「僕って可愛いかな」

「ぐち?」

すこし驚いて聞き返した。

「そう、さっきも言ったけど言えるような人がいなくてさ」

「全然いいよ、友達の愚痴なんて聞きなれてるし」

空は少し安心したような顔をして、頬杖をついたまま話し始めた。

「僕さ、さっき学校で友達いないって話したじゃん?」

「うん」

「原因がさ、たぶん僕、普通の人とあんまり話してこなかったからだと思うんだ」

「…どういうこと?」

「うん…」

空の表情が曇ってくる。

「いや、小学生で何も知らないときに、優しくしちゃってさ、気持ち悪くてほんとは離れたかったんだけど、学校で周りの雰囲気もそういう感じになっちゃってさ」

「結局卒業まで孤立してた、そいつのせいで」

語気がだんだんと強まってくる。

「僕、高校でも初日で変な奴の隣でさ、クラスで初日から嫌われて、関わりたくないのに国語とか英語だと隣で話す時間があるし」

「そいつは僕にずっと話しかけてくるし、一生独り言呟いてるし、先生にも他のクラスの女子も、みんな僕がそいつを認めないから悪いって言ってくる」

「僕って都合が良く扱われて、部活でも変な自分の話ししかしない先輩に絡まれて、ほんとに…」

「でも、そこの途中で抜け出せる人もいると思う。僕にはそこで拒む勇気がなかったんだ」

愚痴ではなかった、これはどちらかと言うと感情の吐露だ。

「僕だから、村人から嫌われてるこっちのほうがまだいいんだ。こっちには佐藤さんもいるし」

言葉が出なかった。空気が重すぎる。冷房が汗ばんだ背中を更に冷やし、なんだか不快だ。

でも、共感した思いもあった。

「俺も似たような経験したことあるんだ」

「空の今の話に比べたら、ほんとにくだらないけど…」

「中学生の頃、ほんとにブスでクラスから嫌われるような女子の隣になったことがあるんだ、ほんとに嫌だった。辛かった」

「顔もみたくないし、脳裏にその顔が思い浮かぶだけで嫌だった。近くにいるだけで泣きたくなったんだ」

「僕も…そう」

空が小さく同意してくれた。

「俺は友達が元々いて、愚痴ったり遊んだりそれこそ話聞いてもらったりして、無視して乗り越えられたんだと思う」

「そっか…」

「だから、空ももっと俺に愚痴っていいよ、もっと嫌いな奴罵っていいし、そいつらから離れていいと思う」

空は無言のままだった。

ちょうど料理も運ばれてきて、アルミの包みが乗っている鉄板が二つ机に置かれた。

「とりあえず食べよっか」

そういったのは空のほうだった。

「うん」

そのあとポテトが届いて、トマトハンバーグの包みを開けて、食べ始めた。

味はまあ、メニューで見て想像した味だった。期待してもないし、まあ普通だ。

「でも、良かったな」

空がフォークでハンバーグを一口頬張って、いつもの表情で喋り始めた。

「なんか安心した、僕がめちゃくちゃ性格がもしかしたら悪いかと思ってさ」

「空が性格悪い判定なら、俺たぶん性格だけで即刻殺されるレベルかな」

「そんなことないよ、優しいとおもう」

「そうかな?あんまり優しいことしたっけ、俺」

「ほら、神社の蛇出てきたときとか、スマブラしたときとか、今日来るときとか、良く褒めてくれるじゃん」

「まあ、空も俺のこと良く褒めてくれるしお互い様でしょ」

「それもそっか」

「ポテトもらっていい?」

「どうぞ」

フライドポテトを頬張りながら喋ってくる。

「じゃあそうだなあ、一番ストレスな先輩の愚痴言っていい?」

「全然いいよ」

ハンバーグをフォークで切りながら聞く姿勢を作った。

「美術部の先輩なんだけど、一人ほんとにキモい人がいてさ、さっき少し話したけど聞いてないのに自分の話をしたり、他の後輩もいるのに僕だけに話しかけてきてさ」

「きついね」

「うん、めちゃくちゃきつい」

「清潔感もないし、ずっとヘラヘラしてて気持ちわるくて、一番きつかったのは下校するときに待ち伏せられてついてこられたときかな」

「こわ、ストーカーじゃん」

「だよね、顔を思い出したくもないし考えたくもない、それこそタカヒロがさっき言ってたみたいに泣きそうになる」

「それは辛そう、というか自分だったら絶対耐えられないな」

「ごめん、具体性のある事はなんにも言えない」

「友達とかだったら、やっぱりいろいろ知ってるから、ビシッって言ってやれるけど…」

「いいよ、共感してくれるだけで嬉しい」

「ならいいや、変なこと言わないほうがいいし」

トマトハンバーグを半分ぐらい食べ終わり、そろそろポテトにも手を付けようと思って、手を伸ばした。ちょうど空も食べようとしてたのか、指と指とぶつかってしまった。

「あ、ごめん」

「全然大丈夫、お先どうぞ」

そそくさと口にポテトをつまんで入れた。ハンバーグが脂っこすぎてあまり味がわからなかった。カリカリとした食感だけが口で主張する。

そのあとはつらつら喋りながら食事を続けた。もう完食して、お冷をちょびちょび飲む。

「そういえば、僕が村の人から嫌われてるって話したっけ?」

「いや、図書室行ったときに職員さんに普通に言われたし、なんなら情報調べてるとき村の人が言ってたから知ってたよ」

「知ったんだ、言ってくれても全然いいのに」

「嫌われてるって確認するのきつくない?」

「確かに、言われてみたら僕もそうかも」

二人で席を立って、僕が会計をした。

自動ドアを通り過ぎ、冷房に慣れた身体に熱気が染みる。

どんどん日が昇って、景色の影が濃くなっていった。

「この次どこ?」

「このあと島田駅また戻ってバスかな」

「え~、何分くらい?」

「バスだけで一時間半ぐらい」

「ながっ!もっと短いと思ってた」

空が明らかにめんどくさそうな顔をした。

「俺も調べてびっくりした、最短距離に空港あるから遠いみたい」

「そうなんだ」

「とりあえずバス停行こう」

「おっけー」

空と横並びで、島田駅まで歩き始めた。

行きと何にも変わらず、大きい公園を横切って、市役所の隣を歩いて、駅に着いた。

駅の少し大きいロータリーで、バスを待つ。かなり人が居て、行列ができていた。

「このままだと日が暮れそうだね」

「たしかに」

「もうちょい早い時間に来れば良かった~」

「まあ仕方ないよ、夕暮れの海も綺麗だって」

「僕が見たかったのは青い綺麗な海なのに~」

「まあまあ」

そんなこんなで、鈍い音と、鼻をつく排気ガスとともにバスがやってきた。

Suicaをかざして、二人で座れるタイプのバスの座席を確保した。

俺たちが座った後も、かなり人が乗ってきて、立ちっぱなしの人が多かった。

空がぼそっと話しかけてきた。

「ちょっと話せなさそうな雰囲気だね」

俺は頷いた。

エンジンの振動が、窓の淵に置いてる腕を揺らす。

そのあとは、約一時間バスに揺られた。空と隣の席なので、今までで一番距離が近かった。

石鹸みたいな甘い匂いが微かにして、僕はちょっと恥ずかしい気持ちになった。

チラッと空のほうを見ると、イヤホンをつけて何か音楽を聴いていた。それをみて自分もイヤホンを着けて、Spotifyをスマホで聴き始めた。お気に入りリストを流すと一番目は、ピースサインだった。

正直元のアニメは見てなかったけど、曲自体は好きだ。米津玄師もかっこいいし。

曲の中盤、隣からラインが飛んでくる。

「何の曲聞いてるの?」

チラッと横を見ると、空がこちらを見つめてきていた。ラインに文字を打ち込む。

「ピースサイン、プレイリストほぼアニソンだよ」

愉快な音と共に、返信が返ってくる。

「僕もほぼアニソンとボカロだよ」

「へー」

「ついでに僕は今シュガーソングとビターステップ聴いてる」

「いいね」

聴いている音楽を共有しながらバスは、田んぼや住宅街の間を縫うように走っている。

車窓の窓から見える景色は、どんどんピンク色とオレンジ色の中間みたいな色に染まっていく。

最初は意識して聴いていた音楽もいつの間にか、脳に入らなくなって、景色に夢中になる。

市街地を抜けると、ちょうど、座っているほうの車窓から海が見えた。

立っていた人もだいぶ途中で降りたが、ラインで打ち込む。

「海見えるよ」

半分寝かけている空が、通知の音で意識をはっきりさせて、車窓のほうを見た。

「すごい」

空の表情が驚きとも喜びとも取れない表情で、そう呟いた。

「あとどれぐらいでつきそう?」

もう普通に話すようになった。

「もう数分だよ、多分アナウンスでわかるはず」

車内アナウンスが、静波海岸入口と繰り返し言っている。

「やった!」

空は笑顔だった。子供みたいな喜び方で、こっちにまでワクワク感が伝わってくる。別に海なんてそんな珍しくないのに。

バスは停車し、そのままSuicaをあててバスを降りた。

バス停自体は市街地の真ん中で、潮の香りがするほうに向かって歩いていく。

ほぼオレンジ色の空はあまり暑さを感じさせなかった。

数分歩くと海が見えた。そして、駐車場の先には砂浜が広がっていた。

この時間帯だからか夏休みなのに人は少なく…というか全くおらず、誰もいなかった。

「おー!」

空は目を輝かせて、感嘆の声をあげた。

「もうちょい近く行こ!」

と俺の数歩先を行って、こっちに手招きしてくる。

ひょろひょろついていくと、、空が履いていたスニーカーと黒い靴下を脱いで裸足のまま波打ち際に立つ。

周期的な波の音と、夕日のオレンジ色が反射してキラキラ光る様子は確かに綺麗だった。空は、くるぶしが水に浸るぐらいの波打ち際で、ただずっと、その景色を見続けていた。

なんだか一歩引いてみると絵画みたいで、もし画家だったら絵にしていると思う。

俺もせっかくだからと、感慨深く海を眺めていた。

しばらく見ていると、くるっと空が微笑みながらこちらを向いて、

ゆっくり喋りだした。

「ねえ」

「僕って可愛いかな」

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