夜更かし

「 タカヒロってさ、夜更かしとかする?」

「夜更かし?」

「そう」

「うーん、最近はあんまりしないけど、前はたまにしてたと思う」

「なんで夜更かししてた?」

「え、そういう言われると…なんだろ、ゲームしたいからかな、部活で出来ないときとか」

「やっぱり?僕もそんな感じ」

澄ました顔で空が続ける。

「夜更かしって、昼にできないことをその分発散するためにすると思うんだよ」

「なんか、僕とタカヒロの関係も夜更かしみたいだなって」

「…どういう意味?」

空の雰囲気が変わった。周りの湿気が籠るような感覚になる。

「僕…ずっと満たされてなかったんだと思う。自分勝手に行動できないしたかったし、褒められたかったし、愚痴を言ったり、そもそも友達とちゃんと雑談をしたり…ずっと出来てなかった」

「ほんとなら、友達だったりと健全な速度で満たされていくんだと思う。教室の隅でいつもそんな風に考えてた。僕はタカヒロをそういう欲求の全部捌け口にしちゃう気がするんだ」

「自分勝手に振り回したり、奢らせたりしてごめん」

「でもタカヒロならなんでも許されちゃう気がして…いままでの人生の満たされない部分をぶつけてる」

空の言葉にどんどん力が入っていって、語気が荒くなる。

「いつも嫌になるんだ、こんなにやさしくしてもらって、許してもらってるのに、それをどこか自分の中でタカヒロを自分にとって都合のいい人としか思ってる節があって…」

「…ごめん」

花火の爆発を見ているようだった。目の前で感情が弾けていく。音として鼓膜に入って、それがどこか自分の奥に響く。

「だから、嫌だったら僕と関わらなくていいよ。僕、今言ったみたいにそんなに健全な人間じゃないから」

沸々と感情が湧き上がってくるのを感じる。いつも笑顔の表情なのに、空の瞳には遠い諦めのような色が見えて、経験してないのに、嫌な思い出がフラッシュバックするようだった。そして、それを止めたかった。

「いや」

衝動的に言葉が出る。頭の中に流れるとめどない言葉の羅列から言葉を抜き取るように口が動き出す。

「それなら、俺に全部ぶつけてもらっていいよ」

「でも」

「聞いて、空」

「奢るのも振り回されるのも全然気にしてないし、都合のいい人間でも関係ないし」

「俺は空の話を聞いて、じゃあもっと関わりたいと思ったし、別に健全じゃなくてもいいよ」

「空にはもっと今までの分満たされてほしい」

「じゃあ、タカヒロに僕に…僕はなにをすればいい?」

「俺は…」

口籠ってしまった…うまく言葉が思いつかなくて…ちぐはぐのまま言葉を繋いだ。

「俺は、空に幸せになってほしい」

空の瞳から諦めの色が消えた。若干ハッとした表情になっている。

雰囲気で言ったが、自分でもかなり痛いと思う。夏祭りの残滓の中じゃなかったら許されない痛さだ。でも、本音でもある。

「そっか…」

ずっと夜道を歩きながら、話しているのでもうそろそろ空の家が見えてくる。

「ありがとね」

「うん」

空の家の玄関についた。いつもならあっさり家に入るのに、今日は何事もなかったかのように話してきた。

「そういえばいつ柏に帰るの?」

「あー、多分来週の終わりくらいかな、正確には覚えてないけど」

「マジか、僕夏休みいっぱいはここにいないといけないから一緒に帰れないな」

「まあまあ、1週間なんて誤差でしょ」

「それは夏休み満喫しすぎの考え方でしょ」

鈴を転がすように笑って、静寂が戻ってくる。

いつもだったら大体、ここでまたねと言って帰っていくはずだけど…

そう思って立っていると、空がすこし近づいてくる。


次の瞬間、頬に湿った柔らかい感触がした。瞬きをするとそれは離れて、次にそれがキスだと気づいた。

「またね」

いつもより小さな声で、そう言って玄関の戸を閉めた。

呆然と立ち尽くす身体に、じんわりと熱気が染みていく。

俺、ほんとに誰かが好きなんだ。

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