金魚と花火

そろそろ日が暮れて、段々と景色が暗くなって、照明がさらに強く視界に映るようになってきたころ、奥まで歩くともうほぼ人混みが薄くなってきて、住宅地一歩手前の敷地で金魚すくいの露店がある。

興味が出たのであろう空が、行ってみようと手招きしてくる。

「金魚すくいやんない?」

「いいね、俺もやる」

四角いプラスチックの桶に沢山の金魚が泳いでいる。黒とオレンジがかった赤のコントラストが綺麗だ。

黒いTシャツの店主に金額分のお金を渡して、ポイを三つと水の入った茶碗をもらう。

流石に着物で動かしずらい空に負けるわけがないと高をくくって、ポイを見ずの中にくぐらせると、見事に全部が金魚に当たった瞬間破けてしまった。

横目に空を見てみると、とても慎重に手を動かして、真剣な眼差しで金魚達を見つめていた。

二本のポイは破れたものの、空は最後のポイで赤いまだら模様の金魚を茶碗に入れた。

茶碗を店主に返しながら、空がドヤ顔を決める。

「凄くない?」

「すごい。俺一匹も釣れなかった」

「いえ~い」

そのままの姿勢でピースを決めてくる。

店主が紐のついたポリ袋を空に渡した。中には水と先ほどの金魚が暗闇の中、屋台の照明を反射してゆらゆら光って見えた。

屋台の人混みが減っていって、どんどん盆踊りの会場のほう、つまり池方面に人が歩いていっている。スマホで確認すると、あと三十分ぐらいで花火の打ち上げだ。

「そろそろ俺らも移動する?」

「おっけ~」

「どこで花火見る?」

「え~、僕人混みはちょっと嫌かな」

「ここらへんで池が見えそうな場所かあ…」

「池が見えなくても、その上が見えればいいんじゃない?」

「確かに、じゃあこのまま会場離れちゃおう」

そういって、道をそのまま真っすぐ歩く。スマホでチラッとマップを見る。

「この先に神社があるらしいから、そことか?」

「いいね~神社で打ち上げ花火見るの、エモいね」

「言うほどかな、まあ流石に神社には人もいないでしょ」

と、道をそのまま歩き続けていると、空があっと何かに気付いた様に驚いた。

「この金魚どうしよう」

「どうしようって?」

「多分僕の家じゃ飼えない」

「あ、そっか、家族ごと東京行くから」

「うん…どうしよう」

金魚は口を動かしながら、ポリ袋の中で泳いでいるというより、ただ浮かんでいる。

そういえば…と物置小屋に錆びた自転車などと一緒に水槽があったことを思い出した。

「じゃあ俺んちで飼うよ、物置に水槽あったし柏帰るにしても、まあおばあちゃんのボケ防止にはなるでしょ」

「いいの?」

「うん、まあせっかく釣ったのに飼えないのはちょっと可哀想だと思うけど」

空は申し訳なさそうな顔でこちらを見つめてくる。ちょっと気まずい。

「いや、用水路にでも流す?そしたら多分俺らが村民に大井川に流されるって」

ちょっと空は笑ってくれた。

「それも可哀想だし、俺が引き取るよ」

「そっか…ありがとね」

と、ポリ袋を受け取った。中の金魚もこちらを見てくる。金魚も絶対飼われるなら空のほうがよかっただろうに、これはこれで可哀想だ。

暗くなった田んぼ道を数分歩くと、マップに表示されていた神社は、実際に見るととても小さかった。たしかに神社だけども、石鳥居と祠みたいな本殿だけぽつんと、腰ほどの高い地面にあり、目立たない小さい神社だ。

石段が数段あって、暗い中でも本殿の輪郭が夜目に映る。ベンチなど座る場所が無いので二人で石段に座ろうとする。

隙間から雑草が生えていて、高校のグラウンドで座る時を思い出す。

座って、二人とも池のほうを向いて、座るのにちょうどいい姿勢を決めるぐらいのタイミングで、空が話しかけてくる。

「タカヒロって、優しいよね」

声のトーンが普段より低くて、ひとりごちる時みたいな言い方だ。

「そうかな?」

「うん、怒ったこととかなさそうだし」

「いや~、確かに本気で怒ったことないかも、内心ブチギレてるときは結構あるけど」

「たとえば?」

「そうだなあ、最近だと近所のお婆さんにお茶の収穫手伝わされたんだけど…」

「それでキレたの?」

「いや、そうじゃなくて別に収穫するところまではいいんだけどさ、そのあと帰るときに空の悪口言われたから、そのとき」

「そうなんだ」

「思わず殴ろうと思ったね」

軽く笑うと、空も一緒に笑ってくれた。鈴を転がすように笑って、手で口を隠すのがとても可愛く感じた。

「うわ、やっぱり怖い人?」

「そうかも」

空が腕を上げて伸ばしながら言う。

「なんだろ、ちょっと安心したな」

「どゆこと?」

「優しすぎてさ、なんというか…人間味が薄いっていうのかな、でも、その話を聞くとやっぱり人なんだって安心した」

「俺、人だと思われてなかった??」

砂糖がコーヒーに溶けるみたいにまた一緒に笑った。言いたいことはわかるが、言い方が悪いと思う。

「普通だと思うけどな、空もあんまり怒らないし」

「僕はあんまり感情に出さないからかな、自分で消化しちゃうタイプかも」

「ほんと?そうは見えないけど」

「それはほら…ね、タカヒロは特別だから」

特別と言う言葉に、ドキリとする。さっきまでそんなこと無かったのに、やはり二人きりの空間だからだろうか。

「まあ、消化なんかしないで俺にぶつけていいよ、全然気にしないし」

今度は鼻辺りに指を差して、ニヤッとしながら空がゆっくり喋る。

「ほら、そういうとこがやさしい」

自分の心臓の音が大きく聞こえる。言葉が出ない。

そんなとき、向いてる方向から、ヒューと音がする。

「あ、始まった。」

助かったと思いながら、じっと闇夜を見上げる。

腹に響く音とともに静寂が一瞬にして破れ、夜空が鮮やかな光の花々で満たされた。大輪の花火がパッと開き、赤や緑、金色の光が四方八方に散らばる。

夜空に描かれる光の絵画は、まるで自然のキャンバスに絵筆で描かれたように複雑かつ美しい模様を作り出した。

「綺麗」

「ね」

次々と打ち上げられる花火の合間、感想を言い合う。花火は様々な形と色を織り交ぜ、次々と姿を変える。大きな菊の花のように広がるもの、細い線を描いて流れるもの、そしてまるで星が降ってくるように見えるものもあった。

多分、祭りの会場では、音の一つ一つが歓声と混ざって更に盛り上がるのだろう。

でも、こうやって並んでただ花火を見るほうが良い。欲を言うなら、空にもそう思っていて欲しい。

紫色の花火が特に目についた。まばゆいばかりの光と音のショーが繰り返されながら、闇夜を照らす。

花火を見て数分、チラッと空のほうを向く。髪の毛に花火の光が反射して、顔がふわっと優しい光に照らされる。青みがかった瞳が綺麗に光って、宝石みたいだ。

最後の一発が、闇夜に散ったあと、会場のほうからスピーカー越しの声がただの雑音として聴こえてくる。どうやら終わったようだ。少しの余韻を楽しんだ後、空もこちらを向いた。

「来て良かったね」

「うん」

空はにこやかな表情のまま、石段から立ち上がった。

「花火も終わったし帰ろっか」

「おっけ」

俺も立ち上がって、二人で横並び、夜道を歩き始める。

それぞれ今日の感想を言い合いながら、家山駅まで歩く。

家山駅はかなり賑わっていて、着物を着ている人や、子供が多いので祭りの帰りだろうとわかる。

もし電車が空いているなら空と話そうと思ったが、電車が実際来ると、車内にはかなり人が乗ってしまって座れたものの、喋れる雰囲気ではなかった。

隣に座る空とそっと、この前のバスのように何も言わず、手を繋いだ。

手をつないでいるとすぐに時間が流れて、電車は朱崎についた。朱崎に着くまでに人は降りていって喋れたような気がした、でも俺たちはずっと無言のまま手をつないでいた。

駅に着いてからロータリーを越えた辺りで、歩きながら空が喋り始めた。

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