第3話 密室殺人の謎を追え!

「今回の依頼は密室殺人だ!」

山小屋のギルド出張所で赤鼻のヤルソンが依頼書と資料を投げ渡した。

「密室殺人??」冒険者ギルドってこんな依頼まで受けてるのか?

ダルは眉をしかめた。

次にギルド本部に行った時、美人受付嬢のお姉さんをぜひ問い詰めないといけないな。


「その依頼はワレが取って来てやった案件だ。感謝しろ」

しれっと猫娘のスピンクスが言う。


「犯人はお前かよ!」


「世界中の謎と言う謎は全て我の手中にあるゆえにな。どんな難事件でも知っているのだ」

なぜかスピンクスは自慢げだ。

ピンクのヒラヒラドレスから彪柄のシッポが踊っている。

この珍獣め。


「というか何でお前がココに居るのだ?砂漠の守護獣神がそれでいいのか?」


「けんたっきーの前にワレの分身を置いてあるので、どんな対戦者が来ても問題無い」


魔法かよ!というか超能力の無駄遣いだよな。


ヤルソンは酒をあおりながら言った。

「馬は表に用意してある。それを使え」

やれやれ、これが冒険者の仕事かねぇ。

ダルは愚痴りながらギルド出張所の山小屋を出た。


ダルは組合(ギルド)の中でもベテランの一人だ。

もっともキャリアだけ長いが、小さく奇妙な仕事ばかりを請け負って食っていくだけのダメ冒険者だ…いや便利屋というべきか。

「便利屋ダル」とギルドでは呼ばれてはいる。

「便利屋」そうかもしれない。

それは他の冒険者には絶対できない仕事。

『誰もやりたがらない。困難で奇妙な依頼を解決する』

それが冒険者ダルの行く現場だ。


レンガ造りの立派な都会の街。

石畳の立派な路地を進むと、ひときわ立派な豪邸があった。

ここが事件現場のランドン卿の屋敷らしい。

ギルドでも名前は聞いたことがある

ランドン卿は海外貿易で巨万の富を得て騎士の称号を買った新興貴族だ。

航海に出るにあたって何人か腕利きの冒険者や魔法使いが集められたと聞く。


「遅かったな、ダル」

すでにスピンクスが「けんたっきー」を食いながら門前の路上で待っていた。

ピンクのドレスから彪柄のシッポが踊っている。


「何でお前がここに居るのだ?」

ダルも少し呆れ顔で言った。


「もちろん事件の謎を解きに来たのだ、お前はワレの助手だ」

ハイハイ助手で結構です。


「待てい!いまお前たち事件の謎を解くと言ったか?」

屋敷の門前に居た小柄な少女が呼び止めた。

いかにも魔法使いらしい紫の帽子にマント。

黒髪のショートヘアで大きなメガネをかけた魔法使いの少女だ。


「ボクの名は『ポー・ドイル』魔法寮の管理官、つまり魔法探偵だ!」


「なんで魔法使いが探偵なんだよ、チビっ子」

と、ダルがツッコミを入れるとポーが切れた。

「キサマ、ボクをバカにするとどうなるか分かっているのか!」

ポーが魔法の杖を振るうと光のリングがダルを拘束する。

ダルは身動きが取れなくなった。

「何じゃ?こりゃ!」


「拘束魔法だな」スピンクスが当然の様に言う。


そういえば魔法には離れた相手を金縛にしてしまう術が有るとヤルソンに聞いた事があるが、実物を見るのはダルも初めてだ。

このチビっ子意外と使い手なのか?


「ククククク、ボクをバカにするとどうなるか分かっているだろうな」

ポーはニヤリと笑うとダルの頭上に黒い穴が現れた。


「魔法牢獄!これに閉じ込められたものは音も、光も匂いも上も下もすべての感覚を遮断され、三日もすれば発狂する。

犯罪を犯す魔法使いを捕縛し殲滅するのがボクたち魔法寮、魔法管理官の仕事だからな!ぐふふふふ」

ポーは下卑た笑いを浮かべた。


ダルの頭上に黒い穴が降りて来る。

「うぎゃ!!待てっ!ちょっと待てっ!俺は冒険者ギルドから依頼されて来た!」

ダルはギルドの鉄等級の認識表を口に咥えて見せる。


ポーは舌打ちして頭上の黒い穴を打ち消した。

「なんだ、お前冒険者なのか?」


束縛から解放されたダルは石畳にヘタリこんだ。

「すごい魔法だな」


「ふん、あの程度の魔法使いなら、今まで何十人と食ってきたわ」

スピンクスは平然と言う。


怖わっ!


「あ!お前は魔獣だな!」

ポーが今ごろスピンクスに気づいた様だ。

まぁ見た目はふつうに妙なコスプレをした頭の弱い女に見えなくもない…かもな。


ポーが魔法の杖をスピンクスに向ける

「魔獣!キサマも捕獲対象だ!」

魔法寮の魔法管理官って魔獣も捕まえるのか?


スピンクスは銀青の細長い瞳孔の瞳を向けて表情一つ変えずに言い放った

「喰われたいのか小娘」


「なんだと!」ポーが魔法の杖を構えようとした瞬間、突然数百人に分身したスピンクスがポーの周囲をグルリと取り囲んでしまった。


「え?え?」ポーはいきなり獣神スピンクスに取り囲まれて身動きができなくなり、

魔法の杖を抱きかかえながら戸惑っていた。


スピンクスたちはニヤニヤ笑いながらポーの身体をまさぐり舐め回し匂いを嗅ぎ回す。

「まだ骨と皮ばかりではないかえ、しゃぶり甲斐が無いのう」

まるでエサを前にした猛獣の様だ。


するとスピンクスの群れはポーの衣服を脱がし始めた。本当に喰う気か?!

「ヒイ!」

帽子や上着が取られ、メガネを取る。意外と美少女ではあるな。

ポーはスピンクスの集団に手足を取り押さえられ舐め回されながら一枚一枚服を剥ぎ取られて行く。

「イヤっ!」ポーは急に少女っぽい声で抵抗するが、すでに上着は脱がされ小さな胸が見えている。


スピンクスたちの手が下着に掛かり、ズリ下げられようとする。

ポーは脱がされまいと必死に下着を引っ張って抵抗するが、下着の中にスピンクスたちの手が入り込んで来る。

「ああっ!やだ!ちょっと!」

ポーは赤面しながら悶えるが、下着は全部剥ぎ取られ、全裸にされてしまった。


ダルは隣に居るスピンクスに話かけた。

「おい、街中の大通りで、やり過ぎじゃねぇのか?」

「ふむ、ならばこの場で喰ってしまうか」

「いや…どうぞ続けてください」


スピンクスは全裸のポーの両手足を開きながら吊り上げて、全身を舐め回す。

ポーは声にもならず泣き叫んでいるがスピンクスはお構い無しだ。

いつの間にやら、ダルたちの周囲には通行人たちの人だかりができていた。

こりゃ完全な晒しモノだな。


いつの間にかスピンクスの集団も全裸になっており、金髪猫耳の全裸美女の大群がポーに絡み付き、全身を撫で回し舐め回している。


なかなか…ナイスバディだなコイツ。

横に立っているスピンクスを横目で見ると、スピンクスがジロリと猫の様な細い瞳孔で睨み返して、彪柄のシッポでダルの眼をピシャリと叩いた。

「ぬおおぉ!」ダルは目玉を押さえてしゃがみ込んだ。


スピンクスはフンとソッポを向く。

くっそ〜、なんであんなに見せまくっているのに俺はダメなんだよ!


ポーの悲鳴がだんだんと歓喜の声に変わってくる。


ダルは呆れた顔で隣に居るスピンクスに話かけた。

「お前…女も『喰う』のか?」

スピンクスは鼻で笑った

「アヤツはなかなかうまそうじゃが、まだ青い。もっと知識と魔力を蓄えてからが喰いごろじゃな」魔獣の顔でスピンクスはニヤリと笑った。


ダメだコイツ。人間を食料としか見ていねぇ。


どうやらスピンクスは、食った人間の記憶や知識を自分のものとして吸収することができるらしい。やはり恐ろしい珍獣だ。


「だがワレは修行僧や信心深い人間は喰わぬぞ」


「なんでだ?バチでも当たるからか」


「違う。ごく一部だが聖職者の中には、何も求めず無心で祈りを捧げ、我が身が朽ち果てることすら恐れない者も稀に居る。

そんなものを喰ったら、我が今まで蓄えて来た知識が全て無に帰ってしまうではないか」


なるほど、だからコイツは人間の無心や無限の精神を恐れるのか。

まさか獣神スピンクスに、そのような弱点があろうとはな。


不意に全裸のスピンクスの集団が消えた。

石畳の路上には、もう理性も感情も破壊された全裸のポーの死体が…いや、腰がヒクついてるからまだ生きている様だな。


「ふむ、では現場に行くぞ、着いて参れダル」

スピンクスはスタスタと豪邸に向かって歩き出した。


放置かよ!

しかしまぁ気の毒だがスピンクスに食われるよりはまだマシだろう。

全裸のポーを横目に、ダルは屋敷に向かった。


門を入ろうとすると巨大な黒い魔獣犬に吠えられる。

黒毛に赤い瞳と白い牙が光る。

ダルも魔獣の森で何度か狼の群れに遭遇した事はあるが、人が飼っているのは初めて見た。しかも街中で。

この屋敷の主(あるじ)は何者なのか?


しかしこの魔獣。狼よりデカいんじゃないか?スゲぇセキュリティだ。

スピンクスが指先でピンと弾くと魔獣犬の口に赤く光るリングがハメ込まれて、魔獣犬は声も立てられずに平伏した。

「おい、いいのか?これ」

「弱い拘束魔法だ。二、三ヶ月すれば消える」

「二、三ヶ月ねぇ…」

黒い魔獣犬はダルが歩き出すのに反応するが、たちまち光るリングから電気が走り、狼は地面に平伏した。

どうやらこの魔法は動くと電流火花がバチバチと走るえげつない仕様の様だ。

やれやれ番犬も気の毒に。

ポーの大げさな拘束魔法が子どもだましに見えるな。


玄関先まで行くと作業着を着た使用人に呼び止められて裏口に回される。

どうやら正面玄関は我々の身分では使えない様だ。

こりゃ冒険者や珍獣神への身分差別だな。

まぁ妥当ではあるが。


「おや?」ふとダルはこの使用人の動きの違和感に気づいた。


この男…使用人というより軍人っぽい動きに見えるな。

いや、この男の歩き方は、普段から大身の剣を差して歩いている人間の歩き方…

ダルはハッと気づいた。

おそらくこの使用人は元冒険者だ。

この身のこなし、おそらくダルよりも格上の等級の冒険者だろう。

なぜわざわざ冒険者を雇う?


屋敷の中に入るとメイドさんに事件現場に案内された。

部屋の前には老執事と、主人のランドン卿が居た。

ランドン卿はダルたちに鋭い眼光を向けて来る。

噂ではランドン卿はもともと王立の海賊だったと聞く。

海外貿易で巨万の富を得て貴族の称号を買った豪商でもある。

物腰は意外と知性的な印象だ。


部屋の中には女性の遺体があった。

この屋敷のメイド服を着ている。


おや?とダルが言葉を発する。

「5日前の遺体にしてはずいぶん“新鮮”だな」まるで死体じゃないみたいだ。


「調査のため魔法管理官が腐敗を止める魔法を掛けてます」執事がていねいに答えた。

ポーの魔法か。アイツそんな事もできるのか。


スピンクスが何かに気づいた。

「ダル、このメイドは魔法使いだ。しかもなかなか歴戦のツワモノの様だな」

「判るのか?」

「当たり前だ、ワレが今まで何十人の魔法使いや賢者を喰って来たと思うか」

いや、自慢されても…怖いんすけど。


スピンクスは、いきなり女性のスカートを捲り上げる。

おっ!と期待する。

白い足が現れたが、煤(すす)で真っ黒に汚れていた。スカートの内側も煤(すす)だらけだ。

「スカートの内側だけが煤(すす)だらけだ。何じゃ?これは?」


スピンクスが執事に問いかける。

「この遺体はどの様な状況だったのだ?」

「その暖炉の煙突に逆さまに詰まっておる所を使用人どもが発見しました。

ウゲっ!猟奇殺人かよ!


「扉は閉まっていたのだな?」スピンクスが窓を指差す。


「はい、扉も窓も閉まっておりました」


スピンクスが満面の笑みを浮かべる。

「ふふふ、密室猟奇殺人だな」


「何でお前うれしそうなんだよ…」


「おいダル、外からあの窓を閉められるか?」スピンクスが腕組みしたままアゴで窓を指す。


「ん?どうかな?」

三階の窓から外を見下ろすとだいぶ高い。落ちたら重症だろう。

というか、下にはあの巨大な魔獣犬が他にもウロウロしている。

猟奇殺人よりアイツらの方がよっぽど危険な気がするけどな。


ダルは窓枠や鍵をぐるりとチェックする。

特にロープなどの跡も無いし手足の跡も無い。

鍵は窓を閉めて上からはめ込めばロックできる簡単なものだ。


ダルは釣り用のテグスをロックに結び付け、ロックを半閉めに掛けたまま窓枠に指を掛け、窓の外にぶら下がった。

「よっ!っと」

このていどの曲芸はダルにはお手のものだ。

少しスキマを開けて窓を閉め、ゆっくり糸を引きながら窓を閉じればロックが掛かり、窓はピタリと閉まった。


「なるほど『犯人は冒険者』かもしれんな」

スピンクスの名推理が光る。


「んなワケあるかい!というか窓を開けろ!コラ!」

ダルが窓を叩く。


「次は煙突から自力で入って来い」

スピンクスは暖炉の方に向かって行った。

やれやれ冒険者使いの荒い珍獣だよ全く。

煙突から入ったら真っ黒になっちまうだろうが!……

ふと女性のスカートの煤(すす)を思い出した。


「なるほど解った!犯人は女性の死骸を煙突に引きずり上げながら、入り口を死体で塞ぎ、煙突から脱出したのか!」


死体を引きずり上げて、その死体で出入り口を塞いだのか。


「常識的には考え難いが、犯人の心理的には突発的な防衛本能かもしれないのう」

スピンクスが珍しくまともな事を言う。


本能か…もしかしたら犯人は人間では無いのではないか?

だんだん読めてきた。

今回の事件に冒険者が呼ばれた理由はそれか!


「こりゃ魔獣退治になるかもしれないな」


ダルは腰からワイヤーを伸ばし、フックを窓枠に取り付けた。

このワイヤーのホルダーは、前回の魔獣騒ぎの教訓でロープの代用品として作ったものだ。

海釣り用のワイヤーとダブルフックを地上用に使いやすく改造してある。

手袋にも細かいチェーンが縫い付けてあるのでワイヤーで擦れても指は無事だ。


ダルはワイヤーにぶら下がりながら壁を走って屋根まで登った。


屋根のヒサシに取り付き、上に登る。

見上げれば急な勾配だ。

「昔遊んだ教会の屋根を思い出すな。あの後よく親父にぶん殴られたものだが」


屋根を見上げればてっぺん付近に煙突の塔が見える。

あそこが出入り口か。


ダルがワイヤーを引くと自動的にバネ仕掛けでワイヤーが回収される。

今度は煙突めがけてフックを投げた。

飛ばされたフックは煙突に掛かり、ダルは屋根を登り始める。


ワイヤーを引きながらようやく煙突にたどり着いた。

「やはり!」

煙突の口から屋根の上を煤の跡が点々と奥に続いていた。

大きな手のひらと裸足の足跡。

この手足の形状は人間に似てるが人間では無いな。獣人だろうか?


「ひょっとしたら、この足跡をたどれば」

ダルが目線を上げた先に屋根裏の灯り取りらしき窓が見える。

「あれは?…」

窓が破損している。中に何かが入り込んでいるかもしれない。

ダルが窓に近づこうとすると、その窓の一点から何かが空へ飛び出した。

「?鳥?」

さらに二個、三個と回転しながら飛び出し、空中を大きくカーブしてダルの方へ飛来して来る。

「何だありゃ?」


ダルはとっさに伏せると一撃目が頭上をかすめ、二撃目が足元の屋根に直撃し、瓦が弾け飛んだ。

それは『V』の字に曲がった板きれだった。


三発目がダルに真っ直ぐ向かってくる。

ヤバい!とっさに避けたその勢いで体勢を崩してしまい、屋根の急斜面を滑り落ち、ひさしからポーンと空中に飛ばされ下に転落した。

「うわわわわわわ!!!」

転落する!!と思ったが、空中でワイヤーがピン!と張り、間一髪ダルは宙吊りのまま壁に激突した。

「ぐっ!」

跳ね返りながらダルは空中で姿勢を立て直し、ワイヤーを利用しながら振り子の様に壁を走り出して、屋根めがけて駆け登る。

屋根のひさしに山刀を突き立てながらダルは再び屋根の上に登った。


見上げると屋根のてっぺんの棟(むね)の上に誰か人が居る!

全身金色の長い体毛に、民族衣装の織物と宝飾品を身にまとった人型の生き物が逆光のシルエットに浮かび上がる。

『猿人!』

ダルを見た猿人は「グモォオオ〜!」と太い声で咆哮した。


密室殺人の犯人は猿人だったのか。

こりゃ異世界ファンタジーじゃなければ絶対ありえない事件だ。

いや、そうでもないか。


猿人は『V』の字に曲がった板を右へ左へと放り投げる。回転する板はダルの頭上をかすめ、曲線を描いて飛び、猿人の手元へ戻ってくる。

「すごい!」

あれはヤルソンに聞いた事がある。

ブーメランとかいう南方のジャングルの狩猟道具だ。


またブーメランが次々に飛んで来る。

ダメだ!屋根の上では間違いなく不利だ。


ダルは足元の山刀を引き抜き、ワイヤーを手繰(たぐ)りながら走り出した。

ブーメランが飛来すると同時に山刀で打ち払う。重い手ごたえだ。

おそらくチェーンを編み込んだグローブでなかったら指先が骨折していただろう。


ダルはワイヤーをつかみながら棟まで駆け登った。

猿人もそれを察してこちらへ走り込んで来る。

デカい!猿人は予想より大柄だ。

チンパンジーやオラウータンですら握力は300kg以上あると言われる。組み付いたとしたら猿人相手に人間は勝てない。


猿人に飛びつかれる瞬間、ダルはそのまま棟を飛び越え、反対側の屋根へと滑り降りた。

ワイヤーがピンと伸びると、その勢いで再び屋根を駆け上がり猿人の背後の棟に廻る。


猿人は振り返りながら、またブーメランを投げて来た。

その瞬間、ダルはまた棟を飛び越え、屋根の反対側へ飛び降りた。

するとワイヤーがピン!と張り、猿人の足を払った。

猿人はバランスを崩してダルと共に屋根から滑り落ち、中庭に転落して地面に激突した。

ダルは空中でまた宙吊りになり、今度は三階の窓に激突してガラスの破片ごと屋敷の中へ飛び込む。


スピンクスとランドン卿たちが部屋から飛び出しと来た。

「煙突から来いと言っただろうが!」スピンクスがまたムチャな事を言っている。


「猿人だ!犯人は猿人だぞ!」


「犯人が猿人だと?そんな推理小説があるか!バカモン!」

なぜかスピンクスが怒り出した。

推理小説は関係なくね?


ランドン卿が血相を変えて問いかけて来る

「猿人はどこに居たのだ?!冒険者」


「上の壊れた屋根裏部屋ですよ!今、中庭に落ちました!」


中庭を見ると庭園の石畳の上に喫茶用のテーブルや傘が置かれており、その脇に猿人が倒れていた。

動いている。まだ生きてる!

ランドン卿と使用人たちが中庭に向かって全力で走り出した。


猿人は少しずつ手足を動かし始めた。

ダメだ、今から走っても、間に合わない。

「うおりゃ!」ダルは三階の窓から庭の植え込みに向かって飛び降りる。背中でバリバリと枝木の折れる音が響いた。

ダルは枝をクッションにして転がり受け身を取って立ち上がった。

猿人に駆け寄り、様子を見ると、まだ気を失っている様だ。


ダルはワイヤーを取り出し、猿人の腕に巻き付けようとした。

その時、背後から魔獣犬が吠えながら、こちらに向かって来る。


「しまった!中庭にも魔獣犬が居たのか!」


ダルは猿人をかばう様に身を伏せた。

魔獣犬が飛びかかった瞬間、光のリングが魔獣犬を縛り、魔獣犬は地面に落下して転げ回っている。

振り返ると紫の魔術師の道衣を着たポーが杖を構えていた。


どうやら彼女が助けてくれたらしい。

「サンキュー!助かったぜ」

と手を挙げたが、ポーは無言で去って行った。

あ…やっぱ怒ってたのかな。

少しかわいそうな事をしてしまったかとダルは反省した。


「お前は私を助けようとしたのか?人間の戦士よ」


「え?」

誰も居ない??

ふと下を見れば猿人がこちらを見ていた。

ダルは驚いた。

「あんた!人の言葉をしゃべれるのか?!」


「ああ、あの悪魔の魔法使いに騙されるな、人間の戦士よ」


「悪魔の魔法使い?ランドン卿の事か?」


ランドン卿と使用人たちが捕縛器具を持って駆け込んで来た。使用人たちは剣を持っている。やはりアイツらは元海賊か冒険者だ。


ダルは猿人の前に立ち塞がる。

「あんたら、この猿人をどうするつもりなんです?」


「ああ、見せ物にして一儲けしようと思ったのでね。退(どき)たまえ冒険者くん」ランドン卿は悪びれずに言った。


なるほどコイツはこうやって金持ちになったのか。


「ウソを言え!本当の目的は何だ」

腕組みをしたスピンクスが歩いて来て、ランドン卿に向かって言い放つ。


「ウソ…とは?」


スピンクスが目線を逸らさずに言った。

「おいダル!コイツは魔導士だ」


「ランドン卿が魔導士?マジかよ」


「あの小娘よりもだいぶ格上の魔法使いだ。

だから小娘はコイツの強大な魔力を感知できかったのだ」


小娘?ポーの事か?

そういえばポーの仕事は犯罪を犯す魔法使いを捕縛する魔法管理官だと言ってたな。

ポーはこれが魔法の事件であると察知していたが、相手が上級の魔導士では、事件の証拠を掴みきれなかったのだろう。


スピンクスが猿人を指差す。

「そこにいる猿人はただの魔獣では無い。聖獣。土地神の一柱だ」


「聖獣?この猿人がか?」


スピンクスは立ち止まりランドン卿を指差した。

「コイツは魔法儀式のために聖獣を集めていたのだ!許さん!何の儀式だ!白状しろ魔導士」


ランドン卿は笑い出し、表情が見る間に変わった。

おぞまい目つきでこちらを見ている。


「お前、魔族に魂を売ったな」

スピンクスは表情一つ変えずに断言した。


「ランドン卿!異端魔法習得の罪で逮捕する!」いつの間にかポーがランドン卿の背後に回って来た。


ランドンは高笑いを始めた。

そして不意にステッキをポーに向ける。


「危ねぇ!」

ダルはとっさにポーを押し飛ばし、飛び退く。

いきなり背後の壁が砕け飛んだ。

何だ!すごい威力だ!


ポーが叫ぶ。

「攻撃魔法だ!直撃すると骨が砕け散るぞ!」


あのステッキが魔法の杖だったのか!

大砲並みの威力だ。

何としても直撃は避けないと。


ダルは庭に並んでいたテーブルを次々に蹴り倒して盾にする。


「こんなもので攻撃魔法を防げるものか!」

ポーが怒鳴る。


「あれは目隠しだ!組み討ちに持ち込めれば、魔法使い相手でも勝機はあるはずだ」

ベテラン冒険者ダルの気迫にさすがのポーも気押されした。


なるほど魔法が発動する前に組み付いてしまえば勝機はある。

だがそんな事が可能なのか?ポーはダルの指示どおり様子を見ることにした。


ダルは冒険者になる前は兵士だった。

おそらく戦闘能力でも戦術でもギルドでトップクラスのはずである。

だか気ままな一人冒険者として小さな依頼ばかり受けているため、ギルド内での昇級は低いままなだけだ。


「馬鹿な冒険者ふぜいが。おとなしく依頼さるた仕事だけをこなして猿人を捕まえて来れば良かったものを」


二人の使用人たちが剣を抜いた。

やはり海賊が好む細身のサーブルだ。

使用人たちは二手に分かれ左右から回り込もうとして来る。

ダルは足元に落ちていた猿人のブーメランを手に取る。


ダルはテーブル越しにブーメランを投げ付け、同時に山刀を抜いてテーブルの影から飛び出し、飛び込み受け身で地上を転がった。

使用人はとっさに剣を振り下ろすが、ダルは起き上がりざまに山刀を振り抜き、使用人の指を切り払った。


指先から血を吹き出しながら使用人は手を押さえる。そこをダルは蹴り倒した。


ブーメランは円弧を描いてランドン卿の背後めがけて飛来する。

ランドン卿が振り向いてステッキを振ると、火花とともにブーメランが床に落ちた。

ダルは山刀を隠しながら素早くランドン卿の側面に走り込む。


横からもう一人の使用人が飛び込んで来た。

ダルは短い山刀で使用人のサーブルを打ち払うと左手で使用人の袖口を掴んだ。

すかさず山刀のグリップを横面に打ち込みながら、袖を掴んで背負い投げで使用人を投げ飛ばす。

使用人は石畳に頭を打ち付け、唸り声を上げてのびてしまった。


「すごい…」テーブルの陰から覗いていたポーは冒険者同士の格闘戦を初めて見た。

早すぎて捉えきれなかった。

この距離なら確かに自分の魔法より早いかもしれない。

改めてダルの戦士としての実力を思い知った。


「動くな!冒険者!」

ランドン卿がスピンクスにステッキを向けた。


ダルは動きを止めて直立した。


ランドン卿は口が裂けんばかりの笑顔を向けてくる。

「刀を捨てろ冒険者、貴様ごときに私の計画の邪魔はさせない」


ダルは迷わず山刀を捨てた。

あっさり武器を捨てたダルをスピンクスは驚いた表情で見つめていた。


「計画とは何だ?ランドン卿」


「魔王様の復活だ!」


「魔王?!」

古代の伝説に魔王の名前が出て来るとヤルソンに聞いた事はある。

魔王が実在したというのか?


ランドン卿は歓喜に満ちた表情で魔王を讃える

「世界中の聖獣を生け贄に捧げれば、魔王様は復活なされるのだ。素晴らしい話では無いかね、冒険者よ!」


ダルはランドン卿に真正面から対峙して言う。

「その言葉が真実だとしたら、それは世界の危機を意味する。世界が滅びてもいいのか?ランドン卿」


「たかが冒険者ふぜいに私の志が理解できると思えんがね」ランドン卿は笑った。

「だが君も一つだけ役に立ったよ冒険者くん。この獣神は私がいただくよ」


ランドン卿はスピンクスに杖を向けた。

が…次の瞬間ランドン卿が倒れた。


??何が起きた?

ランドン卿は赤く光るリングに拘束され、顔を真っ赤にしながら悶えている。

動くと稲妻と火花が散った。

呼吸もできないくらい苦しそうだ。


スピンクスがため息をつきながら虫ケラを見る様な目でランドンを見下ろした。

「その様な子供だましの魔法しか使えん様では喰う価値も無いのう」


どうやらランドンは魔法でスピンクスを拘束しようとしたが、簡単に跳ね返されて自分がスピンクスの倍返しの魔法に拘束されてしまった様だ。


ランドンは顔を赤らめながら必死でもがくが、全身を火花が走り、すぐ苦しそうな荒い呼吸になり動きを止める。声も出せず真っ赤な顔の充血した目でスピンクスを見上げていた。


「安心しろ、その魔法は千年ほどで消える。貴様ら人間どもには解除はできまいがな」

スピンクスが無表情に言って去って行った。


千年間このままかよ!

この拷問みたいな拘束が、死ぬまで続くのか。

コイツ、ポーに捕まった方がまだマシだったんじゃねぇかな。


聖獣の猿人は立ち上がりスピンクスを礼拝した。

「感謝いたします獣神様」


「ワレは西の砂漠の知恵の神スピンクスである」


猿人はハッとして平伏した。

どうやらスピンクスのヤツはガチもんの神レベルの珍獣らしい。


スピンクスは腕組みしたまま猿人に問いかけた。

「答えよ。貴様は何ゆえここに来たるか?」


「私は南の大陸の精霊を司る者、名をザバスと申します。

魔王復活を阻止するため、この北の魔道士の館に侵入いたしました」


なんと!この猿人ザバスは自分からランドンの屋敷に調べに来たようだ。

そこでランドンや魔法使いのメイドとの闘いとなり、メイドを倒して煙突から脱出したという事のようだ。


その魔法事件を聞き付けて調査官のポーが来たという成り行きの様だ。


「私は魔王復活を阻止するため北の森を巡って聖獣たちを守らねばならないのだ。人間の勇者よ」

猿人ザバスは流暢な言葉使いで答えた。


「いや俺はただの鉄等級冒険者で、勇者だなんてとんでもない」ダルは両手を振った」


「なるほど、スピンクス様のお気に召すはずだ。また会おう。勇者ダル!」


猿人ザバスは空高く飛び上がると屋根の上に飛び乗り、再びジャンプして都市の彼方へと消えて行った。


「勇者ねぇ…」

ダルからしてみれば勇者なんて神話の世界のおとぎ話だ。

しかし猿人ザバスは魔王復活を阻止すると言っていた。

ランドン卿の他にもまだ魔道士たちが魔王復活を企んでいるのだろうか?

もし魔王が現れたならば、戦えるのは勇者しか居ないだろう。


「魔王と勇者か……はは、まさかね」

ダルはスピンクスの方に振り向いた。

そこにはスピンクスはもう居なかった。


ふと見るとポーがスピンクスを待ち構え、抱きつくと二人は並んで屋敷から去って行った。


「あいつら……」


〜〜次の冒険に続く〜〜

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