第4話 理想の終着点はいつか来る。

 ◆


 彼とは、運命的な出会いだった。


 OLとして過ごす忙しい日々は、起きて仕事してすぐ眠りにつく毎日。

 私は、心身ともに疲れていた。


 そんな日常の、ある日の仕事終わりだった。


 その日は午後から夕立が降り、ゲリラ豪雨と言えるほどだった。

 朝は雨が降っていなかったから、私は傘は持ち忘れた。


「あれ……」

 こんな時のために用意する折りたたみ傘も何故かリュックの中にない。

 この雨の中、歩いて帰るのはとても無理だ。雨宿りしようにも、予報を見れば、ずっと止みそうにもない。


「はぁ……」


 もう疲れた。


 仕事のストレスを、色んなものにぶつけて、拭い、消し去ろうとした。


 趣味の読書。カフェ巡り。温泉。ゲーム配信を見ること。


 趣味でなくとも、癒しを求めて、アロマキャンドルを買ったり、マッサージを受けたり、ハムスターを飼ってみたり。


 でも、結局こうだ。心はなんにも晴れやしない。


 明日も仕事だ……呑気に雨宿りなんてしてる場合じゃないし、でもこの雨の中帰りたくもない。何もしたくない。何もかもが嫌だ。


 どうにもならないなら、もうどうでもよかった。


 私は、ずぶ濡れになりながら歩いた。

 一人。傘の群れの中を引き裂いて。

 鼻に抜ける湿気臭い空気が心地よい。

 靴と靴下に染み込んだ泥水も。

 雨が頬をつたる感覚も。


 なのに、、なのに、、、膝は震え、、急に頬を伝うものが雨かなんなのか分からなくなって、私はしゃがみ込んだ。


 そんな時だった。


「大丈夫ですか?」


 彼は、心配という文字を顔に書いてそう話しかけてきた。


 これが彼との出会いだった。


 彼との出会いは私を変えた。彼は色々な楽しくて明るい、私が体験することの出来ない太陽のような話を沢山してくれた。


 私は彼との出会いで、これまで試し尽くしても一向に解決できなかった仕事でのストレスを発散することが出来たのだ。


 そして、いつしか恋するようになって。


 愛し合って。


 でも、、まさかこんなことになるなんて。


 ◆


「私は、覚悟決まってます。だから全て話します。さらけ出します。自分のためにも。あの人のためにも」


 Nさん、夏目真保の本気に、俺は狼狽えるしか無かった。


 彼女は、矢貫との出会いから別れ、そして今に至るまでを順を追って隅から隅まで話した。


 本当に全てをさらけだしていた。

 彼女は、ただ話すだけでなく、


 ただの一般人である彼女が顔出しするリスクは大いにある。しかし、いや、だからこそ、彼女の覚悟表明として明確に拡大表示された。


 その話は、俺が撮った写真よりも、矢貫の苦しい言い逃れよりも、なによりも生々しく、信ぴょう性があった。


 彼女自身も、ずっと矢貫を追いかけていたのだろう。


 執念を感じた。


「これで私の話したいことは全てです」


 芯のある声で吐き捨てて、この声は視聴者にも届いた。


 あれほどの向かってくる荒波を、彼女は弾き飛ばしたのだった。


 生配信の動画は瞬く間に伸びていった。


 もう、矢貫 幸助の話を聞くものは誰一人としていなかった。


 俺達は勝ったのだ。


「会って話しません?感謝もしたいですし」


 夏目 真保から連絡が来たのは、生配信をしてから1ヶ月程経った後だった。


 あれ以来、話してもいないし、もちろん姿を見ていない。


 生配信の後に丁重なお礼を受けたが、それでも足りないらしい。


 俺は舞台を用意しただけでそこまで感謝されることはしていないと思ったけど、感謝されることに越したことはないので会うことにした。


「初めましては間違ってますよね、改めましてこんにちは」

「こ、こんにちは」


 配信上で見た、、あの時の彼女とは違い、穏やかで落ち着いた大人雰囲気を醸し出しており、スラッとしていて背が高くモデルのようだった。


 彼女の見た目を一言で言えばシックだ。けして、病んでる意味のsickの方ではなくて、chicの方。


 黒縁のスタイリッシュな眼鏡が、チャームポイントでロングスカートも似合っている。知的でありながら、そこに控えめな可愛さも詰まっていた。


「あの、、じゃあ、行きます?」

「あっ、はい」


 俺達はカフェで話すことになっていた。アフタヌーンティーというやつだ。それ自体も大人っぽい。


 セミロングの黒髪が揺れ、フローラルな香りがした。


 こんな大人っぽい女性、俺の人生とは縁がないと思ってた。


 人生という迷路は全くもって面白いものである。ここからラブコメが始まるのだから。

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