第7話 機械仕掛けの亡霊 其の二

 「機械仕掛けの亡霊 其のニ」

 

 ロシェが古代兵器と戦っている時、カタリナは黒幕を名乗る男と対峙していた。

「えぇっと。なんだっけ?そうそう。確か君【炎の巫女】だったよね?」

 黒幕を名乗る男はさらに続ける。

「昔話に出てくる英雄の末裔。本当に実在するんだから世の中はおもしろいよねぇ。」

 この男は一体何者なのだろうか。機械ではなく生身の人間であることは確かである。

「私はあなたと話をするつもりはないわ。」

「冷たいねぇ。嫌われちゃったのかな。」

 相変わらずの読めない態度だが、カタリナには一つ確信していることがある。この黒幕を名乗る男はかなりの手練れだ。

「弟がねぇ。その【癒しのリング】が邪魔だから、君の存在を消してきてほしいなんて言うからさぁ。かわいい弟の頼みなら兄として叶えてあげたいもんねぇ。」

「随分とお喋りなのね。」

 カタリナはこの男の醸し出す独特な空気感が妙に居心地が悪かった。

「そうなんだよ。お喋りな性格でねぇ。でものんびりしてると、あっちも終わってしまうから、ちゃちゃっと済ましちゃおうか。まぁ、そういうことだから、ごめんねぇ。」

 そう言いながら男は、短剣を取り出した。それを見てカタリナも炎の剣を強く握る。

「あ。そうそう。物事には相性ってのがあってねぇ。君は今から相性最悪の相手と戦うことになるから覚悟しときなよぉ。」

 男はニヤニヤと笑いながらそう言った。カタリナは何も答えずに相手の出方を伺っている。

「全く。兄使いが荒いというかなんというかねぇ。」

 男はそうぼやくと視線を下に向けた。その隙をカタリナは逃さない。舞うように華麗に、そして素早く男との距離を詰めて、炎の剣を突き立てる。その瞬間男の目が変わったことに気がついた。さっきまでのふざけた目ではない。それは戦う人間の目、戦士の目だった。ゆっくりと短剣をカタリナの方へ向ける。

「ナールゲア流短剣術。水流。」

 短剣の先から巨大な水流が現れてカタリナを襲う。二十メートルほど流されたところで水は消えた。カタリナは炎の剣が消えていることに気がつく。水によって消火されてしまったのだ。

「これはまずいわね。」

 カタリナはさっき男が言っていた相性の話を思い出す。この戦いにおいて、フレアリングの効力は無意味と判断していいだろう。

「ナールゲア流短剣術はねぇ。水の力を操るための剣術なんだよぉ。習得するのに二十年かかったけどねぇ。言った通り相性最悪でしょ?」

「そうね。」

 カタリナはそう答えるとフレアリングに祈りを込める。相性が悪くても逃げるわけにはいかないので、今ある武器を最大限に活かすしか方法はない。

「炎龍の咆哮。」

 カタリナの前に巨大な炎の龍が形成された。その炎龍は大きな口を開けて、最大火力の炎を解き放つ。

「水壁。」

 男の前に大きな水の壁が現れた。放たれた炎は、その水の壁にぶつかり消えていく。しかしこれはカタリナの計算だった。炎で視界を遮っているうちに、カタリナは素早い動きで男の背後に回り込む。

「炎剣の舞。」

 カタリナは再び炎の剣を作り出して、男の背後から斬りかかる。

「おっと。さすがに速いねぇ。」

 男はそう言いながら、短剣で受け止めた。

「速いのはここからよ。神速の炎舞。」

 カタリナの剣撃は、さらに加速していき、何度も何度も男の短剣とぶつかる。それは止まることを知らずに、ぶつかるほどに速くなる。これには男も水の力を使う猶予すらなく、ただ紙一重で受け止めるのが限界だった。そしてついに炎の剣が、男の胸に傷をつけた。

「業火の炎舞。」

 カタリナがそう言うと、カタリナの剣の動きに合わせて炎が襲う。炎はカタリナの速度と共に火力も上がっていく。ついに男の左腕を焼き斬った。それを見てカタリナは剣の動きを止める。

「さすがに強いねぇ。」

 男は落ちた左腕を見ながらそう言った。切断面が焼け焦げているので、血は出ていない。それにしてもこいつは生身の人間なのだから、痛みがないはずがない。それなのに呻き声の一つもあげないのだから不気味に感じる。

「もう降参して。私に人殺しの趣味はないの。」

「それはできないねぇ。それにもう勝った気でいるなんて、全く呑気なものだよ。今やってることは殺し合いなんだ。」

 男は右手の短剣に力を込めた。

「ナールゲア流短剣術。奥義。水影。」

「これは。」

 カタリナは驚いた。目の前にいる黒幕を名乗る男が分身をしたからだ。全部で五体。

「さぁ。ここからが本当の殺し合いだよ。」

 五人の男が一気にカタリナへと襲いかかる。その動きはどれも全く遜色なく、先ほどまでの強い男が単純に五倍になっただけだ。

「炎剣の弓型。」

 カタリナの周りに炎の剣がアーチ状に並ぶ。そしてそれを解き放つ。水によって消されることは分かっているが、今は一度距離を取りたかった。しかし男は予想と反した動きをとった。水の力を使わずに、短剣で炎の剣を撃ち落としていく。

「もしかして。」

 カタリナは閃いた。水の力によって五体に分身した。そして炎の剣に対して水を使わない行動。

「水の力は同時発動できないのね。」

「バレちゃったかぁ。その通りだよ。」

「それなら。」

 カタリナはフレアリングに祈りを込めた。

「フレア。炎龍。八岐大蛇。」

 炎がヤマタノオロチを形成する。

「圧倒的質量で押し通すまでよ。」

 八つの口から一斉に炎が放たれる。

「水でできた偽物には効果がなくても、本物にだけは必ずダメージがあるはずよ。」

 カタリナの読みは正しかった。五体のうちの一体だけが、その圧倒的質量の炎に弾き飛ばされて大木へと叩きつけられる。その体は大火傷を負っていた。それに伴って残りの分身も姿を消す。

「終わりね。」

 決着はついた。ちょうどその時にロシェもやってきた。

「カタリナ。無事か?」

「えぇ。私は大丈夫よ。ロシェの方も片付いたみたいね。」

「うん。それより。」

 二人は焼けた男に目を向けた。

「あれはいったい何者なんだ?」

「分からないわ。でも弟がどうとか言っていたわね。」

「弟?話がよく分からないな。」

「本人に聞いてみましょう。」

「生きてるのか?」

 ロシェは驚いた様子でそう尋ねた。どう見ても焼死体にしか見えない。

「加減はしたもの。それにああ見えて結構タフよ。あの男。」

「そう、なのか。」

 二人は、大木にもたれかかるように倒れている男の方へと向かった。

「おい。生きてるのか?」

 ロシェが声をかけると、男は目を開いた。そしてゆっくりと答える。

「生きてるよ。なんとかね。」

「おまえは何者なんだ?」

「最初から言ってるよね。ただの黒幕だってさぁ。」

 男の口ぶりは変わらずふざけた態度のままだった。

「そうか。おまえは何を知っている?妹を機械にしたのが誰なのかも知っているのか?」

 男は少し黙っていた。そしてゆっくりとロシェに目を向ける。

「君に聞く覚悟はあるのかい?あるのなら知っていること全て話そう。」

 ロシェはカタリナの方へ目を向ける。カタリナはそれに気づいて口を開いた。

「こいつはふざけた態度だけれど、嘘はつかないと思うわよ。」

 カタリナのその言葉を聞いて、ロシェは覚悟を決めた。

「聞かせてくれ。」

 男は順を追って説明を始めた。

「君の妹を苦しめたのは君と同じ空の民なんだよ。」

「七百年前に存在したとされる空の国の民のことか?」

 ロシェがそう聞くと、男は少し笑った。

「そうだったね。君はまだ記憶が戻ってないから分からないんだね。君はその七百年前に存在したとされる空の民を率いた男。つまりは空の王なんだよ。」

「空の王?」

「そうだよ。君には不思議な力があるだろ?空を飛べることもそうだし。雷を操ったり、雨を操ったりね。記憶がない分まだ不完全だけど。それは空の王のみが使えた天候を操る能力なんだよ。」

 ロシェは黙って聞いていた。男は続ける。

「いいかい?古代兵器を作ったのは空の民の科学者なんだ。でもね。それらはあまりにも強力で、ついには自分の意思を持って動き始めた。だから空の王である君は当時の【炎の巫女】と共に古代兵器と戦った。そして封印したのだよ。」

「ちょっといいかしら?」

 カタリナが口を挟んだ。

「どうして破壊ではなく、封印なの?」

「破壊できなかったからだろうね。話の続きにも繋がるけど、倒せなかったから封印する道を選んだ。けれどねぇ。封印はいつかは解かれるもんだ。その時を見据えて、空の民の科学者は、君を封印したんだよ。古代兵器に対抗し得る唯一の存在である君をね。」

「だったらロシェの記憶を消したのは何故なの?さっきの話からすると記憶がなければ不完全なんでしょ?そんな状態では戦えない。」

 カタリナの問いかけに男は首を横に振ってから答えた。

「消したんじゃない。一緒に保管できなかったんだよ。君の培ってきた経験と、天候を操る能力はあまりにも強力かつ膨大すぎて、記憶のデータ容量が、保管できる数値を遥かに上回ってしまっていた。だから抽出して別で保管することにしたんだ。」

「それが記憶の種。」

 ロシェがそう言うと、男は頷いた。

「その通りだよ。記憶の種として保管した。でもね長い時間の中で記憶の種を放置するにはリスクが大きすぎる。だから種を守る存在が必要だった。そこで選ばれたのが君の妹なんだよ。君の妹を機械にして悠久の時を生きられるようにしてしまえば、君が目覚めるまで種を守り続けられるとね。」

「だとすればここに記憶の種があるはずなんじゃない?」

 カタリナがそう聞くと、男は被りを振った。

「その話はもう少し後でさせてもらってもいいかな?まずは君の妹の話から。」

「それでいい。続けてくれ。」

 ロシェはそう答えた。それを聞いて、男は話を続ける。

「でもね。機械化は失敗しちゃったんだ。君の妹は負荷に耐えられなかったんだ。死んだんだよ。そこで空の民の科学者は考えた。凶悪だが強い生命力を持った機械を融合することで、命を維持できるのではないかとね。」

「それが古代兵器クランツというわけか?」

 ロシェがそう聞くと、男は頷いた。

「その通りだよ。君の妹は七百年以上時間、あの凶悪な機械と精神世界で戦い続けていたんだよ。命も記憶もずたずたに引き裂かれた状態で、ただ君がくる日を待っていた。記憶の種を守りながらね。」

「でも。ロシェの妹は記憶の種について、何も言ってなかったわよ。」

 カタリナがそう言うと、男は薄ら笑みを浮かべた。

「弟は賢い科学者でねぇ。記憶を改竄するら装置を作り上げたんだ。それを使って、彼女の記憶を変えさせてもらったんだよ。おまえは兄に殺してもらうためにここにいるんだよってね。」

 それを聞いたロシェは拳を固く握りしめた。

「それならロシェの記憶の種は今どこにあるの?」

 カタリナが聞いた。

「弟の指示でねぇ。奪わせてもらったよ。今は弟が持っている。全部弟の計算通りに進んでたんだ。誤算だったのは【炎の巫女】が想像を遥かに凌駕する強さだってことくらいだねぇ。」

「その弟はどこにいる?」

 ロシェが力強い口調でそう聞いた。

「グレリレンズ闘技場だよ。そこで君を待っている。戦うためじゃないよ。話をするためだ。そこで記憶の種は返すつもりだよ。君にはやってもらわないといけないことがあるからねぇ。」

「利己的ね。」

 カタリナがそう呟くと、男はカタリナに視線を向けた。

「【炎の巫女】だけを始末するのが、兄としての役目だったのだけれどねぇ。」

「もういい。十分だ。」

 ロシェはそう言うと、男に背中を向けた。それを見た男は嫌味ったらしく言葉を放つ。

「君の妹は可哀想だねぇ。二度も殺されたのだから。一度目は空の民に。もう一度は実の兄に。」

「黙れ。」

 ロシェの言葉には怒りがこもっていた。

「黙らないよ。事実だからねぇ。」

「雷剣。」

 ロシェは雷の剣を持ち、男の方へ向けた。

「殺してみなよ。どうせもう死ぬしかないんだしねぇ。最後は空の王の手でってのも悪くない。」

「ロシェ。ちょっと待って。」

 カタリナがロシェを制止する。そして男を鋭い視線で睨みつけた。

「いろいろと詳しすぎるわ。この状況で嘘を言っているとは思えないから、事実なんでしょうけど。いったいどこでそれを知ったのかしら?そもそもあなたは何者なの?」

 カタリナの言うとおりだった。七百年以上前の話についてあまりにも詳しすぎる。ロシェの妹のことも、空の民のことも。

「どこで知ったかって?弟に会えばわかるよ。全部ね。何者かってのもそう。今はただの黒幕だと思ってくれてればいいよ。もうこれ以上は何も言うつもりはないからねぇ。」

「そう。」

 カタリナはそう答えると、ロシェに目を向けた。ロシェもそれを感じ取り雷の剣を振りかぶる。

「何か言い残すことはないか?」

 ロシェの問いかけに男は弱々しく被りを振った。

「そうか。」

 ロシェはそれだけ言って、雷の剣を振り下ろした。男の首を斬り落とし、ロシェは背を向けた。

「カタリナ。行こう。」

「そうね。」

 二人は歩き出した。目的地は当然、グレリレンズ闘技場だ。そこに記憶の種があることが分かったのだから。

「ようやく見つかりそうね。」

 カタリナは、そう言った。ロシェは黙ったまま頷いた。

「ねぇ。ロシェ。」

「どうした?」

「空の民の話。あれが全て事実だとしたら、全てをロシェに背負わせてしまうことになるわよね。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは首を横に振った。

「話は事実だと思う。でも僕一人で背負うわけではない。今までも、これからもカタリナが居てくれる。僕を助けてくれ。」

 ロシェは優しい口調でそう答えた。カタリナは大きく頷く。きっとかつての【炎の巫女】もこうやって支えてきたのだろう。カタリナはフィナ=炎を思い出した。少なくとも彼女以上に強くならなければ、これからロシェが成そうとしていることに手を貸すことなどできやしない。もっと強くなることを誓って、グレリレンズ闘技場までの道を急いだ。

 

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