第5話 眠らぬ都とマフィティスア

 「眠らぬ都とマフィティスア。」

 

 ロシェとカタリナは、グレートニールへと向かっていた。アクアリングの効力のおかげで激戦の傷は癒えてはいるのだが、疲労感までは拭うことができないようで、ほとんど会話もないままに静かな時間が二人を包み込んでいた。

「あ。あそこに洞窟がある。今日はこの辺で休まないか?」

 ロシェは入り組んだ山道の中の小さなトンネル道を指差してそう言った。

「そうね。」

 カタリナは周囲に誰もいないことを確認した後に、そう答えた。トンネル道の中へ入ってみると、どうやら工事途中で放棄された物のようで、少し進んだだけで行き止まりになっていた。

「あとどのくらいなんだ?」

 ロシェはそう尋ねながら、行き止まり付近に捨ててあった職人用のパイプ椅子に腰をかけた。

「山を降り始めて随分になるから、もう間も無く街に着く頃だと思うわ。」

 カタリナはそう答えたあと、もう一つ置いてあったパイプ椅子に腰掛けた。

「かなり歩いたからさすがに疲れた。」

 ここに来るまでにすでに十五日ほどが経過している。

「そうね。」

「明日中には着くといいんだけど。」

「それはどうかしら。私も歩いて行くのは初めてだから。はっきりとは分からないわ。」

 二人が歩いて移動しているのは理由がある。この国には機械による様々な移動手段が設けられているのだが、その理由のために二人は歩いての移動を余儀なくされているのだ。一つ目の理由は、震災によって国の大半が崩壊していること。二つ目の理由は、二人が特殊警察と呼ばれる人型機械を葬ってしまったこと。これよって言わば二人は指名手配犯のようなものだ。呑気に公共の機関を使うわけにはいかなくなっている。

「カタリナは大丈夫か?アクアリングで癒えたとはいえ、あれだけの傷を負っていたんだから。苦しかったらいつでも言うんだぞ。」

「私は平気よ。ロシェもね。」

 カタリナはそう答えた。カタリナからすればロシェの方がよほど不安が大きい。あまり表に出さないタイプのようで伝わりにくいが、内心はとても焦っているように感じる。その焦りは、万が一戦闘になった時に悪い方向にしか働かないことを、カルトゥナとの戦いで痛いほどに知らされた。

「僕は気を失って倒れていただけだから。」

「私が最初にそうなった時。ロシェは一人で戦ってくれたじゃない。」

「そうだけど。結局何もできなかった。僕も君の奥義が見たかった。」

 ロシェがそんなことを言ったので、カタリナは少し困ってしまった。

「あれはあの時の精神状態に、フレアリングが反応してくれただけなの。一度きりの技とでも言っておこうかしら。だからもう一度はできないと思う。」

「そのフレアリングという武器は、つくづく恐ろしいものだな。イメージにリンクするならば可能性は無限にあるってこと?」

「そういうことね。でも私自身の能力が追いつかなければ、ただの炎でしかないわ。」

「そうなんだ。見てみたかったな。」

 ロシェは少し落胆したようにそう言った。おそらくそれは技を見れなかったことへの落胆ではない。それだけ窮地に追い込まれていたカタリナに対して、何もできなかった自分に対する落胆のようだ。

「とにかくもう寝よう。」

 カタリナは優しくそう言った。ロシェは静かに頷いて、二人は束の間の眠りにつく。静かな時間が淡々と過ぎていった。

 しばらくの時間が流れた後、二人は目を覚ました。トンネル道から出ると、いつもと変わらない燦々とした太陽の光が降り注ぐ。日の沈まないこの国では、昼夜の区別は時間のみで行われている。しかし二人には今の時間は分からない。よって今が昼なのか夜なのかの判断はつかない。とにかくグレートニールに行ってみればそれは分かることだ。二人は道中を進み始めた。山道はすぐに終わりを迎えて、そこから先の道は舗装されていた。そこには人も歩いており、街が近いことを二人は確信した。

「もう少しみたいだな。」

「そうね。」

 カタリナがそう答えると二人の足取りは、心なしか軽く見えた。

 

 グレートニールという街は、国内随一の繁華街である。先のロギレンスの丘が、機械が作り出した工業都市だとすると、ここは人が作り出した人情味溢れる街だ。人々は店を持ち商売を生業としている。国内外からの観光客も多く、世界的な観光名所なのだ。街に入れば、飲食店や土産物屋、遊郭なんかも備えられており、昼夜問わずに人の活気が溢れている。と言っても太陽の沈まないこの国に昼夜はそもそも存在しないようなものなのだが。とにかくその街の性質から通称【眠らぬ都】とも呼ばれている。

 二人はようやく街へと足を踏み入れた。どうやらここは震災の被害はなかったようで、威勢のいい街柄が二人を温かく包み込んだ。辺りをこだまする人々の声に、少しばかり心を癒された気分になる。人間という生き物は、やはり人間によって癒されるものなのだと思う。

「ねぇロシェ。仕組まれた地震だと仮定して、選定された街の共通性が私には分からないのだけれど。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは少し考えてから答えた。

「仕組まれた地震というのが間違っているのかもしれないな。」

「でもどう考えても、何者かが部分的に破壊したとしか考えられないのだけれど?」

 カタリナには地震を発生させた意図が分からなかった。これだけのことができる存在は限られる。国の中枢。つまりは王だろう。それは無傷のサウンズロッドからも想像がつく。しかし客観的に考えて、誰も得をしない。アクアストールにしてもロギレンスの丘にしても国にとって重要な場所だ。そこがなくなれば苦しむのは王自身だろう。国力低下は権力低下に直結する。その先に待っているのは国の崩壊だ。

「一つ思ったことがあるんだ。」

 ロシェは改まった表情でそう言った。

「なに?」

「あくまでも可能性の話だけれど。」

「いいわ。聞かせて。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは一つの仮説を語り始めた。

「カタリナは王やそれに準ずる何者かの仕業だと考えているんだろ?」

「えぇ。そうよ。」

「この震災。王も予期せぬ出来事だったとしたらどうだろうか?」

「だとしたらサウンズロッドが無事な理由はどう説明するの?」

 カタリナにとってはそこが一番の謎だ。アクアストールはサウンズロッドのみを残して跡形もなく消え去った。その不可解さを見逃すわけにはいかない。

「最初から備えていたとすれば。こうなる可能性を見越して、サウンズロッドだけは無事になるように。」

「ちょっと待って。それだと震災が来ること自体は把握していたということよね?」

「そういうことだ。」

 ロシェがそう答えるとカタリナは被りを振った。

「おかしい。王ではない何者かが起こしたとして、なぜ中枢のみがそれを知れたというの?」

「王は古代兵器を手中に収めようとしたのではないだろうか?でもカタリナも知っての通り、古代兵器は圧倒的に強い。それに利己的だ。扱うことなどできるはずがない。」

 ロシェがこう説明するとカタリナは納得するしかなかった。

「つまり震災はその反動というわけね。」

「そういうことだ。あくまでも可能性の話だけれど。」

「ということは、崩壊した街には、古代兵器がいるということになるわね。それに古代兵器がいるってことはロシェの記憶の手がかりもそこにあるということ。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは黙って頷いた。それを見てカタリナは小さくため息をつく。

「先は長そうね。とりあえずどこかで休みましょう。」

「そうだな。」

 ロシェは渋い表情のままでそう答えた。

 旅行客の多いこの街では、宿の数も必然的に多い。少し贅沢だとは思いながらも、二人分の部屋を借りることにして、二人は別々の部屋へと入っていった。カタリナはシャワーで汗を流した後、布団に入り横になった。考えることは多かったが、疲れが上回りすぐに眠りについた。

 対照的にロシェは眠れなかった。カルトゥナとの戦いはロシェに対して深い傷をつけていたのだ。早く記憶を取り戻さなければ、標的である古の機械は勿論のこと、それを守護する古代兵器にすら手も足も出ないことになる。その焦りが自分自身への憤りと変わって襲ってくる。ロシェは心を落ち着けるために外の空気を浴びることにした。

 街の大通りをふらふらと歩いていると、心なしか楽しげな雰囲気に包まれてくる気がする。色とりどりのお菓子は、きっと子供たちに人気なのだろう。それら全てが人の手によって売られている。本来の街というのはこういうものなのだろう。今となってはどこに行っても機械が主流だ。ここにしかない温かさを感じている。そう。どれだけ機械が高性能に発展しても、この人間の温かさだけは再現できないのだ。

「そこのお兄さん。ちょっと寄っていきなよ。かわいい子揃ってるよ。」

 こんな風に声をかけられるのも久しい気がする。ロシェは小さく断りを入れてまた歩き出す。

「お兄さん。見てって。」

 ロシェは声のする方に目を向けた。なんの目的で作られたのかが分からないコンセプト不明のぬいぐるみがたくさん並んでいた。

「あ。大丈夫です。」

 ロシェは苦笑いを浮かべながらそう言った。再び歩いていると、一際元気のいい声が聞こえてきた。

「いらっしゃい。これ買ってってよ。」

 声のする方を見ると、若い女が笑顔を振りまいていた。その女は小柄ながら、周りの店の誰よりも目立っていた。その歯切れのいい透き通る声にロシェの足は止まってしまった。

「それはなんなの?」

 店の女が手に持っていた白くて丸いものを指差してロシェが聞くと、女は満面の笑みで答えた。

「これはね。グレートニールで一番人気のお菓子なんだよ。」

「へぇ。食べ物なんだ。」

「一つ食べてみる?」

 その女は可愛らしい笑顔でそう聞いた。

「いいの?」

 ロシェは釣られた。これで商売という戦いは八割ほどの確率で女の勝利だろう。

「スノーボールって言うの。雪の玉をイメージしたお菓子でね。雪の降らないこんな場所だから、せめてこれで季節を感じられたらなと思ってね。」

 女はそう説明しながら、ロシェにスノーボールを手渡した。触った感じは柔らかい。

「ありがとう。食べてみるよ。」

 ロシェはスノーボールを口へと運んだ。中にはほんのりと甘い餡が入っていて、優しい味が口いっぱいに広がっていく。

「美味しい。」

「そうでしょ。一番人気だからね。」

「これ二つ買うよ。」

「ありがとう。気に入ってもらえてよかったよ。」

 女は笑顔でそう言いながら、手際よくスノーボールを二つ袋に入れた。ロシェはお金を払って、その袋を受け取る。

「お兄さん、また来てね。」

 女の笑顔は、気づかないうちにロシェの表情まで和らげていた。

「うん。今度はカタリナも連れてくる。」

 カタリナにもこの笑顔を見せたいと思っていたせいか、無意識のうちにその名前を出していた。

「カタリナさん?」

 もちろん、この女がカタリナを知っているわけなどない。

「すまない。忘れてくれ。」

 ロシェは照れくさそうにそう言った。

「へぇ。一つは女の子へのプレゼントなんだね。」

 女があまりにも嬉しそうな表情でそう言ったので、ロシェもなんだか嬉しい気持ちになった。

「そうなんだ。甘いものが食べたいって言ってたから。」

「今度は連れてきてよね。」

「わかった。連れてくる。」

「約束だよ?」

「うん。約束だ。」

 ロシェはそう答えて、出店を再び歩き出す。心の中で素敵な笑顔に感謝を告げていた。

 ロシェはその後、人の気配が全くない海岸沿いの場所に行った。真っ直ぐ宿へと向かわなかったのには理由がある。先ほどから後ろをつけてくる何者かの気配を感じたからだ。だからあえて人の気配のない場所へと向かったのだ。

「なんのようだ?」

 ロシェは立ち止まってそう聞いた。

「なるほど。随分と勘の鋭い野郎だな。」

 一人の男が姿を現した。淡々とした口調だが機械ではなさそうだ。おそらくは人間だろう。

「何者だ?」

 ロシェの問いかけに男は、はっきりとした口調で答える。

「俺はマフィティスアのアランだ。いくつか聞きたいことがある。」

 以前カタリナからマフィティスアという名を聞いたことがあった。国の中枢直属の暗殺部隊で、国の闇の部分を担っていると言っていた。つまりは王直属の殺し屋が現れたというわけだ。詳しいことまでは分からないが、カタリナの話によると、ロシェやカタリナのように特殊な力が備わっている猛者の集まりらしい。

「特殊警察を葬った人間がこの国にいるらしいのだが、心当たりはあるか?」

 アランは鋭い目つきで聞いた。

「知らないな。」

 ロシェはきっぱりとそう答えた。

「送られてきた映像によると、一人は炎を操って、もう一人は空を飛んだとか。」

「僕には関係ない話だな。」

 ロシェがそう答えると、アランは少し笑ってみせた。

「スタレスという名は知っているか?」

「だから知らないと言ってるだろ。」

 ロシェがそう答えると、アランは一枚の写真をロシェに投げ渡した。

「それはスタレスが消える間際に残した写真だ。そこに写ってる女に心当たりはないか?」

 ロシェは少し驚いた。そこに写っていたのはカタリナだった。顔がバレてしまっている以上、しらを切っても意味がない。ここでアランを倒す以外、現状を打破する術はない。放っておけばこの男は必ずカタリナの元へ辿り着くだろう。得体の知れないマフィティスアが相手だけに、それだけは避けたかった。

「この女は知っている。」

 ロシェがそう答えると、アランの表情は暗殺者の顔つきへと変わった。

「どこにいる?」

「それは教えない。」

「そうだろうな。でもな俺としても引き下がれないんだ。スタレスは特殊警察に入ったことを喜んでいた。大事な弟みたいな存在だったんだ。」

 アランのその言葉には、戦争の悲しみが詰まっているように感じた。殺し合いで傷つくのは当人だけではない。周りの人間もそうだ。

「だとしてもカタリナは僕の仲間だ。」

「ならばお互い仲間のために正々堂々と戦うしかないな。」

 アランはそう言うと、深く深呼吸をした。ロシェはその姿を見て集中力を高めていく。周りに人の気配は全くない。このアランという男もこの場に一人で来たのだろう。

「行くぞ。」

 アランは腰に下げていた大きな太刀を抜いた。

「雷剣。」

 ロシェも雷の剣を手に取る。

「面白い術だな。」

 アランはそう言いながら、勢いよくロシェへと斬りかかる。ロシェもまたそのアランの剣に雷の剣をぶつけていく。互いの剣が、二人の間で何度も激しく衝突する。アランの太刀はかなり重たく、一撃一撃があたれば致命傷になるほどの威力だった。それほどの重い太刀を、これほどの速度域で操れるのだから人間離れもはだはだしい。ロシェはたまらず空へ飛び上がった。

「空を飛べる男とはおまえのことだったのか。」

 アランは少し驚いた様子だった。それを見てロシェは右手を高々と空に掲げた。

「大いなる空よ。天より降り頻る雨よ。全てを貫く矢となりたまえ。」

 アランの上空に雨雲が発生した。そして次第にそれは大きくなり雲の中から無数の雨が矢を形成して、アランに向いている。

「これはどうすることもできないな。しかし、俺を殺したこと。後悔することになるぞ。」

 アランはそう言うと、太刀を投げ捨てた。これにはロシェも困惑する。

「なんのつもりだ?」

 ロシェが聞くとアランは薄ら笑いで答えた。

「死の覚悟を決めただけだ。」

 そう言ったアランの表情は確かに死を覚悟している。いや、むしろ自分から死を招き入れようとしているかのようにも感じられた。ロシェは君が悪くなり攻撃を止めようとしたが、すでに雨の矢は降り始めており止めることができない。無数の雨の矢は、真下の無防備なアランを次々に串刺しにしていく。辺りには真っ赤な鮮血が降り注いだ。

「いったいなんなんだ。」

 ロシェはゆっくりと地面へ降り立った。そして倒れているアランを観察する。起き上がる気配がない。確実に死んでいる。いったいなんだったのか理解が追いつかなかった。

 しばらくの間、ロシェはアランを見つめていた。しかし何も起こる気配がなかったため、ようやく宿への道を歩き出すことにした。宿へ着き、布団に入ると、アランとの戦いが頭の中で蘇ってくる。

「まるで死ぬために来たようだった。」

 ロシェは小さく呟いた。得体の知れない恐怖心を抱いてしまう。これでは本当に勝ったのかどうかすらも怪しいものだ。しばらくそんな風に考えてみたが、答えは出るはずもないので眠ることにした。

 次の日、ロシェとカタリナは最低限の買い物を済ませてからグレートニールを後にした。アランと戦ったことはカタリナには伝えないことにした。妙な心配をかけることになると考えたからだろう。しばらく歩いているとロシェが思い出したかのように口を開いた。

「あ。そうだ。カタリナ。これあげる。」

 ロシェは昨日買ったスノーボールをカタリナに手渡した。

「白い玉?これは何かしら?」

 カタリナは不思議そうに尋ねた。

「スノーボールってお菓子だ。この街で一番人気なんだ。」

 ロシェは自慢げにそう言った。

「へぇ。いつの間にこんなの買ったの?」

 カタリナは少し不満そうにそう言ったが、ロシェからの贈り物は素直に嬉しかった。

「昨日、散歩のついでに買ったんだ。甘いもの食べたいって言ってたから。」

 ロシェは慌ててそう答えた。

「そう。ありがとう。いただくわ。」

 カタリナはそう言うと、スノーボールを口の中に入れた。

「甘くて美味しいだろ?」

「ほんと。甘くて美味しい。一番人気ってのも納得ね。」

 カタリナの喜んだ表情を見て、ロシェは嬉しそうに笑った。

「今度は一緒に行こう。お店の人にも連れていくって約束したんだ。」

「そうね。全てが終わったら必ず。」

 カタリナがそう言うと、ロシェは力強く頷いた。

「さぁ行こう。」

 二人は再び歩き出した。新たな戦いの舞台であるグレリレンズ闘技場へと向かって。

 

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