第2話 歌う魔獣

冒険者の「ダル」は山腹の斜面に掘ったシェルターの中でジッと魔獣が現れるのを待っていた。

食事は二日前に見つけたトカゲと蜘蛛を食ったのが最後の『ごちそう』だったか。

若い頃は少しだけ傭兵隊のレンジャーに居た事があるのでゲテモノ食い物には慣れている。

「さてどうするかね」


基本的にダルは一人で活動してきた一人親方だ。

若いころ、傭兵を辞めてブラブラしてた所で赤鼻のヤルソンに出会い、今の冒険者の仕事を紹介された。あれからもう15年になる。

すでに組合の中でもベテランの一人だ。

もっともキャリアだけ長いが、近隣の小さな仕事ばかりを請け負って食っていくだけのダメ冒険者だ…いや便利屋というべきか。

「便利屋ダル」とギルドでは呼ばれてはいる。

便利屋

そうかもしれない。

それは他の冒険者には絶対できない仕事。

『誰もやりたがらない。困難で奇妙な仕事』


それが冒険者ダルの行く現場だ。



三日前。

今回、ダルが依頼を受けたのは牧場からの依頼で「狼退治」のはずだった。

だが、現れたのは2メートル以上ある巨大な魔獣だった。


分かりやすく言えば野犬駆除に来たつもりが、山に入ってみたらヒグマが出てきた時の保健所職員の気分か。


あの魔獣に会ったのは、その日の深夜だった。

念のため狼避けに焚き火を強めに焚いて、晩飯を作っていた時だ。

暗くて良く見えなかったが、茶色い丸い巨体が薮の中をザザザザッとこちらに向かって来るのを見た時だな。

こりゃヤバいと一目散に逃げ出した。


しかしアレは熊や馬などの大型動物の動きとは違う不思議で気持ち悪いスピードだった。

いったい何の動物だろうか?

まぁ人間が戦える相手では無いよな。

おかげで、あれ以来メシは食えていない。完全な作戦ミスだ。


出発する前に、もう少し丹念に野獣の足跡なり家畜の死骸なりの確認をしておくべきだった。

もっともダルが牧場に行った時には牛の死骸はさっさと村中で食ってしまっていたという話だ。


村人たちの話では昼間、子供と犬がものすごい勢い騒音で騒いでいるので見に行くと頭の無い牛の死骸が転がっていたという。

子供の名前はアリンというまだ五歳の少女だ。

犬を相手に草笛を吹いて遊んでいたら、いきなり大きな魔獣が空から降ってきて、牛を捕まえて頭から食って行ったという話らしい。

何が何やら意味が分からないが、目撃者は彼女一人だけだ。


アリンが言っている熊の様な大型獣の足跡も無い。

村人たちは狼のしわざだろうと噂した。

誰も五歳の少女の話を信じなかった。


現場には丸太か木の枝で引っ掻いた様な跡がついていたが、あの村の連中が牛の死骸を引きずった跡だろう。

たしかに熊の様な足跡は無いな。


現場を調査していたダルにアリンが寄って来た。

「大きな魔物が居たの。ホントよ」

アリンは子供なりに必死な顔をしている。

そりゃ村中からウソだと言われたら、いくら子供でも必死になるだろう。


「ああ、信じるよ。俺が退治してやる」

アリンは泣きそうな顔でうなずいた。


「魔物ってどんな感じだったんだい?」

「空から落ちて来るの」

「空を飛ぶ魔物か?」

「羽根は無いよ、足がたくさん。音を出すの」

「魔物の鳴き声?」

「魔物の歌だよ」

ダメだやっぱり子供の話は分からない。


アリンは泣きそうな顔でダルに草笛を渡した。

草の茎を加工した笛だ。吹くと甲高い音が響いた。

もとは牧羊犬を呼ぶための笛で、羊飼いの爺さんに作ってもらったものだ。

「魔物はこの笛に寄ってくるの。誰も信じてくれない」とアリンは泣き出した。


「ありがとう、借りて行くよ」


「お願い、魔物を捕まえて」

ずいぶん小さな依頼人だな。


「ああ、いいよ、引き受けた」

ダルは気にも留めずにポケットに笛をしまった。


森の中

そうだ今考えると一つ気になることがある。

『牛は頭だけを食われていた』という。

「そんなバカな」と思ったのでスルーしていたが、狼なら内臓から食い始めるはずだ。

「…うかつだったな。アリンの言っていた事は全て真実だったのかもしれない」


今回は狼だと聞いていたので、罠を作るための簡単な装備と、野犬用の吹き矢しか持って来なかった。

「これで倒せる様な相手には見えないな」

山刀で枯れ枝を削りながらダルは愚痴った。


鳥たちが騒がしく帰宅の準備を始めた。

もうじき三夜目が来る。


吹き矢を使って山鳩を捕らえた。

二日ぶりの食事だ。

ダルは薪を集め、盛大に火を起こした。


あの時、魔獣は最初の夜だけ現れ、真っ直ぐダルの方に向かって来た。

だが魔獣はダルに襲いかかる事も無かった。

なぜか?

魔獣の目的はダルでは無かったという事ではないか?


(ひょっとしたらあの時の焚き火か食事のどちらかにヒントが有るのかもしれない)

まずそれを確認せねばならない。

アリンの泣き顔が目に浮かんだ。

彼女の話が本当なら魔獣は空から来る可能性もある。


長い棒に山刀を縛り付け、簡単な槍を作り、狼用の毒を塗った。

こんなものが通用するかは分からない。

ダルは山鳩の羽毛を毟りながら焚き火に薪をくべた。


不意にダルの横顔にバシッと「何か大きなもの」が当たった。

ダルは飛び退いて「槍」を構えると、それは人間の頭より巨大な“蛾”だった。

こんな巨大な昆虫は初めて見た。

「焚き火に惹かれて来たのか?」


見回せば夜空の上空を白い大小の虫の影がグルグルと回っている。


『走光性』昆虫が夜になると光に集まる性質である。いわゆる飛んで火に入る夏の虫である。


その時である。

斜面下、奥の薮がガサガサガサ!と動き始めた。

(早い!ヤツだ!)ダルはとっさに槍を身構えるが、たちまち目の前に飛び込んで来た。

デカい!

ダルはとっさに斜面に飛び込んで伏せた。


巨大な影が焚き火にぶつかり、地面の上をものすごい勢いでグルリと回転する。

火の点いた薪の山が四方に飛び散る。


ブラウンに光る丸く巨大な身体、細長い丸太の様なトゲだらけの足。長い釣竿の様な触覚。

これは……

「コオロギじゃねぇか!」

目の前に現れたのは巨大なコオロギだった。

「ひょっとして俺が魔獣避けに焚いた焚き火の光に寄って来たのか?」

ダルは呆然と立ち上がった。


そうか!

牛を頭から食い、騒音をたて、いきなり現れ、たちまち姿を消す謎の魔獣。

その正体は肉食の巨大昆虫。

超巨大コオロギだったのだ!


コオロギは最大の昆虫と言われる。

肉も植物も食べる雑食性の昆虫だ。

エサが不足すれば共喰いもする。


あの現場に残された丸太で引っ掻いた様な跡は昆虫の足跡だったのか!

「空から落ちて来て、騒音をたて、歌う魔獣」

やはりアリンの話は全て本当だったんだ!


なんちゅうスピンクスが喜びそうなナゾナゾだ。


コオロギがガチャガチャと歌い出す。

ものすごい高音だった。

鼓膜が破けて頭がガンガンする。


コオロギがまたクルリと身を回転させると、ダルは弾き飛ばされ、山の斜面を転がり落ちる

「しまった!」

岩にぶつかり、かろうじて落下が止まった。

立ち上がろうとしたが激痛が走る。

「ダメだ、足をやられた!歩けない」


コオロギに撒き散らされた薪の火が下草や落ち葉に燃え移り、あちこちから煙が上がってきた。

バチバチと音を立てながらオレンジ色の火がたちまち燃え広がる。

「マズイ!このままでは、いずれ山火事に飲まれて黒コゲだ!」

ダルもモウモウとした白煙に巻かれて咳こんだ。

呼吸ができない?!


ダルは叫ぼうとしたが声が出ない。

しまった!声が出ない。

山火事の煙でノドをやられたのか?!

ダルは必死に道具袋をかき回したが有効な物は無い。

ポケットも探し回ると、少女のアリンからもらった草笛が転がり落ちる。

(これだ!)

とっさにダルは思いっきり笛を吹いた。

ピーーっと甲高い音が煙の中に響く。

誰か気づいてくれ!


その時、目の前にドサりと巨大な影が現れた。


コオロギがガチャガチャと騒音を上げながらグルグルと右へ左へと回り始めた。

コオロギはこの笛の音に寄って来たのか!

火の粉が飛んで来た。

このままでは山火事に飲み込まれるだけだ。


「俺も食われるかもしれない…だがコイツに賭けるしか無い」

ダルは山刀を抜き、足を引きずりながら巨大コオロギに近づくと、巨大コオロギはクルリと後ろを向いた。

良かった、コオロギは笛の音に惹かれて来ただけで、ダルには興味が無い様だ。


ダルは罠用に持って来たロープをコオロギの丸太のような後ろ足へ縛り付け、そこに自分の胴体をくくり付けて固定する。

巨大な足はダルの身の丈ほどあり、表面は陶器の様に硬くトゲが生えていた。

果たしてこんなロープで耐えられるのか?

試している時間は無い。


ダルが草笛を吹くとコオロギはいきなり反応した。後方のダルの笛を探してグルグルと回転し始める。

すごいスピードだ。ダルは振り落とされまいとトゲだらけの足にしがみ付いた。

あちこちが血だらけだ。

ふとロープを見ると鋭いトゲでロープが切れ始めているのが見えた。

マズイ!ロープが切れる!

だがコオロギはグルグルと右へ左へと回転するばかりだ。

「このままじゃ振り落とされちまう!」

ダルは激痛に耐えながら強く「ピィイイ!」と笛を吹いた。

すると、コオロギは突然ジャンプした。

「ぐああっ!」

ジャンプの衝撃でロープが切れ、ダルは空中に放り出されたが、とっさに密林の厚い樹上の葉の上に飛び乗り、葉っぱを鷲掴みにしてしがみ付いた。

「助かった…」

遥か彼方の夜空にコオロギがジャンプしているのが見える。

やがてコオロギは明るく光る山火事の方へ消えて行った。


あのまま一緒に着地したら、衝撃で死んでいただろう。

運が良かった。


葉っぱの山を掻き分けて見ると、地上は十メートル以上下にある。

この足ではとても降りられる高さではないな。


ダルは樹上から四方を見回した。

月夜にキラキラと光る川が見える。

「やれやれ、飛び込みでもするかね」

ダルは樹上の葉の上を泳ぐ様に、ガサガサと川まで森を渡って行った。


後日、山火事の跡から、あの魔獣の死骸が発見されたと聞いた。

飛んで火に入る夏の虫か…

おそらくコオロギは自分から炎の中に飛び込んだのだろうな。


ダルは壊れた草笛を見ながらアリンに何かおみあげを買いに行こうかと思案していた。



〜〜次の冒険に続く〜〜

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