帰宅

 アレクサンドリアの宮殿から、奴隷の為に設けられた小さな区画。そこにある建物の中で、最もマシな井出立ちをしている建物へとオクタヴィウスは帰ってきていた。


「ただいま、アグリッパ」


「えぇ、おかえり」


 そんな彼を出迎えるのは同じ家に住む女奴隷、アグリッパである。


「どうだったかしら?宮殿の方は」


「こっちはいつもと変わらないよ……そっちの方はどう?」


「こっちもいつも通り……ずいぶんと血なまぐさいよ」


 オクタヴィウスと共に暮らすアグリッパ。

 ありとあらゆる者の目を引く天性の美貌と、それをうまく利用することを可能とする智謀を併せ持ったオクタヴィウスに対し、そんな彼と共に暮らすアグリッパは圧倒的な武勇を誇っていた。

 

「でも、今日も私は無傷で勝ったよ」


「それはよかった……まぁ、宮殿からでもサエプタ・ユリアの熱狂は聞けるから何となくわかるけどね」


 そんなアグリッパが、己の武勇を行かすために毎日のように向かっている場所、それこそがサエプタ・ユリアである。


「……あっ、そうなんだ」


 サエプタ・ユリア。

 それはアレクサンドリアにある一つの円形闘技場。

 魔法が存在し、個人の実力は青天井となっているこの世界。

 そんな、武勇によって戦場の優勢が決まるこの世界において、強者の存在はあまりにも大きい。

 この世界の各地には強者を発見するための円形闘技場が数多く存在し、そこでは毎日のように自分の力を示し、上へと成り上がろうとする者たちがしのぎを削りあっているのだ。


「そっちの成果は上々かな?」


「えぇ……それはもちろん。ちゃんと貴方と取り決めていたことはやっている。ローマとのつながりは着実に繋いでいるわ」


 オクタヴィウス。

 彼の目的は奴隷という身分から成り上がることであり、目指すはこの世界の覇権国家たるローマである。オクタヴィウスはこれっぽちもエジプトで終わるつもりはなかった。

 そして、そんな彼にアグリッパも追従する。


「いやぁ、それはよかったよかった……うーん。素晴らしいね」


「これくらいはもちろんだよ。私は、貴方と共に生きることを決意したのよ。すべてを順調にこなしてきたオクタと一緒に歩けるだけの実力はもっている、と。そう常に示せるように……」


「おっ?嬉しいこと言ってくれるねぇー」


「……当たり前のことよ」


「でも、そんな信頼を裏切って悪いけど、僕は宮殿の方で自分が男だってバレちゃった。計画はどうあっても変更しなきゃいけないわ」


「えっ……?」


 オクタヴィウスへと全幅の信頼を寄せているアグリッパ。

 そんな彼女へとオクタヴィウスはあっけらんと最も重要なことをさらりと告げるのだった。

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