「わかってるね」

階段を降りて、外に出る。空は扉の横、ロビーの死角で待っていた。

「どう、調べられた?」

「うん」

ここで聞いて嫌な思いはさせたくないので、触れないことにした。

「なんか、大井川にいた蛇達が京都の貴族殺しちゃって、朝廷が怒って討伐隊出したらしいよ」

「それで朝廷から逃げてきたって書いてあったんだ」

空は納得したようで、表情が和らいだ。

「じゃあ帰ろっか」

「おっけ」

そう言って、来るときと同じ住宅地へ歩き始めた。

「8月暇って言ってたじゃん?」

「うん」

「今までタカヒロのいきたいとこ行ってたからさ」

「今度は僕がいきたいとこ行っていい?」

「全然いいよ」

「やった~!」

「ついでにいつ?」

「うーん…まだ未定かな、思いついただけだし」

「多分なんか近所の人に茶畑の収穫手伝われるらしいし、そのあとかな」

「おっけーおっけー、全然いいよ」

そんなことを言いながらまた橋を渡って、千頭駅に着いた。ちょうど電車から降りたのか、駅にはかなりの人数がいた。柏みたいな規模に比べれば大したことないが、田舎にしてはかなりの人数だ。

「結構人多いね」

「ね、僕も初めて見た」

そんなことを喋ってホームで電車を待つ。

スマホで時刻表を見ているうちに、空が車庫のほうを見つめて話し出す。

「今日はごめん、僕から行きたいって言ってたのに途中で抜けちゃって」

なんて返せばいいかわからなかった。でも、ここで何も言わずに気まずくなるのは避けたい。

「いや、いいよ。俺が調べたいって始めただけだし、全然大丈夫だよ」

俺は笑みを浮かべた…つもりだ。

「そっか…」

空はそのままずっと眺めていた。

今度はくすんだエメラルドグリーンの車両が二両編成でやってきた。

僕たちは無言で乗り込む。気まずい。車両の内装は行きの電車と同じで、少し安心感があった。安心感というのは慣れのせいだろうか。ドアが閉まり、電車は鈍い音を立てて動き始める。

またいつもの表情で聞いてきた。

「レポート書けそう?」

「たぶん書けそう。大体必要そうな情報もそろったし」

「よかったよかった、じゃあ後は遊べるね」

相変わらずだった。

「遊べるって、まだ高校の課題は全然終わってないし…」

「大丈夫!まだ夏休みは一か月残ってるから」

「まだじゃなくて、あと一か月で終わるかなぁ」

「そんな悲観的だと夏を楽しめないよ?」

「悲観的ってわけじゃない、現実主義って言ってくれ」

「うわ、真面目だ」

「そうだろ、そもそも知的好奇心がうんぬん言ってたし」

「そうだっけ?」

彼女の笑みは大きなものになっていた。

「いや、これも蛇が化かした記憶かもしれない」

「確かに、人に化けてくる蛇なんて何してくるかわかんないしね」

電車が大井川を渡る。綺麗だと思わないけど、壮大だ。

「てかこの電車シート汚れてない?」

「そんなかな、常磐線も同じような気がする」

「やっぱ心が綺麗じゃないとわからないか」

「なんだよそれ」

やはり、神社の時と一緒で、帰りの時は流れる時間が早い気がする。数十分だったはずの時間もすぐだ。

無機質なアナウンスが朱崎とその名前を告げる。

「もう着くの?はやくない?」

空も同じだったようだ。

「よし、じゃあ次のやつ決まったら伝えるから」

「了解」

駅について、ホームから改札まで歩く。

いつものロータリーは、あの話を聞いた後だと少し怖く見えて、周りを見ても人がいないのを確認した。

「またね」

空が手を振る。

俺も手を振り返そうと思ったけれど、空はずっと周りを警戒してたように見えた。

「ちょっとまって」

数歩離れた空が目を丸くして僕を注視してくる。

「俺も空の家知りたいから一緒に行こう」

ちょっと言葉を選ばなさすぎた、やばい、恥ずかしい。

心臓が飛び出そうだったが、チラッともう一回空のほうを見ると、目を細めてた。

「わかってるね」

そう言われたとき、なんだか…何かが弾けた感覚がした。

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