告白
唖然としたのも束の間、空は感情が決壊したみたいに矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ずっとつらかったんだ、学校で世話させられるのも、気持ち悪いのを耐えるのも」
「誰かに認めて欲しかった、かまってもらいたかった、優しくされたかった」
「現実逃避で、ここに来て、佐藤さんとは話せるけど、結局どうしても歳の差で本音が言えなくて、本当に腹割って話せる人なんていなかったんだよ」
「ここにきて、たまたま会って、初めてタカヒロに神社で褒められたとき、とっても嬉しかった」
「気遣ってくれて、本音を聞いてくれて、寄り添ってくれて…」
「僕、友達もいないし、まともな人間関係なんてわからない」
「もしかしたら、知らないだけで社交辞令かもしれないし、普通なことかもしれない」
「でも、タカヒロに大切にされたいって思うんだ」
「ねえ」
俺は息が出来なかった。空は一瞬俯いて、恥ずかしそうな表情で、小さく口を動かした。
「タカヒロは、僕のこと…好き?」
その瞳が俺を見つめる。
「俺は…」
「うん」
「空のこと、好きだよ」
あっさり、想いは自分の口から出てきた。
「理由とか聞いてもいい?」
自分の中で覚悟を決めて、ゆっくり言葉を紡いだ。
「空は、優しいし、可愛いし、それに関わってて楽しいし」
「その…そりが合うっていうか、なんていうんだろ、似てるところがあるっていうか…」
空がニヤッと笑った。
「それ、僕も言おうと思ってた」
自分の鼓動の音が鮮明に聴こえてきて、波の音が過敏に耳に入ってくる。
「上手く表現できないけど…関わってて、なんていうんだろう…自然な感じがするんだ」
「そっか」
空はさっきよりも大きく微笑んで、波打ち際から俺のほうに歩いてくる。
「ついでに、もう言っちゃった後だけど、タカヒロって彼女とかいたことあるの?」
「いや、いたことないよ」
「よかった、いたことあったらちょっと嫌だったから」
ふふっとちょっと笑い、なんだか空の表情が和らいだ。
「いや~緊張した、僕なんか変なこと言ってなかったよね?」
変な笑いが出てくる。自分も少し緊張がほぐれたのだろう。
「うん、言ってなかったよ」
「よかった~」
今度は俺のターンだ。
「ぶっちゃけた話していい?」
「うん、いいよ」
頭の中で言葉を選びながら、慎重に話した。
「正直さ、今日まで空と付き合えると思ってなかったんだよね」
「空は可愛いし、もっと学校にいい人がいると思ってたから。まあ違ったけど」
空は嬉しそうにこちらを見てくる。
「そっか~、そんなに僕可愛い?」
「…うん」
さっきまでもっと恥ずかしい会話をしていたはずなのにここで潮の匂いが鼻を突いてちょっと、頭がスッとなる。
夕暮れの海岸の中、俺たちはなんて会話をしているんだろう。
そんなことを思うと同時に、空の声が脳に響いた。
「そろそろ帰ろ、海も見たし」
「おっけー」
空が靴を履きなおして、俺の隣に来る。一緒に雑談をしながらバス停に戻った。意外と早く車両が来て、帰りのバスに乗った。車内はガラガラで、席もほぼ空いている状態だった。
俺たちはまた二人掛けの席に座って、今回は窓側を空に譲った。
座って落ち着いてから、また話し始める。
「今日のことおばあちゃんに話すべきかなあ」
「話していいんじゃない?どうせ隠しても佐藤さんなら見抜きそうだし」
「それもそうか、そういうのは見抜くタイプだし」
「というかずっと空との関係もにやにや質問してきたし、元々勘付いてたのかも」
そんなことを言ってるうち、行きと同じ様に音楽を聴こうと思って、イヤホンを取り出した。取り出したイヤホンを着けようとすると、空が左手を俺の太もも辺りに寄せた。それと同時に声も掛けられる。
「ねえ、手繋がない…?」
「いいの?」
「いいよ、僕ら、もう恋人なんだし」
“恋人”その言葉を面と向かって言われると、すこしくるものがある。
「じゃあ…」
僕も右手を空の手のほうに寄せた。手汗が出ないことを祈りながら、そっと手を絡ませる。
空の白魚のような指が自分の手の皮膚に触れる。すこしひんやりしてて、柔らかくて、今にも溶けてしまいそうな感触だった。
なんだか…むず痒さともいえない、何とも言えない感覚だ。
結局、そのあとはずっと手を握りあったまま、帰りのバスの時間は過ぎていった。
島田駅に着いた。バスを降りて、改札を通って行きと同じ路線に向かう。ガラス張りの駅舎から見える景色はまだオレンジ色で、夏を感じた。ホームで空と横並び、電車を待つ。
電車に乗ると、行くよりも人がいて、立つまではいかないものの席の端は大体埋まっている。
席に二人で腰を掛けて、空が話し始める。
「いや~、今日は満足した」
「よかった、俺も久しぶりに遠出できたし満足かな」
「僕は、今日は疲れたからスプラはなしかな」
「あと、想像より海が綺麗だったかも」
「あれじゃないかな?夕暮れだったから」
「あ~、たしかに、じゃあすこし遅い時間で正解だったかも」
「そうかもしれない」
「じゃあ、次はもっと夏っぽいとこ行きたいな」
「海とかめちゃくちゃ夏っぽくない?」
「なんだろ…そういうイメージはあるけどさ、結局夏以外にも見れるからな~」
「そう言われればそうかも、じゃあなんだろ、夏っぽいとこって」
「う~ん、それはまた後で考えようかな、また決まったら連絡するよ」
「家来るときはせめて連絡してね…」
「わかったって」
空は笑っていて、全然わかっていなさそうだった。
電車が朱崎駅に着く頃には、水色っぽい黄緑色から紺色へのグラデーションが木々の隙間から見えるようになった。
電車から降りて、二人で空の家の方向に歩いていく。
「てか、なんで図書館の帰りさ、僕の家知りたいって行ったの?」
「帰りのとき?」
「そうそう」
「え~、空がいつも警戒して帰ってるのが気になってさ、図書室で職員さんから話聞いてからちょっと気になってさ、何かあるのかなって」
「そこまでわかってたんだ」
「え?あのときもわかってるじゃんって言ってた気がするけど」
「あ~、なんか頼む前に言ってくれたから多分そういったんだと思う」
「なるほどね」
「じゃあなんでいつも警戒して帰ってるの?」
「それはね~中学校の頃、一回、こっちで道歩いてるときにお婆さんに急に殴られたときがあってさ、それがちょっとトラウマになってるかもしれない」
「怖っ!そんな人この村にいるんだ」
「そうそう、怖くてすぐ逃げたんだけど、やっぱりご老人だったし信心深いのかなあ」
そんなことを話しながら、しばらく歩いて空の家に着いた。相変わらず立派で大きい。
玄関へ歩く空に手を振る。
「またね」
「うん、じゃあまた」
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