ついていい嘘

翌日の朝、まだ疲労が残るまま起きると、LINEに通知が届いていた。正真正銘空からだ。

「いまから家行くねー」

ふと思うのだが、なぜLINE本文を伝えないのだろうか。確かに文章だけだと伝わらないこともあると思うが、多分空はそこまで考えていないのが関の山だろう。

部屋着から一応普段着に着替えてから、部屋を少し片づける。片づけると言っても、あまり物もないので、ものの数分で終わった。

一応祖母に伝えるために廊下に出る。祖母がいる部屋に、少し大きな声で伝える。

「いまから空来るからよろしくねー」

「はーい」

自分よりも張った声で返答が返ってきて、安心して一階に降りる。一応二階でも聞こえると思うけど、念のために駄菓子屋がある一階で待つ。エアコンが効いていない一階は暑苦しいが、店内の隅にある木製のぼろっちい椅子に座って、スマホをいじる。

しばらくヤフーニュースを読んでいると、ラインの通知から十分ぐらい、摺りガラスの扉が開く音とともに、空がまたいつものワイシャツ姿でやってきた。

「きたよ~」

「意外と早いね」

「暑い~早くエアコンある場所~」

空はさっきまで外にいたからかかなり汗ばんで、手をうちわみたいにして仰いでいた。

「はいはい」

階段を二人で上がって、俺の部屋まで案内する。まあ、案内する必要はないけれど。

「それで、どこに決まったの?」

「これ見て」

と、また液晶がバキバキのスマホを見せられる。スマホには、野守まつりという祭りのポスターが映っている。

「夏祭り?」

「そう、家山でやるらしいから行ってみたいなって」

「へ〜、いいじゃん。確かに、夏っぽいし年がら年中あるわけでもないし」

空が更に付け加える。

「でしょでしょ?なんか15日開催らしいんだけど、台風来るから多分延期すると思う」

「なるほどね」

「夏祭りなんて子供ぶりだなあ、近所の幼稚園の広場でやったやつとか」

「僕は行ったことないんだよね~」

「ほんと?」

「うん、結局行く人いないとめんどくさくて行かないな」

「確かに、俺も友達とかに会うのも目的だった気がする」

空は大きく欠伸をした。開いた口を手で押さえてるのが可愛かった。

「あと僕が見たいのは打ち上げ花火かな、池の上でやるらしいから」

「花火もあるんだ、結構本格的だね」

「ね、ホームページとかポスターもしっかりしてて実行委員の人達もけっこうやる気あるみたい」

「手賀沼とかだと毎年花火大会やるからあんまり目新しさはないな」

「東京はね~、やってるけど、墨田川でやるけど人多すぎて見れないから音だけ聴いてる」

「確かに俺も、高校生に入ってからは音しか聴いてないな、友達とも花火見に行こうとはならないし」

空が嬉しそうに微笑んで更に喋る。

「やっぱいい機会じゃん、ちゃんと見ようよ」

「じゃあそこで確定でいいと思う」

「おっけー!」

ひと段落着いたので、疑問をぶつける。

「そういえば、なんでわざわざLINEじゃなくて、家に来て伝えに来るの?」

「だってさ〜、面倒じゃない?文章に書いて伝えるの」

「わざわざ喋りに来るのも面倒じゃない?」

「そうかな?」

なんというか、あんな小っ恥ずかしい告白の後でも、直後は恋人という自覚があったものの、なんだかこうやって話していると実感が湧かない。

「なんかゲームする?」

そう聞いてきたのは空だった。

「いいね、何する?」

「スマブラで」

「まじ?また俺ボコされる?」

「弱いからしょうがない」

「彼氏なんだから手加減してよ~」

「彼女に手加減してほしいって泣きつく方が彼氏っぽくないよ」

「確かに」

一緒に小さく笑って、switchの電源を入れる。

結果は惨敗だった。数回やったが、一ストックも取れない試合もあって泣きたくなった。

空はそのあと好機嫌で帰っていった。

さらにその翌日には結局、LINEで空から日程が送られてきた。

「延長されたから17日!花火の前に屋台も観たいから六時までに駅集合で!」

と送られてきた。

寝ぼけながらスマホを擦って、返信を送る。

「おっけー」

やっぱり既読がつくのが早い。送って数秒で既読がついた。

確認してから、スマホの電源を切って、もう一度布団に入る。

蒸し暑い中、日差しが少し入るカーテンを眺めながらぼーっとして、うとうとして二度寝の準備をしていると、部屋に祖母が入ってくる。

「あんたまた下で呼んでるよ」

このタイミングで来るということは、空ではない、つまり…渡辺さんだ。

「はーい」

眠くなってすこし暖かい身体を無理やり叩き起こして、目やにをこすりながら廊下に出る。

正直会いたくないけれど、会わないとちょっとややこしくなりそうなので仕方なく一階に降りた。

駄菓子とは似合わない頭巾が見えた。やっぱり予想は合っていた。

「お、きたけんな」

「どうもです」

軽く会釈をすると、渡辺さんが話し始める。

「村のうち集まって宴会やるべ、来るよか?」

「あー…いつですかね?」

「十七日だな」

言葉が出なかった。さっきその日に空と一緒に行くことが決定したのに。こんな偶然があるのか、と面食らってしまった。

「がらい来るよな?」

「いや~…」

どうする。ここで遂に八方美人が出来なくなった。いや、それはもうこの際別にどうでもいいのだが、どう言い訳して切り抜けようか。

必死に脳を熱い中フル回転させて考える。

背中がじんわりと蒸れてくる。

「十七ですか?」

「そだな」

「すみませんその日オンラインで大学の説明会がありまして…」

ここで、遮らせずにそのまま矢継ぎ早に喋る。

「そろそろ勉強に身を入れたいんです…ごめんなさい…」

俯いて、全力で神妙な顔を演じる。すこしおどおどしながら立つとこまでしっかりとする。

返答がなくて気まずくなる。チラッと渡辺さんのほうを見ると、涙ぐんでいた。

「そか…本当にずない人になったな…」

「にーしばった見つけるだ、かたすには話つけとく、ちゃんと勉強しな」

「はい…すいません、ありがとうございます」

そこまで行くと騙してるこっちが辛い。いや、大学の説明会は嘘だが、勉強に身を入れたいのは事実だ。嘘は言ってない。

「勉強頑張ってな」

そういって、渡辺さんは去っていった。籠を背負っていない姿がちょっと新鮮で、申し訳なかった。

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