…なんで?
横に並んで他愛のない雑談しながら、空の家までついていった。
駅から駄菓子屋よりも少し近いぐらいで、道は棚田の隙間を縫うような形だった。
棚田を抜けて、自分の背よりも数十センチ高い低木の間を行くと、かなり大きい家が現れた。少なくとも首都圏などにある一軒家がウサギ小屋に思えるほどの立派な家だ。
そして、空はその玄関に向かう。表札には四条と書いてあった。
「またね!」
さっきの言葉よりも、表情が澄んでいた。
「じゃあまた」
僕は手を振って、自分の家まで帰った。
なんだか、またねって言葉が嬉しかった。でも、なぜだかはわからなかった。
そのあとは、グーグルマップと自分の土地勘を信じて、駄菓子屋に帰宅した。
帰る頃には夏の音が激しくなり、この夏もピークを迎え始めたのを感じていた。
「ただいまー」
裏口の戸を開ける。靴を揃えて、荷物を置いて、汗でぐっしょりな身体をどうにかするために、早速シャワーを浴びた。
シャワーを浴び終わり、廊下に出ると祖母がにやにやしながら話しかけてきた。
「なにか進展はあったの?」
「だからそういうのじゃないって」
祖母は残念がりながら話題を変える。
「それじゃ、もうその調査は終わりかい?」
「いや…」
ここで空とただ出かけますなんて言ったらそれこそ、何かがあったみたいだ。
「うん、調査は終わり、後は自己満のレポート書くだけ」
「そう、じゃあもう四条ちゃんとは出かけないのね?」
クソババア、なんでこう的確についてくるんだ。もう言い逃れはできない。
「いや…空に遊びに誘われたから…」
祖母はこれでもかとにやにやし始めた。
「へぇ~?」
首を斜めにして、こちらを見てくる。
「いいわ、楽しんできなさいね~」
「変な期待すんな?」
「いや、別に~?」
孫の恋沙汰もどきが気になるとか、呆れた。でも、俺も正直友達の恋沙汰とかめちゃくちゃ気になるし、なんならいじるタイプだし、やっぱり遺伝かもしれない。
祖母と話したそのあとは、部屋に戻り適当にレポートを原稿用紙に書き始める。
原稿用紙をそのままコピーして、いい感じにしてノーパソで仕上げる予定だ。地図とか神社の画像も入れたいし。
夕飯を食べて、風呂に入ってから床に入った。職員さんとの会話はかなり神経を使ったので、良く寝れた。
それからの日々は、いつも通りの家事とレポートを書くのを同時並行していた。
友達とのラインをぼちぼち返し、近所の人からもらったスイカを食べたり、空とまたスプラトゥーンでリグマをしたりしたけど、出かける予定の件の返信はまだ来ていなかった。
八月が始まって数日のある日、祖母が冷やし中華を作ってくれた。
材料は、庭裏で栽培していた、スーパーで並ぶにはちょっと不格好なトマトと水っぽいきゅうりだ。
正直、野菜は美味しくなかったけど、冷やし中華の本体は市販品の麺とつゆなので耐えられた。
食事中、祖母が話しかけてきた。
「四条ちゃんとは仲良くできてる?」
「うん」
「それはよかったわね」
祖母はなんだか機嫌が良さそうだった。
多分機嫌がいいから冷やし中華なんて慣れないものを作るんだろう。
そういえば、聞きたいことがあったんだ。
「おばあちゃん」
「なんだい?」
「どうして、おばあちゃんは空に優しいの?」
「どういうことだい?」
「朱崎出身の図書室の職員さんも、白井さんの家族も、斜面であったおばあちゃんも、みんな四条家のこと嫌ってたんだ」
「多分、俺が知らないだけでこの村の人間は、全員嫌いなんだと思う」
「ばあちゃんは、この村の人なのに、何で空に優しいの?」
祖母は真剣な顔をして聞いていた。
「タカヒロ」
表情が和らいだ。
「あたりまえじゃない、だって駄菓子を買ってくれるお客さんだし」
「それに…あの子は毎年見てるからわかるのよ、とっても純粋で優しい子なのよ、せめて私だけでも支えになってあげたかったの」
「こんなの孫に聞かせる話じゃないわね」
祖母がなんだか、格好良く…いや、敬老という気持ちではじめて見れた。
「そっか」
「あんたも四条ちゃんを傷つけたらただじゃおかないからね」
「ひどい、孫なのに」
「孫なんか関係ないわよ」
祖母は豪快に笑って麺をすすっていた。
その日は結局冷やし中華の後片付けと普段使わないような食器の皿洗いもさせられたので、一瞬見直した祖母の評価はもとに戻った。
また次の日、レポートが完成したので、スマホを部屋でいじってダラダラしていた。
俺はやっぱりスマホをいじってダラダラするのが休みの過ごし方として至高だと思う。
午前中にずっとネットの海を彷徨って、民俗学の面白い記事を見つけて読むと、急にレポートをまた書き直したくなったが、それ以上はなんだか沼にハマりそうな予感がして触れられなかった。単純に燃え尽きただけかもしれない。
なんだかんでその日も昼食を食べにリビングに行く。
「あんたずっと部屋に籠ってダラダラしてないで外で運動してきなさい」
食事中に祖母にそんなことを言われた。
「別にいいじゃん、外熱いし」
「高校生なんだから、身体動かしなさい?部活の子も他はみんな練習してるんでしょ?」
「はいはい、俺は別に部活どうでもいいから」
「おばあちゃん悲しいわぁ…そんな反抗期なんて」
わざとらしい演技だ。
「反抗期はもう終わったし」
「タカヒロは昔はもっとおばあちゃんに優しかったのに…」
このままだとだるい。
「わかったわかった、しょうがないから、散歩でもしてくるよ」
「あら?そうかしら、いってらっしゃいね」
こっちが曲げた瞬間、態度がコロコロ変わる。
「はいはい」
言った通りしょうがないので、寝間着から着替えて、スマホと自販機用の財布を持って外に出る。
聞き飽きた夏の音と、先週よりもさらに熱くなった砂利道を歩く。目的もないので、とりあえず駅に向かってロータリーにある自販機で財布の中にある十円玉を処理して帰ってこよう。坂道を下って、そのまま黄緑色の海を横目に歩く。
今日は入道雲がはっきり空に浮かんでいて、山との境目に邪魔されず、まるで絵画みたいだ。
駅のロータリーまではもう慣れたもので、あっという間だった。自販機はほぼ売り切れで、お茶といろはすだけはまだ残っていた。
自販機だけならうちの駄菓子屋にもあったが、全部売り切れだし、補充も来ないから使えない。
余っていた十円玉を入れて、いろはすを買う。
そのあとは一口それを飲んで、今度は帰りの道につく。
慣れてしまって目新しさもない、行きで景色も楽しんでしまったので、体感は数分で家についてしまった。スマホで見ると駄菓子屋から駅まで往復で17分ぐらいだった。
それでも少し汗をかいて、額は湿っていた。
「ただいまー」
祖母に帰ってきたことを伝えつつ、靴を揃えてから靴下を脱いで、裸足で廊下を渡る。
祖母はいつも返事を返して来るのに、今日は返ってこなかった。妙だなと思いつつも、自分の部屋の扉を開けた。
「おかえり」
扉を開けると、俺のswitchの画面の目の前にぺたんと座っているいつもの服装の空がいた。
…なんで?
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