第22話 嵐の前の静けさ

しばらく道を歩いていると、最初に王宮を見た橋へとたどり着いた。


「ねぇ…ナギ。」

「ん…?」


トウマは下を向いたまま、何も言わなかった。

その顔は悲しそうで…どこか不安そうな顔をしていた。


「もし…僕がナギと一生会えなくなったら…ナギはどうする…?」


一生会えなくなったら…トウマはそう言った。

今までそんなこと考えたことがなかった。俺はトウマを見捨てたりなどしたくないと思っていたから。


「お前が生きてるなら…俺はお前を死ぬまで探し続ける。お前のいる場所が俺の居場所だ。」


トウマの手を取って勢いよく走り出す。

さすがに急なことだったようで、

「ちょっ…!ナギ…っ?!」


手を繋いだまま俺たちは家に向かって走った。

頭ではわかってるんだ。もうすぐこの日常が終わることなんて。


初めてだったんだよ。

こんなにも誰かと一緒にいたいって思ったのは――


気がつけば見覚えのある景色に変わり、トウマの表情も柔らかくなっていた


「っはぁ…はぁ…っはぁ…ナギ…走るなら一言いってよ…っ!」

「ははっ…はぁ…別にいいだろ、おまえも笑ってんだし。」


-----


ザザッ…ザーッ

「こちら3班、目標発見。指示を。」

ジーッ

「こちら本部、引き続き微行を続けろ。」

「了解。」


夕陽を背に屋根の上から少年たちを見下ろす影が1つ、2つと動き出した。


-----


俺たち2人は徐々に明かりが灯っていく商店街の中をゆっくり話しながら歩いた。


ほんの5分程度の道のりだったけど、トウマは公国のこと―食べ物とかトウマの周りの人のこと…色んなことを教えてくれた。


この1日が、俺の人生の中で1番楽しかったって思えたんだ。


気づけば家の前まで来ていた。

「随分遅くなったな…」

「…だね。ルルアさん待ちくたびれてないかな?」


もしかしたら怒ってるかも…と思い恐る恐る玄関を開ける。


「おー、やっと帰ってきたか。おかえり。」

ルルアはソファに寝転がって顔だけをこちらへ向けていた。


「すみませんルルアさん。だいぶ待たせちゃいましたよね、お茶淹れるので少しだけ待っててください。」

トウマは一言そう言うと、キッチンへと駆けていった。


「はは…なんか悪いな。別にお客でもないのに気使わせてさ。」

「あいつはそーゆー奴なんだよ。それにあのルックスから見てもさ…スパイみたいな汚れ仕事なんてあいつには似合わねーよ。」

俺たちのことは気にも留めず、キッチンのコンロの前に立つトウマの後ろ姿は…初めて出会ったあの時から何も変わっていないようだった。

「ナギ、もしかしておまえは…あいつにスパイの仕事を辞めさせたいのか…?」

「いや。俺はただ、あいつには…トウマには自分のやりたいことをやって欲しい。あいつの本当にやりたいことが帝国に対する復讐だなんて思えないんだ…でもあいつはきっと、俺に自分の本音を言う気はないんだろうな。」


俺は少し呆れたように鼻で笑った。


「…おまえとトウマって、ほんとにこの前の戦争中に出会ったんだよな…?別におまえらを疑ってるわけじゃないが、あまりにも…なんというか…息が合ってるみたいに…私からはそう見えた。」


トウマと俺が…息が合ってる‥か。

俺たちの息が合ってる…なんて解釈は間違ってる。

トウマが…俺の中の人生という一冊の本を理解して、俺に合わせてくれているからだ。


「俺とあいつが出会ってからまだ日は浅い。なのに何故か…昔からの親友みたいに…ルルアやリンヤと同じように俺はあいつに心を開けた。それからずっと、いつかあいつが俺の隣からいなくなるんじゃないかって…最近、ちょっとずつ怖さが増してきててさ。」


最近――休戦協定が出された頃だろうか。

最初はあまり気にならなかったが、一緒に起きて、家事をして、一緒に寝る。そんな暮らしをようになってから、トウマの隠し事は増えたように感じていた。

明け方何事もなかったように帰ってきたことも、夜遅くまで起きて何かをしていることも。トウマ本人は気づかれてないと思ってるかもしれないが、俺は知っている。

今まで牢獄に囚われていた頃から、相手の顔や声色で心情を把握する癖がついてしまっていた。このなんの教養もない頭で考えて考え続けた結論。

それは――

''トウマは俺に何か大事なことを隠している…そしてその内容は、俺に関係することかもしれない''

ということだった。

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