか)


 俺は後頭部をわしゃわしゃ触りつつ、グラウンドに足を踏み入れる。

 それと同時に、「集合!」と大声を出した。


 俺の言葉に反応したのは、練習していた二人とベンチで眠っていた一人だけだ。


(マジか。声掛け反応してこない奴らいるんか)


 俺がそう思っていると、練習していた女子の一人が他三人を呼び寄せてくれた。

 まじめなやつもいるもんだなと思いながら、俺はそいつの容姿を眺める。


 胸は少しふくらみがある、普通体型の女子だ。

 黒色のボブカットで、元気満々な顔が特徴的。

 背丈は百六十センチと比較的高い。


(もう少し胸と尻がデカけりゃ……いや、セクハラ発言したらアウトだから一旦心を無にしよう。あっ、でも……いいにおいが……)


 清涼感あふれる石鹸のにおいが鼻腔を刺激し、口角を吊り上げかける。

 が、数人の女子がざわざわとしていることに気が付き、直ぐに顔を引き締める。


 姿勢を正し、メンバーに挨拶をした。


「今日から二子石高校サッカー部の外部コーチとして所属することになった、豆芝国生と申します。皆さんが試合で勝てるよう、しっかり指導していくのでよろしくお願いします!」


 俺は自信満々な宣誓を行う。


 乾いた拍手が三人、こちらをまっすぐ見据えているのが二人、論外が一人だ。


(……しょっぱなキレるのはやめよう)


 俺は沸々と湧き上がる怒りの感情を押し殺してから質問する。


「えーと、キャプテンと副キャプテンは?」


 俺が質問すると、まっすぐ見据えていた二人が手を上げる。

 なるほど、二人とも重役についているから真面目なのか。


「初めまして、私は桜木 花菜さくらぎかなって言います! この学校の一年生です!」


 明瞭快活な印象を抱かせる、可愛らしい女の子だなと思った。


(ただ、胸がもう少し大きいといいなぁ。ま、隣の奴よりましか)


 とんでもない下心を心に抱きつつ、隣を見る。


「初めまして。僕の名前は相馬 美波そうまみなと言います。桜木と同期で、ポジションはボランチです。部活では副キャプテンとして桜木を支えています。よろしくお願いします」


 ボーイッシュな雰囲気を醸し出す少女だ。

 背丈は桜木より少し高く、俺と同じぐらい。

 胸はまな板だが、ももが大きい。


 それなりに体力はありそうだ。


 そんな風に考えていたら、他四人の自己紹介が終わった。


(二人以外、やる気があるように見えないな。まぁ、これぐらいのほうがやりがいあるか)


 心の中でそんなことを感じながら、俺は今日からの方針を伝えようとする。

 そんな時だった。



「あ、すみません。少しだけいいですか?」


(弱ったな。キャプテンに話を止められるとは思っていなかったぞ)


「どうぞ、桜木さん」

「すみません、話を止めちゃって。それと呼び捨てでいいですよ」

「分かった。要件を教えて」


 俺が少しイライラしていると、桜木が予想外の提案をしてきた。


「豆芝さん。私と一対一で勝負してください」


 それは――キャプテンからの挑戦状だった。

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