第6話 機械仕掛けの亡霊 其の一

 「機械仕掛けの亡霊。其の一」

 

 グレートニールを出てから、もう十日ほどが経っただろうか。この日は森の中で野営をすることにした。

「静かなところだな。」

 ロシェは辺りを見渡しながらそう言った。

「ここなら誰とも会わずにグレリレンズ闘技場まで行けるはずよ。」

 二人がいる場所は、グレートニールからグレリレンズ闘技場付近まで広がっている密林地帯の真ん中辺りだ。

「無駄な争いは避けたいからな。」

「でもこの辺りにはとある噂があるの。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは不思議そうに尋ねた。

「どんな噂?」

「私も聞いただけで見たことはないのだけれど。なんでも死を司る亡霊がいるとか。」

「亡霊?」

「そう。その噂があるから誰も寄りつかないのよ。」

「じゃあ誰も見たことはないってこと?」

「おそらくはそうね。でも火のないところに煙は立たないでしょ?」

 カタリナがそう言うと、ロシェは少し考える素振りを見せてから答えた。

「おとぎ話だと決めつけない方がいいな。」

「そうね。でも本当に亡霊なんているのかしら?それこそ古代兵器とかだったりするかもね。」

「分からないけど。警戒はしておこう。」

 ロシェがそう答えると、カタリナは頷いた。

「それにしても薄暗いわね。」

 木々が日光を遮っているので、辺りは暗かった。その薄暗さが奇妙な雰囲気をさらに駆り立てている。

「そうだね。」

 そう静かな口調で答えたロシェは、なんだか思い詰めたような表情を浮かべていた。思い返せばこの密林に足を踏み入れた辺りから少し様子がおかしいとは感じていた。カタリナはそれが気になってはいたが、聞くことはしない。人には言いたくないことの一つや二つあって当然だと思っている。

「とにかく今日はもう寝よう。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは静かに頷いた。そして二人は横たわり眠りについた。

 幾分かの時間が過ぎて、カタリナが目を覚ますと、ロシェは上空を見上げていた。木々のせいで空を目視することはできないが、何かを感じ取っているように見受けられる。

「どうしたの?」

 カタリナがそう尋ねると、ロシェは神妙な面持ちで答えた。

「胸騒ぎがするんだ。」

「胸騒ぎ?悪い予感みたいな?」

 カタリナが聞くと、ロシェは被りを振る。

「分からない。でもここに来てからずっとなんだ。何か大切なものを失うような。そんな予感がする。」

 カタリナはふと疑問に思った。記憶のないロシェにとって大切なものとはなんなのだろうかと。しかしそんなことは聞かない。

「もう少し休んでから行こうか?」

 カタリナは優しい口調でそう聞いた。それに対してロシェは首を横に振る。

「大丈夫。進もう。」

「わかった。無理はしないでね。」

 二人は草木を掻き分けながら歩いた。ロシェの顔色は悪く、足取りは重い。カタリナはあえて何も言うことをせずに、ただ後ろをついて歩く。しばらくすると霧が深くなり、一層視界が悪くなってきた。

「カタリナ。気をつけよう。」

「えぇ。そうね。」

 カタリナは小さく返事をして、辺りへの警戒を強める。さらに霧は深くなっていき、もう前方はほとんど見えないほどになった。

「カタリナ。少し止まろう。」

 これ以上は進めないと判断して、ロシェが止めた。

「そうね。少し待ってみましょう。」

 二人はその場で待機した。しかし一向に霧が晴れる気配はなかった。

「どうしようか?」

 カタリナがそう聞くと、ロシェは少し考えてから答えた。

「この状況では進むのも戻るのも不可能だ。今は待つしかないな。」

「そうね。」

「ここだけ霧が深いのも不思議なものだ。」

 ロシェはそう言いながら、その場に座り込んだ。

「物々しい雰囲気ね。」

 カタリナもその場に腰掛ける。

「もしも亡霊が本当にいるとしたら、ここだろう。」

「何が出てくるか分からないから、対策が難しいわね。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは静かに答えた。

「何がきても大丈夫なように警戒だけはしておこう。」

 そのままの状態が一時間ほど続いた頃、「ドンッ」という大きな物音が二人を襲った。

「まさか。本当に亡霊じゃないわよね?」

 カタリナの問いかけにロシェは小さな声で答えた。

「だといいんだけど。」

 ロシェの額には汗が滲み出ていた。二人は物音を立てないように、その場でじっとしていた。深い霧のせいで視覚からの情報がシャットアウトされてしまっている分、聴覚を研ぎ澄ます。そのまま二十分ほどが経過すると、霧は薄まっていき、前方の状況を目視できるほどまでに回復した。そのおかげで二人は自分たちの置かれた窮地を知ることになる。

「どうやら噂は本当のようね。」

 カタリナはそう言いながらフレアリングに祈りを込める。

「炎剣の舞。」

 炎の剣を右手で握りしめた。二人の視界が捉えたのは、全身を機械に蝕まれた人骨だった。体のいたるところの骨が朽ち果てており機械によってなんとかその姿を保っている、言わば動く化石のようなものだった。いったいどれだけの年月をここで過ごしてきたのか。考えるだけでも恐ろしくなる。

「うぅ。うぅ。」

 何かを言いたそうにしていることは分かるが、もはや言葉を発するだけの人間的要素は失ってしまっているのだろう。

「カタリナ。ここは一度逃げよう。」

 尋常ではない汗を拭いながらロシェがそう言った。明らかに様子がおかしい。

「分かったわ。」

 カタリナは炎の剣を消してロシェに従った。それはロシェの容態を気にしてのことだ。とにかく走ってその場から去った。不思議なことに、その機械は追いかけてくることはしない。その様子を見て二人は止まる。

「追いかけてはこないみたいね。ロシェ。大丈夫?」

 カタリナがそう聞くと、ロシェは悲痛な表情で答えた。

「なぜだが分からないけど、あれを見た時にとても悲しい気持ちになったんだ。」

「悲しい?」

「そうだ。でも理由がわからない。」

 ロシェの言ってる意味は、カタリナには分からなかった。

「もしかしたら、ロシェの記憶に関係する何かなのかもしれないね。」

「そうなのかもしれない。」

 二人を沈黙が包み込んだ。木々の揺れる音が辺りをこだまする。

「迂回はできるけど、あれをこのまま放っておくの?」

 カタリナは優しい口調でそう聞いた。

「いいや。」

 ロシェもこのまま無視するつもりはないらしい。もしも本当に記憶の手がかりなのだとしたら放っておくわけにはいかないというのが二人の共通の認識だった。

「見た感じ、相当古い機械よね。」

 カタリナには不思議に思うことがあった。同じ古い機械でもカルトゥナは綺麗な姿を保っていた。同じ時代を跨いできた機械にしては、こちらの方はあまりにも劣化が進み過ぎている。特に人間部分は酷い有様だ。言うなれば崩れかけた化石の残骸が機械に貼り付いている状態。その答えをロシェは言ってくれた。

「古代兵器の失敗作と見ていいだろう。」

「失敗作?それを殺さずにこんな場所に放置してるってこと?」

 スカーデッド王国が作る現代の人型機械においても失敗は当然のようにある。その失敗作は全て処刑されて、跡形もなく痕跡を消されているのが現状だ。

「なんらかの理由で殺せなかったのかもしれない。だからここに閉じ込めた可能性は大いにある。」

 ロシェは先ほどまでに比べてだいぶ落ち着きを取り戻している。カタリナはそれを見て少し安心した。

「古代兵器。分からないことが多すぎるわね。いったいどうなっているのかしら。」

「どちらにしてもあれが古代兵器だとしたら僕たちの敵であることに違いはない。陥れるための罠だと認識した方がいい。」

「古の機械というのも手の込んだことをするのね。」

 カタリナはそう言うと小さくため息をついた。

「前にカタリナが言っていた、僕が過去からきたんじゃないかという話。もしそれが本当だとしたら、これは過去からの挑戦状なのかもしれない。」

「だったら乗り越えないとね。」

 二人は先ほどの古代兵器の方へ向かって歩を進める。

「ロシェ。大丈夫。」

 カタリナがロシェの容態を気遣う。

「もう大丈夫。ありがとう。」

 ロシェは優しく答えた。徐々に先ほどの場所へと近づいていく。そしてロシェは足を止めた。

「ここだ。」

 ロシェのその言葉に、カタリナはフレアリングに祈りを込めた。

「フレア。炎弾の舞。」

 カタリナは炎の銃を持って、木々の隙間から覗いてみる。するとその異形の古代兵器は、すでにこちらの場所を把握しているようで静かに二人を見ていた。カタリナは銃口を機械へと向ける。

「うぅ。うぅ。」

 相変わらず何かを訴えるような呻き声をあげている。なんだか苦しんでいるようにも見えて、カタリナは引き金を躊躇った。

「カタリナ。躊躇してはいけない。」

 ロシェのその声を聞いて、カタリナは炎弾を放った。放たれた炎弾は、異形の古代兵器の右腕を貫く。

「うぉぉぉぉ。」

 痛みを感じているのだろうか。悲痛な叫びが辺りに響き渡った。

「雷剣。」

 ロシェは雷の剣を握り、異形の古代兵器に向かって斬りかかった。

「フレア。炎剣の舞。」

 カタリナも炎の剣を掴み取り、一斉に攻撃に出る。二つの剣が、異形の古代兵器の胴体に深い傷をつけた。決して強いとは言えない。と言うよりもなんの抵抗もしてこなかった。

「うぅ。うぅ。」

 異形の古代兵器は、ただただ泣き叫ぶような呻き声をあげるだけだった。それがロシェに重くのしかかる。カタリナは炎の剣を消した。

「ロシェ。もうやめよう。これは敵ではないよ。そっとしといてあげよう。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは少し考えてから答えた。

「そうだな。」

 二人には、この異形の古代兵器が悪い機械だとは到底思えなかった。二人はそれに背を向けてゆっくりと歩き出した。もう放っておくことにしたのだ。その時。突然眩い光が空から降りてきて、その異形の古代兵器を包み込んでいく。

「これは。何が起きてるの。」

 カタリナは驚きを隠せないでいる。ロシェは何も言わずに、ただその光に包まれた異形の古代兵器を見つめていた。そして光に包まれたそれは、カタリナと同い年くらいの女の姿へと変わった。

「どういうことなの。」

 カタリナは事の状況が把握できないでいた。

「ようやく会えた。」

 女はそう言った。その目はロシェを捉えている。

「僕は君を知っている。」

 ロシェは女に向かってそう言った。

「ロシェ。いったいどういうことなの?」

 カタリナは事態が飲み込めないので、ロシェに尋ねた。

「フレイ。そうだ。フレイだ。」

 ロシェは目の前の女に夢中で、カタリナの声は届いていないようだ。

「覚えていてくれたのね。私のこと。」

「忘れるわけがない。たとえ記憶をなくしたとしても、実の妹を忘れられるわけがないじゃないか。」

 ロシェがそう答えると、カタリナは驚いた様子で言った。

「妹?どういうこと?話が分からないわ。」

「そちらの方は、【炎の巫女】なのね。」

「えぇ。そうよ。あなたはいったい何者なの?本当にロシェの妹だとしたら、どうしてこんなところにいるの?」

 カタリナは矢継ぎ早にそう問いただした。

「ロシェも少し落ち着いて。何かの罠かもしれないわ。」

 カタリナはロシェに対してそう言ったが、ロシェの耳には届かない。ロシェは血の気の引いた顔に一粒の涙を流していた。

「私は本当の妹よ。でも機械にされてしまっている。もうほとんど私の意思は存在しないの。」

 フレイは悲しげな表情でそう言った。

「フレイ。どうしてそんなことになってしまったんだ?」

 ロシェは涙を拭いながらそう聞いた。

「私にも分からないの。お兄ちゃんがいなくなってからの記憶が曖昧なの。おそらく機械化の影響だとは思うけれど。」

「ちょっと待って。」

 カタリナが話を止めた。

「あなたは、何者かによって機械化されたということよね?それならどうして体が朽ちるの?私たちはすでに古代兵器というものを知っているわ。それはあなたの姿とは全く違った。今もなお現代兵器と見比べても遜色ないほどに綺麗なものだったわよ。」

「それはね。私が失敗作だったからよ。」

「失敗作?それならどうしてその時始末されなかったの?」

 カタリナは冷静に聞いている。敵の罠だという線も捨てきれない今、言葉を選んでいる余裕はなかった。ロシェはそれを黙って聞いている。

「私には使命があったの。未来の世界のこの場所で、お兄ちゃんに会うという使命が。およそ七百年。ここでずっと待っていた。」

「だから始末されなかったということ。納得できない部分があるわ。どうして失敗作のあなたにその使命を託さなければならなかったのか。それと七百年前にあなたを機械にしたのは何者なのか。」

「それは私にも分からない。大切な記憶も朽ちた体と共に遠のいてしまっているの。」

「ロシェはどう思うの?」

 カタリナはロシェの方を見て聞いた。

「フレイ。君の望みはなんだ?」

 ロシェは神妙な面持ちでそれだけを聞いた。

「私の意識があるうちはこの機械は動き続ける。そしてその矛先はお兄ちゃんに向けられてしまう。」

「それが本当の話なら、あなたを殺さなければならないということになるわね。」

 カタリナはそう言いながらフレアリングに祈りを込めた。そして炎の剣を手に取る。しかしそれをロシェが制止する。

「カタリナは手を出さないでくれ。」

「私はこれ以上、お兄ちゃんを苦しめたくない。だからお願い。私を殺して。」

 ロシェは少し俯いて黙っていた。

「ロシェ。やっぱり私がやる。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは被りを振った。

「大丈夫。これは僕の問題だ。」

 ロシェはそう答えると、右手を空に掲げた。

「雷剣。」

「お兄ちゃん。ありがとう。最期に会えてよかった。」

「フレイ。安らかに眠ってくれ。」

 ロシェは雷の剣でフレイの心臓を突き刺した。その瞬間、フレイは眩い光と共に消え去り、朽ち果てた機械だけが転がっている。振り返ったロシェの目には涙が流れている。あまりにも壮絶な時間だった。

「ロシェ。」

 カタリナはそれより先の言葉が浮かばなかった。なんと声をかけるべきなのかが分からない。

「僕には記憶がない。でもあれはたしかに僕の妹だ。」

 ロシェの声には、怒りが込められている。

「うん。そうね。」

 カタリナはそう答えるしかなかった。

「一つ気がかりなことがある。僕たちがここにきてフレイに会った時、辺りはすでに戦闘を行った形跡があった。フレイは何かを守ろうとしていたのかもしれない。」

 ロシェがそう言うと、カタリナも同意する。

「私もそれは感じていたわ。おそらくここに敵はいる。」

 二人は周囲を見渡した。それを見て物陰から一人の男が姿を現した。黒いフードを被っており顔は分からない。

「あれれ。あっさり殺しちゃったんだ。意外と非情なお兄ちゃんなんだね。」

 その男は倒れた機械を見てそう言った。

「おまえは誰だ?」

 ロシェは怒りを込めた声をぶつける。

「うーん。そうだねぇ。黒幕とでも名乗っておこうかな。」

 飄々とした口ぶりの男は、ロシェの怒りのパロメーターを向上させる。

「ふざけるな。」

 ロシェは雷の剣を男へ向けて、飛びあがろうとした。

「まぁ落ち着きなよ。君の相手はこっちだから。」

 黒幕を名乗る男がそう言うと、先ほどまで倒れていた機械がロシェに向かって突撃してきた。その速度は格段に増しており、カルトゥナを彷彿させるほどだった。ロシェは慌てて雷の剣で、その機械の拳を受け止めた。

「おじさん。あの子に嘘ついてたんだ。お兄ちゃんに君が殺されればこの古代兵器は止まるってね。本当は逆。あの子が死ねば、この古代兵器は本来の力で君たちを襲うんだ。つまり彼女はストッパーだったってわけ。」

「悪趣味な。」

 カタリナは炎の剣を右手に取って、ロシェの応援に向かおうとする。しかし黒幕を名乗る男がそれを静止した。

「お姉さんの相手は、この黒幕だよ。」

 カタリナは、黒幕を名乗る男を鋭い目つきで睨みつけた。

「怖い怖い。そんなに睨まないでおくれ。」

「おまえと話をするつもりはない。」

 カタリナはフレアリングに祈りを込めた。

 

 

 ロシェは古代兵器と対峙していた。初手で分かったことだが、この古代兵器はカルトゥナよりも強い。

「へぇ。おまえがあいつの兄貴なのか。見た目には大したことなさそうだな。俺は古代兵器クランツ。いちおう礼は言っておくぜ。目障りだったあいつを殺してくれてよ。」

 ロシェは何も答えずに鋭い視線を向ける。

「あいつのせいで俺は自由に動けなかったからよ。体が鈍って仕方ないんだわ。ちょっと運動に付き合えや。」

「黙れ。」

 ロシェは雷の剣を握りしめた。

「妹と一緒に死ねたら、兄としては本望だろうよ。」

 クランツは素早い動きで、ロシェへと殴りかかった。それに対してロシェは雷の剣を拳にぶつける。すると大きな爆発が起こり、ロシェは吹き飛ばされた。

「言い忘れてたけどよ。俺の体は爆石って鉱石でできてるからよ。触れるだけで爆発するから気をつけな。」

「近づかなければいいだけだ。」

 ロシェはすぐに体勢を整えて右手を空に掲げた。

「雷雲。」

 上空に雷雲が発生して、無数の雷がクランツに降り注ぐ。クランツはそれを目にも止まらぬ速さでかわしていく。やはり速度もカルトゥナ以上のようだ。ロシェは上空へと飛び上がった。そして右手を空に掲げる。

「大いなる空よ。降り頻る雨よ。全てを貫く矢となりたまえ。」

 今度は雨雲が発生して、雨が無数の矢を形成する。アランを仕留めた技だ。凄まじい数の雨の矢がクランツを標的に降り注いでくる。

「おいおい。無茶苦茶だな。でもこの程度では俺の速度には追いつけない。」

 クランツはさらに加速して、雨の矢を丁寧に避けていく。辺りに土煙が充満して、視界が悪くなった。そして土煙が治った時に、ロシェは自分の周りに小さな球体がいくつも浮遊していることに気づいた。完全に囲まれている。

「なんだこれは?」

 ロシェがそう問いかけると、クランツはふざけた口調で答えた。

「危ないから触れない方がいいぜ。」

「どう言うことだ?」

「なら一個割ってやろう。」

 クランツはそう言うと地面に落ちていた石を拾い上げて、小さな球体の一つに向かって投げた。石は球体にぶつかり、その瞬間大きな爆発が起こった。ロシェは爆風に吹き飛ばされそうになるのを何とか踏ん張る。

「ほら。危ないだろ?」

 クランツは完全にロシェを弄んでいた。

「これではおまえも攻撃できない。」

 ロシェがそう言うと、クランツは嘲笑うかのようにしながら、地面から無数の石を拾い上げた。

「全部爆発したらどうなるかな?」

「く。」

 身動きの取れないロシェは、この状況では完全に分が悪い。

「ほれ。いくぞ。」

 クランツは無数の石を球体目掛けて投げつけた。木々に隙間が開くほどの大きな爆発が起こり、ロシェは力なく地面へと崩れ落ちた。

「あれ。もう終わりかよ。」

「まだだ。」

 ロシェはなんとか立ち上がる。

「そうこなくちゃな。」

 クランツはそう言いながら、再びロシェの周りに無数の小さな球体を浮遊させた。

「同じ手に二度は乗らない。」

 ロシェは右手を空へと掲げた。

「暴風。」

 ロシェがそう言うと、吹き荒れる暴風が、その小さな球体をクランツの方へと吹き飛ばしていく。球体はクランツの体に直撃していき大きな爆発が起きた。

「おいおい。そりゃないぜ。」

 クランツの体は所々に亀裂が入っており、たしかにダメージはあったようだ。

「雷雲。」

 その隙を狙い、ロシェは再び無数の雷をクランツに向けて放った。クランツは地面を殴る。すると大きな爆発が起こり、その勢いを使って宙を待った。雷はその下を通り過ぎていく。

「近づいてこいよ。遠距離攻撃は俺には当たらないぜ。」

 クランツは余裕の表情でそう言った。一理ある。しかし接近戦に持ち込んだとしても、あの触れるだけで爆破する体をどうにかしなければ、地面に倒れるのはロシェの方だろう。

「まずはあの厄介な爆破を防がなければ。」

 ロシェはそう言うと再び右手を空へと掲げた。

「大いなる空よ。全てを包み込む雲よ。我の鎧となりたまえ。」

 ロシェの体を雲の鎧が包み込んだ。そして続ける。

「雷剣。」

 雲を纏ったロシェは雷の剣を手に取って、クランツに飛びかかる。

「やっときたか。爆ぜろ。」

 クランツの拳が、雷の剣と交錯した。大きな爆発が起きたが、ロシェの体を纏った雲がその衝撃を吸収する。ロシェは素早い動きで、もう一度斬る。クランツもそれに拳を合わせる。二人の間で剣と拳が何度も衝突を繰り広げるが、爆破の衝撃でロシェが吹き飛ぶことはない。むしろ先ほどの球体爆発で体にヒビの入っているクランツの方が徐々に亀裂が増しているようだ。

「なかなかやるじゃねぇか。」

「おまえもな。」

 こうなるとロシェの体力が尽きるのが先か、クランツの体が崩壊するのが先かの勝負と言えるだろう。何度も起こる爆発の衝撃で辺りの木々は姿を消し、荒地のように変貌していた。そしてついにロシェの雷の剣が、クランツの左腕を斬り落とす。

「やっぱり殺し合いは楽しいな。」

 クランツは楽しそうにそう笑った。

「修復しないのか?おまえも古代兵器ならそれくらいはできるんだろ?」

 ロシェの言う通り、カルトゥナは瞬時に体を修復していた。同じ古代兵器なら、クランツにもそれは可能なはずだ。

「しねぇよ。そんなことしたらせっかくのダメージが無駄になるだろ?俺は一方的に殺したいんじゃねぇ。殺し合いがしたいだけなんだぜ。」

「よくわからないな。遠慮はしないぞ。」

 ロシェはそう言うと、再び雷の剣でクランツを襲う。クランツは右腕で地面を強く殴り、大きな爆発を起こした。土煙が舞い、ロシェの視界を奪う。ロシェはたまらず、後方へと飛び距離を取った。

「これより半径五十メートル圏内にある全てを、俺は思うままに爆破させられる。」

 クランツがそう言うと、ロシェが立っていた地面が突然爆破した。ロシェは爆風に煽られ上空へと飛び上がる。

「出鱈目な力だ。しかしこの雲がある限り、僕には届かない。」

 ロシェはそう言いながら、右手を空へと掲げた。しかし再びロシェの目の前で爆破が起こり、風圧で体勢を崩されてしまう。

「空には何もない。なぜだ。」

 ロシェが少し困惑して聞くと、クランツは静かな口調で答えた。

「俺が爆破できるのは、物だけではねぇんだぜ。空間そのものも対象だ。」

 すると再びロシェを爆破が襲う。何度も何度も何もない空間が爆破を起こし、次第に雲の鎧が砕けていく。

「さぁこの状況どうするよ?」

 クランツは楽しそうな笑って言った。ロシェを包んでいた雲はもう姿を消しており、生身の体に戻っている。この状況で爆破を喰らえばひとたまりもないのは目に見えていた。ロシェは小さな声で呟く。

「これは使いたくなかったけど。やるしかない。風神。」

 ロシェの体は風を帯び始めた。

「風神は全てを弾き返す。」

 ロシェがそう言うと、取り巻いていた風がさらに風圧を増していく。

「おもしれぇ。まだまだ楽しめそうじゃねぇか。」

 クランツのその声に、ロシェは被りを振る。

「もう終わりだ。」

 それを聞いたクランツは、ロシェの周囲を全て爆破させた。強力な爆風がロシェを襲う。しかしその爆風は体に帯びていた風に吸収されていく。

「ほう。また防御か。」

「違う。これは攻撃だ。」

 風の中で蓄積された爆風は、ロシェの前方一点に集中していた。そして爆風の蓄積された一点はただ静かにクランツに向けられている。

「風神は風を操る。」

 それは解き放たれた。爆風の威力が強かった分、その破壊力と速度はは凄まじく、瞬く間にクランツの胴体に大きな穴を開けた。さすがのクランツも片膝を地面につける。ロシェはそれを見て、ゆっくりと近づいていく。

「俺の爆破を利用しやがったか。大したもんだぜ。でもな。この程度では俺もくたばんねぇぜ。」

「分かっている。だから最後は殴り合ってやるよ。そっちの方がおまえも好きだろ?」

 ロシェはゆっくりと歩きながらそう言った。

「なんだよ。話の分かるやつじゃねぇか。」

 クランツも立ち上がった。

「左腕。修復しておけよ。片手では相手にならないから。」

「おいおい。舐めるじゃねぇぜ。」

 そう答えるクランツに対して、ロシェは淡々とした口調で言った。

「いいから。修復しろ。」

「しねぇよ。」

「そうか。ならもう何も言わない。全力で葬る。」

 ロシェはそう言いながら、右手を空へと掲げた。

「そうこなくっちゃ。」

 クランツは楽しそうだった。

「雷神。」

 ロシェの体に、今度は雷が帯び始めた。二人は同時に拳をぶつけ合う。大きな爆発が起きたが、その爆風が到達するよりも速く、ロシェは次の動きに移行している。

「なんだその速さは。」

 これにはクランツも驚いて声を出した。

「雷神は身体能力を格段に向上させる。だから言ったんだ。片手では相手にならないと。」

「生意気だな。速いだけではどうしようもねぇぜ。」

 クランツはそう言いながら、もう一度右拳を繰り出すが、そこにロシェはもういない。逆にロシェの右拳が、クランツの顔を貫いた。

「これで終わりではない。跡形もなく消し去ってやる。」

 ロシェはそう言うと、右左と連続で拳を繰り出していく。雷神の力で身体能力が向上しているその拳は、速さだけでなく破壊力も凄まじく、クランツの体を消し飛ばしていく。そこからはあっという間だった。クランツは両足だけを残して、全ての部位が消えていた。

 ロシェは悲しんでいた。妹を自らの手で殺めた上に、その妹を現代まで繋ぎ止めていたのが古代兵器である実態。いったい誰が何の目的でこのような酷いことをしていたのだろうか。過去を思い出せないロシェには何も分からない。それがもどかしくて不安だった。そんな時、空から声が聞こえた気がする。

「お兄ちゃん。ありがとう。」

 きっとフレイからの最後の言葉だと受け取った。ロシェは空に向かって小さく言葉を置いた。

「全てが終わったらまた来るよ。その時はちゃんと泣かせてくれ。」

 ロシェは前を向いた。ここでの戦いはまだ終わっていない。黒幕を名乗る得体の知れない男とカタリナが戦っている。今はまだ涙を流す暇はないのだ。ロシェはそう自分に言い聞かせて、カタリナの元へ急いだ。

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