第2話 誕生、愛と正義と女装の使者


 頭の中で俺の俺による俺の為の会議が開かれるが、どの俺に聞いても答えは"終わり"しか帰ってこない。

冷静に絶望しているとインターホンが鳴ったのが聞こえた。

 

「はーい」


玄関を開けると、荷物を持った男がそこに立っていた。

 

「結元ゆいさんでしょうか」

 

「ゆいは妹ですが」

 

「ご家族であれば大丈夫です、こちらに受け取りのサインをお願いします」

 

宅配便が来た。

妹宛?

通販か?

つーかあの配達員俺を見てゆいって言ったよな?

……やれやれ、女装しなくても俺は女に間違われるぐらい可愛いのか、まいったまいった。

 

「ありがとうございました」

 

あの配達員、最後まで俺を舐めるような視線で見てやがった……画面越しじゃないこのネットリとした視線は気持ち悪い。


「さてと、なんだろこれ」

 

差出人は……知らない名前だ。

両荷物は手で運ぶ大きさのダンボールの割にめちゃくちゃ軽いし、アイツが買いそうな物って事を考えると、中身は服かな。

 

家族だから贔屓する訳じゃないが、妹はめちゃくちゃ流行には敏感だし、服のセンスもいい。

そして、俺はツイッポーに乗せる自撮り写真に丁度困ってる。


なら、やる事は一つ。

 

「何か言われたら間違って開けちゃったって言えば許してくれるだろ! まぁ、今日の事で口聞いてくれなくなるかもしれないけど、その時はまたその時に考えるとして。あ、何だよこれ」

 

中には透明のビニールに包まれた上下の服が、猫耳のついたパーカーとチェック柄のスカートが入っていた。

 

「カワイイ、いや、めちゃくちゃカワイイ!」

 

妹が選ぶ物にしては少し派手だが、アイツも中学三年生。きっと大人っぽい服に憧れる時期なんだろう。

これが流行の最先端か……よし。

 

「ケーキ屋まで歩いて二十分はかかる、だから……今だ、今しかない!」

 

妹よ、すまん。

でも、お兄ちゃんが着たほうがカワイイと思うんだ。それに安全かどうかの確認もある、穴が空いてて妹が外で恥ずかしい思いをするなんて兄として許せないからな。

だから俺、着るよ。

 

「うわ、なにこれ」

 

二階に持ち帰り、さっそく着替えてみる。

よほど素材がいいのか、メーカーがいいのかは分からないけど凄く着心地がいい。

パーカーはふわふわとしていながらも重くなく、サラッと軽く着れる。

で、だ。


「アイツの制服以外のスカートは久しぶりだけど……やっぱりスースーする」

 

フードを被り、クルッと回ってスカートをふわふわとさせる。

うわ、今の俺……可愛すぎ?

鏡に映ってる天使は誰?

まぁ、この部屋には俺しかいないんだけど。

 

「さーてと、アイツが帰ってくる前に自撮りだけしておかないと」

 

机にスマボを固定していると

 

「生体認証確認。こんにちは、結元ゆい」

 

何処からか、なぞの声が聞こえてくる。


「俺は結元ゆいとだ! ゆいは妹で俺じゃねぇ、つーかお前は誰……いや何処だお前!」

 

「失礼しました。それでは結元ゆいと様に合わせて初期設定を始めます。」

 

何処から聞こえて……まさか服から聞こえてる?

俺の勘がめちゃくちゃヤバいと言っている、とにかく早く脱がないと!

……あれ?

 

「何で脱げねぇんだよ!」

 

「設定完了がしました。これより新規登録を行います」

 

新規登録ぅ?

怪しいビジネスみたいなのに巻き込まれそうになってるって、やばいって!

服の新規登録ってそもそも何!?

てか何でキツく締めてないはずのベルトがびくともしないんだ?

上着のファスナーもスカートとおなじように俺の力じゃ脱げないような謎の力でひっついてやがる!

 

「初めまして。私はヴァルキューレです、早速ですが結元ゆいと様、コールサインを決めて下さい」

 

「俺は何も契約しないし、何もするつもりねぇよ! とっとと俺から離れろーっ!」

 

「ではこちらで決めましょう」

 

机に置いてあったはずのスマホが浮き上がり、パーカーの猫耳部分からレーザーが出てスマホを起動し何処かにアクセスログしている。

まるで映画だ、映画でスキャンとかする時の光だ。

 

「はい、その通りスキャンです。」

 

何で心が読めんのぉ!!

 

「ではコールサインはゆいゆいとします」

 

それは俺のツイッポーアカウンヨ名かつ配信者名!

 

「では改めまして、こんにちはゆいゆい。我々"乙女"は世界の平和を守る為各地で人類の敵と闘っています。ゆいゆい、いえ登録が済みましたのでマスターと呼びます。マスターは私、ヴァルキューレを身に纏い戦うメンバーに選ばれました」

 

「え、いや、いやいや、え?」

 

そんなアニメみたいな事ある?

つーかこの世界に人類の敵とかいねぇだろ


「乙女レーダーに反応あり。敵が商店街に出現、市民が攻撃されています!」

 

「だーかーらー! 俺を巻き込むなって!」

 

「戦わないのでしょうか?」

 

「ったりめぇよ、こちとらケンカで勝ったこともねぇんだぞ?」

 

「しかし、このままでは死人が出ます」

 

……へ、いや、ちょ。

死人?


ちょっとまて、このふざけた声を信じる訳じゃねぇけど……妹は、ゆいは商店街のケーキ屋に行ったよな?

 

ズドンと大きな音がして、商店街からそこそこ離れているはずなのに家が少し揺れた。

これって、その敵って奴の?

 

「ま、まさかな」

 

窓の外の商店街がある方角からは、黒い煙が上がってた。

 

「行きましょうゆいゆい、私達が戦わねば市民を守れません!」

 

「信じた訳じゃない、訳じゃないけど……一応商店街に行ってみるか」

 

「では行きますよ、マスター」

 

ヴァルキューレとか名乗る服がそう言うと、体が急に軽くなって……ってか!

 

「ちょ、浮いてる! 何か俺浮いてるって!」

 

「このまま商店街まで飛びます、到着まで一分」

 

このまま飛ぶ?

このまま飛ぶつって……このまま飛ぶって事?

 

体が宙に浮いている。

窓から外に出た俺の体は、商店街方向に向かって加速していて……。

 

「まて! いや俺こんな格好してんだぞ!?」

 

猫耳パーカーにチェック柄のミニスカート、スカートの下は男物の下着。

こんなので空を飛んだ日には……間違いなく空飛ぶ変態としてスクープになるって!

やばい、スカートの中見られそうで恥ずかしい……でも変な気持ちだ。

 

「視界遮断モードにしてありますので大丈夫です」

 

「よくわかんねぇけどすげぇ! でもやっぱり家に返してくれ、その、配信では女装するけどリアルで女装して出かけた事とか無いから……」

 

「敵個体の反応は一つです、とっとと片付けましょう」

 

服は俺の言葉を無視し、さらにまっすぐと加速する。

商店街の入口で降りた時、煙が増えている事に気付いた。

ケーキ屋はもう少し先、無事でいてくれよ!

 

走ってケーキ屋の前まで向う。

靴を履いてこなかったのに、ブーツが何故か足にある。

裸足よりはいいと思ったけど、めちゃくちゃ走りにくい。


「接敵します!」

 

ケーキ屋の前で暴れていたのは、顔が無い、人型の、それでいて人にしては大きすぎる。

大きなのっぺらぼうって表現が近い、そんな化物だった。

 

「目標発見、ノーマルフェイスレスです。ヴァルキューレシステム異常無し、全装備アクティブモード、近距離用索敵センサー及び防御プログラム起動、対フェイスレス用特殊プログラムにアクセス。バッテリー残量47%、予備バッテリー残量100%。戦闘に支障はありません。マスター、いつでもいけます」

 

「いやいきなり言われても何がなんだがわかんねぇっての!」

 

つーかあののっぺらぼう……でいいのか?

人の形をしてるけど、全身が真っ白で、顔には目や口はもちろん、耳も髪の毛すらも無い。

巨大な、筋肉質なマネキンって言った感じだな。

 

「アレはフェイスレス、人類の敵です」

 

俺の身長から考えて……多分二メートルはあるよな。

つやの無い真っ白な腕が動くと、人のように筋肉が動いてるのがはっきりと分かって、キモい。

だけど、俺は今恐怖を感じていない。

お化け屋敷で泣いてしまった俺がここまで不気味な物に対面したら普通動けなくなるはずだが、体は自由に動いてくれる。

 

「夢じゃ……ないよな?」

 

「マスター、ご指示を」

 

ケーキ屋の中には人が避難の為、多すぎるぐらい人がいて、中に妹の姿を見た。

そして、目の前ののっぺらぼうはケーキ屋へ迫っている。

 

「お前、ヴァルキューレとか言ったか」

 

のっぺらぼうがケーキ屋のガラスを叩き割り、中にいた人の腕を掴む。

そして、少し離れたこの場所からでも聞こえる嫌な音が、骨の折れる音と悲鳴が聞こえた。

 

「はい、マスター」

 

あのままじゃ妹がやられる。

ダメだ、そんなのダメだ。

俺が守らないと、絶対に守らないと!

 

「俺は妹を守らなきゃいけない、だけど俺一人じゃ絶対無理だ、だから何したらいいか教えてくれ」

 

「ただ命じて下さい。今はそれで十分です」

 

ここまで非現実的な事に巻き込まれたんだ。

だったら最後まで、非現実的な方法で妹が救われたっていいだろ。

 

「アイツを止めて妹を救え、ヴァルキューレ!」

 

「了解しました、マスター」

 


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