第5話 己を動かすもの


トウマは振り返ってニコリと笑った。


「大丈夫。」


「あとは僕に任せて。」


―――――――――――――――――――――


「任せて…って!相手は軍曹だぞ!?」


「勝算がなくてもやらなきゃいけないんだ。」


そう言ってトウマは前を向いた。


「おじさん。」


「なんだ平民?平民ごときがこの俺に軽々しく話すのはやめていただきたいねぇ。」


深く深呼吸する。


この怒りを言葉にのせるな。


落ち着け―


「あなたがここで殺した公国の兵士、実は僕の同期だったんですよ?」


俺は一瞬驚いた。


そうか…だからお前は立ち向かうのか。


「公国の兵士が同期ぃ?帝国軍のお前がか?」


「えぇそうですよ。」


夕焼けで暖かかったはずのこの場所が一瞬ひんやりと凍てつく。



「今の私は―」



「あなたを殺す公国の兵士です。」




トウマは剣を向けた。そして男もまた装飾で彩られた剣を向ける。


「平民が私を殺せるとでも思っているのかぁ?ハハッ笑わせるな!!」


男が凄まじい速さでトウマの首を狙う


キンッ!


体勢を崩しながらも受け止める。



幾度となく続く斬撃に反撃する機会を伺うトウマ。


俺がやっと目で追えるぐらいの戦いが目の前で起こっている。



だがトウマの顔に焦りはなかった。



仲間を殺された怒りが、今のトウマを動かす原動力になっているように見えた。


一度体勢が崩れれば立て直すときに隙が生まれる。


男はその隙を狙っているんだろう。


トウマの頭が地面につく瞬間


再び首に剣が近づく


俺は思わず目を瞑った。



シャンッ!



人が切られた音ではない、もっと軽い音がした。


「ッ!この小僧…!」


「…っ!申し訳ないけどっ!体術でっ!負ける気はしないな…!」


トウマは剣が首に触れる寸前、足で男の手を蹴って軌道を変えていた。


男がふらつく。


その間にトウマは起き上がり、間合いを一気に詰めていた。


徐々にトウマの剣が男の心臓に近づく―


―――――――――――――――――――――――



この一騎打ちを遠くから見ている俺にはわかる…

トウマが足で軌道を変えたとき、勢いは落ちたものの相手はそれに怯まず剣を振り切った。

それでトウマが無傷でいれるはずがない。



傷の深さは定かではないが、あの表情からするに…




男の剣は確実にトウマの胸部に深い切り傷を入れていた。

今戦えるうちに決着をつけなければならないと考えていたトウマは慣れない戦い方を強いられていた。



カンッ!



剣が持ち主の手から離れ、地面に突き刺さる。



「ゴホッゴホッ…カハッ…」



緑の草原に赤い雫が落ちた。


「ふん…もう決着はついたようだな。」


「まだ…僕は…!ゴホッ…負けて…!ないぞ!!」


立つこともままならなくなったトウマは膝から崩れ落ちる。

剣を持つ力さえなくなり、肺に息を入れることで精一杯だった。


「そう吠えるな。今楽にしてやる。」


冷たい鉄がトウマの首に当てられる。


それをただ遠くから見ている俺。


なにやってんだよ…!


動けよ…!俺…!



あのときの俺は!トウマに!救われたんだろ…!



何かないか!走る…いやこの距離じゃ間に合わねー!


その時、腰に刺さっている剣と地面に刺さっている剣が視界に入った。


これなら…!


「リンヤ!そこの剣を抜いてトウマに投げてくれ!」


「っ!あ、あぁ!わかった!」


ブンッ!


重い音を立てて剣が男へ向けて投げられた。

その剣は男の肩に突き刺さり、急激な痛みに男は悶えた。


「トウマ…!俺じゃこいつを殺せねぇ!だから!おまえが!」


リンヤが地面に刺さっていた剣を抜き、投げる。


「頼む!!!!」



「あぁ…ありがとう。今度こそ…任せて。」



力の入らない手足を無理やり動かし、トウマは重い腰を上げる。


「…ッ!!」



グサッ!



剣は的確に心臓を刺し、男は倒れ込んだ。


やった…のか?


トウマは俺たちのほうを向いた。



「ありがとう。2人がいなかったら…僕は―」



視界が徐々にぼやける。平衡感覚もなくなっていく。


ドサッ…


「トウマッ!!」

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