第5話 不遇逃避行シェルター
カランカラン。
カフェの扉を開けると、昔懐かしい鈴の音が鳴った。
俺達は席について、飲み物とケーキを互いに注文した。
「この度は、本当にありがとうございました」
社交辞令のようでありながら、感謝の想いは語気に乗っていた。
「いえ、俺は特に何もしてないですよ。場を用意しただけです」
「それだけでも、私は救われたんですよ」
優しく微笑みながら、彼女は手を胸に添えてそう言った。
クールな見た目と、そしてあの時の情熱的な声とは全く重ならない、穏やかな一面。これが彼女の本来の姿なのだろう。
注文した飲み物とケーキがきて、それらをある程度楽しんだ後、彼女が口を開いた。
「それにしても、私たちって似てますね」
「え?」
思わぬ一言に俺は紅茶を吹き出した。
「どこがですか?」
「なんというか、一見普通に見えるのに、抱えてる闇?がある所かな」
俺の闇、、過去とも言える。
いじめにあって不登校になり、大学は行ったものの単位浪人で中退、その後ブラック企業でしごかれて鬱になり早期退職。今でこそ炎上系YouTuberとして食えているが、つい最近までは年下に毎日怒られてるコンビニバイトだった(まあ今もまだバイトはしているが近頃辞める予定だしな)
俺はその過去を、闇をきちんとさらけ出してYouTubeの動画にも概要欄にも自己紹介として載せている。
でも、彼女、夏目 真保にどんな闇があるというのだろうか。
「私も、ブラック企業勤めだったんです」
「そう、、だったんですか」
「はい。でも、切原さんと同じように、私も吹っ切れて、仕事辞めてきました」
「辞めたんですか?なんの仕事を?」
「事務職です。巷で言うOLです」
「これからはどうするんですか?」
「そうですね……ひとつ、考えてることがあって....」
彼女は口篭りながら続けた。
「ひとつ……お聞きしてもいいですか?切原さんのチャンネル最近すごい伸びてますよね。収益化とかはもうしたんですか?」
「はい。一応。それが何か?」
「私を、その、アシスタントにしてくれませんか?切原さんの」
まさかの提案だった。
「いや、俺、人を雇えるほどそんな収益ないですよ」
「それなら、雇える収益になるまでタダ働きでも構いません」
「どうして、、そこまでして、、まさか……」
実は、、桐原さんのことあの一件から気になってて、夜も眠れないんです。
私、、桐原さんのこと……好き。
だから、ずっと一緒にいたいの……
って事か!?
「切原さん?」
「は、はい!」
「えっと……だから、、私も切原さんのように、自由な環境で働いてみたいなって思ったんです。動画編集とかにも興味ありましたし」
「は、はあ」
まぁ、やっぱそうだよな。クールビューティな夏目 真保が、いやそもそも、まだこの一件で傷心中の彼女がそんなこと言うはずがない。
「ダメでしょうか?」
「いや、それなら、分かった。覚悟は伝わったし、その条件でならいいよ」
「ならこれからよろしくお願いします」
「うん。よろしくお願いします」
とりあえず、俺は夏目 真保と仕事の相棒という関係なった。
なんというか、いろいろ期待して一人で空回りした感覚だ。
「そろそろ、店、出ましょうか」
「あ、ああ」
「どうか、しました?」
「い、いや、別に」
内心ガッカリしてるところを見透かされたか?
「正直言いますと、私が自由に働きたいとか動画編集に興味があるとかがほとんどですけど……それでも、、切原さんじゃなければ、きっと、おそらく、、うん。こんな提案してなかったと思います」
それは……どういうことだ?
少なくとも、好感度が無いわけではないということか。
それが分かっただけでも、少し心が晴れるような感覚があった。
◇
家に帰宅して俺は今日終わった出来事を思い出していた。
別れ際、彼女のなんとも言えない表情で言い放ったあの言葉が耳を離れない。
ピロリンと、スマホが鳴った。
『明日、他のバイトの子が休みになっちゃったので休日出勤よろしく』
おいおい、まじかよ店長。
ああ、せっかくいい思い出に浸っていたのに。
よし、もう明日にでもバイトを辞めることを伝えよう。
はあ、早く寝よう。
俺は、あのヤンキーバイト女のことを思い出して頭を抱えた。
その日はバイトの夢を見た。ヤンキー女に怒られるリアリティのある日常の夢。
目覚めると、夢の内容を覚えていて、頭痛がした。
今日のバイトもこんな風になるのかなと憂鬱になったが、待ち受けていたのはまさかの展開だった。
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