第8話 炎の巫女と空の王 其の一

 「炎の巫女と空の王 其の一」

 

「もう少しで着くと思うわ。」

 一面を緑が埋め尽くしている世界はもう間も無く終わりを告げようとしている。二人は一度立ち止まって辺りを見渡した。

「ここまで長かったな。」

 ロシェはそう言った。そう感じるのも当然のことで、グレートニールを出てから早くも三十日ほどが経過している。

「そうね。追手もいないようでなりよりってとこかしら。」

 カタリナがそう言うと、二人は再び歩き出した。亡霊改め古代兵器、黒幕を名乗る男との戦いを終えて以降は、何事もなくここまで辿り着くことができた。遠回りをして人の寄りつかない密林地帯を抜けたのは正解だったと言えるだろう。もっとも黒幕を名乗る男の口ぶりから察するに、二人がこのルートを通ることを、この先で待ち受ける黒幕の弟は予知していたようだが。

「ねぇ。ロシェ。」

 少し進んだところで、カタリナがロシェを止めた。

「どうした?」

「ロシェはグレリレンズ闘技場がどういう所なのか知っているの?」

 カタリナの表情は少し険しかった。

「いいや。知らないな。」

「私は一度だけ来たことがあるの。」

 カタリナのその一言には、いろんな思いが詰まっているように聞こえた。ロシェは自然と気を引き締め直す。

「注意して進もう。」

 ロシェのその言葉に安心したのか、カタリナは再び足を動かし始めた。密林地帯での出来事。すなわち自らの妹を、その手で殺めたロシェの心境はいかほどのものなのか。さらにこの先で待っているものが何を企みロシェに近づこうとしているのか。考えるとキリがないのだが、カタリナは心配だった。

「一言で言うと、合法的に人を殺せる場所なの。」

 カタリナは歩きながらそう言った。

「つまり殺人が罪に問われない。」

 ロシェはその許し難い実態を噛み締めた。

「そう。狂気に満ちた人間たちが平然と襲ってくるの。」

「カタリナはどうしてそんな場所に行ったことがあるんだ?」

 そう聞かれたカタリナは少し答えに戸惑っていた。それを見てロシェが言葉をかける。

「やっぱり答えなくていい。言いたくない過去は誰にでもあるものだから。」

「ありがとう。」

 二人は木々の終わりを抜けた。そこは崖の上になっており、目の前に広がったのはただの荒れた土地。そしてその荒地の中心には闘技場がひっそりと聳え立っている。二人の脳内には震災で崩壊した後のアクアストールの光景が蘇ってきた。

「これも地震なのか?」

 ロシェがそう聞くと、カタリナは被りを振った。

「ここはもともとこんな感じなの。だからはっきりとは分からないわ。でもよく見て。」

 カタリナはそう言うと、所々にある地割れを指さした。

「ここでも震災が起きたと考えた方がいいかもしれないわ。」

「つまり。ここにも古代兵器がいる可能性がある。」

「そうなるわね。」

「それにしてもすごい匂いだ。」

 ロシェは辺りを漂っている異臭に鼻を塞ぐ。血の匂いが充満していた。

 

 少しだけこの場所について説明をする。グレリレンズ闘技場とういのは、この荒地の真ん中に聳え立っているそれのことを指す。五百年ほど前に建設されて以降、先代の王の時代まで猛者たちが戦いを繰り広げていたと聞く。しかし今は闘技場としては使われていない。噂によればどこかのもの好きが高値が買い取ったのだとか。その代わりにこの広大な荒野全てが闘技場と化しており、罪を犯した者や金に困窮した者たちが集められ、各地で殺し合いをしている。そしてより多くの人間を殺して、その右手を切り取るのだ。切り取った右手を誰よりも多く集めて、中央のグレリレンズ闘技場に持っていけば望むものが与えられるらしいのだが、噂でしかなく、実態は分からないのが現実だ。

 

「ロシェ。これからどうする?」

 恐らく何の策もたてずに荒野の中心を闊歩すると、狂気に囚われた生身の人間たちと何度も戦闘を繰り返すことになる。その証拠に、姿こそ目視できないが、この荒野のあちらこちらから殺気の類が漂ってきている。もっとも二人がその程度の生身の人間に負ける心配は微塵もないのだが。

「あの闘技場の中に安全に入る方法はないのか?」

 ロシェが聞いた。隠れながら進むにしても、この荒野は見通しが良すぎる。建物もなければ、草木一つも生えていない。あるのは右手のない無数の屍だけだ。

「あそこに入る方法は二つあるわ。」

 カタリナは遠い記憶を遡って話している。ロシェはそれを聞いた。

「一つは正面から堂々と入る方法ね。正規の手順というのかしら。向かってくる者の右手を奪いながらにはなるけれど。」

「それは極力避けたいな。」

 ロシェの言う通りで、いくら合法的に人を殺せるといっても、人間同士の争いを好んでしたいとは思わない。それはカタリナも同じ気持ちだった。

「そうよね。もう一つは地下道を探すことね。私も実際に見たわけではないから、実在するかは分からないのだけれど。」

 カタリナはそう言うと歩き出した。ロシェも後ろをついていく。

「あれが闘技場として使われていた頃に、死体を川まで運ぶ地下道があったらしいの。それを見つけることができれば、誰とも戦わずして闘技場内部へと侵入できるかもしれないわ。」

「それなら。その地下道を探そう。」

「そう言うと思ったわ。」

 カタリナはそう言うと、ロシェを川沿いの道へと案内した。二人は手分けして辺りを捜索する。探し始めてから二時間ほどが経った頃に、ロシェがようやくそれを見つけた。

「カタリナ。あったぞ。きっとこれだ。」

 十メートルほど離れた場所で地面を漁っているカタリナに向かってロシェが呼びかけた。しかしカタリナは被りを振って答える。

「ここにもあるの。」

 ここまで話がうまく進みすぎていた。二人は顔を見合わせて考える。

「ロシェは確か。ここに地下神殿があると言ってたわよね?」

「そうだ。」

「となると。どちらかが闘技場。どちらかが地下神殿ってことかしら?」

「そうなるな。」

「黒幕の話からすると、あいつの弟がいるのが闘技場ってことよね。ドアの作りから察するにロシェの見つけた扉の方が少し新しいのかもしれないわ。」

 二人はロシェが見つけた方の扉に目を向ける。カタリナの言う通り、刻まれた文字がより現代に近いような気がしなくもない。

「じゃあこっちに行こう。」

 ロシェがそう言うと、カタリナは被りを振った。

「カルトゥナの時を思い出して。地下神殿には古代兵器がいる可能性が高いわ。それを放っておくわけにはいかないでしょ?」

「それもそうだな。」

 ロシェは頭を悩ませた。どちらに進むのかを考えるために、二人を沈黙が包み込む。しばらくしてカタリナが口を開いた。

「闘技場で待っている黒幕の弟は、ロシェと会うのが話するのが目的だと言っていたわ。それならロシェはそちらに行くべきよ。古代兵器の方は私が何とかする。」

「待て。それは危険すぎる。」

 ロシェがそう言うと、カタリナは首を振る。

「どちらに進んでも危険なのは変わりがないわ。それに私は【炎の巫女】よ。絶対に死なないって約束するわ。私を信じれないの?」

 カタリナの言葉には強さが溢れ出ていた。ロシェは少し考えてから、カタリナの覚悟を尊重することにした。

「必ずこの場所へ帰ってくるんだぞ。」

「ロシェもね。」

 二人は別々の扉の前へと向かい、それを開く。そしてそれぞれの地下道へと飲み込まれていったのだ。

 

 カタリナは薄暗い階段をただまっすぐと降っていた。もう十分ほどは歩いただろうか。徐々に近づいてくる殺気は、ロギレンスの丘で味わったそれと同じだった。つまりここに古代兵器はいる。カタリナも覚悟はしていたが、やはりその事実に自然と足取りは重くなっていく。階段が終わりを告げると同時に、大きな広間が現れて、そこに一人の男。いや機械が座っている。一目見て分かった。殺気はこの機械から発せられている。

「やれやれ。ご丁寧に待ってくれてたのね。カルトゥナもそうだったけど、どうしてこんな地下に閉じこもっているのかしら。」

 カタリナがそう言うと、その機械はゆっくりと目を開いた。そして落ち着いた声を発する。

「我が名は古代兵器ガリュウ。おまえが現代の【炎の巫女】なのか?」

「その通りよ。私が【炎の巫女】。」

 カタリナの覚悟はとっくに決まっている。やるしかないのだと。

「空の王はどこだ?」

 その問いかけにカタリナは被りを振る。

「あなたを葬るのに、空の王の力は必要ないわ。カルトゥナ同様に私がこの手で。」

「ほう。カルトゥナを殺したのか?」

 ガリュウは顔色ひとつ変えずにそう言った。

「そうよ。私がこの手でね。」

「そうか。」

 ガリュウはそれだけ言ってカタリナを睨みつけた。カタリナも負けじと視線を逸らさない。そんな時間が数十秒続いた。

「我は、空の王ロシェ=カエルムを殺すために封印から目覚めたのだ。【炎の巫女】よ。おまえに用はない。立ち去れ。」

 それを聞いたカタリナは、黒幕を名乗る男が言っていたことを思い出した。古代兵器を作り出したのは空の民。だとすればこのガリュウも被害者なのだろう。その恨みは当時の王であるロシェに向いてしまっている。つまりはこのガリュウも真の悪ではないのかもしれない。しかしロシェを狙っている以上、守り手であるカタリナが逃げ出すわけにいかないのも現実だ。同情は捨てる。

「ガリュウ。あなたのおかげで私も覚悟を固めることができたわ。」

 その覚悟とはロシェのために戦うという覚悟のことだ。それができるのは自分だけであるという優越感もある。幼い頃の自分はこんなこと想像もしていなかった。もしもこの国に売られていなかったら。もしもへカーソンに育てられていなかったら。もしも父親の死に立ち会えていなかったら。そして何より、ロシェに出会えていなかったら。そんなことが頭を反芻する。この戦いは命を賭けるに値する大事なものになる。

「【炎の巫女】よ。今一度言う。立ち去れ。そして空の王を連れてこい。」

 ガリュウのその言葉に、カタリナはまっすぐと瞳を捉えて答えた。

「あなたは私が葬るわ。」

 今のカタリナには、純粋に戦いを楽しむ余裕すらあった。

「ならもう何も言わん。全力で我を越えてみせよ。」

 ガリュウはそう言いながらその場に立ち上がった。

「そうね。あなたを踏み台にして、古の機械への道標とさせてもらうわ。」

 カタリナはフレアリングに祈りを込める。

「炎龍の咆哮。」

 炎が形成した巨龍が、その大きな口から炎を吐き出す。

「この大剣を知っているか?」

 迫り来る爆炎に目もくれず、ガリュウがそう尋ねた。その手には漆黒の大きな剣を持っている。

「これは、あの方のお身体の一部を剣にしたものだ。」

 ガリュウはそう言うと、その大剣で炎を斬った。驚いたのは炎が真っ二つに割れていたことだ。

「斬れないものなどあるはずがなかろう。」

 ガリュウはそう言うと、再び大剣を振りかぶる。

「フレア。炎剣の舞。」

 カタリナは炎の剣を手に持って、ガリュウとの距離を一気に詰める。右へ左へと不規則な動きを交えることで、ガリュウに照準を絞らせない。そして最後は右に回り込みながら、胴体に炎の剣をぶつけた。しかしガリュウの体には傷一つとして残らなかった。それはカルトゥナ戦の時にも感じたことだが、カタリナの今の火力の限界値では、古代兵器を溶かすことができない。

「全く。厄介な体ね。」

 カタリナがそうぼやいた時、ガリュウは振りかぶっていた大剣を豪快に振り下ろした。それはカタリナのいる場所とは全く反対の方向を向いていた。

「どこ狙っているのよ。」

 カタリナはその言葉を後悔することになる。あらぬ方向に振り下ろした剣の風圧は壁に跳ね返され、後方のカタリナを吹き飛ばしたのだ。カタリナは遥か後方にある壁にぶつかり止まる。その後全身に痛みが走る。無理もないだろう。カタリナがぶつかった壁は大きく凹んでいた。それだけの破壊力だということになる。

「無茶苦茶ね。」

 カタリナはそうぼやきながら起き上がり、アクアリングに祈りを込めた。痛みは引いていき、傷が癒えていく。

「水のリングか。かつての【炎の巫女】も、それを操っていた。」

「そう。昔のことは私には関係ないわ。」

 カタリナはそう言いながら、フレアリングに祈りを込めた。

「炎剣の弓型。」

 カタリナの周りに、無数の炎の剣がアーチを描く。

「あなたのコアを見極めさせてもらうわ。」

 カタリナは小さな声でそう呟いて、その無数の炎の剣を一斉に解き放った。相手が古代兵器である以上、カルトゥナと同様に、エネルギー源となっているコアがあるはずだ。たしかハルメテアリシン鉱石と言っていた。その部分が分かり、狙い撃てれば勝てる可能性は十分にある。カタリナの頭ではその算段が組み上がっていた。

「【炎の巫女】よ。我をカルトゥナと同じように考えない方がいい。あいつは所詮中級クラスの古代兵器だ。我はその上位にある。あの方直々の配下。上級古代兵器なのだ。」

 ガリュウはそう言いながら、大剣を地面に突き刺した。そして両手のひらを胸の前で合わせる。

「古流式奉天術。破壊の鎖。」

 ガリュウの呪文のような言葉と同時に、周りに無数の鎖が出現した。それはカタリナの放った無数の炎剣と次々とぶつかっていく。大きな爆発を伴い、両者の中央の視界を遮った。

「たしかに。あなたの言う通り。カルトゥナより何枚も上手のようね。」

 カタリナは徐々に戻っていく視界の中、ガリュウをまっすぐと見据えてそう言った。

「かつての話をしよう。七百年以上も前の話だ。あの方は空の王と戦っていた。その隣で我は【炎の巫女】フィナ=炎と戦っていたのだ。我の古流式奉天術の前に、あの女は何度も倒れていたが、その度に水の力で回復し、立ち上がる。それを何度も繰り返していくうちに、ついに水の力は覚醒をしたのだ。我はそれによって封印されてしまったのだが、おまえはまだその境地に達してはいない。」

「水の力の覚醒?」

 カタリナはそっとアクアリングを見た。実感の湧かない話であった。グレイル山脈での修行の時も、フィナはそのことについて何も言っていなかった。それどころかアクアリングそのものもについて何も触れていなかった。

「もっともフィナ=炎も、あの方の力の前にはなす術なく、死んだそうだがな。」

「そう。何度も言うようだけど、私に過去のことは関係ないわ。」

 カタリナはフレアリングに祈りを込めた。

「炎剣の舞。改。双剣。」

 カタリナは二本の炎の剣をそれぞれの手で掴んだ。

「不規則に現れる鎖の動きを上回ればいいだけのことよ。」

 カタリナはそう言うと、ガリュウに向かって走り出す。

「古流式奉天術。無慈悲なる鎖。」

 ガリュウが再び唱えると、カタリナの周りにいくつもの鎖が姿を現す。それは一斉にカタリナに向かって飛んでくる。カタリナはそれを舞うような動きで避けていく。

「無慈悲なる鎖は、おまえを貫くまで、何度でも出現し続ける。」

 どれだけ避けても鎖は向かってくる。カタリナは二本の剣に力を込めて、鎖を斬る。それでも鎖は再び出現して襲ってくる。

「もっと速く動かないと。フレア。」

 カタリナは向かってくる鎖を次々に斬り落としながらフレアリングに祈りを込めた。

「神速の炎舞。」

 カタリナの動きは徐々に速度を増していく。華麗に舞い踊るかのようなその動きは、鎖ですら姿を見失うほど速かった。そしてついに無数に遅いくる鎖を掻い潜り、ガリュウの目と鼻の先にまで辿り着いた。

「フレア。噴煙の太刀。」

 二本の炎剣は一つになり、長い太刀へと姿を変えた。それはガリュウの胴体にまっすぐとぶつかると同時に、大噴火を引き起こす。辺りには溶岩が流れ出て、灰が降り注ぎ、さすがのガリュウもその衝撃に後方へと吹き飛ばされて、壁に激突した。衝撃で地下神殿が揺れる。

「ガリュウ。あなたの破壊力はたしかに恐ろしいわ。でもその速度では私には追いつけない。早く起き上がってきなさい。どうせこれで終わりではないのでしょ?」

「【炎の巫女】よ。見事なり。我に地を這わせるとはな。しかしまだ足りぬ。その火ではまだ足りぬのだ。」

 ガリュウは起き上がりながらそう言った。

「でしょうね。そんなことはわかっていたわよ。」

 カタリナはそう言いながらフレアリングに祈りを込めた。

「神速の炎舞。」

 再び素早い動きで、壁際のガリュウに向かっていく。

「我を遅いと言っていたな。」

 ガリュウはそう言うと、向かってくるカタリナに対して、腰に差していた刀を抜いた。そしてさっきまでとは比べ物にならないほど素早い動きでカタリナに向かっていく。両者の剣が交錯した時、再び大噴火ぎ起きた。ガリュウは後方によろめきながら呪文を唱えた。

「古流式奉天術。呪縛の鎖。」

 カタリナの真下に四本の鎖が出現した。カタリナはそれを太刀で防ぐ。

「古流式奉天術。呪縛の鎖。」

 今度は上空に無数の鎖が出現する。カタリナは素早く避けていく。しかし鎖をどうにかするのに必死になりすぎていた。ガリュウが先ほどの大剣を振りかぶっているのに気づいた時には、もう遅かった。ものすごい衝撃が地面を伝ってカタリナの全身を襲う。その痛みに体の動きが鈍った隙を突かれて、四本の鎖に四肢を囚われてしまった。完全に体の自由を奪われた。それに全身を走る痛みも耐え難い。カタリナは捉えられた状態のまま、アクアリングに祈りを込めて、ダメージを回復した。

「水のリング。厄介なものだが、一撃で仕留めれば意味のないものとなる。」

「そうね。」

「【炎の巫女】よ。おまえは十分に戦った。一思いに殺してやろう。」

「そう。ありがとう。でも殺されはしないわ。私があなたを葬るのだもの。」

 四肢を囚われて自由を奪われても、カタリナの心には余裕があった。勝てる見込みがあったのだ。

「その状況で、どこにそれほどの自信があると言うのだ?」

 ガリュウが聞くと、カタリナは小さく笑って見せた。

「あなたが教えてくれたアクアリングの覚醒の話。あれが少しわかってきたのよ。それにあなたたち古代兵器がなぜ地上に出ないのかもね。それらが私を勝利に導いてくれるはずよ。」

「そうか。ならば尚更、殺しておかねばなるまい。」

 ガリュウは大剣を握りしめて、ゆっくりとカタリナに近づいていく。その剣で両断するつもりなのだろう。その姿を見てもカタリナは平然と言葉を続ける。

「ずっと謎だったのよ。なぜそれほどの力を持っていながら、地上に出て自分から行動しないのかがね。」

「黙れ。」

 ガリュウがそう言ってもカタリナは止まらない。

「私が固定概念に囚われていたわ。太陽光は機械にとってエネルギーだと思っていたのだけれど、あなたたち古代兵器にとっては違うようね。きっと昔作られた時に、太陽光に当たると消滅してしまうように作られた。理由は分からないけれどね。もしかしたら暴走した時のためにあえて弱点をつけたのかもしれないわね。今の私にとってはありがたいことだけれど、あなたにとっては気の毒な話よね。」

「黙れと言っているのが聞こえないのか?」

 ガリュウには怒りが滲んでいるように見えた。それもそうだろう。彼もまた作られた被害者には変わりないのだから。

「何にしても。あなたたち古代兵器を葬る術はあるということよ。太陽の力。それがあればね。だからあなたたちは空の力を操るロシェを恐れているのね。全ての合点がいったわ。」

 カタリナがそう言った時、すでにガリュウは目の前にまで来ていた。ゆっくりと大剣を振りかぶっている。それでもカタリナの表情は変わらない。

「アクアリングは癒しのリング。そして守るためのリング。それなら防衛能力も備わっているということ。それがあなたの言うところの覚醒ってことよ。アクアリング。深海の舞。」

 アクアリングから水が解き放たれた。それはガリュウを包み込んでいく。

「潔く死ぬがいい。」

 ガリュウは大剣を振り下ろす。しかし自分の速度が極端に遅くなっていることに気がついた。

「これはなんだ?」

「あなたは今深海にいるのよ。海の底では動きも鈍くなる。」

 カタリナはそう答えながらフレアリングに祈りを込めた。

「炎龍の舞。」

 炎が龍を形成して、カタリナを縛り付ける四本の鎖を飲み込んだ。ガリュウは大剣を、カタツムリが歩くかのような速度で振り下ろしている途中だった。

「フレア。奥義。炎天火。」

 カタリナがそう言うと、フレアリングから小さな火の玉が打ち上がった。それは徐々に大きさを増していき、ガリュウの大きさを遥かに超えるほどにまで巨大化した。それはもう地下神殿一体に広がっている。そして綺麗な光を放っていた。溶けるほど熱く燦々と眩しい。それでいてどこか懐かしくも感じられるその光はガリュウの体を包み込んでいく。

「さようなら。」

 カタリナのその言葉はガリュウには届いていない。カタリナの作り出した炎天の光によって、長い時間を囚われたガリュウとい古代兵器は、その人生に幕を閉じたのだった。カタリナは地下神殿をゆっくりと歩いた。もちろん外に出るためだ。ロシェとの約束は果たした。その満足感からなのか、表情は穏やかだった。あとはロシェが無事に記憶を取り戻すだけ。そんなことを考えながら静かに来た道を戻っていく。ふと神殿の天井を見た。そこには空の王の壁画らしきものが描かれている。

「私。強くなったよ。」

 そう呟いて、笑って見せた。

 

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