エピローグ

エピローグ

まだ残暑が酷い九月、俺は八王子にいた。

渡されたグーグルマップを頼りに電車を柏から乗り継いできた。そのまま道順に歩くと、文化祭のために色鮮やかに装飾されている高校の正門が見えてくる。近くに寄ると、多くのセーラー服っぽい制服姿の生徒の中から空を見つけた。

空もこちらが見えたみたいで、集団の中から飛び出て、近づいてくる。

「お、ようやく来た」

「柏から遥々やってきたよ」

「一回僕ん家来た事あるし、そんな遥々ってノリじゃないでしょ」

「確かに、そうかも」

会ったとき前は私服だったので、空の制服姿を見るのは初めてだ。

暗すぎない灰色とリボンが空にとても似合っていて、その下のワイシャツには見覚えもある。

「凄い似合ってる」

「でしょ?この高校の制服可愛いと思ってたんだよね~」

喜んでる空を横目にチラッと正門の奥を覗く。

広場みたいな場所には色々な屋台が並んでいて、夏祭りの時を思い出した。

「じゃ、行こうか」

「うん」

「手を繋ご」

「マジ?」

「そう、学校でいちゃつくのが」

天真爛漫な笑顔を見せられて、仕方なく手をつなぐ。なんだか今は距離感が近すぎて、いまいち手を繋ぐぐらいではときめかなくなった。

空と同じような制服を着たこの学校の生徒や、他の学校の制服も見える広場を二人で歩く。

片隅には学校説明会に出席する中学生も見えて、受験の時を思いだした。そのまま空に連れられているうち、空がこの学校の制服を着ている二人の女子から話しかけられた。

「あれ、空ちゃん?」

「やっほ~」

「え、彼氏いたの?」

「うん、ほら」

と手をつないでないほうの手で俺に指をさして来る。

「…どうも」

なんだか恥ずかしいとは思わなかった。

「マジ!?いたなら言ってよ~」

「ごめんごめん、サプライズだと思って」

いつもみたいに空は微笑んだ。

「じゃあ私たちは回ってくるから空ちゃん達も楽しんでね~」

「おっけ〜!ばいばい~」

手を振り終わったタイミングで話しかけた。

「てか、友達できたんだ」

「そう、ちょうど夏休み終わったぐらいのタイミングで仲良くなれたんだ」

「クラスメイトでさ、席替えのときに席が近かったし。やっぱり最初に話しちゃえばなんてことはなかったね」

「よかった、空に友達ができて」

なんとなく安堵する。

「うわ、親みたい」

鈴を転がすように空は笑った。環境が変わっただけで、なんにも変わってない。

「この先どこ行くの?」

「今日はステージ発表の部活とか同好会が体育館で色々するらしいから、それ見に行く」

「へ~、そういえば空のクラスは何やってるの?」

「売店、でも女子の大半は客引きするって言って、僕みたいに各々まわってるけどね」

「さっきの女子も?」

「そう」

「みんな楽しんでるね」

「いやいや、僕たちもこれから楽しみに行くんだよ」

そんなことを話しながら体育館へ行こうと腕を引かれる。

お祭り気分からちょっと離れている、屋根がある連絡通路を空と手をつなぎながら歩く。


連絡路の真ん中、曲がってみれば体育館が見えてくる辺りで、空が足を止めた。

空の顔が穏やかじゃなくなって、静かに耳打ちしてくる。

「段取り通りにね」

体育館から出てきたのか、前から自分より一回り背の小さい不潔感のある男が歩いてきた。この学校の制服を着ている。前にファミレスで聞いていた、ストーカーまでした美術部の先輩らしい。

今のところ反応はない。事前に話した対策では、反応がなかった場合はそのまま無視するとのことだった。

下を向いた彼が、俺らに視線を向けた。

息を吸う音が聞こえた。喋ろうとしたところで、おそらく手をつないでいることに気が付いたのだろう。驚いたのが目に出ている。

「あれ…?四条って彼氏いたの…?」

ここから段取り通りなら僕らがいちゃつくところを見せるらしいが、手をつなぐ力だけがただ強くなってる。

「黙れよ」

冷たい突き刺すような声だった。一瞬空だとわからなくて、俺も怖くなった。空のこんなところは初めて見た。

向こうも目だけじゃなく、表情全体が以下にも驚いているという感じだ。目が見開いて、口がぽかんと空いている。正直驚き具合で言ったら、俺も相当驚いている。

「おまえ…先輩になんて口の利き方…」

「僕の彼氏二個上なんで、話しかけないでください」

嘘だ。でもこれは確か前に話してたような気がするし、空が隣でアイサインを送ってくるので、その先輩とやらを睨みつける。身長が高いことが人生で初めて役に立った気がする。

実際に効いて怖気づいたのか、または損切りができるタイプだったのか、そのままいたたまれない様子で校舎へ早歩きで帰っていった。

空と目が合う。

なるべく声を殺して、喜びを表現する。二人で強くグータッチをしたうえで、なるべく音が出ないようにハイタッチを更にした。

「よかった~」

「てか二個上なら俺受験ほっぽりだしてここに来てるやべー奴じゃん」

「まあまあ、受験より彼女を大切にする人って感じでしょ」

「やりすぎた気もするけど…」

「いやいや、縁切る時はあれぐらいじゃないと。最悪美術部も幽霊部員になればいいし」

「覚悟決まってるね」

「そりゃあ、どれだけストレスだったか…せいせいするね」

そんな話をしたらさっきまでの妙な緊張感も無くなって、空の意地悪そうに笑う顔を見て、肩の荷が下りた気がする。

「じゃあステージに見に行くよ~!」

空にまた腕を引っ張られる。ツッコミは入れない。

「そういえば体育館で何やるの?」

「なんか個人の漫才とか、軽音楽部の演奏とか、劇とかもやるらしいよ」

「へ~、そうなんだ」

「田中も連れてくればよかったなー」

「うわ、彼女とのデートなのに他の人呼ぶとか言っちゃう?」

「ごめんって」

「冗談だよ、ほら、それより早く見に行こ!」

くすぐるられたように小さく笑いあってから、軽い足取りで体育館へ歩いていく。

装飾された扉をくぐると、外から見たときにも思ったが、かなり広くて立派だ。

少なくとも俺の高校よりも二回りは大きい。

きちんと置かれたパイプ椅子の列の端に座る。他にも親御さんや他校の生徒が座っていて、自分たちみたいなカップルもぽつぽつといる。

座っていると、パッと会場の電気が消えてアナウンスとともに劇が始まった。

初っ端から段ボールで出来た金魚が出てきて、

「常識とかないのか!」

と叫んで始まった。面食らいながらも、終演まで一応見守った。

劇の内容は要約すると、用水路に捨てられた金魚が人間に復讐するために修行して、人間を倒すという物語だった。

脳裏に朱崎に置いて来た金魚が浮かんだ。チラッと横を見ると空もケラケラ笑ってる。

次の出し物への休み時間、空とひそひそ声で会話する。

「金魚のやつ、空がすくったやつじゃね」

「ね、思い出した」

空が口に手を当てて、少し

「そういえば名前つけてなかったね」

「まあいいでしょ、どうせばあちゃんが勝手につけてると思うし」

「そっか」

「じゃあまた朱崎行かないとね、金魚も見なきゃだし」

「行きたくね~」

話し終わってからまた暗くなって、次の幕が上がる。

軽音楽部が出てきて、小さな恋の歌を演奏し始めた。ギターの茶髪の大柄の男がなぜか気になったが、すぐに曲のほうに意識が移り変わった。観客席で手拍子が始まり、どんどん手拍子が大きくなって、会場全体が盛り上がる。

演奏が終わると万雷の拍手が体育館を包んだ。

そのあとは空と一緒に様々な発表を見た。書道部による書初めや、スポーツ部のパフォーマンス、あとはクラス発表などを見た。


最後の発表、トリを務めたのは吹奏楽部で、演奏曲はFlumpoolの「証」だった。

静かに始まったその一瞬、観客の心が一斉にその曲に引き込まれる。その旋律は穏やかに、しかし確固たる決意を秘めて流れ出し、まるで染まっていく夕暮れのようだ。

演奏が進むにつれて、曲は一層の盛り上がりを見せた。楽器たちが一つの大きな波となって押し寄せ、その音の波に俺たちは飲み込まれていく。指揮者の指揮棒が空中を描く動きに合わせて、演奏者たちは一心に音楽を紡ぎ出す。その姿には、音楽に対する情熱と一体感が溢れていた。

演奏が終わると、これまた万雷の拍手が会場を包んで、落ち着いた雰囲気でのお開きになった。

周りの席の人が次々と出口に向かう中、空に話しかける。

「いい曲だったね」

「うん、凄いよかった」

「なんだろ、演奏も凄いけど、歌詞もよかった」

「ね、僕らを表してるみたい」

「そうかな?」

ふふっと小さく笑って、空がまた肩をつついてくる。

「まあね、人それぞれかも」

「じゃ、僕たちも行こうか」

「おっけ」

と空が席を立ったので、俺も席を立つ。パイプ椅子の位置を直してから、また手を繋ぎなおして外に出る。

もう文化祭もお開きの雰囲気で、一部の屋台は片づけが始まっていた。

「あ~あ、教室の出し物回りたかったのにな」

「まあ、いいんじゃない?当初の目的は達成できたし」

「それもそっか」

と、今度は入ってきた校門まで一緒に歩く。日が落ちるのもあの頃よりも早くなって、季節の移り変わりを実感した。

オレンジ色に住宅街が染まっていく。校門で色んな生徒がそれぞれ帰っていくのを見ながら、校門の近くの壁に寄りかかって空と話す。

「今日は良かったね~」

「俺も、空の制服姿も見れたし、いい演奏も見れたし」

「僕もあいつに復讐できたし充分だね、あと見せびらかせたし」

「言い方…」

「来週土日暇?」

「一応日曜は部活ないから暇かも」

「おっけー、じゃあ僕の家で」

「はいはい、また来週ね」

予定が決まって、寄りかかるのをやめる。

空が小さく手を振る。

「‘‘またね‘‘」

「うん、じゃあまた」

今日聞いた証の歌詞が浮かんでくる。

でも、今思うと笑えて来た。

またねって言葉が儚くなるのは、俺たちにはできないことだろうから。

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