第15話 聳え立つ高い壁

賑やかな大通りを足早に通り過ぎる。

美味しそうな果物にみずみずしい野菜、鮮やかな色で編まれた衣類…

目新しい物を前にトウマの目は絶えずキラキラと輝いていた。


「悪いけど市場はまた後な。」

「あっ…う、うん。見てるだけだから大丈夫だよ。」


次第に大通りを外れ、だんだんと高くそびえ立つ王宮が目の前に迫ってくる。


「王宮って…こんな大きかったんだね。」

「…まぁな。ただでかいだけ…それだけだ。」


再び俺の方から王宮の方へと視線を移すと、吸い込まれたようにトウマはじっと王宮を見つめていた。


俺はゆっくりと歩く速度を緩め、やがて王宮が一番よく見える橋の上で歩きを止めた。


「あれが…明日僕が壊す建物なんだね。」


俺自身も王宮の方へ顔を向ける。


王宮は横幅より高さのある造りをしており、頑丈な塀で囲まれている。

帝国で最も高い山―ムガンビナはちょうど帝国の真ん中辺りに位置していて山を削って王宮が建てられ、その周りを囲むように街が造られた。


「ねぇナギ。ナギは王宮の中に入ったことあるの?」

「あるにはある…けど…いい思い出はねぇな。」


トウマはそれ以上は何も言わなかった。

言いたくない過去だと、トウマにはそう思えたのかもしれない。


でも―


「おまえに…伝えなきゃいけねぇことがあるんだ。」


「えっ…?伝えたい…こと?」

トウマは驚いた様子でこちらを向く。


「あぁ。おまえと出会ってからずっと、言うべきか悩んでた。」


あの日俺らは''軍人''として出会った。


俺は帝国の軍人、トウマは公国の軍人としてあの国境で出会った。


最初はただ軍に乗り込む手助けをするだけ。

それだけの関係のはずだった―


でも…必死に俺らを守ろうと戦う姿を見て確信した。


「おまえと一緒に生きたい。」と。


そのために…共に生きるために俺には乗り越えないといけない壁がある。



俺は服の袖を肘まで捲る。


「俺は…普通の軍人じゃない。」


生々しい鞭の傷、手錠で擦れた手首、古くなった刺し傷…


「俺はこの国…帝国の奴隷なんだよ。」


トウマは何も言わず固まっていた。


「俺は親が死んでからずっと王宮の牢獄に監禁されてた。本部の奴らの監視付きでな。」


驚くに決まってるよな…絶望したよな。

一緒に行動を共にしてた奴がなんの役にもたたない奴隷だったなんてさ。


「だから俺は、おまえが守るほどの奴じゃ―」


トウマが顔を上げて目と目が合う。


その顔は

笑っていた。


「知ってたよ。全部。」


想像とは真逆の…予想もしてなかった答えだった。


「なん…で…」


トウマは優しく俺の捲った袖を下ろす。

「こんなのを人がたくさんいるところで見せちゃだめじゃない。ナギ。」


状況が読み込めていない戸惑う俺を見て話を続ける。


「守るほどの奴じゃない…ってもしかして、作戦で僕が単独で乗り込むって言ったこと?」


「毎日わざわざ手首までしっかり隠れてる服を選んで着てるし、どうしても隠せない時は包帯巻いてるなんて何かあるのかな〜ってそりゃ思っちゃうな。」


「ねぇナギ。」


普段より優しい声で呼びかけられる。


「ナギが今までずっと苦しんでたこと、奴隷扱いされてきたこと…全部分かってたよ。でもだからって突き放したりなんかしないよ。」



「ナギ…大丈夫。僕はずっと…君の味方だから。」



橋の下を流れる河に沿って一筋の風が流れる。


今の抑えきれないこの感情を…風にのせて吹き飛ばせたらいいのに。


ずっと心に寄り添ってくれる味方…それが''家族''なのだろうか。



大きく深呼吸をして今にも破裂してしまいそうな感情を押し殺す。


これだけは伝えなければいけない。


人として


いや


親友として、


「ありがとう。」を。



―――――――――――――――


「これで重荷は降りた?」


「あぁ。」


「思い残すことはない?」


「もう大丈夫だ。」


「隠し事も?」


「…ねぇよ!」

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