第18話 何も知らなかった。
「えっ…」
男は俺の口に手を当てた。
その瞬間俺の頭の中は真っ白になった。
「探しものは…これかな?」
その男は俺を囲っていた大柄の男に指示を出した。
大柄の男は荷台から布に包まれた2つの何かを運び出し、動けなくなっている俺の前にドサッと落とした。
その拍子に片方の巻かれていた布がめくれて中身が出てくる。
その中身は―――
「あ…あぁ…かあ…さん…」
肌は血色を失い白く染まり、
胸から腹まで伝う血液は乾き黒く変色していた。
「あぁ…あぁぁあぁあ…!!」
心の奥底から何かが湧き上がってくる。
今まで感じたこともない何かが。
「お父上の方も見られますか…?」
男はニコリと口角を上げ、目を細めた。
男がもう一方の布を取ると、母親の腕よりも一回りほど太い筋肉質な腕が支えを失いこちらへ垂れる。
俺の前に転がっている2つは両方とも目に光はなく、俺をじっと見つめていた。
「あっ…っはぁ…あぁ…」
必死に息を吸う音だけが響く。
何も言えなかった。
言いたいことは山ほどある。でも言えなかった。
とてつもなく…怖かった。
いつ息の根を止められるか分からないこの状況で、
俺は親の死を前に絶望にひれ伏した。
「あなたも、ご両親の隣に並べましょうか…?それとも――」
その一言で、俺の死へと続く道は途絶えた。
死とは別の―生きる道を与えられた俺は、己の弱さに失望しながら…生きる道を選んでしまった。
その一件の後、俺はすぐに軍に入隊した。
軍に入ってすぐの頃は、訓練にも行かず朝から晩までずっと寮に引きこもっていた。
自分だけが生きていることが物凄く嫌になって、現実を受け入れられなかった。
窓からさす太陽の光、
外の賑やかな街を見ると吐き気がした。
―――――――――――――――――――――
今思えばあの頃の俺は、慰めの言葉をかけてほしかったのかもしれない。
「大丈夫。お父さんもお母さんも…きっと迎えに来てくれるよ。」と。
トウマのその一言で女の子の曇っていた表情は一変し、明るいものへと変化した。
こんな言葉…ただの身勝手な一言にすぎないが、今にも孤独に飲み込まれそうな…壊れかけの心には十分すぎる救いだ。
トウマはその塩梅をよく理解している。だからこそ、この子に最後にたった一言―この言葉を投げかけた。
嘘だとしても、今この瞬間は孤独であることを忘れられるから。
そうして女の子はペコリと頭を下げて小走りで脇道の奥へと姿を消した。
「ここは他の国に出稼ぎに行った親に残された子とか、祖先が公国生まれってだけで仕事を奪われた人たちが住んでんだ。…全く嫌な話だな。」
俺は何も言えなかった。これまで何も知らなかったから。
横を見ると道端に座り込んでいる女と目があった。
目があった…というより睨まれたという方が正しいかもしれない。
「ここの突き当りを右に曲がれば王宮の下まで行ける。この道は帝国軍人どころか人は滅多に通らない。このへんでも知ってる人は少ないだろうな。もしそうするなら…ここから行けばいい。」
この言葉の意図を理解したのか、トウマは頷く。
「助かるよ、リンヤくん。」
「おれの家はその反対だ。左に曲がればすぐだ。」
突き当りを左に曲がる。右を見ると遥か遠くは光が差していて明るく輝いていた。
道を1本歩いただけでも多くの人とすれ違い、睨まれた。
帝国がここまでして何を成そうとしているのか、俺には理解できない。
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