コールサイン・ゆいゆい 〜愛と正義と女装の使者〜

ふぇりか

第1話 誕生、愛と正義と女装の使者


 

 こんな奴を見た事は無いだろうか。

小学校時代、クラスの女子に髪を結ばれたり女物の服を着せられて可愛い可愛いと言われている男子だ。

そう。本人は嫌がってるのか、喜んでいるのか分からないアレだよアレ。

 

『できた! ゆいと君とーっても似合ってるよ』

 

『うぅ、スカートのせいで足が変に涼しいし、しずくちゃんの服ピンク色で僕には似合わないよ! 僕は男なんだから、黒色のかっこいい服が似合うんだ!』

 

『ほら文句言わないの! 次はこれね、羊さんパーカーパジャマ! それがおわったら小学校の体操服着せたげる!』

 

『あぅ……やめて、やめてよしずくちゃん』

 

『ほら抵抗すんな! ケンカで私に勝てた事ないでしょ!』

 

思えばあの時、幼馴染のお姉さんに無理やり女装させられたのがきっかけだった。

保育園、小学校、中学と進んでも彼女は俺を着せ替え人形のように扱ってきた。


いつ頃からこんなことを、いや。

こんなにも素晴らしい事を始めたのかは覚えてない。

でも、気がついた時には俺は……。


「お! これ新作のワンピじゃんか! アイツが小遣い貯めて買ったやつだよな」

 

そう、そんな経験を重ねてきた俺は。

 

「やっほー、ゆいゆいでーっす!」

 

女装をして配信をするのが趣味になっていた。

……いや分かるよ? 女装とかキモいって意見は分かる。

でもさ、見ろよこれ。

 

『カワイイ!』

『本当に男か?』

『男でもいい、付き合って下さい』

『え、私よりカワイイんだけど……』

『メイク教えてー!』

 

今や男でありながら女みたいに、いやそんじょそこらの女よりも俺は可愛くなっていた。

キモいなんて、誰にも言わせない。

自慢じゃないが、俺の周囲で俺より可愛い奴なんて一人も居ない。

俺が一番可愛いんだ。

 

「えへへ、みんなコメントありがとーっ! 付き合って欲しいってコメント多いけど、俺は正真正銘男の子。だから男には興味無いんだよね、惚れさせちゃってごめんな♡」

 

配信しているPCにむかってウインクをして、男どもを煽るようにお決まりになっているセリフを言う。

流れるコメントはいつも通り。


『可愛すぎる』

『養いますから』

『流石にえっちすぎるので今晩使わせてもらいます』


男どもは喜び、キモいコメントを量産する。

 

『うっざ』

『は? 女の私より可愛いのに?』

『媚売っててキモ』

『かわいいのがむかつく』

 

女どもは嫉妬のコメントを量産する。

 

あー、やっぱこれだよこれ。

女よりも可愛くて、同性に興味ないって言ってるのに男からアプローチを受けるこの優越感……最高だ。

知らない男どもからチヤホヤされるの、マジ最高!

 

『下着はどんなのですか!』

『見たい!』

『金投げますから見せて下さい!』

 

「残念だけど下着は男物だから見せれないかな……アハハ」

 

妹の服を勝手に使ってるけど、流石に下着は超えちゃいけない一線だと思う。

これでもし、もし下着に手を出してしまって、女物の下着がクセになった日にはもう、ね?

 

『その可愛さから男物の下着がもうエロい』

『男同士なんだから見せろよ!』

『男の下着見たい男ばっかじゃん』

『なお↑は男から興味を持たれない芋女定期』

 

しかしこの男物でも需要あんのか……うーん。

なら試してみてもいいのか?

 

俺が少し考えていると、スマホから警告音として設定した音楽が流れ出した。

 

この音楽は……妹が帰ってきた合図っ!

やばいやばいやばい!

妹の服を勝手に着て配信してる姿を見られたら……父さんと母さんにチクられて……ああああ! 

それだけは、それだけは何とか阻止せねば!

 

「ちょっと今日は中止! またやるときはツイッポーで言うから!」

 

色々とコメントが付く中、急いでアプリを落とす。

そして着替えを……。

 

「ねぇおにぃ〜カワイイカワイイ妹が帰ってきたんだから出迎えとかしない訳〜?」

 

まだ階段には来ていない。

急げ、全力で着替えろ!

 

「お前が前に出迎えたらキモいって言ったから止めたんだよ!」

 

二階にある俺の部屋まで玄関からだいたい30秒ってとこだ、間に合う、まだ間に合う。

頑張れ、頑張って着替えろ俺!

 

「も〜、だからって誠意を見せる行動は止めちゃだめだよ。ほらほら、妹ちゃんに嫌われちゃうぞ〜、降りてこ〜い! 一緒に食べようと思ってケーキ買ってきたぞ〜」

 

しびれを切らしたのか階段を登る音がする。

妹が階段を登る度、俺は断頭台にゆっくりと近づくような思いで……って、ファスナーに手が回らねぇ!

着るときは出来たのに、クソ!

 

「む〜し〜す〜る〜な〜!」

 

やばいって! もう来ちゃうよ、扉の先にいるって!

 

「い、今から降りるよ」

 

「もうお兄の部屋の前にいるから、お兄の部屋で食べよ〜」

 

一瞬、ほんの一瞬扉が開き、俺は何とか扉を締めた。

体育が得意ってわけでもない俺だが、この時の動きは素早く、押し返されないように体重を扉にかけてしっかり抑える事ができた。

 

「ちょ! 開けてよおにぃ!」

 

「待って、あと十秒でいいからまって!」

 

……しまった。

背中で扉を押さえてるから背中のファスナーに手が回らないじゃん!

つーか妹よ、そんなに俺の部屋に突入しようとすんな!

 

「はいはい、じゃあ数えまーす。いーち、にーい」

 

よし、今のうちに着替えるぞ。

十秒あればいける、勢いをつけてファスナーをつかんで服を脱ぐ。

次に脱いだ服を丸めて開きっぱなしの押入れに放り込む。

最後になに食わぬ顔で妹の対応をする。

完璧なプラン!

しくじるなよ結元ゆいと。

ここが、俺の関ヶ原だ!

 

扉を押す力が無くなったのを背中で感じて、その一瞬で少し背中を扉から浮かせてファスナーを掴み、急いで降ろす。

よし、脱ぐのは完璧だ。

このままこれを押入れに……。

 

「はい私の中で十秒経ったから入りま〜す!」

 

「あ」

 

「え……お、おにぃ……その、えっと」

 

妹の手に持っていた箱が落下した。

この甘い匂いは、俺の大好物のモンブラン。

箱の隙間から栗色のクリームが床にこぼれてカーペットが汚れる。

 

「あー、お兄ちゃんケーキ食べたいなぁ、あは、あははは」

 

何言ってんだ俺。

 

「え……あ、う、うん。も、もう一回買ってくるね!」

 

いやお前も目見開いて何言ってんだ。

 

「あ、こ、これお金」

 

「あ、ありがと。商店街のお店に行ってくるね」

 

「気をつけてな」

 

妹はケーキを買いに出て行った。

妹のワンピースを握りしめている俺を見たあの目は……間違いなく引いていた。

 

「終わった……」

 

妹がケーキを買いに行っている間に、ワンピースを何事も無かったように部屋に戻し、落ちたケーキを片付ける。

ふぅ、いやー。

 

「ワンチャンばれてないとか……無い?」

 

無いよ。

何とか作り上げた理想は内なる自分が崩壊させていく。

 

「ハァ……これどうすんだよ」

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