第6話 この世の全ての悩みは人間関係だけである。
「はあ……」
憂鬱だ。さっきから溜息しか出ない。
一度この憂鬱モードに入るとなかなか戻れない。
思考は目まぐるしく、複雑に糸が絡み合うようにまわり続け、グルグルと煮詰まり、混ざりあっていく。
何があったという訳でもない。だが、これから迫り来る恐怖と不安に、陰キャ特有のクソザコナメクジメンタルが故、叩きのめされているのである。
「おい、桐原!5分も遅刻じゃん!何してたんだよ!」
バイト先に着いた途端、これだからだ。
「い、いや……ちょっと」
「はあ、もう言い訳はいいから早く着替えてこい!」
「は、はい」
何度同じ流れを繰り返せばいいのだろう。
もうこの展開も飽き飽きだ。
しかし、言い返せるわけもなく、俺はこの憂鬱な日常を過ごすしかない。
今日もいつものように、金髪ギャル、甲斐節子の
いつもと違うのはこの後からだった。
「それじゃあ、あたしもう帰るからね。あと頼んだよ」
「お、おつかれさまですっ」
節子は午前から午後のシフトなので暗くなる前に他のバイトと入れ替わる。俺は昼からのシフトなので暗くなってからも仕事は続く。
うるさいのが居なくなって、ようやく落ち着けるなと思った矢先、レジのカウンターに、キラキラにデコレーションされた派手なスマートフォンが置かれていた。
アイツ、忘れていったな。
スマホを手に取ると、直前まで弄っていたのか、スマホの画面はロックが解かれていた。
「えっ……?」
YouTubeが開かれており、それには雌垣ァコのチャンネル名が。
ただチャンネル名が表示されているのでは無い。表示されているのが節子のYouTubeアカウントのプロフィール画面なのである。
つまり、まさか、、、
俺は、慌ててプロフィールのアイコンを押して、チャンネル登録者数を見た。
登録者数130万人。
そんなことがあるというのか。
甲斐節子は、あの人気トップVTuberの雌垣ァコだったのだ。
「スマホ!忘れてた!!あぶねーあぶね!」
「あっ」
慌てて甲斐節子が戻ってきて、俺は咄嗟に、スマホから手を離した。
やべ。スマホ見てるとこ見られたか?
「なに、あたしのスマホ触ってんだ!!まさか、見たな?」
普通にバレてるーー!!
「い、いや見てない」
「嘘だろ!見たな!」
「見てないって!」
「いいからちょっと裏来い!」
「ちょっ、バイト中だぞ!?」
「あー、大丈夫ッスよ〜俺一人でやっとくんで」
いやいや、そこは止めてよ山田さん!(注釈 節子と入れ替わりできたバイトの兄ちゃんこと、山田さん)
「な、なんだよ……」
俺はそのまま節子に引っ張られてコンビニの裏に来てしまった。
「桐原、あたしのチャンネル見た?」
「はぁ……どうせ嘘っていうんだろ......見てないって」
「ほんとに?」
「うん」
「......」
黙り込む節子。納得いかないのか俺を睨みつけている。
「あたしが夜な夜なメスガキボイスでVTuberとして配信してて、そのお金で、家族養ってるの知らないのか。なんだ〜良かった良かった!」
「ぶっ!全部言ってんじゃんっ」
「あっ、反応した。やっぱり見たんだなコノヤロ!!」
「す、すみません」
「カー恥ず。バイト先のしかも桐原知られるとか……」
「いや……別に俺はなんとも……思って、、」
「思ってるだろ?こんなのがVTuberなんてって!しかもあのキャラクターだし、キモイって思ってるんだろ!!いいよ、正直に言えよ」
「な、なら言わせてもらうけど……俺、普通に雌垣ァコよく見てて普通にファンだから、キモイとかそんなこと全然思わないですよ」
「はぁ!?ガチで?でも、、ま、普通にいてもおかしくは無いか。チャンネル登録者数130万だし……でも、、あんたがVTuber見てるとか意外だわ」
うーん、甲斐節子が雌垣ァコをやってる意外性には負けますけどね?
「これからどうしたらいいんだろ、リスナーにキツく当たるのも、悪いしなぁ……でも桐原だしいっか。でもやりずらいなあ」
「べ、別にいつも通りで構わないよ……」
本当は嫌だけど。てか、キツく当たってる自覚あったのか。
「なんか、あんた見てると強引にお節介したくなるのよね。嫌だった?」
「正直、めちゃくちゃ嫌です」
「ゴメン。リスナーの
意外と素直なんだなと思った。
俺の中でなにかしこりが取れた感覚があった。
「そ、そうして貰えると助かります」
「フフっ、桐原の笑った顔、初めて見た」
俺、今笑ってたのか。
「これからもさ、雌垣ァコの動画見てよね。あんた一人でも大事な視聴者だし!恥ずいけど!」
節子は金髪を靡かせて明るく爽やかにそう言った。
「う、うん。もちろん」
なんか丸く納まったのか?
とりあえず、もう節子にキツくあたられることが無いのならそれに越したことはないが。
俺の人生はようやく上向きになっているのかもしれない。
そう思った矢先、そうでは無いということを、まさかアイツに教えられるとは思いもよらなかった。
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