第9話 それぞれの願い
え―
僕が…イヴと…?
いや、ルルアさんも…ナギもいる。
仲間を置いて逃げるなんて…僕にはできない…。
「兄さん…ごめん。仲間がいるんだ。僕の帰りを待ってる仲間が。」
こんなこと言っても無駄だってわかってる…兄さんは頑固だから僕が一緒に逃げるって言うまで聞かないんだ…
そう思っていた。
「…。」
「仲間…か。今のトウマには帰る場所があるみたいだね。」
抱きしめられていた温もりがなくなっていく―
こんなの…あの頃と同じじゃないか。
僕が…イヴとの繋がりを断ったあの時と…。
「トウマ。」
優しい声で名前を呼ばれてハッとした。
「戻らなきゃいけない場所があるなら戻って。こっちは大丈夫だから。」
「兄さん…イヴ、ごめん。」
イヴはにこりと微笑んだ。
僕はまた、唯一の家族に背を向けた。
僕はあの頃から何も変わっていないのかもしれない。
「トウマ…」
「僕は君が生きてさえいてくれれば、それでいいんだ。だから―」
生きて―そう言ってあげたかった。
信者のいなくなった静かな教会に1人の少年は、雑草で輪郭の分からなくなった神像の前にひざまずく。
神様…どうか…
トウマを守ってください…
「おい。」
先ほど教会に連れてきた男が壁に寄りかかっていた。
「お前はまだ、帝国の敵じゃあねぇ。情報も何も盗んでねぇんだろ?」
「あぁ。」
帝国の敵じゃない…か。
帝国を出たその瞬間から僕は…帝国の敵なんだよ。
僕が一生背負っていかなきゃならない罪なんだ。
罪だと分かっていながら僕は―
「何もしてねぇんなら、この協定が有効な間に帝国を出ろ。」
意外な返答だった。
「軍の人間としてお前を許すわけにはいかねぇ。だが、国を出る手伝いならしてやる。」
「ありがとう。でも、大丈夫。もし僕を殺せって命令がきても躊躇しなくていいから。」
もうすぐ夜明けだろうか。空が藍色から紫へと変わっていく。
随分と長い夜だったな…。
―――――――――――――――――――――――
ガチャッ―
ここが今の僕の帰る場所…ナギのいる場所が僕の居場所だ。
「ただいま。ナギ。」
音で起こしてしまわないように静かにドアを閉めた。
僕自身荷物はほとんど持ってきてなかったため、自室は質素さを増していた。
唯一持ってきたものといえば私服1セットと…便箋だった。
便箋は至ってシンプルな柄で公国を出発する時に同僚からもらったものだ。
まさか…ほんとうに使う時が来るなんてなぁ…
故郷に戻るんだから手紙ぐらい書けよ!って勢いで貰ってきてしまった。正直最初は書くわけないって思ってた。
袋を開けると便箋は結構な枚数入っていた。
この量はちょっと多すぎる気がするけど…
余ったらどうしようかなぁ…
そんなことを思ったりしたけど、とりあえず書いてみることにした。
窓際の机の前に椅子を持ってきて腰掛け、ペンを持った。
同時刻――日が昇り始めた頃。
「ふわぁぁぁぁ…これでやっと一息つけるか。」
トントンッと机のカルテを集めてまとめる。
やっと休戦になったにも関わらず人員を増やさないなんて帝国らしいな。
「ルルアさん。お疲れ様です。また徹夜ですか?」
助手のマーニンも仕事を終えて報告に来た。
「すみません。報告…ですがお疲れのようですので、報告書だけ置いていきますね。」
「あぁ、ありがとう。」
マーニンは机の上に資料を置いてドアノブに手をかけた。
「そういえば先程電報が届いたのはご存知ですか?」
「いや、こちらにはまだ何も…」
マーニンは不安そうな顔で
「実は帝国軍本部が…敵国からの侵入者を見つけた…と。」
…まさか…!
いや、真相は本人に直接聞く。あの家にいるかは分からないが、とりあえずいかなければ。
「マーニン…ここは任せた。少し用事ができた。」
「はい。皆さんは我々にお任せください。」
そうして私はすぐに朝日の照らされる街へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます