第3話 奪われた未来を取り返すために

(これから、どうやって生きていけばいいんだろう)


 夜、家に帰った俺は無気力状態で床に寝そべっていた。

 普段ならランニングに出かけているが、既に意味がない。


 何故なら、斉京グループのトップに高校サッカー選手権へ出場させないと明言されたからだ。先ほどの動きを見るに、確実に俺の選手生命、いや命を奪う気だった。

 そんな相手に逆らってサッカーをしたら……本当に殺されるかもしれない。


 だが、俺には仕事ができるとも思えない。

 勉強ができないというのもあるが、興味のあること以外集中できないという癖があるのだ。そのせいで、俺は様々な行動でやらかしをしてきた。


(工場で働いて腕や足を失ったら、草サッカーすらできねぇからなぁ……っていうか、こんな風に考えちゃう時点でサッカー好きじゃん。俺)


 俺はサッカーが好きだった。好きだからこそ、進路に迷った。

 けれど――両方とも、未来を手放した。

 

(死にてぇ……けれど……死んだらどうなるってんだ。残された親父は悲しみながら生きることになるんだぞ? 俺は、呪いを残したいのか!?)


 甘ったれた逃げを、自問自答で潰す。

 少しだけ落ち着きを取り戻してから、俺は電話をかけることにした。


「もしもし、昨日あなたにスカウトを豆芝です」

「あぁ~~豆芝くぅ~~ん!! 昨日はありがとねぇ~~!!」

「……………………え?」


 上機嫌な声が相手側から聞こえてくる。予想外の返答に驚いていると、スカウトはべらべらと話し始めた。


「斉京グループのお嬢さんから、君をテストしてって言われてね。スカウトと偽って君に優良物件を吹っかけたわけ。安心してね、あれは全部嘘だから。君は個人意思で優良高校の推薦を蹴ったんだよ。いやぁ、おつかれさまだね」

「は……? 琴音が……俺にウソ情報を……?」


 俺は驚愕した。


 あの優しくて、真面目な琴音が俺にウソを吹っ掛けたと言ってきたのだ。彼女が嘘なんてつくわけがない。


 だって彼女は――他人で初めて、俺に優しくしてくれたんだ。

 そんな彼女を俺を貶めるなんて……意味が分からない。


「折角だからぁ~~! 面白い情報教えるねっ!! 実はさぁ~~彼女、浮気してたんだよね。因みに、その相手は君と同じチームのキャプテン務めてた子!」

「…………は!? はぁ!? 嘘つけよぉ! あいつがっ! あいつが浮気するわけ、ねぇだろ!!!」


 俺は激情に駆られながら叫ぶ。

 近所迷惑を考えられないほど、俺は精神的に痛めつけられていた。


「ぷっ、あはははっ! いやぁ、バカは面白いねぇ! あおりがいがある!」

「このっ……くそスカウトがっ!!」

「くそはてめぇだろ。彼女の裏取りすらしねぇで表面で信用するなんて、正直言って馬鹿がやることだね。普通裏取りやんだよ。そんなことすらわからないの?」

「うるせぇ……うるせぇっ!」


 俺は必死に怒りをぶつける。

 彼女が罪人なわけがない。罪人は俺だと自分に言い聞かせるように。


 だが――スカウトからの追撃は止まらなかった。


「お嬢さんも感謝されたよ~~? "あいつウザかったから、潰してくれてありがとう"ってさ! 彼女さんのくせに、彼氏の悪口止まらないんだよねぇ! いやぁ傑作だったなぁあれは!! 折角だし、聞かせてあげるよぉ~~!」


 機械音が鳴った直後、雑音交じりの音声がなる。

 琴音とスカウトが話している内容だった。


『で、報酬通り連絡先と名前貰ってきたよ。お金はいくらくれるんだい?』

『ありがとう、とりあえず五十万円渡しておくね』

『ワァオ。これはすごいねぇ。やっぱ金持ちはちげぇや。でさ、ひと月になってたんだけど……君、彼嫌いなの?』

『嫌いよ。嫌いだから……こう頼んでるんじゃない』

『へぇ……そうかい。まぁいいや。ちゃんと仕事は完遂しとくから』


 機械音が切れた後、スカウトが声を出す。


「聞こえてた? ねぇ聞こえてたぁ!? 聞こえてたよねぇ!?」


 俺は何も言えなかった。琴音が俺を嫌っていたこと、書類を作っていたことが真実だったからだ。つまり――俺のプロ人生をつぶしたのは、彼女ということになる。


 彼女の顔が、黒のクレヨンで塗りつぶされる。思い出の一つ一つが、真っ黒な色に染まり、焦げて、消えていく。思い出だったものたちが、ばらばらと崩れていった。


「え~~君は斉京グループにケンカを売ったバカです。そのため、高校サッカー界で有名な学校・それ以外の学校から推薦はないでしょう。斉京グループににらまれている選手を取って、学校の地位を下げるバカなんていませんから! それじゃ、豆馬鹿君! 事故にあったお父さんと同じ仕事頑張りなよ!!」


 そんな俺に、スカウトは煽りながらとんでもないことを口にする。

 俺の父親が、事故にあったと言ってきたのだ。


「……は? 親父が、事故に?」

「うん、そうだよ。さっき親父さんが事故にあったって聞いたんだぁ~~不在着信に入ってるだろうから、ちゃんと見ときな。それじゃ、アディオス!」

「おいっ、まて、まてっ!!」


 俺が怒鳴る中、ツーツーと規則正しい音が鳴る。


「どういうことだ……どういうことだっ……どういうことだっ!!」


 声を荒げながら不在着信を確認し、最新の一件を流す。

 そして俺は――絶望した。


 フェイクではなく、本当に事故に巻き込まれていたからだ。


「ぶぉぇつ”……げぇっ……!!」


 俺はトイレで胃から吐瀉物を吐き出していた。視界が揺れており、平衡感覚がない。酸の味が口に広がる中、俺は絶望し続けるしかできなかった。


「……もう、死ぬしかないじゃないか……」


 裸足で外に出ると、ぽつりぽつりと雨が降り、やがて豪雨となる。


 至る所で人々の悲鳴が聞こえる中、俺は歩道橋をのぼった。


 真ん中に差し掛かったところで、俺はそこから地面を眺める。

 地面はアスファルト、衝突すれば肉片になれる車たち。

 確実に死ぬ方法としては、ちょうど良いだろう。


(俺も……そっちへ行くよ、おやじ)


 俺は目を閉じながら、歩道橋から飛び降りようとしていた。

 必死に力を込めて、乗り上げようとする。


 だが――できなかった。


「できるわけがないだろ、自殺なんて……できるわけがないだろぉ!」


 歩道橋を右手でがんと鳴らしながら、俺は叫んでいた。

 周りの人間はやばいものを見たという様子で離れていく。


「死にたくて死んでいる人間なんて、いやしなねぇんだよ……!」


 俺は自らの心情を必死に吐露し続ける。

 それが、自分の自殺衝動を抑えるのに最適だと思ったからだ。


「琴音、ことねことねこどねぇっ! お前、なんで俺を……おれをっ、救ったんだっ……! おまえがすくわなきゃ……俺は、後悔なんてしなくでずんだのに――!」


 あぁ、わかってる。わかってるよ。

 俺が悪いんだ。


 俺が、あいつに言葉を伝えなかった。

 いいやいいやと思って、後回しにした。


 そのつけが、今頃やってきたってだけなんだ。


「俺はっ、俺は俺は俺はぁっ……」


 丸くなりながら、地面に顔をうずめる。

 雨の勢いが一層増し、体を殴られるような痛みが発生する。

 琴音がいたら、風邪をひくよと言って傘をさしてくれたんだろう。


 あいつは、そういう人間だ。

 あいつは、優しい人間なんだ。

 俺みたいな貧乏で、頭が悪くて、人間としての底辺でも――


 彼女は、優しくしてくれた。そんな彼女を俺は――裏切った。


「グえっ、げぇ……」


 必死に両手で腕を締める。ぎりぎりと閉まるたび、顔が赤くなる。

 血液が沸騰し、頭が破裂しそうになる。


 苦しい。苦しい。死にそうだ。


 でも、これで贖罪になるのなら――


「それが、贖罪になんてならないぜ。ボーイ」 


 そう思いたかった。

 一人の男が、俺の下へ傘をささずにやってくる。

 

 その男は、黒色のロン毛にサングラス、黒スーツといかにもやばそうな見た目だった。おっさんは俺の両手を掴み、馬乗りになる。


「俺の名前は、Mr.J。ユーに協力してほしいことがあって、やってきた」

「俺に協力……? ふざけてるのか?」


 ふざけた名前に、ふざけた姿。それが俺の怒りを加速させる。


「親父も夢も彼女も、全て奪われた! そんな俺に、何が出来るってんだ!!」


 せき込みながら俺は怒りの感情を突き刺す。


「おぉぅ、怖いねぇ。まっ、でも。君は足以外そこまで強くない」


 俺はMr.Jから弱点を突かれる。中学生ということもあり、ウェイトトレーニングはほとんどしてこなかったのだ。結果、足とセンスだけで抜く選手になっていた。


「ユーみたいな選手、海外なら使われるわけがないさ。足元があっても、体が弱いんじゃ全く使い物にならないカスだからねぇ」

「…………」

「そう睨むなって。豆芝ボーイ」


 Mr.Jはへらへら笑いながら携帯画面を見せる


 目を細めながら画面を見て、俺はひっと声が出た。

 先ほどまで俺に誹謗中傷を行ってきたクズが血だらけで地面に倒れていたからだ。顔は内出血しているのか、ところどころ青あざが出来ており、相当痛めつけられたということが分かる。


「死んで……いるのか?」

「ミーが119したから無事。ま、斉京に喧嘩を売った命知らずだからあとはないだろうけどねぇ」

「ケンカを売ったって……どういうことだ?」


 俺が問いかけると、Mr.Jはサングラスをかちゃっと鳴らす。


「依頼金を貰ったのにもっと寄こせって言ったらリンチされたってだけさぁ。助けたら、お前さんの情報をくれたってわけ。で聞く感じだと、興味深いことにユーは斉京グループの令嬢様と恋愛関係にあったそうじゃないかぁ」

「あぁそうだ。誠実に付き合ってたつもりだ」

「ユーの言葉、信じるぜ。会長さんが怒れば、体中傷だらけだろうからな」

「待ってくれ。アンタは会長と面識がないはずだろ? なんでわかる?」

「こういうことさ」


 Mr.Jはへらへら笑いながらサングラスを取る。

 それを見た俺は、血の気が引いた。

 本来左目がある箇所に、深い溝が生まれていたからだ。

 

「斉京の黒い噂を嗅ぎまわっていた時、左目をやられたのさ」

「……マジ、か……」


 俺は言葉が口に出せなくなった。

 斉京が思った以上に、怖い組織だったからだ。


「さて……そろそろ話を聞く気になったかな?」


 Mr.Jは俺に問いかけてくる。そろそろ重たいと思ってきたころだ。


「あぁ。どいてくれ」

「分かった」


 Mr.Jは俺からどいてくれた。

 ゆっくり体を起こすと、すぐに質問が来る。


「話を戻そう。ボーイ、斉京グループの推薦権を失ったのは本当か?」

「あぁ、そうだ。というか高校サッカー選手権に出れなくなった。俺みたいなアホをスカウトする奴なんて、国内にはもういねぇだろ」

「残念ながら、あきらめたほうがいいだろう。今の強豪サッカー部は斉京グループの息がかかったところが多い。高校サッカー選手権に出場できるチームからの推薦は、ないと思ったほうが良い」

「じゃあ一般で……」

「一般で入ったとしても、入部させてくれるわけがないだろう。プロに行こうとしても斉京の息がかかったものに止められるに決まってる。つまり、詰みってわけさ」


 Mr.Jの言葉が、俺の心を抉る。

 あの時こうしていれば、あぁしていればという気持ちが芽生える。


「じゃあどうすればいいんだよ……」


 俺が弱音を漏らす中、Mr.Jが俺に話を持ち掛けてきた。


「ボーイ。もし、今の人生を変えられる博打があるとしたら……どうする?」

「その博打に勝てれば……何が起きるんだ?」

「ユーはプロサッカー選手になれる。親父さんも死ななくなる」

「ありえねぇ。そんな夢物語が発生するわけがねぇ」

「ちっちっちっ。焦りすぎさ、ボーイ。ちゃんと話は最後まで聞きな」


 Mr.Jはそんな夢物語を語りながら、俺にスマホ画面を見せる。


「斉京グループ主催のU-18男女混合サッカー大会。日本や一部の海外で放送されることが決まったアマプロ混合の大規模大会さぁ。奴らはこれを通して、斉京グループの国内外に示そうとしている」

「そんな計画があったのか……!?」

「ユーが知らなくても当然さ。だって、これは斉京グループ上層部しかつかんでいない情報だからね。ミーもアホ記者が情報をくれなきゃ知らなかったからねぇ」


(そこまで情報渡してたってことは……本当に俺を嫌ってたのか)


 琴音への疑心が募る中、俺は唐突な疑問がよぎる。

 目をつけられている時点で選手として出場できないんじゃないだろうか。 


「いや待て。俺は選手として出られないぞ?」

「織り込み済みさぁ。――選手としてではなく、コーチとして協力してもらうぅ」

「――なに?」


 俺は耳を疑った。コーチとして何故俺が活動していく必要があるんだ?


「コーチとして活動することによって君の経歴が有力な人物に止まる。それを調べたときに彼らは理解するわけだ。君が斉京の推薦者だったことを。そんなコーチが活躍していたともなれば、メディアは必ず取り上げる。もしかしたら……不当に推薦を取り消した斉京グループに対してマスコミが押し掛ける可能性もある。っていうのが私のメリットだ」

「ふぅん……俺のメリットは?」

「斉京以外からのスカウトさ。斉京に対していら立ちを持っているサッカークラブやチームは沢山ある。そんなチームからすれば指導できる得点王は魅力的な逸材な筈だと思うんだが……君的にはどうだい?」

「無茶苦茶よいメリットだな」


 Mr.Jから提示されたメリットは、的を得ていた。

 最近の戦術が主流となったサッカーでは、一人一人が役割や原則をしっかりと理解して動いていかなければならない。そう考えたとき、もっとも重要なことは何か。


 それは、戦術の理解度向上だ。

 戦術を理解することで、チームの色にあったプレーをすることが出来る。そういう選手は、チームの核としてとりたいチームがあるに決まっている。


 しかも得点王だとすれば、なおさらだろう。


(無茶苦茶よい話だが……これ、俺にとくすぎやしないか?)


 俺からすれば嬉しい話である一方、Mr.Jはあまり得しないように感じた。復讐を成し遂げても、斉京が衰退するだけで彼には何も残らない。


 それに――失敗した場合も明かされていない。


「Mr.J。万が一俺が失敗したらどうなるんだ?」

「ユーが失敗したら、借金を背負ってもらおう。費用としては……二千万円」

「なっ……!? 二千万円!?」


 ありえない。二千万円なんて法外な金額にもほどがある。


「当然だろう。ユーの親父の治療費も、衣食住も、君が学ぶための環境も……すべて提供してやるんだからさ」

「親父の治療費も……!?」

「当然さぁ。君にとって親父さんは大切な人物なんだろう? なら、助けなきゃね」

「……本当に、お礼をしてもしきれないな」

「それを言うなら、早く選択してくれ」


 Mr.Jはへらへら笑いながらそういう風にしめる。

 男から告げられた選択肢にベッドしなければ俺の人生は変わらない。


 弱者である俺が成り上がるには――男の手をつかむしかないのだ。


「……俺は、お前に協力する。だから――俺の人生を変えてくれ」

「交渉成立だ。これからよろしくな、豆芝ボーイ」

「あぁ……よろしくな、Mr.J」


 ごうごうと降り注ぐ雨の中――


 俺は、復讐を決意するのだった。

 

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