第3話 世の中の悪の根源の魂の群れ


「私、騙されていたんです。本当に許せない……」


 今回の配信のヒロインであるNさんこと、夏目真保は、嘆くように、あるいは呪うように呟いた。

 通話を介してでも伝わるような、恨み辛みが煮え滾る声だった。


「事の発端は、有名芸能人である、Yさん、あえてここではYさんとしましょう。が、午後、夜の街で、妻であるAさん以外の美女と密会しているのをこの私が目撃したところです」


 俺はあくまで冷静にそう続けた。Yさんは、もう伏せる必要も無いが、ドラマにひっぱりだこの有名俳優、矢貫 幸助である。


 <いやいや、証拠はあるのかよ?>

 <ソースは?>


「ちゃんと証拠写真があります」


 俺はコメントへの返答として配信画面にYが見知らぬ女性とタクシーに乗り込む姿を写した写真を表示した。


 <まじかよ!やっぱり、本当なのか!!>

 <あーあ、Y見損なったわ>

 <そんなことする人だと思ってなかったのに>


 コメント欄は一気に加熱していった。

 この言い逃れのできない証拠にコメント欄は口を揃えてYを批判していた。


 しかし、その流れは急変する。それは、ひとつのコメントからだった。


 <でもよ、さっきTwitter開いたら、そんな行動してないと主張してたぞ?>


 そのコメントを受けて俺は、慌ててTwitterを開いた。

 矢貫のアカウントを確認すると、矢貫は3分前に最新ツイートを更新していた。

 この放送に合わせるかのようだった。

 内容はこうだ。


 “この写真は、でっち上げです!

 だってこの時俺、田村さんと飲んでたし笑

 アリバイもちゃんとあります笑笑

 てか、こういう加工写真っていうの?デマを広める人マジでやめなー

 俺以外だったら訴えられるぞ?笑”


 なんだこれ。クソ野郎、これが加工写真なわけあるか。言い逃れも甚だしいぞ。こんな無茶苦茶な言い訳通じるわけ……


 <え?まじで?>

 

 <流れ変わったナ>


 <まーた、女さんの早とちりかよ>


 そう思ったが、コメント欄たちは手のひらを返すように、今度は矢貫を擁護し始めていた。


 やはり、有名人と売れかけのYouTuberと一般人じゃ発言力が違う。


 こちらの主張が正しくて、相手が嘘をついてるとしても、相手が正しくなるのだ。


 しかし、このまま引いていたらYさんが救われない。


「みんな落ち着け。それは嘘っぱちだ!そもそもに、こんな写真加工出来るわけないだろう」


 俺は焦ってそう言った。しかし、コメントは変わらなかった。むしろ、矢貫を擁護する声が増えていたように感じた。


 <そもそも炎上YouTuberとか嫌いなんだよな>


 <こういう事件よくあるけど、別にどうでもいいし、これまでの不倫疑惑とかも正直ホントかどうか>


<Nって女、Yさんを貶めるために出てきた悪人じゃん笑>


 悪の根源の魂の群れが、善を隠すために押し寄せていた。


 やはり、通じないのか。


 羊飼いの少年になった気分だ。


 どうすればいいんだ。


世の中の全てが悪に見えた。


どうにもできない。


水を抜かれた魚のようだ。


 このままじゃ、Yさんどころか俺自身も。


いや、今考えるべきはそんなことじゃないだろう!


俺は息をすることだけに必死になっていた。


 自己保身しかもう考えられなくなって、思考回路が瞬間冷凍された。


 この状況を俺は変えられない。もう無理だ。


 そう諦めた瞬間だった。


「いいから......話を聞けよっっ!」


 その声は、他の誰でもない、彼女。


 Nさんから発せられたものだった。

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