第19話 次は俺の番
曲がって数歩歩いたところで先頭を歩いていたリンヤは足を止めた。
「着いたぞ。これが俺の家。」
俺は目を疑った。
軍に入隊した頃からリンヤとは同じ部屋で過ごしてきた。もちろんリンヤがどんな奴なのかも分かってる。ずっと俺を笑わせようとしてくれた明るい奴だった。
だが今のリンヤの目元にはうっすらクマが浮かび、表情は俺の知っているリンヤとは真逆の顔をしていた。
そしてリンヤの後ろに映る家屋もまた、明るく活気のあるリンヤからは想像のできないほど朽ち果てて…窓はなく、本来窓があるはずの場所にはボロボロの布がおまけ程度に貼り付けてある程度だ。
「ナギ。おまえにも思うところはあるかもしんねぇけど、とりあえず中に入れよ。」
ただ一言――リンヤはそう言って家の中に入り、手招きをした。
俺とトウマは顔を合わせ、お互い意見が噛み合ったように頷き、家へと入った。
家の中はあまりにも殺風景で…正直目のやり場に困る。
手作りだと思われる木の椅子2つと食卓テーブル、そして崩れそうなほど使い込まれたタンスとベッド。
水が出るような蛇口らしきものは見当たらず、旧式のガスコンロが地面に置かれているだけだった。
椅子を開けた場所に持ってきて座るよう促す。
俺たちは少し戸惑いながらも流れに身を任せるように椅子に座った。
リンヤはギシッと鈍い音をたてるベッドに勢いよく腰を落とす。
「…リンヤくん。言いにくいかもしれないけれど、教えてくれないかな?この場所のことを。」
リンヤは少し考え込んだあと、俯きながら、
「言われなくたってわかってるよ。全部教えてやるって。」
俯いていた顔を上げる。
「この場所は――――」
「帝国の闇が詰まった場所だ。」
休戦になってから長らく触れてこなかったそれを…その言葉を
こいつの口から聞くとは思ってもいなかった。
リンヤはずっと王宮の騎士になることが夢だと、何度も…何度もそう言っていた。
寮で同じ部屋だったあの時も…牢獄に駄弁りに来たあの時も、
いつだって目をキラキラ輝かせながら話していたリンヤが――
俺はこの瞬間、心の底から帝国を恨んだ。
「…っ!なんで!何があったんだリンヤっ…!!…詳しく話を聞かせろ…!誰だ…!お前をっ…こんな風にさせたのは…!」
「っ…」
俺は問い詰めるようにリンヤの肩を掴んだが、リンヤはそれに答えようとする気はなく横を向いているだけだった。
「ナギ…落ち着いて。そうなる気持ちは僕にもわかるよ。でも今はリンヤの話を聞こう。聞いてから…考えよう…。」
トウマも感情を抑えているように顔をしかめ、俺の手を掴んでいる手には力が入っていた。
「さっき言ったよな。ここは帝国に国民としての権利を奪われた人とか、他国に出稼ぎに行った親に残された子どもがいるって。」
「帝国は今、徹底的に公国を潰そうって計画を立ててる。たぶんそれは公国側も分かってるだろうから、戦争がまた始まれば前よりももっと大きな戦争になる。」
「公国に関係のある人たちを帝国から出れないように規制したり、働けなくして行動を制限したり…公国に所縁のあるものは全部壊していってんだ。」
言葉が出なかった。
トウマも同じようで、呆気にとられたままだった。
リンヤは言葉を続ける。
「おれの家は代々、公国からの製品を仕入れて売ってた。おれもその仕事を継ぐつもりだったけど、小さい時に見た王宮のパレードで最前列を歩く騎士がかっこよくて…親にその夢を伝えたらすぐに背中を押してくれた。」
「でも戦争が始まると製品の規制が厳しくなって、生活にも影響が出てきた。おれは軍に入ってたし、おれの家はこの商売だけで生計を立ててたせいで親は罰せられることを知りながら続けてた。」
公国の製品は優秀で長持ちするし安全だと、聞いたことがあった。
俺の家もかつては商売をしてたからこれだけはわかる。
規制がかかったものを仕入れ続けていると、刑罰はより重くなっていく…これだけは気をつけなさいと両親から口うるさく言われてきた。
「俺が前線で戦ってる時に、親が捕まったって知らせがあってさ。会いたいって言っても会わせてくれなかった。それに…おれが帰る時こう言われたんだ。」
「お前の親は皇帝の命により処刑された。よかったな。
ってさ…っ――」
静かな空間に嗚咽の音だけが響く。
リンヤの心の中に抑え込まれていたものが一気に溢れ出す。
「そのあと……おれはっ…行く場所がなくなって…ここに来た…」
こんな時、あの頃のリンヤならどうするだろうか。
リンヤなら――
俺は手を伸ばす。
リンヤの頬を伝う涙をすくい上げるように目元にたまったものを拭う。
「ははっ…なんだよおまえ…らしくないんじゃ……っ!」
あの頃のリンヤならこうした。
それに…俺にかけれる言葉はないから、こうすることしかできない。
抱きしめたリンヤからほのかに暖かさを感じた。
リンヤの涙が俺の肩を濡らしていく。
全てを失った俺に、リンヤは希望を与えてくれた。
次は俺が
リンヤに希望を与える番だ。
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