第17話 過去は消えない
「わかった…とりあえずうちの家に来なよ。大したもてなしは出来ないけど。」
そうして俺ら3人はリンヤの家へ行くことになった。
俺はリンヤの素性を全く知らず、帝国の裏の顔が露わになるなど思ってもいなかった。
俺とトウマがいた橋から東にまっすぐ進むと明るい賑やかな街の雰囲気とは真逆の、薄暗くハエの集った静かな雰囲気へと変わっていった。
あまりの変わり様に俺とトウマは辺りを見回しているとそれに気づいたのか、
「驚いたろ。隣町に来るだけでこんなにも様変わりするなんてさ。」
とリンヤが言う。
辺りには家を失くしてしまったのだろうか、道脇の家にもたれかかるまだ幼い子どもや痩せ細った女がいた。
「ここらへんは家を持ってるだけ恵まれてんのさ。ナギ…お前だって知らないだろうが、ここの他にもこんな廃れた場所は沢山あるんだぜ。」
リンヤの表情は最初に出会ったときより曇っていたようだった。
「公国で過ごしてきたお坊ちゃんにはこんな暮らし想像もつかないんだろうけど。」
と言って切り捨てた。
トウマは歩みを止める。
「僕はお坊ちゃんじゃないよ――」
「僕は―――」
言いかけた時、誰かが下の方からクイッとトウマの袖を引っ張った。
「そこのお兄さん、もしかして公国の人…?」
そこには小さな女の子が1人、ポツンと立っていた。
「私の…私のお母さんとお父さん知らない…?もうずっと帰ってこないの…。」
「お母さんもお父さんも…公国にお仕事探しに行ったっきり戻ってこなくて…!」
女の子の目から涙が溢れる。
トウマはじっとその子の方を見ているだけで…声をかけはしなかった。
「公国から来た人なら…何か知りませんか…?!お母さんはわたしとおんなじ茶色の髪で…お歌が上手なんです…!お父さんは金色の髪で緑の目で…足が速くて…力持ちで…それで――」
ポンッ――
女の子の頭に優しく手が触れる。
「ごめんね…君のお母さんとお父さんは分からないな。力になれなくて…ごめんね。」
「あっ…そう…です…か…。」
女の子の表情がより一層暗くなる。
この子はきっと分かっているんだろう。
分かっているのに…その事実が受け入れられない。
俺がそうであったように。
――10年前――
(おそいなぁ〜父さんと母さん…)
夜も終わりに近づいてきた頃。
俺は瞼が閉じそうになるのを堪えながら家のドア前に座り込んで両親の帰りを待っていた。
かつての俺の家は店をやっていて、そのおかげか家は大通りにあり、裕福とは言い難いが平凡な暮らしをしていた。
コツ―コツ―コツ―
ガタッ―ガコンッ
誰かが荷台を運びながら家の方に近づいてくるのが見えた。
(きっと父さんと母さんだ…!)
辺りの灯りは消え、人影すらまともに見えない中、待ち望んでいた両親の帰りに心躍らされていた俺は無我夢中で駆け出した。
それが間違いだった。
「父さーん!母さーん!はぁ…はぁっ!」
大通りの坂を駆け上がる。
次第に人影がおぼろげながら見えるようになり、輪郭がはっきりしてきた。
「はぁっ…はぁ…はぁ」
人影は――
4つだった。
普通の人間よりもやや大きな影が2つ。
大きな2つの影よりかは小さめで横幅は細い影が2つ。
「違う…」
「父さんと母さんじゃない…」
逃げなきゃ―
本能がそう語っていた。
こんな真夜中に出歩く人はそういないだろう。
そして視覚を通しても寒気がするほどの殺気。
標的は自分だと確信した瞬間の恐怖。
4つの影と俺は既に数メートルの距離まで近くなっていて、俺はそいつらの発する殺気と恐怖に怖気付いてその場から動けなかった。
「あ――」
手を伸ばせば届くほどの距離…姿が鮮明に俺の瞳に映る。
フードを深く被った男の4人組は俺の周りを囲んで周りから見得ないように俺を隠した。
4人のうちの細身の男がフードを外した。
白髪に金色に輝く目―まるで獣に狩られるような気持ちになった。
「はじめまして。こんな夜遅くに子どもが出歩いてはいけないよ。」
男は優しい笑みを浮かべ、俺のほうへと手を伸ばした。
まるで誘っているように。
「ぼ、僕は、お父さんとお母さんを探してて…軍で働いてるんですけど…!知りませんか!」
俺は男の手を取らずに答えを待っていた。
ゆっくりと男の笑みが消えてゆく。幼い俺はそれには気づかず泣きそうになりながら男の目を見つめていた。
「君のお父さんとお母さんが何処にいるかは知らないなぁ。」
「でも君のことは知っているよ。ナギくん…。」
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