舞いし炎。飛ぶは空。

ふわり

第1話 日の沈まない暗闇の世界

 「日の沈まない暗闇の世界。」

 

 王国歴七百二十四年、アリエスフライト大陸には八つの国が存在していた。その中でも最も巨大な勢力を誇ったのが、フェルト王国である。国王フェルト三世は圧倒的な軍事力を武器に他国を次々に侵略していった。

 王国歴七百六十一年、遂にアリエスフライト大陸には二つの国しか無くなっていた。フェルト王国ともう一つ、それまで相手にもされてこなかった小さな国スカーデッド王国。機械産業が盛んなこの国に軍事力と呼べるものは皆無だと誰しもが甘く見ていた。

 アルテミスの大戦。八十五万人のフェルト軍に対してスカーデッド王国が用意したのはたった四十五機の人型戦闘兵器だった。決着はあっという間に着いた。月の光が照らしたのは八十五万人の死体と血に塗られたアルテミス大橋。

 この戦争を機にスカーデッド王国は世界に名を轟かせる軍事国家となったのだった。

 

 

 王国歴七百七十年。スカーデッド王国。

 このところ人類の頭脳を恐ろしいと感じる事がある。長い歴史の時間軸の中で、アルテミスの大戦からの九年間など、あっという間に過ぎ行く月日である。その僅かな時間でも人は更に発展させ変化させる能力を持っているのだから末恐ろしい限りだ。

 新たに開発されたあらゆるものには人工知能が割り当てられ、人の生活圏に次々と組み込まれていった。例えば近所のスーパーやコンビニエンスストア、ファミリーレストランなんかに入ってみると、出迎えてくれるのは見た目には人と全く遜色のない人型の機械だったりもする。むしろスカーデッド王国においてはそちらの方が多いのかもしれない。人間と共存する人型機械の誕生。それは利便性の向上と共に、血の通わない現状を人々に突きつけている。もちろん初めの頃は大いに喜んでいた。仕事は極限にまで簡素化され、厄介毎は人型機械が引き受けてくれる。家庭内においても家事や育児までもが、人型機械のテリトリーとして展開されていった。生活が著しく楽になることに喜びを感じるのが人間の弱みといえる。しかし徐々に人々は違和感を覚えていった。日常は機械に侵食されていき、人として生まれたことへの意義を見失い始めていた。進歩は時として恐怖にもなりうる。朝ゴミ捨て場で挨拶をした隣人が、実は機械なのかもしれないのだから。

 つまりこの世界における機械はもはや人間なのだ。人間と同じ生活を刻み、友との語らいや同僚との会食もする。休日には夜景を見るためにドライブに出かけ、温かいラーメンのスープを啜る。人間以上に人間を演じている。それでいて人間の何倍も優れた能力を備えている。それはアルテミスの大戦で実証済みのことだ。

 

 スカーデッド王国。首都アクアストール。

 人型機械による効率的統治で治安を維持している王国随一の都市だ。高層ビルが立ち並ぶ中、都市の中央部には堀のように水が張られてあり、その真ん中には大きな塔が聳え立つ。国の中枢はこの塔で担われている。

 ビルの側面に映し出されたビジョンに目をやると、ニュースキャスターがその日の情報を丁寧に伝えていた。

「次は空の情報です。アクアストール以外の全ての地域で午前十時と午後四時の二回。人工気候装置を用いて三十分間の雨を降らせます。一時的に太陽が隠れますので、くれぐれもご自宅から出ないようにご注意くださいませ。」

 初めて聞く者には珍しい事だろうが、この国ではいつものことだ。理由は解らないが、太陽の沈まないこの国では雨が降ることもない。そうなると作物が育たないので、定期的に人工的に雨を降らす。なぜ太陽が隠れる時に、外出が禁止されているのかは定かではない。それにしても自然の代表ともいえる天気までも機械の力で操作してしまうのだから全く恐ろしい機械文化が根付いている。とにもかくにも今日も変わらない一日が過ぎていくのだろう。誰しもがそう思っていた。しかしそうはならなかった。

「ゴゴゴゴ」

 という大きな音が鳴り響き、次第に大地が大きく暴れ始めた。機械をもってしても止めることのできない自然現象。震災だ。都市中の液晶パネルに先ほどのニュースキャスターが映し出され速報を伝える。

「緊急地震速報です。震度計測不可級の巨大地震です。直ちに指定の避難区域へと移動してください。」

 日常はこんな風に、なんの躊躇いもなく壊されてしまう。跡形もなく消え失せた無数の建物の瓦礫が辺りに散らばっている。その下に埋もれているのが人なのか人型機械なのかは解らないが、たくさんの命の火が消えたことに変わりはない。

 スカーデッド王国が誇った首都アクアストールは一瞬にして荒野とかした。生き残った民達にとってせめてもの救いはアクアストール中央に位置する国の中枢を担う塔サウンズロッドが無事だったことだろう。そこが無事だという事は王は生きているという事なのだから。安堵する民達の中を、颯爽と掻き分けて、傷一つなく聳え立つサウンズロッドを鋭い視線で見上げる女がいた。彼女もまた強い意志を胸に秘め、サウンズロッドのように、崩れ去ったアクアストールに聳え立っているかのようだった。

 機械文化で築き上げた栄華も崩れ去るときはほんの一瞬だ。そしてこういう時に生き残る人間はだいたい二種類に分けられると思う。一つは強い権力を有し、全てを肯定する力を持つ者。もう一つは理に反し主に欺きそれでも己を曲げず信じることに強い意志を持って突き進む者。無傷のサウンズロッドと、それを睨むように見つめる女。戦いの始まりを告げるかのように絵になる描写に感じられた。

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