第5話 邂逅乙女


 「いいからそこ座んなさい」


「……はい」

 

「何足崩してんのよ、正座よ正座」

 

「あんまり調子に乗るなよしずくねぇ!」

 

コイツは高橋しずく。

一つ上の先輩で昔からの付き合いが……腐れ縁のある人だ。

この人が俺を着せ替え人形みたいに使ったのが女装をする第一歩なのは間違いない。

 

「へぇ、そんな口叩くんだぁ。その服装は何かな〜ん〜?」

 

「こ、これは……」

 

「白スクに……それゆいちゃんの制服じゃん! ついに妹に手を出したな変態シスコン男!」

 

「だから違うっての! ヴァルキューレ、説明頼む!」

 

ヴァルキューレがこれまでの経緯を話している間、しずくねぇの目線がずっと俺に飛んできていた。

やめろって、そんな目で見ないでくれ……。

 

「もじもじすんな、キモい」

 

落ち着け結元ゆいと。

ここで落ち着かなきゃいつ落ち着くんだ。

間違っても、間違ってもここでゾクゾクしたり興奮したりしてはいけない。

知り合いに、幼馴染に女装姿を見られて冷たい目をされてる……やっば開いちゃいけない扉開きそう。

 

「女装した姿を生で見られんのは初めてだし……恥ずかしいんだよ」

 

「ネットだとあんなに"ボク可愛いですぅ〜♡"みたいな写真上げてんのに、いまさら何を恥ずかしがる事があるんだ?」

 

ちょいちょいちょいちょい!

い、い、いいいま何て言った?

俺が配信者だって事知ってんの!?

 

「ちょっと待ってくれしずくねぇ、いつから俺が女装配信してるって知って」

「生で見られるのが恥ずかしいって言ってたから適当に言ったんだけど……え、マジでやってんの?」

 

……墓穴を掘るとはまさにこの事か。

自爆って表現が正しいのかな?

なんだろう、さっきまでの高揚感が全て消えて、びっくりするぐらい冷静でいられる。

もう、遅いってのに、バカだな〜。

あーっはっはっは!


「……もう殺して下さい」

 

「お前本当に面白いな、一枚写真とっとこ」

 

満面の笑みで拒否され、白スクの上に妹の制服を着ている姿を写真に撮られる。

もう、抵抗する気力も無かった。


「それで、乙女が頑張って頑張って何とか作り上げた力作をゆいちゃんに使ってもらう為、自宅に送ったらこの変態が勝手に着たせいでゆいちゃんは登録が出来なくなった……って事?」

 

「その通りです、プラトニック様」

 

何それ。

プラトニック?

 

「そ、その名前で呼ぶなバカ!」

 

「失礼しました、高橋様」

 

はっはーん。

しずくねぇのコールサインはプラトニックか。

 

「確か……コールサインってのがあったよな? 俺はゆいゆいだけど……なぁヴァルキューレ、コイツの、高橋しずくのコールサインは何なんだ?」

 

「おい余計な詮索をするな! 今ならまだ間に合う、命は大切にしろ! 私にお前を殴らせるな!」

 

「やっかましぃ! こちとらもう残機ないどころか死んでるようなもんなんだよ!」

 

ヴァルキューレはしっかりと、確実に答えた。

プラトニック様……と。

 

「プラトニックねぇ、あんなに女からモテまくりで毎日違う女を横に付けてるしずくねぇが、コールサインはプラトニック? あーっはっはっは!」

 

無言でスマホを取り出すプラトニック。

開いているのは連絡アプリだ。

相手は……妹。

送るメッセージには……さっきの写真!?

 

「お前なんてこの指一つで殺せるんだぞ、調子に乗るな」

 

「申し訳ございませんでした」

 

「だいたい女の私が女の子と一緒にいても変じゃないだろ……ったく」

 

タキシード姿の女性にスク水制服の男が土下座をするなんてシュールな光景は歴史を振り返ってもここぐらいだろう。


「となると、ゆいちゃんは強化パーツを貰ってないって事になるのか」

 

「はい、リンク解除は通常の手段では不可能ですから、再登録もできません」

 

「しずくねぇ」

 

「何だ女装マニア、少し黙ってろ」

 

この人なら妹が戦いに巻き込まれた理由を知っているかもしれない。

 

「……何でしずくねぇがここに居るんだよ」

 

「それこっちのセリフなんだけど……まぁお前のはさっき聞いたもんな。答えは簡単、戦う為だけど」

 

「違う! 何で戦いに巻き込まれてんだって話だよ、妹も、しずくねぇも……死ぬかもしれねぇんだぞ!?」

 

しずくねぇはうーんと唸り、腕を組んで悩んでいる。


「もちろんそのリスクはある。でもな、こうやって変身できるのも限られた人間だけだし……」

 

「何で俺を見るんだよ、この格好の理由は言っただろ」

 

「はぁ……、この街と家族や友達を守る為だよ」

 

「しずくねぇにそんな正義感が……人は見かけによらないって本当だったのか」

 

少し冗談を言っただけなのに写真を送ろうとしないで下さい。

いやもうマジで、勘弁して下さい。

 

「妹も……そうなのか?」

 

「それを前に聞いたんだけど、ゆいちゃんは何も話してくれないんだよね」


妹はしずくねぇが大好きだ。

それに二人は実の姉妹のように仲がいい。

それでも話せない理由って……。


「無理矢理やらされてるとか……」

 

「それは無い。ここは、乙女は絶対にそんな手段で人を集めたりしないんだ、だからゆいちゃんは自分から進んでここに来てるんだよ」

 

アイツが自らの意志でここに?

気の強い奴だけどさ、こんな所で戦ってたんじゃいつ心でもおかしくないってのに。

 

「それよりも、お前だよお前!」

 

ビシッて音が聞こえてきたぞ、あと人を指差すな。

 

「そんなゆいちゃんを守る為の拡張パーツを変態が使っちゃったしなぁ……お前、しばらくは私と一緒に戦え」

 

「そうすればその間、妹は戦わなくていいんだよな?」

 

「私達で倒せればゆいちゃんを巻き込む事はないはず」

 

成程な……妹を守る為か。

ん、いや待て。

 

「そんな事しなくてもみんなでこの服をここに叩き返して普通の生活に戻ればよくね?」

 

しずくねぇは俺の言葉を聞くと少しだけ笑って、俺の隣に座った。

 

「ヴァルキューレの話だとお前、フェイスレスと戦ったんだろ? アレはな、いつ何処で現れるかわかんないんだ。だから、この服をここに叩き返して、その後に襲われてみろ。……大切な人を守れる力がここにあったのにそれを捨てたって思うさ、絶対に後悔してもしきれない」

 

ガサツな性格。

だけど、髪の毛はしっかり手入れされていて、胸もデカい。

前から思ってたけど可愛いってより美人……いや、イケメンって感じだ。

あ、まつ毛長いな。

 

「人が真面目に話しんのにジロジロ見てんじゃねぇよ変態! 顔と胸を交互にチラチラと……そーゆーの分かるんだからな」

 

頭に手刀が落とされる。

全然痛くない、いつもの彼女のツッコミだ。


あのフェイスレスは何処にでも現れる。

例えば、こんな日常にいきなり現れて、襲われるかもしれない。

しずくねぇの言う通りだ、この力があればもしもの時に妹を守ることができる。

それに、現れたフェイスレスは妹より先に俺が倒せば、あいつに何の危険も無い。

 

「わかった、妹の代わりに戦うよ」

 

「ついでにか弱い私の事も守ってね♡」

 

「おもしろい事言うじゃん、俺より身長高いくせに」

 

スマホを取り出して……あああ!

だから無言で送ろうとすんのやめてってば!

 

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