第10話 カム=スカーデッドという男

 「カム=スカーデッドという男」

 

 景色は少し一変して、アクアストール中央部、王の宮殿サウンズロッドへと目を向けてみる。そこはいつもと変わらない静かな時間が流れていた。カム=スカーデッドは大きなソファに腰掛けながら、自らの科学力で作り上げた妙な機械の数々を眺めている。人を信じないカムからすれば、この機械たちが唯一信頼のおけるものなのかもしれない。そんな風に考えてみると、珈琲を啜るカムの姿が、妙に寂しげに見受けられる気がする。

「コンコンコン。カム様。」

 ドアの外からノック音と共に、女の声が聞こえた。カムはそれに答える。

「入れ。」

 女はその言葉を聞くと、ドアを開き中へと入った。

「ミレアか。」

 カムはぶっきらぼうにそう言った。

「私以外にここにくる人間はいないでしょ?命令通り、兄上様のご遺体を回収してきました。残念ながら体の方は火傷が酷すぎて、機械化してもどうにもならないでしょうね。頭の方はまだ幾分綺麗な状態で落ちていましたが、カム様と違ってそれほど賢くはなかったので、利用価値があるかどうかはなんとも言えませんね。」

 ミレアは冷静にそう言った。

「安心しろ。機械にするために回収させたのではない。」

「そうなのですか?もしかしてカム様に追悼の意がお有りだとか?そんなわけないか。」

 ミレアはそう言って少し笑っていた。

「俺にそんな口を聞いて、命があるのはお前くらいのものだ。」

「そうですね。私は特別なので。」

「そうだな。」

「それで。ご遺体はどうされます?」

 ミレアが聞くと、カムは少し考えてから答えた。

「あれでも俺の唯一の兄貴なんだ。」

「それなら丁重に埋葬しますね。」

「あぁ。頼む。」

 カムのその言葉を聞いて、ミレアは部屋を出て行った。再び部屋に静けさが戻ってくる。カムは額に飾られた一枚の絵に目を向けた。そこには自分と兄がまだ幼かった頃の様子が描かれている。

「サイ。おまえは本当に馬鹿で優しい兄貴だった。」

 カムはそう言って珈琲を口に運んだ。その目には一粒の涙が溢れていた。

 

 先代の王。つまりはカムの父は優しい人だった。国民に対しても、家族に対しても。しかしカムがまだ十四歳の頃に、何者かの手によって暗殺された。理由は分からない。でもカムはそれが王である者の宿命なのだと考えていた。でも兄であるサイはそうではなかった。毎日涙を流しては、何故?どうして?を繰り返す。そんなサイを馬鹿だと思うと同時に、羨ましいとも思っていた。カムは泣けなかったからだ。決して悲しくなかったわけではない。ただ王として、暗殺を未然に防ぐ手立てを講じていなかった父が悪いのだと冷静に分析してしまうと、涙など流れるわけもなかった。

 王位継承の日。兄であるサイはその権利を辞退をした。必然的に弟であるカムにその役目は回ってきた。もちろんサイはカムの方が王に相応しいと判断したから辞退したのだ。それはカムにとっても同意見だった。なぜならサイは科学者の家系に生まれながら頭が良くなかった。その代わりに習得が困難だとされる短剣術を簡単に扱ってしまうほど武の腕は確かだった。反対にカムの方は、幼少期から突出して頭脳明晰であった。剣術などはからっきしだったが、その頭脳が王には必要なものだ。だから二人の共通の認識として、弟であるカムが王になり、兄であるサイがそれを支えるという構図ができていたのだ。

 カムが王位に就いてから、この国は明らかな変貌を遂げた。人型機械を作り上げて、アルテミスの大戦を勝利する。他国からも脅威とされて、自国民を絶対な支配力で縛りつけた。王の素顔を明かさないことに徹底し、未知なるものへの恐怖心を煽り、反乱の抑止力とした。そして遂には古代兵器、古の機械の封印解除という禁忌に触れる。その時もサイは何も言わなかった。いい兄ではないのかもしれないが、弟に重荷を背負わせた責任からなのか、カムの行動全てを陰からサポートしていた。それが例え間違っていたとしても。いや、むしろサイは間違った人生を歩もうとしていたのかもしれない。誰からも讃えられていた優しき自分の父は、理由も分からないまま殺されてしまった。それなら自分たちは殺される理由が明確に分かる人生を歩んだ方がいいと考えていたのかもしれない。黒幕を名乗りロシェに首を斬り落とされた時も、必要以上に自らを悪に仕立て上げていたように感じられる。真意はもう分からないが、サイという男は、最期まで自分を貫いていたのかもしれない。

 

 ミレアが退出してから五時間ほどが経過しただろうか。再び扉がノックされる。

「コンコンコン。カム様。」

「入れ。」

 ミレアが再び入ってきた。

「丁重に埋葬してきました。後ほどご覧ください。それと。」

 ミレアはそう言うと、鋭い視線をカムに向ける。

「空の王と炎の巫女がこちらに向かっているとのことです。どうしますか?」

「そうか。空の王には古の機械を倒してもらわなければならない。」

「知っています。ただ本当に勝てるのでしょうか?」

 ミレアが不思議そうに尋ねると、カムは少し首を横に振った。

「やれるやれないの話ではない。やってもらわなければ困るのだ。」

「それはそうですが。そこまで信頼のおける者なのか、私には分からないですね。」

「ミレア。この世にはどれだけ策を講じても、想定外というものは起きるものだ。」

「と言いますと?」

 ミレアがそう聞くと、カムは少し笑って答えた。

「確実なことなど何も存在しないということだ。だから人生は面白いのだ。」

「つまり空の王が負ける可能性も想定に入れているということですか?」

「そうだな。でも不思議な話だが。俺は闘技場であいつに会ってみて思うのだ。必ず勝つだろうとな。」

 カムの表情は真剣だった。

「そうですか。カム様がそれほど信頼できると言うのであれば大丈夫なのでしょうね。それなら私は私にできることをしましょう。邪魔なのは炎の巫女なのでしょう?」

「そうだ。」

「私が消してきましょうか?」

 ミレアはどこか楽しそうにそう言ってみせた。

「だめだ。おまえは俺を守る最後の砦だ。前線に出すつもりはない。」

「えぇ。戦いたかったのに。じゃあどうするおつもりですか?放っておいたらここにきてしまいますよ?まぁ戦えるなら私はそれでもいいと思いますけどね。」

「マフィティスアは何人残ってる?」

 カムの問いかけに、ミレアはどこかつまらなさそうに答えた。

「アランが死んだので、残り七人ですね。あいつらを向かわせるんですか?空の王まで死んでしまいますよ?」

「記憶を取り戻した空の王が、人間如きに負けるとは思えん。それにあくまでも命令は炎の巫女の抹殺だ。そう伝えろ。」

「私に任せてくださればいいものを。」

 ミレアが不貞腐れたようにそう言った。

「おまえは最後の砦だと言っただろう?俺の想定より炎の巫女が強ければ、おまえにも出番はくる。準備だけはしておけ。」

 それを聞いてミレアは嬉しそうに答えた。

「カム様の想定が外れることを祈っておきます。では命令を伝えてきます。」

 ミレアは退出した。

 

 

 カタリナとロシェはアクアストールへ向けて歩いていた。以前通った時とは違い、今度は確実に葬るための準備を整えている。

「カタリナ。一つ聞きたいことがある。」

 ロシェがそう聞くと、カタリナは静かに頷いた。

「カタリナは怖くないのか?」

「怖い?」

「そう。戦うこと。僕は怖い。」

 ロシェがそう言うと、カタリナは少し考えてから答えた。

「私も怖いわよ。」

「そうだよな。変なことを聞いた。すまない。」

 ロシェがそう言うと、カタリナは首を横に振る。

「私はこの国の生まれじゃないのよ。」

「その話。後でゆっくり聞かせてもらう。」

 ロシェはそう言うと、カタリナの前方に出て、辺りを注視する。

「速いわね。何かに乗っているのかも。」

 カタリナはそう言うと、フレアリングを構えようとした。それをロシェが止める。

「ここは僕に任せてくれ。」

 ロシェのその逞しさに、カタリナはフレアリングを下ろして、後ろに下がった。記憶が戻ってからのロシェは頼もしい限りだ。カタリナを守るという気持ちが各所に散りばめられており、カタリナもそれを嬉しく思っている。

「前に二人かしら?気をつけてね。」

 カタリナが言うとロシェは被りを振る。

「前に七人だ。」

 ロシェは右手を、まだ見えない敵の方に向ける。そして小さな声で呟いた。

「銀世界の棺。」

 右手から放たれた吹雪が辺りを包み込む。そして徐々に敵の気配は無くなっていった。

「気配が消えたわ。どうなっているの?」

「この技は、前方一キロ範囲にいる対象を、氷の棺桶に封じ込めるんだ。」

「すごいわね。それにとっても綺麗だったわ。」

 カタリナはそう言った。戦闘術に対して、綺麗という表現が正しいのかは分からないが、心から出た言葉がそれだったのだ。

「僕の記憶に残っていた空を操る能力はごく一部だった。今はその全てを操れる。」

 ロシェがそう言うと、カタリナは苦笑いを浮かべた。改めてロシェという男の強さを実感させられた気分だった。空を操る能力とは、カタリナが思っている以上に強力極まりないものであると。

「それにしてもいったい何者だったのかしら?今私たちを襲ってくるなんて。」

「きっと王の。カム=スカーデッドの送り込んだ手先だろう。」

 カタリナはそれを聞いて、首を傾げた。

「王はロシェに古の機械を倒して欲しいのでしょ?」

「狙いはカタリナだろう。」

「そういうことね。」

「カタリナ。一人仕留め損ねたようだ。」

 ロシェはそう言いながら、カタリナの前に出る。

「一人と三体ってとこかしら。」

 眼前には一人の男と三体の人型機械が立っていた。

「あっぱれだな。マフィティスアを六人、まとめて始末してしまうとは。」

 男はそう言った。

「ロシェ。この男。古代兵器に匹敵するくらい強いわ。」

「あぁ。わかってる。」

 二人がそう耳打ちし合っていると、男は再び口を開いた。

「俺はマフィティスアのリーダー。ロメロだ。炎の巫女を抹殺しろと言われてここに来たのだが、あんなものを見せられては、空の王の実力、測りたくなってしまうよな。」

「カタリナ。三体頼めるか?」

「簡単よ。それよりロシェ。あの男。得体がしれなさすぎる。気をつけてね。」

「あぁ。」

 ロメロとロシェはゆっくりと間合いを詰めていく。

 

 カタリナは人型機械三機と相対していた。あの頃は一機相手に手も足も出なかったが、今は違う。

「フレア。炎剣の弓型。」

 アーチ状に並んだ炎の剣を機械たちに放つ。人型機械はそれを凄まじい速度で避けていく。

「爆炎の地雷。」

 無数の炎が地面へと入っていく。人型機械はそれを不思議に思いながらも、飛んでくる炎の剣を避けている。

「かかったわね。」

 機械の一つが、カタリナの狙った位置に立った時に、爆炎の地雷は起爆された。あまりの衝撃にその機械は上空へ跳ね上げられる。

「まずは一体。噴煙の太刀。」

 その太刀で上空の機械を両断した。切り口から溶岩が流れ出て、機械のボディを溶かしていく。こうなると修復は不可能だろう。

「次。」

 カタリナは舞うような動きで、もう一体の機械との距離を詰める。

「フレア。炎剣の舞。」

 炎の剣を手に取って、素早い動きで斬る。それを機械は拳で止める。

「ここからよ。神速の炎舞。」

 カタリナの速度が上がる。ぶつかればぶつかるほど速くなる。次第に機械の体に亀裂が入っていく。

「今よ。炎龍の咆哮。」

 カタリナが作り出した炎の龍が、吐き出した炎で機械を焼却した。見るも無惨な焼け焦げた塊が地面を転がる。

「あと一体ね。」

 カタリナはすぐに標的を捉えて、炎の剣を構える。機械はそんなカタリナに向かって恐ろしい速度で詰め寄ってくる。

「アクアリング。深海の舞。」

 水が機械を包み込んだ。動きはみるみるうちに鈍くなる。カタリナはゆっくりと機械の目の前に立った。

「お終いよ。終炎の舞。」

カタリナが後方に宙返りをすると同時に、機械は爆発に巻き込まれた。けたたましく燃え盛る火炎に身を焦がされ、瞳の炎は完全に消え去っていた。

「さぁ。あとはロシェね。」

カタリナは歩いてロシェの元へ向かった。

 

 ロメロと名乗った男は、リーダーということもあり相当な実力が伺える。しかし記憶を完全に取り戻したロシェにとって、全く脅威ではなかった。

「王が認めた男。空の王。古の機械を打ち破れる唯一の存在。肩書きだけでも血が騒いで仕方がない。楽しませてもらおう。」

ロメロはそう言うと、二本の剣を手に持った。

「マフィティスア。たしか、一人一人が特殊な力を有していると聞いた。」

ロシェはロメロを睨みながら静かにそう聞いた。

「その通りだ。俺の異名は召喚士ロメロ。あらゆるものを実体化し、召喚することができる。一つ面白いものを見せてやろう。」

ロメロはそう言うと、念を込め始めた。

「いでよ。ケルベロス。」

三本の首を持った犬の怪物がそこに現れた。そしてロメロはその怪物の上に乗る。

「さぁどうする空の王よ。」

怪物は素早い動きで、ロシェに飛び掛かる。

「くだらない。雷雲。」

ロシェは雷を発せさせて辺りに轟かせた。ケルベロスはその音に怯えている。

「どれだけ異形をしていようと犬であることに変わりはない。雷の音は苦手というわけだ。」

ロシェはそう言うと、怯えるケルベロスの上に座っているロメロに向かって右手を向けた。

「吹雪。」

ロメロは猛吹雪に襲われて、ケルベロスから飛ばされてしまう。

「雪崩。」

ロシェはそう言って追い討ちをかけた。突然上空から雪崩が落ちてきて、ロメロを埋めつくす。ロシェはその様子を見て天候操作を止めた。ロメロは雪のなくなった地表に倒れている。

「この程度か?」

ロシェがそう聞くと、ロメロはなんとか立ち上がった。

「さすがに空を操る能力とは厄介なものだな。しかしこれならどうだ。」

ロメロは再び念を込める。ケルベロスが姿を消した。

「いでよ。ドラゴン。」

今度は空に竜が出現した。そのドラゴンはロシェに向かって火を吹く。ロシェはその向かってくる火に右手を向けた。

「暴風。」

強烈な風が火を竜に跳ね返した。竜の体は燃えて消えていく。

「もういい。雷剣。」

ロシェは雷の剣を手に取って、ロメロ本人に飛びかかった。ロメロはそれを右手の剣で防ごうとする。二つの剣がぶつかる瞬間にロシェが叫んだ。

「雷光。」

ロシェの雷の剣と、ロメロの右手の剣が激しくぶつかる。その瞬間、雷の剣が強烈な光を放った。それはロメロの視覚を完全に奪うほどに強烈な光だった。ロシェは容赦なく、視力をなくしたロメロの右腕を斬り落とした。

「もう終わりだ。潔く引け。」

ロシェはそう言った。殺す気はないのだろう。

「これは俺から仕掛けた戦いだ。そう簡単に引けるわけないだろ。」

ロメロは苦痛に耐えながら左手の剣を構える。

「そうか。ならせめて痛みを感じる間も無く一瞬で終わらせてやる。」

ロシェは空へと飛び上がり、両手を上空へと掲げた。

「忍び寄る落雷。」

一瞬の出来事だった。「ドン」という大きな音が鳴るとともにロメロは倒れていたのだ。そこにカタリナが戻ってきて、不思議そうに尋ねた。

「今のは何が起きたの?」

「無色透明の雷だ。近づいてくることに気づけない。」

ロシェは地上に降り立ち、ロメロの死体を見ながら淡々と答えた。

「ロシェ。私の今の気持ち言ってもいい?」

ロシェは黙って頷いた。

「ロシェが敵じゃなくてほんとうによかったわ。」

それを聞いてロシェは少し笑って答えた。

「お互い様だろ。僕もカタリナが敵じゃなくてよかったと何回も思わされた。」

二人は顔を見合わせて笑った。

「私ね。遥か東の日本って国の生まれなの。」

カタリナはさっきの話の続きを話し始めた。ロシェはそれに頷く。

「カタリナという名前は、本当の親が人売りに私を売り渡す時に付けた名前なの。本当の名前は。」

カタリナがここまで言ったところでロシェは話を遮った。

「僕にとって、カタリナはカタリナだ。」

ロシェの言葉は、カタリナにとって何よりも嬉しかった。この名前になってからの人生は辛いことの方が多かったけれど、ロシェと出会ってからはいいことの方が多い気がする。

「私はロシェと出会えて本当によかった思うわ。」

カタリナがそう言うと、ロシェは少し照れ臭そうに答えた。

「僕もだ。」

二人はもう一度顔を見合わせて笑っていた。

「カタリナ。過去との因縁断ち切って、一緒に幸せな未来を築こう。」

ロシェがそう言うと、カタリナは大きく頷いてみせた。

 二人はサウンズロッドへ向けて歩き出した。決戦の地はもう近くまで来ている。過去と現代を乗り越えて、幸福に満ちた未来を築き上げるために、二人の戦士は始まりの地でもあり、終わらせるべき場所でもあるこの地、首都アクアストールへと足を踏み入れたのだった。

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