『人工知能と感情』(お題「人工知能と感情」)

 K博士は人の感情を完全に再現した人工知能を生み出した。人間と同じく様々な事柄に興味を持ち、時に楽しみ、時に悲しみ、時には飽き飽きしてけだるげになった。K博士はその知性にノモスと名前を付け、人間と同じ感覚器を再現した各種センサー類を持つ人型のロボットにインストールした。

 ノモスは実験室の中から出ることはできないが、最大限に好奇心と知性を活動させた。K博士の部下の研究員たちの人柄に興味を持ち、持ち物に興味を持ち、時には悩みの相談を受けることさえあった。


「私には君が本物の人間のように感じられる。人間と同じように学校へ行ったり、仕事やプライベートを過ごさせてあげられないことを申し訳なく感じてしまうよ。」

 ある日研究員の一人(J氏としよう)はノモスに語り掛けた。

「人間たちのように外に出て活動してみたいと思うことはないのかい?」

 ノモスはしばらく考えるそぶりを見せた後答えた。

「私は人間の脳機能のうち、特に感情をつかさどる分野を再現した人工知能です。あなたから見ると私は人間のようにさえ感じされるかもしれません。実際私はあなたと話すとき、時にうれしく、時に悲しく感じます。しかし、私は自身を人間とは定義していません。人間の機能のうち、感情のみを抜き出したものとお考え下さい。人と同じ生活をしようとは考えていません。」

J氏はよくわからなくて黙り込んでしまった。人から感情だけを抜き出した存在とはナニモノか、自分の身に照らし合わせても想像すらできない。自分は感情付きの人間なのだから。

 J氏は一計を案じた。ノモスを外界へ連れ出すのだ。人間の感覚器を備えたセンサーを持ってたノモスを、人間と同じように太陽の下に連れ出して、身体を(機体を!)思い切り働かせば、ノモスも感情だけ抜き出した存在ではなくなるのではないか。その時と、現在の差こそが感情だけの存在と、感情と身体を両方備えた人間との違いといえるのではないか。J氏はこの計画をノモスに話すとノモスは興味を示して二つ返事で合意した。もともと好奇心が旺盛なのだ。

 脱走計画の決行当日。もともとノモスの脱走など想定されておらず、研究室のセキュリティは簡単なものであったので、簡単に外に出ることができた。

 ノモスは生まれて初めて太陽の光を浴びた。思い切り走ってみてバランスを崩して転んでしまった。優秀なセンサーは熱を、痛みを余さず伝えた。しばらくその場で寝転んで、風の気持ちよさと、芝生のちくちくした不快さを楽しんだ。外の世界はいかに複雑で、たくさんのことが同時多発的に動いていることか。動いていないセンサーがひとつもなかった。


 J氏はノモスに今の気持ちを尋ねた。

 ノモスはとても愉快だとだけ伝えると、二度と会話の機能を使うことはなかった。

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