第2話 クイズ王は猫娘!


「スピンクス?なんだそりゃ?」

山小屋の事務所で冒険者のダルは眉をしかめた。


ハゲ頭で赤鼻のヤルソンは元冒険者だったが、今ではただの飲んだくれの小さなギルド出張所の所長兼、営業マン兼、仕入れ屋兼、受付嬢だ。

「スピンクスってのは、砂漠の入り口に巣食う魔獣…いや獣神とも呼ばれる太古の魔物だ」

ヤルソンは酒を呑みながら答えた。


「獣神?」

ダルも初めて聞く言葉だ。


「百年を生きた獣は魔獣と化し、千年を過ぎると獣神となって人語を話し、人を惑わして喰らうと聞く。おそらくこのスピンクスも獣神の一種だろうさ」

ヤルソンは酒をあおりながら言った。古びた椅子がギギギときしむ。


さすがヤルソン、勤務態度はともかく博識だとダルは感心する。

仕事も早い。

すでに手書きの案内図と旅館の連絡先まで用意してある。


本部の美人受付嬢ではこうはいかない。

まぁ美人に会いたい時はたまにギルド本部に行くけどな。

だが行くだけで、依頼は受けない。

依頼はヤルソンがどこからか引っ張って来た『誰もやりたがらない奇妙な事件』それがダルの担当だ。


「しかしヤルソン、だいぶ太り過ぎの飲み過ぎだぜ。ぽっくり逝ってしまうぞ」

「ふん、本望さ」またヤルソンは酒をあおった。


「しかしそのスピンクスってのはどんな厄介な魔獣なんだ?」


「砂漠に迷い込んだ旅人にクイズを出すらしい?」


「?…何で??」


「知らんよ、本人に聞いてみな」

またヤルソンは椅子をきしませながら酒をあおった。


「なるほど、それで困った旅の商隊(キャラバン)からの依頼か」


「違う、依頼して来たのはそのスピンクス本人からだ」


「なんじゃそりゃあ?!」

さすがのダルも呆れた。


「報酬は良いぞ。それにクイズに勝てば商工会から賞金が出る」

ヤルソンの一言でダルの表情が変わった。

「マジかよ!」


「砂漠の町は空前の『スピンクス景気』で大賑わいだからな。わざわざ西の大陸の焼き鳥屋がスポンサーに就いてるぐらいだ」


「なんで!?」


「そのスピンクスというのは半裸の美女という話だ」


「ほう、詳しく聞こうか」

ダルは仕事に前向きになった。


「なんでもスピンクスの謎を解こうと、はじめは世界各国のクイズ王と呼ばれる学者や学生、占星術師や錬金術師の連中が続々と集まって来たんだが、みんなスピンクスに食われちまって対戦者がいないらしい」

「へぇ〜」

「だから、な」

ヤルソンは急にニヤリと笑った。


「え?いや、俺はクイズなんてムリだぜ!」


「成功報酬は金貨三十五枚、前金で五枚だ」


「分かった、場所を教えてくれヤルソン。急にやる気が出た」


「場所はお前が持ってるメモに書いてある。西の大陸風の焼き鳥屋だ!失くすなよ!」

そう言いながらヤルソンが何かを投げ渡してきた。


受け取ってみれば拳ほどの大きさの岩塩だった。

ダルは岩塩を持って笑いながら小屋を出た。


山小屋の横にはすでにヤルソンがロバとドンキーバッグを用意してくれていた。

ロバに岩塩を差し出すとロバはペロペロと舐め始める。

ロバにとって塩はごちそうだ。ロバはさっそくダルに懐いた様だ。


「全く、さすがヤルソンですな」

まんまと手玉に取られた感じだ。

ダルはロバの背中に袋型の敷物を敷き、ヒラリとまたがるとロバはポクポクと歩き初めた。

ロバならばスピードは出ないが食事は道端の雑草で済む。荒野を進むにはピッタリだ。

「まぁのんびり行くさ」


ダルはまだ田舎のチンピラ少年だった頃にヤルソンと出会い、冒険者になってから15年にもなる。すでに組合(ギルド)の中でもベテランの一人だ。

もっともキャリアだけ長いが、普段は近隣の小さな仕事ばかりを請け負って食っていくだけのダメ冒険者だ…いや便利屋というべきか。

ダルにとってはヤルソンは冒険者の先輩であり、家族であり、親友だった。

そしてヤルソンはダルの持つ奇妙な才能を理解していた。

それは他の冒険者には絶対できない仕事。


『誰もやりたがらない。困難で奇妙な仕事』


それが冒険者ダルの行く現場だ。

ダルはロバに揺られながら険しい山道を越えて行った。

五日ほど夜を越したか。

遥か彼方に砂漠が見える。


砂漠。

さて山の裾野の草原を抜けると砂漠が広がっている。

目の前に巨大な三角形の山の様な古代の建物が並んで建っていた。ピラミッドだ。

表面は白い石灰岩の壁が輝いていた。

「こりゃスゲぇ」

これが古代の墳墓なのか?すごい技術だ。

スピンクスが居るのはこの付近の町らしい。

なるほどこれなら守護聖獣ぐらい居てもおかしくない。


町はガヤガヤと人で賑わっている。

なぜこんな砂漠の町にこんなに人が居るのやら。

宿は焼き鳥屋の隣と聞いたな。

ふと香ばしい香りがして来た。

看板に「けんたきー」と書いてある。

ここがヤルソンが言ってた西の大陸の焼き鳥屋か。

元は軍用の鶏肉保存食だったと聞く。

店の立ち食いカウンターでは若く美しい女性が一人で鶏肉を食っていた。

まだ年若いレディだ。

横顔は砂漠の民とは思えないほど白く美しい。

だが、ピンクのヒラヒラとしたドレスにミニスカートが、どう見ても砂漠には場違いな服装だ。

いや、というか頭には猫の様な耳。背中に鷲の様な翼を付けている。

というか、あの羽根は何だ?変わったファッションだな。

スカートからは彪の様な長いシッポが生えてゆらいでいる。


「?しっぽ…?」


少女の耳がピクリと動いた。


(…………………気のせいだな)

ダルは見なかった事にした。

『見なかった事にする』冒険者には必要なスキルだ…とヤルソンが言っていた。


まぁいい、まず焼き鳥だ。

食える時に食う。寝れる時に寝る。金の無い時に仕事する。それが冒険者を長く続けるコツだ…とヤルソンが言っていた。


「しかし、うまそうだな…一つもらおうか」

黒く日焼けした白いヒゲの親父に注文すると、衣を付けて揚げた鶏肉が出された。

すごい!初めて見る料理だ。

油も不思議な香りがした。

どうやって食うのか?ナイフは必要か?

ダルがいつもの古びた山刀を取り出す。


ふと横に居た女性を見ると立ち食いのまま手で引きちぎって食っている。

西の新大陸では手づかみ立ち食いで食うらしい。

野蛮な風習だ。まるで冒険者だな。

ダルも遠慮なく焼き鳥にカブリついた。うまい!


忘れていた。まず聞き取り調査だ。

ダルは焼き鳥を食いながら、店主に問いかけた。

「親父、このへんにスピンクスと言う化け物が出ると聞いたが?」

日焼けした白ヒゲ親父の顔が硬直した。視線は隣の少女を見ている。


「??……何だ?」


少女はジロリと俺を見た。いや、この瞳は!


「人間じゃない!!」

銀色に青く輝く瞳に鋭く細い瞳孔。それは猫、いや魔獣の瞳だった!


少女がニヤリと笑うと身体が突然膨らんでドレスが破れ、裸身の肌が現れた。


「お!」と、ダルは期待したが、残念ながら中身は獣の身体だった。

顔と胸はまるで人間の少女だが、背中には翼が生え下半身は猫科の獣だ。

「メニト」という大型の首輪が胸まで掛かっていて、残念ながら肝心の部分は見えない。

これが太古の獣神スピンクスか!……いろいろ残念な魔獣だな。


ちなみに胸はそこそこ大きい。これは知能が高くない証拠だと聞くが、俺の知ってる胸の大きな娘はみんな良い娘だったがな。

まぁ会ったのは皆さん一晩だけだけど。


巨大な猫の様な少女はゆるりと両手を着き、ダルを見た。


「我(われ)の名は『スピンク』この砂漠の迷いから生まれた知恵の魔獣だ」


「砂漠の迷い?」

ダルは特に驚くでもなく当たり前にスピンクと会話している。

ある意味これこそがダルの凄さだ。


「人間の迷いや恐れが砂漠に彩(いろど)りと深みを与えるのだ」


「いや意味が分からないんすけど」


「砂漠には道は無く。それゆえ砂漠には無限に道が現れ、無限に道は消えるのだ。

人間の迷いも現れては消える。

それがこの砂漠の道を司るのが我が使命」


「うむ……やっぱりワカラン」

ダルは適当に聞き流しながら焼き鳥を齧った。


スピンクは銀色に青く輝く瞳を向けて来た。

「お前に問う!『朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足で歩く生き物』は何か!」


はあ?何を言ってやがるんだ?この珍獣は。

ダルは話半分で焼き鳥を頬張っている。

町の住民たちは久しぶりのクイズ合戦を観戦するために続々と集まって来た。


化け猫は銀色に青く輝く瞳を歪ませニヤリと笑った。

「答えられないのなら貴様を食う!」


ダルは焼き鳥を咥えながら答える。

「そんなモン決まってんだろ!俺たち冒険者だ!」ダルは断言する様に言い切った。


「ふふふ、間違いだ、では食って…


「間違いでは無い!!朝は四本足、昼は二本足、夕方は三本足!それは冒険者だ!」

ダルは再度答えた。


「う…??」

ダルの圧倒的な自信満々の顔にスピンクは少し考えた。

コヤツはなぜこんなに迷いもなく答えられるのか?今までの人間どもはあわてふためき泣き喚き、哀れなまでに命乞いした。

それは道の迷いに他ならない。

砂漠とは『無限に現れ、無限に消える道無き道』なのだ。

スピンクはその『無限に現れ、無限に消える道』から生まれ、その無限の道を司る魔獣なのだ。


人は無限に絶望し、無限に恐怖し、無限に迷う。

その無限の迷いを司ってきたのがスピンクスだ。

だがコヤツは違う??迷いが無い。

なぜだ?我(われ)の知らない別な答えが有るというのか??


「考える必要も無いだろ!冒険者だ!」

ダルは絶対の自信を持って断言する。


スピンクは美女の顔に冷や汗を流しながら問い返す。

「い、いや、ちょっと待て。なんで冒険者なのか?」


ダルはニヤリと微笑んだ。

「何だ!お前まさか 知、ら、な、い、のか?」


ギクリ!とスピンクは固まった。

スピンクは獣神としての能力をフルに発揮して必死で考えている。だが分からないのだ。


ダルはスピンクにズイっと詰め寄った。

「ふふ、知りたいか?」


「ゔ…」

スピンクはたじろいだ。

まさか古代から人類を謎と恐怖で支配し、同時に町から魔物を遠ざけ民衆を導いてきた知恵の獣神スピンクスがトボケた冒険者に圧倒されるとは!

街中の人々が固唾(かたず)を呑んだ。


「答えを知・り・た・い・のか!珍獣!」

ダルはさらに近寄ってくる。


「ううううう………」ダルの圧力にスピンクは滝のような大汗を流しながら後ずさりする。


スピンクはこのように迷わず即答する人間を今まで見たことがなかった。


(な、なぜコヤツは、こうもあっさりと我(われ)の想像を超えて来るのだ??この我(われ)よりも思考力が高いのか?

いや、どう見ても何も考えて無いようにしか見えない。何も考えて……ハッ!)

スピンクの知性の砂漠に稲妻が走った。

(まさか…これが『無』の境地?!)

魔界でも聞いた事がある。

『無』であるがゆえに無限。

『無』であるがゆえに絶対。

ならば『無』は砂漠の絶望を越えられる!


人間の中には知識や知性を超えて絶対『無』の世界を体現してしまう者が居ると聞く。

(まさかコヤツが?!)

スピンクの全身から汗が吹き出した。


魔族として知性の限界を超えるべく無限の砂漠の入り口へと身を置き、知性とは何かを、自分に、他人に問い続けて来た。

まさか、その答えが、今、ここで、分かるのか?!


「良かろう、答えを教えてやろう、珍獣」


「う…うん!」スピンクは汗だくになりながらゴクリとツバを飲んだ。


「冒険者というのはだな!


「冒険者とは?」


「冒険者というのは新人の頃は地面を転げ回りながら這いずり回って、

三年もすれば独り立ちして歩み、

頂点の勇者になれば剣を地面に突き立てた銅像が立つんだっ!!!!」


「ガガーン!」…とスピンクは衝撃を受けた。

答えは一つでは無い!人の数だけ無限にあるのではないか!!

今まで別なアプローチの答えなど考えた事も無かった。

古代からの知恵と知識を詰め込んできたはずのスピンクの頭脳が反乱を始めた

無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!無限!

スピンクの思考が思考を呼び出し思考の思考が思考を始めてしまったのだ。

思考の無限ループである。

視線は動揺し汗が吹き出し膝が震えている。

知性が高い魔獣であるゆえの無意識に思考の出力にスリップが起きたであろう。


スピンクは敗北した。

いや、自滅と言っていい。そして…

人間の世界の奥深さを知った。


膝から崩れ落ちるスピンクをよそにダルは焼き鳥にかじりついた。

「親父!焼き鳥もう一セット追加だ」



〜〜次の冒険に続く〜〜



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る