愚痴
翌日、布団から自然に起きた。普段よりもだいぶ遅い。午前中は休みたいという空からの伝令だ。
寝巻きから普段着、今日は比較的都会のほうに行くので、いつもよりはマシな服を選んだ。
スマホとチャージするための現金が挟んであるSuicaとそのケース、あとは財布、というか特に持っていくもので特別なものはなかった。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、夕飯までには帰ってきなね」
「はいはい、じゃ」
2階から降りて扉を開けると、ジリジリと熱気が身体を染めていくような感覚がやってくる。
いかにも夏みたいな感じの気温と、盆地特有の高い湿度。両方が身体を蝕む。
外に出ただけなのに、顎の下は汗で湿っている。
スマホを見ると、ラインの通知が三分前ぐらいに来ていて、空からだった。
「迎えに来てね~」
既読をつけて、返信を返す。
「今行く」
スマホをしまって坂を下る。
この前紹介された棚田の隅の道を歩き、空の家まで行こうとした道を思い出す。駄菓子屋から駅よりも離れているが、最短ルートでいけばそこまで差はない。屋根が崩落している空き家と謎のプレハブの近くの道を歩いていった。
真っ直ぐ抜けるとそこには立派な木造の一軒家、つまり空の家が見えた。
玄関に近づいて、すこし古そうなインターホンを鳴らす。
「はーい」
空の声が聞こえてきた。
「今行くー」
縁側があるほうの窓から声が聞こえてきた。バタバタという足音の後、空が玄関の磨硝子玄関の戸をガッっと開けた。
現れた空は相変わらずの服装で、少しダボッとしているワイシャツにスカートだった。
「よしじゃあ行こーう!」
空は手を振り上げた
「おー」
とりあえず同調しておいた。
二人で並び、駅への方向に歩き始めた。
「今日暑いね」
「なんか僕が天気予報調べたら今日32℃超えだって」
「だからか…やけにと思ったら」
「この辺盆地だから熱もこもりやすいしねー」
「駅のなんか自販機でなんか買おうかなー」
「空がいないとき散歩で駅の自販機見たけど水とお茶しかなかったよ、ほか全部売り切れだった」
「まじー!?僕ポカリ飲みたかったのに」
「まあ島田の乗り換え時間あるからそのときにでも買えばいいよ」
「てか駄菓子屋の自販機は!あれはいっぱいあった気がするけど」
「いや、全部売り切れで補充も来てないよ」
「そんなぁ〜」
「やっぱりこの地域まで国も民間企業カバーするのも限界なのかな」
「急に頭いいこと言い出すじゃん、俺暑すぎて脳みそ回んない」
空はドヤ顔でこっちを向いた。
「でしょ〜?」
そんなことを話しているうちに、朱崎駅についた。
ロータリーには相変わらず誰もおらず、駅は閑散としていた。
ちょうど電車が来たので、急いでSuicaを改札にタッチして、一緒に駆け込んだ。
「いやーホントならSuicaチャージする予定だったんだけどな」
「まあ乗り換えのときでいいんじゃない?」
「たしかに」
やっぱり電車はガラガラで、俺たち以外誰もいない。
「さっきの話関係で自慢していい?」
「さっきの話?」
「頭いいってやつ」
「ほんとにくだらないけど、僕、その分野の地方インフラのやつを研究して発表して、中学の時に結構大きいところから賞貰ったことあるんだよね」
「めちゃくちゃすごいじゃん」
普通に驚いた。
「えへへ」
空は髪の毛をその細い指で搔く。
「もっと褒めていいよ」
「賢いというかやっぱり、才能があると思う」
「いや~…」
「俺の友達で同じようなことイキってやろうとした奴いたけど、結局挫折してたし、やりきること自体がすごいのに、賞貰うなんてレベルが違う」
正直な話、ここで俺の友達と言ったが、これは俺のことだ。でも俺を主語にしてしまうとちょっと嫌な奴みたいだ。でも、心からすごいと思う。
「やっぱ僕頭いいかな」
「少なくとも俺の関わってる人の中では一番いいと思う」
「周りから褒められない?」
「あんまり話したくなかったんだけどさ」
「僕…正直学校でそんな褒められるようなキャラしてないんだ」
表情が若干暗い。
「いじられキャラってこと?」
「いや…そういうのではないかな」
「僕あんまり友達いないし、あんまり関わらないから」
「え~意外、もっと友達いるイメージだった」
「そうかな?」
「うん、可愛いし」
無意識に口を滑らせた。
「え?」
「なんでもない」
「冗談やめてよ~」
なんとか微妙な雰囲気にはならなかった。
「まあそんな感じで、あんまり友達いないからここに来るのも癒しかな、離れられるし」
「そんな嫌なんだ」
「高校もね~、ちょっと馴染めないし」
「そっか、まあクラスにもよるし」
「ずっとこっちに居たいよ~」
そんな雑談をしているうちに、島田駅まで着いた。
電車から降りると、ホームは意外と田舎みたいな雰囲気で駅構内は、柏から来たときは何とも思わなかったけど、朱崎から来ると、とても近代的に見える。
天井が高く、建物自体も新しいガラス張りの外装に、おしゃれな広告も貼ってあり、千頭なんて比じゃない。
改札の上の時計を見るともう14時だ。
時計を見てると、空が話しかけてきた。
「ご飯食べに行かない?昼ごはん食べてなくてさ」
「いいね、どこ行く?」
「うーん、ファミレスの気分かな」
「島田でファミレスってここから一番近いならココスとか?」
「じゃあそこでいいや」
「おっけー」
「ここから20分ぐらいだけど」
「遠っ!」
「仕方ない、そんな都会じゃないし」
そのまま、島田駅からココスに向かって、グーグルマップを頼りに一緒に歩く。
島田の市街地は、ほんとに柏などの住宅地と変わりなく、ほんとに何気ない普通の夏の景色だった。大きな公園を横切り、自動ドアが開く。
店内はがやがや賑わっていて、子供連れが多かった。店員さんに案内されて、扉からみて店内の奥あたり、横にオレンジ色の長いソファーと二つの木の椅子がある席に案内してもらった。冷房が効いているのでとても快適だった。
「聞きたいことあるんだけど聞いていい?」
空がお冷も来る前に話しかけてきた。
「なんでも」
「バイトしてるって聞いたけど、何のためにバイトしてるの?」
「うーん」
「やっぱり民俗学とか教養をつけるための自己投資で…」
「本音は?」
「家にパソコンあるとさ、ゲーム買うのにお金がいくらあっても足りない…正直ここでも遊びたかったから、ノートパソコンでも持ってくればよかったって後悔してる」
「そんないるの?想像つかないんだけど」
空はちょっと怪訝そうに俺を見た。
「いやいや、DLC商法とかもあるし、最近だとインディーゲームが人気だから…」
「じゃあ、今回そっちの奢りね」
空は二ヤっと笑った。なるほど、最初から謀られていたわけだ。
「何頼もうかな~」
「俺のゲーム代…」
お冷が運ばれてきて、仕切り直しだ。空がメニュー表を手に取る。柏のほうだとタブレット式なのだが、ここは紙のメニュー表だ。
「ファミレスなんて来たの久しぶりな気がする」
俺から話を振ってみる。
「行く機会がないからね~、特に高校生なんて」
空は頬杖を突きながら、メニュー表を眺めている。
「友達とテスト勉強するときぐらいかな、カフェとかもそうかも」
「え~、カフェなら巡るの楽しくない?」
「たしかに、女子ならそうかも」
「女子だからってよりも、雰囲気と一人の時間を楽しめるからかな」
メニュー表から顔を出して、更に付け加えた。
「あ、あと注文は包み焼きハンバーグね」
とメニューが渡ってくる。メニューを見ながら話を続ける。
「空ってカフェオレとか好きそうだよね」
「正解、でもパフェのほうが好きかな」
「じゃあ俺はフライドポテトと、トマトハンバーグで、夏限定らしいし」
「おっけー、ドリンクバーも注文よろしく~」
店員さんを呼んで、注文を済ませる。
すると、空が若干改まって話し始めた。
「やってみたいこともあるんだよね~」
「なに?」
「愚痴を他の人にしてみたいなって」
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