第2話 ゆらめく炎 舞い降りて

 「ゆらめく炎舞い降りて。」

 

 震災から三日ほど経った。不思議なことに、これだけの規模の大地震にも関わらず余震は一切なく、生き残った住民たちによる創作活動が比較的速やかに行われていた。

「おーい。誰かいねぇか?」

 そんな声が荒地と化したアクアストールにこだまする。

「ここらはもう誰もいねぇみたいだな。」

「そうか。生きてるやつはみんな避難できたみてぇだな。」

「だと良いんだけどよ。まだ顔見てないやつも大勢いるみたいだしな。」

「うちの母ちゃんもまだ見つかってねぇんだわ。」

「大丈夫。きっと生きてるさ。」

 住民たちの声が、荒野を闊歩している。瓦礫の下に埋もれた死骸の山を見ると、実態が骨身に伝わってくるようで、よほどの精神力がなければ目を開くこともままならないであろう。そして震災の影響が具現化されていくにつれて、無傷の宮殿サウンズロッドへの不信感は漂っているように感じる。あれだけの規模の地震にも耐えた構造、いや、まるでそこだけ何事もなかったかのような違和感。誰も口にすることはないが異様な光景であることに間違いはない。三日経った今も、中枢からの指示や労いなどは一切なく、それが不信感へと繋がっているのだろう。しかし暗黙の了解なのかは解らないが、口に出して文句を言う者は一人もいなかった。なんとか生き延びた命をそんなことのために失いたくはないのだろう。

「ここらは特にひでぇな。」

「あぁ。」

 救助活動に勤しんでいた住民たちは、両手を合わせ追悼の意を込めた。

「まるでアルテミスだな。」

 一人の男がそう言うと、皆は揃って暗い顔をした。スカーデッド王国は元々戦争とは無縁の国だったのだが、フェルト王国との大戦の後、諸外国からも一目置かれる軍事国家との認識となっている。しかし実態は、人力を必要としない独立した機械による戦争スタイルだったため、国民は戦争を知らない。それでもアルテミス大橋の悲惨な姿は目に焼き付いており、今のアクアストールの現状がリンクしてしまったのだろう。

「やれやれだ。とりあえず瓦礫の下に誰かいねぇか探そうぜ。」

「あぁ。気が滅入りそうだ。」

「そう言うな。誰かがやんねぇといけねぇんだ。だったら動ける俺らがやらねぇと。」

 男がそう言うと、もう一人の男はサウンズロッドを睨むように見ながら答えた。

「こんな時にいったい何をしてるのだか。」

「ばか。滅多なこと言うんじゃねぇよ。聞かれたら殺されんぞ。」

 二人はキョロキョロと辺りに目を配り、人目を気にした。

「すまん。つい口が滑っちまった。」

「とりあえずやるぞ。」

 住民たちは辺りの瓦礫を漁りながら時折声をかけて、救助に勤しんだ。

 話は少し変わるが、この国の異様な実態を少し説明しよう。まず第一に国民たちは、王を知らない。言葉の意味をわかりやすく言い換えるならば、名前、容姿、声色何も解らないのだ。よっぽど臆病な王様なのか、現王が即位してから一度も国民の前に姿を現したことがない。メディア出演や式典への参加なども一切なく、存在すら不透明である。新政策の発表や、古来よりの式典には主に大臣が国王代理として振舞っている。国王不在説なども実しやかに囁かれることもあるのだが、あまり深く勘繰ると死刑が待っているので、国民たちはこの特異な図式を飲み込むことしか出来なかった。そしてその特異さが、より恐怖感を増幅させて、国民たちの服従心を煽っている。それもそうだろう。人間という生物は、解らないものを計算する知能を持ち合わせていない。ピースの足りないパズルを完成させることもできない。この国の王は、その不透明な恐怖感で絶対的地位を築き上げてきたと言えるだろう。

 

「おい。あっちに女が立っているぞ。」

「まだ残ってたのか。すぐ行くぞ。」

 救助活動を行っていた男たちは走って女の元へと向かった。かなり遠いうえに足場も悪く思うように進めないのが難儀である。

「それにしてもよく生きてたもんだ。」

「ほんとだぜ。三日も一人でよく耐えれられたもんだ。」

 男たちはそう言いながら女の元へと急いだ。

 

 カタリナはそこにいた。何をするわけでもなく、ただ真っ直ぐに宮殿サウンズロッドを見つめている。いや、睨んでいると言った方が正しいのかもしれない。

 カタリナにとって地震が起きたことは好都合だった。この期に乗じて謎がひしめくサウンズロッドへと乗り込めるのではないかと画作した。しかし目の前に聳え立つサウンズロッドは全くの無傷でこちらを嘲笑っている。少なくともカタリナの目にはそう写っていたのだろう。(どうしたものかしら。)カタリナが心の中でそう呟いた時、男が二人走って近づいてきた。息を切らし随分慌てた様子の二人を一瞬だけ視界に入れて、すぐにサウンズロッドへと視線を向けた。

「おーい。ねぇちゃん。無事か?」

 男の一人がカタリナに向けて言った。カタリナは敢えて何も答えずに無視をしている。過度な反応を示せば質疑応答が長引くだけだと思ったのだろう。関わり合いになることが煩わしいと思っている。

「三日もよく耐えたな。もう大丈夫だ。」

「…。」

 カタリナは一瞬面倒くさそうな表情を向けてから、すぐにサウンズロッドに視線を戻す。内心はこれ以上何も話しかけるなと言いたかったのだが、言葉を発すると会話が成立してしまう。それを嫌った。

「ねぇちゃん。怪我はないか?」

「名前言えるか?」

「なんも食ってねぇんだろ?」

 カタリナの思いとは裏腹に、男たちからの質問の嵐が降り注いだ。これ以上無視を続けても仕方がないので、カタリナはやれやれと首を横に振ってから、冷たい声色で答えた。

「私に何か用?」

 男たちは顔を見合わせ目を丸くした。

「用って。ねぇちゃん。俺たちはこの辺りの生き残りを救助してんだよ。そこにねぇちゃんがいたからさ。」

 男の説明にカタリナは無表情のまま答えた。

「救助はいいけど、男が寄ってたかって女に質問攻めはどうかと思うわ。」

 男たちは再びキョトンとした。

「そ、それは悪かったな。生き残りがいることに驚いてよ。ほら。この辺特にひでぇからさ。」

「私は大丈夫。他の人を助けてあげて。」

 カタリナはそれだけ言うと、その場から立ち去ろうとした。

「ちょっと待てよねぇちゃん。どこ行くつもりなんだ?避難所はこっちだぞ?」

「だから。私は大丈夫。放っておいて。」

「余震がくるかもしれねぇんだぜ?放っておけねぇよ。」

 カタリナは二度三度被りを振った。

「余震はこないわ。だから大丈夫。」

「それはわかんねぇだろ?さぁ避難所に行こう。」

 そう言って男の一人がカタリナの腕を掴もうとした。しかし捉えることは出来なかった。一瞬の出来事だったが、カタリナは素早い身のこなしで体を反転させ男の手を交わしていた。

「おいおい。ねぇちゃん何者なんだよ。」

 あまりにも軽快かつ戦い慣れした身のこなしに男は少し恐怖感を滲ませながらそう問いかけた。

「ねぇちゃんよ。俺たちは助けようとしてるんだぜ。その態度はどうなのよ。」

 もう一人の男が少し怒りを滲ませながら言った。

「何度も言ってるじゃない。放っておいてって。」

「その態度が良くないって言ってんだよ。」

 男がそう言いながらカタリナに向かって拳を振り上げる。それをもう一人の男が止めた。

「やめとけ。このねぇちゃん只者じゃねぇ。やべぇよ。」

 その姿を見てカタリナは小さな声で呟いた。

「殴りたければ殴ればいいじゃない。」

 これを聞いた怒り心頭の男は静止する男を振り払って、カタリナに向かっていった。

「結局は救ってる自分に酔いしれてる偽善者ね。」

「黙れ。」

 男の太い腕から放たれた拳が、カタリナめがけて一直線に振り下ろされた。しかしそれは空を切り、それどころか気づけばカタリナは背後にいた。男の額に一粒の汗が流れ落ちているのがわかる。

「なんなんだ。ねぇちゃんは。」

 もう一人の男が怯えた表情でカタリナに向けて言葉を投げた。

「大きいだけでは私には勝てないわ。」

「わかった。もう放っておくから。何もしないでくれ。」

 さっきまで怒っていた男も慌てた様子で媚び始めていた。

「何もしないわ。あなたたちは悪くない。人助けは立派よ。私の態度も良くなかったし。ここはお互い様ってことで。」

 カタリナがそう言うと、男たちはようやく落ち着きを取り戻して、その場から立ち去っていった。カタリナはそっと空に目を向ける。そして静かに目を閉じた。少しだけ過去のことを思い出している。そんな感じの表情に見えた。

 

 カタリナ。それが彼女の名前である。カタリナの記憶の中には、両親の存在はない。たとえ片隅に存在していたとしても思い出したくもないような過去を歩まされた。金のためだったのだろうか、それとも他に理由があったのだろうか。詳しいことは今となっては解りようもないが、事実としてカタリナが幼い頃に遠い異国の地から人売りへと売り払われた。そこからカタリナの凄惨な生涯が幕を開いたと言えるだろう。人売りから与えられる食事は三日に一度だけ。商談のある時だけ、湯を浴びて体を清めさせられる。契約に至らなければ八つ当たりとして拳をぶつけられることもしばしば。そんな死と隣り合わせの日常が来る日も来る日も続いていくうちに、カタリナは生まれてきた理由すらも見失っていった。人売りは自国での買い手を諦めて、カタリナを白人が主流のスカーデッド王国へと連れていった。黄色人種であるカタリナは、この国では希少な存在で、どんどんと値が釣り上がっていく。人売りはますます欲を張り、カタリナの価値が最大限に引き上がるように手厚く扱い始めた。結局世の中はお金になるかならないかの二択でしかないのだと絶望に拉がれ、心は荒んでいく一方だったが、一体の人型機械との出会いが、カタリナを救った。ある時、人売りの目も眩むような大金と、幼女に見合うように仕立てられた高価に見えるワンピースを持って、その機械は現れた。もっともカタリナが目の前のそれを機械だと認識するのはもっと後の話である。今は、人に買われたと思っている。

 本来人身売買にかけられた人の末路など、闇の世界の住人になるか、はたまた物好きの嗜好品になるかのどちらかである。その点カタリナは運が良かったのかもしれない。目の前のそれから感じられるオーラは優しさに包まれており、子を欲している親の愛のようなものさえ受け取れた。

「私のところに来なさい。旦那もこれだけの額があれば十分だろ?」

「も、もちろんでっせ。こんな大金滅多にお目にかかれやしねぇ。ほれカタリナ、こちらのお方の言う事をちゃんと聞くんだぜ。」

 買い主の手がカタリナの小さな手をそっと包み込んだ。

「家へ帰ろう。」

 それがカタリナの感じた初めての優しさだった。親に捨てられ、人売りによって惨めな扱いを受けたカタリナにとって。

「私はへカーソンという名だ。父さんと呼んでくれて構わないよ。」

 カタリナは小さく頷いた。

 へカーソンはカタリナを大事に育てた。十分に食事を与え、部屋も用意し、勉強を教えた。哀れな扱いを受けてきたカタリナにとってへカーソンとの日々はとても充実していたと言える。そんな日が数年も続けば、痩せ細っていたカタリナの体に肉が戻り、もともとの才能なのか、へカーソンから学んだ学問も自分のものにしてしまうほど賢くなっていった。

 しかし賢くなったが故に、カタリナには不思議に思うことがいくつかあった。一つはへカーソンが人間ではないという事実。この頃には、彼が人ではなく機械であることを言われなくても理解していた。そしてこれほどの精巧な機械がどのようにして作られたのかという疑問を抱く。もう一つはへカーソンと暮らすこの家の地下室についてだった。地下への入り口にだけ幾重にもセキュリティが張られてあり、近づかないように口酸っぱく言われてきた。カタリナは賢いから、へカーソンが何をして富を得て、何をするためにカタリナを買ったのかの仮説が出来上がっていた。その証明のためには、この閉ざされた地下室に入る必要がある。リスクは大きい。しかし確かめなければいけないと幼いながらも賢いカタリナは歩を進めた。

 セキュリティはかなり複雑な構造で、八桁のパスコードと指紋認証、フェイスレコグニションまで付いていた。情報を集めなければこれ以上は進めないと判断して、カタリナは一度自室へと戻った。

 それから数日間、地下室への入り口をこっそりと見張り、へカーソンが入っていくのを観察した。そしてチャンスは突然やってくる。

 ある日の朝、へカーソンは地下室から出てくるなり、カタリナの部屋へとやってきた。

「カタリナ。私はこれからアクアストールへと行かなければならないんだ。」

「どうして?」

「大切な用事なのだよ。」

 へカーソンの手に持っているのは、義手のようなものだった。というよりはもっと武器に近い。

「わかった。気をつけてね。」

「ありがとう。良い子にしてるんだよ。」

 へカーソンはいつもと変わらない優しい笑みでそう言うと、大きな荷物を抱えて家を出ていった。カタリナはすぐに地下室の入り口へと向かう。するとへカーソンが閉め忘れたのか、扉が開いていた。

(行くしかない。)

 カタリナは心の中でそう呟いて、地下への階段を下った。その先で見たものはカタリナの仮説通りのものだった。

 大きなカプセルの中には、カタリナと同じくらいの歳の子供が入れられていた。ある者は右手を、ある者は左足を機械へと変えられており、中にはほぼ全てが機械と化してる者もいた。そう。へカーソンはここで人体の機械化を進めていたのだ。カタリナを育てたのも、時がくれば機械化の材料にするためだったのだろう。勉強を教えたのも、人間の能力の高さが機械化後の能力に直結するからなのかもしれないが、そこまでは理解が及ばなかった。とにかくこの悍ましい光景を目にしたことで、カタリナは自分の末路を選択する権利を手にしたと言える。知らなければ、ここにいる子供たち同様、機械として組み上げられていただろう。知れたからこそ、ここから逃げ出す選択肢を手に入れられた。そしてその権利を使わない理由も見当たらなかった。迷いなく家を出た。幼いながらも聡く大人びているカタリナは、動揺することなく落ち着いた様子で、ただひたすらに街を歩く。へカーソンがやっていることは、この国では合法なのかもしれない、しかし道徳的観点から許されることではない。すれ違う人たちの中、人でないものが混じっていることにカタリナはすでに気づいてしまっている。

(もう誰も頼れない。)

 カタリナは固く決意して、どこか遠くへと向かった。ただひたすら東へと。

 長い道のりを休むことなく歩き続けたカタリナは、すでに国境を越えて隣国へと足を踏み入れていた。時間を考えると、へカーソンが王都から帰り、事態を把握して捜索を始めているかもしれない。そう仮定すれば、国境を越えられたことはかなり運が良かったと言える。ここまでくればそうそう見つかることはないだろうから。カタリナは何を思っているのだろうか。その答えは意外なものだ。ただ東へ向かうだけの途方もない逃亡生活を、まだ十に満たない子供がしているのだ。ましてや信頼していたへカーソンの正体が、自分を機械にしようと考えていたのだから、卑屈になり死をも考えていても不思議ではない。しかしそうではないのがカタリナという人間だった。物事の序列を冷静に見極め、根幹部分を考える。つまり人道をわきまえない世界を作り上げ、機械による統治、人の価値の下落を推し進めた存在がいること。それが誰なのかは予測できる。その利己的な支配者を憎み、鳥籠の中の幸せに満足する人を憐れむ。カタリナ自身が、機械との生活を直に触れ、その脅威を目の当たりにしたからこそ、このままではいけないと強く思った。誰かが変えなければいけないと。今は逃げることしかできないが、いつか必ず悪魔が支配する棺桶のような国スカーデッド王国を打ち砕くと心に誓っていた。それがカタリナの根底にある正義感という強い光なのだろう。そして胸に光が灯れば、必ず運命の歯車が動き出すようになっているのが、この世界の理なのかもしれない。逃げるだけのカタリナの運命は、たった一人の男との出会いによって修羅の道へと誘われることになる。

 ただ東へと向かっていたカタリナは、道中一人の男と出会った。スカーデッド王国を出た後は、険しい山岳地帯を進んでいたので、人と出会うこと自体が久方ぶりの出来事だ。

「こんな場所に、子供が一人で、どうかしたのか?」

 何も言わずにすれ違おうとしていたカタリナは、その話しかけてきた男に少し嫌悪感を抱いた。

「何もない。ただ歩いているだけよ。」

「そうか。お互い様だな。」

 男はそう言うと、岩に腰掛けた。カタリナはその姿をゆっくりと見る。人間であることには間違いないのだが、血生臭さを隠しきれていないその男に警戒心を怠らないようにしているのだろう。

「あなたこそ、こんな所でなにをしているの?その血はいったいなに?」

「僕はね。逃げてきたんだよ。」

 それだけ言って男は黙り込んだ。

「いったい何者なの?」

 カタリナはそう問いながら、男をまじまじと見つめる。返り血ではなさそうだ。となると戦に負けて深傷を負っているのかもしれないが、カタリナには関係ないことだ。それにもう手遅れであることは、賢いカタリナにはすぐに理解できた。

「僕は東の国から来たんだ。約束を果たすために。」

「約束?」

 カタリナがそう聞くと、男は被りを振った。

「果たせそうにないけどね。」

 男もまた自分の末路を理解しているのであろう。潰えそうな灯火に最期の点火をして、カタリナに面している。そんな風にカタリナは感じたから、この男の話を聞く道を選んだ。

「死ぬのが怖くないの?」

「怖くないよ。死んで当然のことをしてしまったからね。」

「だったらなんで逃げるの?」

 カタリナのそのセリフは自分自身にも当てはまる。目の前で見たあまりにも強大な力に、自分の無力さを知り、それでも進む意思が消えなかった。だからこの男の気持ちが解らなくもない。

「それは。渡さなければならない物があるからだよ。せめてもの罪滅ぼしなんだ。」

 男の口調は淡々としていた。

「スカーデッド王国に行ったの?」

 カタリナは半ば確信を持って問いた。

「よくわかったね。そう。僕はあの国で、とある人に渡さなければならない物があったんだ。」

「その結果がその背中というわけね。」

 カタリナはこの男と出会った時から気づいていたのだ。背中に機械が埋め込まれていることを。分厚いコートで隠していたのだが、カタリナは観察力が鋭い。

「君はすごいな。なんでもお見通しだね。」

「お世辞はいい。誰に何を渡すつもりだったの?」

 カタリナがそう聞くと、男はゆっくりと口を開いた。

「少し昔の話を聞いてもらってもいいかな?」

「わかったわ。」

 すると男はポケットからタバコを取り出して咥えた。火をつけると一息吐き出す。

「私は東の国の大和の生まれなんだ。」

 カタリナは少し驚いた。そこは今カタリナが目指している場所だったからだ。男は話を続ける。

「特殊な家系でね。太古の昔、空に国があった時代。その王をお守りするのが我らの祖先の役割だったらしい。」

 ここまで言うと男は血を吐き出した。

「タバコ吸うからでしょ?」

 カタリナにそう言われて、男はタバコの火を消した。そして話を続ける。

「その時代の名残なのか、代々女に生まれた子共たちは過酷な運命を背負うことになるんだよ。」

「過酷な運命?」

「そう。戦わなくてはならない運命だよ。」

「戦う?いったい何と?」

「古代の機械。」

 カタリナはへカーソンから教えてもらった歴史の中に同じ言葉を聞いた記憶があった。古代から存在する機械で、今もなお特定の条件下で起動する。しかしへカーソンの話では、敵ではなく味方だと言っていたが、この男の口振りでは明確に敵と判断している。

「なぜ女だけが戦うの?」

「僕も詳しくは解らないが、古代の機械に対抗しうる武器が女にしか扱うことができないらしい。」

「そういうことね。」

 カタリナがそう言うと、男は大きくため息をついた。

「僕にも娘ができたんだ。嬉しかった。玉のように可愛くてね。でもね。その運命を背負わせたくなかったんだ。」

「どうしたの?」

 男は今にも溢れ落ちそうな涙を堪えながら、蚊の泣くような頼りない声で答えた。

「人売りに連れて行ってもらったんだ。最低なことだと分かっているよ。でもそれしか思いつかなかったんだ。愚かな父親なんだ。」

 カタリナはそれを聞いて、なんとなく理解した。今目の前にいるのが何者なのかを。しかし打ち明けることはしなかった。もう間も無く死を迎える哀れな男に、同情をしてやる義理はなかったからだ。それだけの過酷な人生を歩んできた。

「一つ頼まれてくれないか?」

 男がそう言うと、カタリナは黙って頷いた。

「これを預かって欲しいんだ。」

 男はそう言いながら、小さな小箱を取り出した。

「これはなに?」

「それが僕の家系に代々伝わる巫女の武器、フレアリングだよ。王をお守りした巫女の血を引く女にしか扱えない武器だ。」

「預かって、その先どうすればいいの?」

「僕の娘はスカーデッド王国にいるはずなんだ。きっと苦しんでいる。それがあれば戦えるはずなんだ。だから渡してほしい。」

 男の口ぶりが徐々に重くなっていく。タイムリミットは近づいているのだろう。

「わかったわ。」

 カタリナはそうとだけ言った。

「ありがとう。最期に君の名前を教えてくれないか?」

 男がそう聞くとカタリナは被りを振った。

「知らないままで逝った方が楽だと思う。」

「そうか。やはり君は娘によく似ている。」

 それが男の最期の言葉だった。カタリナは小箱を見つめた。機械に対抗する手段がこれだとすれば、使わない手はない。中のリングを取り出して、自らの右手の指にはめてみた。かなり大きいサイズでカタリナの細い指には全くそぐわなかったが、突然リングが眩い光を放ち、カタリナの指にピッタリと合うサイズに変わった。これでカタリナは確信した。死んだ男の正体が誰なのかと、自分が何者であるのかを。

「お父さん。ありがとう。」

 座ったまま死んだ男に向かって、カタリナはそう告げた。ゆっくりと頭を下げて、目を閉じる。追悼の意を込めているのだろう。

 その時。散々聴き慣れた声がカタリナの耳を襲った。

「カタリナ。こんなところにいたのかい。」

 歳の割に大きな体のその男はへカーソンだ。

「さぁ。家へ帰ろう。」

 へカーソンはその大きな手で、カタリナの体を掴もうとする。カタリナは心の中でリングの使い方を模索した。フレアリングという名から連想できるものは火。きっと火を操る何かなのだと。しかし発動条件が分からない。

「フレアリング。お願い。」

 カタリナが咄嗟に発したその言葉にリングが反応を示した。眩い光を放ち、炎が飛び出した。

「なんだい。それは?」

 へカーソンは少し驚いた様子だった。その隙をカタリナは見逃さない。今にも届きそうだったへカーソンの手から瞬時に距離を取る。

「この炎を剣のように振るえたなら。」

 カタリナが小さな声でそう呟くと、炎の形状が瞬く間に変化して燃える剣へと変わった。

「いったいどこでそんな物を拾ったのだ?」

 へカーソンはそう言いながらも、ジリジリと距離を詰めてくる。

「あとは私次第だよね。」

 カタリナは覚悟を決めて走った。今度は逃げずにへカーソンへと向かって。炎の刃を振り上げて一気に斬りかかる。その瞬間へカーソンの右腕が地面へと転がった。

「鋼鉄の腕を一振りで落とすとは。凄まじい剣だねぇ。」

 へカーソンは右腕を拾い上げて、再び引っ付けようとしたが、断面が熱で溶けてしまい合わなかった。

「やれる。」

 カタリナは再び炎の刃を振り上げて切り掛かったが、同じ手に二度喰らうほど、へカーソンは馬鹿ではなかった。へカーソンの左拳が、カタリナの小さな体を吹き飛ばしていた。

「あまり舐めちゃいけないよ。子供が。」

 カタリナは全身の痛みに堪えながら何とか立ち上がる。

「さっきは剣をイメージした。他のものならどうだろう。」

 カタリナの独り言はへカーソンには聞こえていない。

「フレアリング。銃になって。」

 カタリナの声に反応して、炎の剣が炎の銃へと変化した。カタリナはそれを手に取り、へカーソンに向けた。

「そんな物がこの機械に通用すると思うのかねぇ。」

「何かあるはずなの。形状変化以外の何かが。」

 カタリナはそう言いながら、二発銃弾を放つ。一発は的外れな位置へと飛んでいき、もう一発はへカーソンの左太ももを貫通した。しかし穴が空いただけでダメージは無さそうだ。

「痛くないんだよ。それくらいでは。」

「だったらもっと大きく。大きくなって。」

 カタリナがそう言いながら銃弾を放つと、炎の玉は徐々に巨大化し、へカーソンの元へ来た時にはボーリング球ほどの大きさになっていた。これには慌ててへカーソンも回避するしかなかった。

「何なんだ?その武器は。」

「わかってきたわ。これの使い方が。あとは私自身の能力次第ね。」

 カタリナはそう言うとフレアリングに祈りを込めた。

「フレアリングよ。炎の剣で全てを焼き尽くせ。」

 すると先ほどよりも長く鋭い炎の剣に形状を変えた。

「あとは私の能力次第。行こう。」

 カタリナは炎の剣を握り締め、へカーソンに向かって行った。へカーソンも咄嗟に切れた右腕を拾い上げて、剣の軌道にぶつける。しかし先ほどよりも鋭く熱い炎の剣は、紙でも切るかのように鉄を切り裂く。へカーソンは転がりながら回避した。

「まだよ。もっと速く。」

 カタリナは素早い動きで地を這うかのようにへカーソンの前へと走り、再び斬る。一度ではなく二度三度と剣を振り下ろす。へカーソンは避け切れず、徐々に体を失っていく。

「まだ。もっと速く。もっと。」

 カタリナの動きは止まらなかった。気づいた時に、目の前にあったのはただの焼けた鉄屑と化していた。

「これが機械と戦う手段。私がもっと強くならなければ。」

 カタリナはそう言うとフレアリングが入っていた小箱を取り出した。中には小さな紙が入っており、今後の道標が記されていた。

「強くなる方法がここにあるってことね。」

 カタリナは小箱をしまい、東の大陸に位置するグレイル山脈へと向かって歩き出した。

 

 グレイル山脈。人の寄り付かない秘境の地であり、生き物や草木すらも存在しない無の領域。大昔の話では、この地に存在した邪龍に戦いを挑んだ巫女が、命と引き換えに地形操作の舞を踊り、何者も存在できない地へと変化させたと伝えられている。焼け果てた木々や、燃える川。殺伐とした風景にカタリナは足を踏み入れていた。

「噂には聞いていたけど、これほどとは。」

 カタリナは体を襲っていく炎の熱に耐えながら、さらに奥地へと歩いていく。

 二日ほど歩いただろうか。空腹にも襲われながら、今にも倒れそうな体を懸命に支えながら歩き続けた。するとようやく大きな扉が目の前に現れた。

「これは。どういうことかしら。」

 扉の横には石碑のような物が建てられているが、文字は何も刻まれていない。ただ上部に小さな窪みがあり、何かを嵌め込むような形をしていた。

「なるほど。このリングを掲げるのね。」

 カタリナはその窪みにフレアリングを嵌め込んだ。するとリングから炎が飛び出し、石碑に火文字が刻まれた。カタリナはそれを読む。

「運命に導かれし者。汝はこれより炎の巫女となる試練に挑む。灼熱の業火を見に纏い、空と大地を紡ぐ舞を踊れ。」

 カタリナが読み終えると同時に、大きな扉は自動的に開いた。

「行くしかないわね。」

 カタリナは決意を固めて、中へと入って行った。中は想像以上に広く、真っ直ぐと奥へ続いていた。とりあえず進んでいくと、再び大きな扉があった。同じように石碑が建ててあり、カタリナはフレアリングを嵌め込んだ。

「第一の試練。炎は全てを焼き尽くす。」

 扉は開き、カタリナは中へと入っていく。広い空間の中には、一人の老人が茶を啜っていた。

「ようやく来たか。わしは魏良。おまえさんが新しい炎の巫女かいな。」

 魏良と名乗る老人は、飄々とした口ぶりだった。

「ずっとここにいるの?」

 カタリナが聞くと、魏良は大きな声をあげて笑った。

「無駄話は良いじゃろう。早速第一の試練と行こうじゃないか。」

「待って。私は何をすれば良いの?」

「わしの攻撃を全て止めれば良い。ただし炎を使ってじゃ。」

 カタリナは理解した。第一の試練とは、状況に応じたフレアリングの使い方を習得する事なのだと。

「わかったわ。やってみる。」

「よし。じゃあいくぞ。」

 魏良はまず大きな剣を取り出した。

「手始めじゃ。」

 向かってくる魏良を見て、カタリナはフレアリングに祈りを込める。

「フレアリング。炎の剣。」

 カタリナは炎の剣で受け止めた。

「ほう。かなり扱えておるの。さては実践済みじゃな。しかし甘い。フレアリングは心と声に呼応するのじゃ。正しく示してやらなければ鈍らにしかならんのじゃよ。」

 カタリナは徐々に押されていき、遂には吹き飛ばされた。まず驚いたのは、炎の剣なのにも関わらず、魏良の鉄製の剣を焼き切れなかった事。へカーソンとの戦いではいとも容易く出来たのだが、鉄の素材が違うのだろう。

「どうすればいいの?」

 カタリナが聞くと、魏良は被りを振った。

「自分で考えるのじゃよ。フレアリングと一つになってみせよ。さぁ次じゃ。」

 魏良は大きな弓を取り出した。目一杯まで弦を引き、カタリナに向けて解き放つ。

「避けちゃいかんぞ。炎で制するのじゃ。」

 カタリナは考えた。フレアリングと一つになる。それに炎は全てを焼き尽くすという石碑の言葉。

「やってみる価値はある。フレアリング。お願い。私のイメージを汲み取って。」

 フレアリングが眩い光を放ち、カタリナの周りに火柱が五本立ち上がった。その一つが盾の形へと姿を変えて魏良の放った矢を溶かしていく。

「ほう。なかなか飲み込みが速いのう。それならこれはどうかね。」

 魏良は十本の矢を手に取り、一気に放った。

「全てを焼き尽くす炎。イメージは火龍。」

 カタリナは火柱を一つに集め大きな渦を作った。それはまるで戸愚呂を巻いた火龍のように見える。

「炎天の龍。」

 カタリナがそう叫ぶと、火龍は火を噴き上げながら、十本の矢を飲み込んでいく。

「十分じゃよ。おまえさんは歴代でも屈指の飲み込みの速さじゃ。フレアリングは炎を自在に操る。なればこその炎の巫女なのじゃ。既存の形に捉われる事なく、自在に操ってみせよ。」

「なんとなくわかった気がする。」

 カタリナがそう言うと、魏良は声高らかに笑い上げた。

「今はそれで良い。第一関門は突破じゃ。おまえさんのこれからを祈っておる。さぁ次の試練へ向かうんじゃ。」

 カタリナは魏良に頭を下げて広間の奥の道へと步を進めた。

 再び長く熱苦しい道を進んでいく。魏良という男はここで生活しているのだろうか。そうだとすれば、よほどの精神力と肉体の強さが必要だと思う。本気で闘ったら勝つことは難しいだろう。そんなことを考えながらカタリナは歩いていた。

「あれが次の試練ね。」

 目の前に立ちはだかる大きな扉。カタリナはその横にある無字の石碑に慣れた手つきでフレアリングを嵌める。

「第二の試練。大地を欺き、舞い踊れ。」

 開かれた扉の先には青々とした神秘的空間が展開されていた。

「誰もいないの?」

 カタリナは辺りを見渡しながらそう声かけたが、返事はなかった。

「どういうことかしら。」

 カタリナは戸惑いながら、ゆっくりと奥へ向かって歩く。すると壊れた機械が放置されていることに気がついた。カタリナは、それの前へと立ち、じっくりと観察した。

「これは。完全に壊れているわね。」

 カタリナがそう呟くと、機械が突然、電源が入ったかのように光り始めた。

「我。第二の試練。この空間全てが我の意思なり。炎を纏い華麗に舞ってみせよ。」

「びっくりした。舞うってなによ。」

 カタリナの理解が追いつく前に、第二の試練は始まってしまった。カタリナは自分がこの空間の入り口に瞬間移動されていることに気がついた。

「放たれた光は我の意思なり。その場所へと汝を巻き戻す。突破してみせよ。」

「なるほど。光に触れずに突破しなければいけないってことね。それにしても速すぎて見えなかった。どうしたものかしら。」

 カタリナはとりあえず突っ走った。光の動きに細心の注意を払いながら。しかし結果は同じである。気がつけば入り口に立っていた。それが何度も繰り返される。

「はぁはぁ。頭を使わなければ消耗する一方ね。何か方法はないかしら。」

 カタリナは少し考えてから、閃いたように動き始めた。フレアリングに祈りを捧げて、周囲に火柱を起こす。

「燃え広がる炎の速さならもしかするかもしれない。」

 カタリナは作り出した火の渦を龍の形へと変化させる。これは第一の試練で使った技だ。

「炎天の龍。」

 カタリナは火龍の背中に飛び乗った。呼応するように火龍は全身から火を噴き出して飛んだ。光が到達するよりも速く動いているように見える。しかし、そう甘い話でもなかったのだ。これまでは正面からカタリナに向かって直線の光だけが放たれていたが、一つギアが上がったのだろうか。フロアの三分の一を越えた辺りから上下からも光が降り注ぐ。あっという間に、スタート地点へと逆戻りとなった。

「いったいどうすればいいのだか。」

 カタリナの脳を難易度への絶望感と、蓄積された疲労感が同時に襲ってきた。

「ねぇ。ちょっと休んでもいいかしら?もう疲れて動けないわ。それになにも食べてないの。」

 カタリナは、機械へとそう語りかけた。

「我。第二の試練。炎を纏い華麗に舞ってみせよ。」

「もういい。どうやらここにいるうちは何もしてこないみたいだし、勝手に休ませてもらうわ。」

 カタリナは横になった。空腹の方はどうしようもないので、とりあえず疲労感だけは癒すために仮眠を取ることにした。しかしカタリナは大人びてはいるが、まだまだ十歳前後の子供である。仮眠のつもりが、ぐっすりと眠ってしまった。起きた時にはどれほどの時間が経ったのか調べる術はないが、気だるい体が睡眠の長さを教えてくれる。

「随分寝ちゃったわね。でもおかげでちょっとわかってきたかもしれない。炎を纏い華麗に舞うって意味が。」

 カタリナはゆっくりと歩き出す。そしてフレアリングに祈りを込めた。

「炎よ。全てを知る万物の業となれ。」

 放たれた炎はカタリナの周りに渦を巻く。

「まずは炎を纏ったわ。あとは舞えばいいのよね。」

 光がカタリナを襲う。しかしカタリナはわかっていたかのように華麗に右へと交わした。今度は左へと。

「光の速さで物が近づいてくれば風が起こる。それは光自身も同じこと。その風が炎を揺らしてくれるから、私は別の方向に避ければいい。ってことね。」

 カタリナはさらりさらりと正面からの光を交わしていく。そして三分の一の地点までやってきた。

「問題はここからね。」

 カタリナが一歩進むと、上から光が落ちてきた。辛うじてそれを避けたのだが、カタリナは首を横に振る。

「こうじゃない。この光のパターンを先読みしないと。フレアリング。お願い。全てを見透す灯火となって。」

 カタリナの周りを渦巻いていた炎が八つに分裂して、カタリナの周りを浮遊し始めた。

「あとは私が舞えばいいだけ。」

 カタリナはフレアリングに祈りを込めて、二つの炎の扇子を手に持った。

「準備はできたわ。さぁ行こう。」

 勢いよく突っ走る。光は上、下、正面の三箇所から次々に襲いくる。それを右に周り、左に周り、地を這うように舞って避ける。八つの炎玉の揺らめきで光の位置を察知して、その誤差を計算しながら、避ける位置を判断する。計算が狂えば一巻の終わりだが、カタリナに不安はなかった。

「もっと速く。もっと華麗に。」

 カタリナの動きは徐々に速度を増していき、およそ人間の動きとは呼べないほどに速く美しかった。

「炎神の舞。」

 カタリナはそう名付けた。光が到達するよりも速く、次の光の予測地点を判断して、舞っていく。その神がかりの動きで、残り三分の一地点へと到達した。

「そろそろ次のパターンがくる。」

 今度は左右、後方からも光が襲ってきた。

「大丈夫。もう見切れる。」

 カタリナは華麗な舞で、全方向から光に対応していく。どんどん突き進んでいき、ゴール地点目の前まで来た時、最後の試練が待っていた。避けた全ての光が屈折してカタリナ目掛けて向かってくる。

「終炎の舞。」

 カタリナは両手の炎扇子を広げながら、光が当たるギリギリのタイミングで後方に宙返りする。それと同時にカタリナの動きの軌道に合わせて、炎が噴き上げた。全ての光を一点に集めて避けたために、次の光へのタイムロスが生まれた。その隙にカタリナはゴールの機械の前へと突っ走った。

「はぁはぁ。どう?試練は合格かしら?」

「我。第二の試練。汝の動き、まさに炎を纏いて舞い踊る巫女そのものであった。次の試練へと行くが良い。」

「はぁはぁ。どうもありがとう。」

 カタリナは呼吸を整えてから、歩き出した。

 扉を抜けて、さらに奥へ進んでいくと、大きな扉が現れた。しかし今度は石碑はなく、カタリナは少し戸惑った。

「開けていいのかな。」

 恐る恐る扉に手を掛けると、簡単に開き始めた。

「今までと勝手が違うわね。」

 カタリナの独り言が薄暗い部屋に響き渡った。

「試練はほとんど終わったみたいなものだからな。」

 突然声が聞こえてきて、カタリナは驚いた。

「誰かいるの?」

 カタリナが聞くと、空間に灯りがついた。そこに立っていたのは、背の高い美人な顔立ちの女性だった。

「突然声をかけて悪かった。私はフィナ=炎。いちおう大昔に邪竜を倒した英雄だ。まぁ正しくは地形を変えて生き物が生存できない状況にしただけなのだが。」

「そんな大昔の人が、なぜ生きてるの?」

「生きてない。魂だけをここに残して、次の炎の巫女を待っているのだ。」

 カタリナは不思議そうにフィナの全身を見渡した。生きているようにしか見えない。

「よくわからないけど。私はここで何をすればいいの?」

「質問に答えてくれればいい。二つの試練は見ていた。歴代の中でも私に匹敵するほどの実力を持っているのは確かだからな。」

「質問に答えるのね。わかったわ。」

「では一つ目。おまえはその力を何に使うつもりだ?」

 カタリナは少し考えてから答えた。

「機械に汚染された国を変えるために使いたい。」

「それはスカーデッド王国のことか?」

「そう。私はこの目で見てきたの。」

「ならば敵は機械だけではなく人間となるかもしれない。それでもその力を使うつもりか?」

 カタリナは困った顔をして答えた。

「それでも変えたいの。」

「そうか。では次の質問だ。自分より遥かに強大な敵が目の前に現れた時、おまえはどうする?」

「んー。その時にならないとわからない。」

 カタリナの答えにフィナは少し笑った。

「最後の質問だ。空の王を信じるか?」

「フィナさんは会ったことあるの?」

「あぁ。もちろんだ。私は彼のために戦ったのだからな。」

「だったら実在したってことだから、信じるしかないよね。」

「今もいると思うか?」

 フィナのその問いにカタリナは少し考える素振りをした。

「今は機械で空も飛べてしまう時代だから、空の王の子孫が存在いたとしても通用するのかな。とは考えてしまうかもしれない。」

「おまえは正直な人間だな。聞きたいことは以上だ。最後に一つ伝えておく。二つの試練を乗り越えて、おまえは強くなった。しかしそれは基礎を知っただけのこと。これからさらに強くならなければ機械との戦い、ましてや古の機械とは戦いにすらならないだろう。十年。各地を巡って腕を磨け。そうすれば炎の巫女としての才能が開花して、おまえは私よりも強くなる。」

「十年かぁ。長いね。でももっと強くなれるのなら私はそうする。」

「うん。古代からの戦いをその手で終わらせてくれ。」

 それがフィナの最後の言葉だった。カタリナは気付けばグレイル山脈の入り口付近に移されていた。

「とりあえずご飯を食べに行こう。」

 こうしてカタリナの十年に及ぶ旅が始まったのだ。

 

 そして十年後が現在のアクアストールに至っている。カタリナがスカーデッド王国へと戻ってきた時に、例の大震災が発生した。カタリナにとってはチャンスだった。震災のパニックに乗じて崩壊したサウンズロッドから出てくる中枢の人間を叩けば、この国の腐敗は止められる。そう考えたからだ。しかし宮殿サウンズロッドは崩壊するどころか、何もなかったかのように聳え立っている。賢いカタリナには違和感でしかなかった。街の崩壊具合と無傷の中枢。不自然な地震だと思った。まるで何者かが意図して部分的に破壊したかのような違和感。どちらにしても作戦を練り直さなけらならなかった。

 救助活動を行っていた街人が立ち去った後に話は戻る。カタリナはサウンズロッドに近づいてみた。よく観察してみると、やはり一部の隙もない、精巧な建造物だった。外部から侵入するのはかなり骨が折れるだろう。とそんなことを考えていたら、嫌な雰囲気を醸し出した妙な男が近づいてきた。

「特殊警察のスタレスだ。これ以上宮殿に近づくな。」

 スタレスと名乗った男は、見た目は完全に人間だが、それがただの人型であることをカタリナは瞬時に察知した。幼少期を機械と暮らしたからなのだろうか。カタリナには機械と人間の区別がはっきりと出来る。それは普通の人間には難しいことだった。特にこのスタレスのように人間要素が強い機械なら尚更だ。

「さっさと立ち去れ。」

 スタレスの口調が強くなった。対するカタリナは正直嬉しかった。自分がどれほど強くなったのかを確かめるチャンスが、こんなにも早く訪れてくれたことに。

「聞こえないのか?立ち去れと言っているんだ。」

「いいえ。立ち去らないわ。」

「死にたいのか?」

「最初から殺すつもりでしょ?」

「面白い。国民から苦情があってな。宮殿を嗅ぎ回っている妙な女がいるって。どうやらおまえのことのようだ。」

 スタレスは笑みを浮かべながらそう言った。おそらく相当の数の人間を殺してきたのだろう。殺人に対する快楽心と、内に秘める狂気性が滲み出ていた。

「それが私だったとして、どうするつもりなの?」

「殺すに決まってるだろ。俺は人殺しのプロだからな。」

 スタレスは右腕に巻かれた包帯を破り捨て、機械仕掛けのそれを披露してみせた。

「人間辞めちゃったタイプね。」

 カタリナは小さくそう言うと、フレアリングに祈りを込めた。

「死ね。」

 スタレスは機械の右腕を、カタリナ目掛けて振り下ろす。カタリナはそれを軽々とした動きで避けた。スタレスの右拳は地面に大きな穴を開けた。それほどの威力があるということだろう。

「まるでサーカスね。」

 カタリナが挑発するように言うと、スタレスはニヤリと笑った。

「これでも減らず口が叩けるかな。」

 スタレスが右腕のスイッチを押すと、形状が変化して紫色の大剣となった。

「毒剣。触れれば象でも即死だ。」

「だからサーカスなのよ。」

「口の減らない女だ。もういい。潔く死んでしまえ。」

 スタレスは毒剣をカタリナ目掛けて振り下ろした。カタリナは冷静にフレアリングに祈りを込める。

「フレア。炎剣の舞。」

 カタリナは炎の剣を手に取って、舞を踊るかのようなステップでスタレスの懐へ潜り込んだ。そしてその炎の剣を胸に突き刺したのだった。

「なんだこれは?痛くも痒くもない。この程度で勝ったつもりなのか?」

 スタレスがカタリナの方へ体を向けようとするのを、カタリナは静止する。

「やめたほうがいい。もう私の勝ちだから。」

「何を言うか。剣が胸に突き刺さった程度で俺に勝ったとでも思っているのか?」

 スタレスはカタリナの方に体を向けた。その瞬間、胸に突き刺さった炎の剣が小さな球体へと変化する。

「なんだこれは?」

「だから言ったのに。動かないほうがいいって。もうおしまいね。」

「玉炎の棺。」

 カタリナがそう呟くと球体は瞬く間に大きくなり、スタレスの巨体を軽々と飲み込んでしまった。当然の如く大きさに比例して、中の温度も上昇していき、体を飲み込む頃には、スタレスの肉も骨も鉄も、全てを溶かしてしまった。球体は姿を消す。そこにはもう何も残っていなかった。フレアリングは炎を自在に操ることができる特殊な武器である。その強度や温度、形状は、使い手の持って生まれた素質と、意志の強さに比例している。この十年でカタリナは強くなった。逃げることしかできなかったあの頃とは比べ物にならないほどに強く賢く成長していたのだ。おそらくスタレスはそれほど強い敵ではないのだろう。それでもへカーソンと戦ったあの頃に比べて随分ゆとりを持って勝つことができた。それは大きな自信となる。この国に蔓延るすべての根源、支配者を倒すことができるかもしれない。カタリナにとって大きな第一歩を踏み出したといえるだろう。

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