図書室

窓から日の光が差し込む。目覚めてスマホを見ると、一件の通知が来ていた。今日は空と一緒に図書館に行く日だ。今は大体9時ぐらいだろうか。

「今日いつ行くの?」

田舎で電車は逃したら次までが長いので、スマホで時刻表を調べて、大体の時間を把握してからラインを返した。

「13時までに駅集合かな」

「おっけー」

と帰ってきたので、今日の準備をしながら暇を潰すために、今日調べたい情報を箇条書きにして、スマホのメモ帳に書き込む。蒸し暑い中で、シャツの首辺りの布を手でつまんで風を身体に送る。あと、課題をほんのちょっと進めた。

ちょっとワクワクしながら、祖母と昼食をする。

「今日は午後からまた調査関係で出かけるからよろしく」

「あら、一人?」

「いや、なんか空もついていくって」

「へぇ~?」

祖母は目を細めて俺を見た。言いたいことはわかった。

「言っとくけど、普通に調べに行くだけだからね?」

「わかってるわよ、迷惑かけないようにね?」

祖母は小さく笑っていた。

「はいはい」

居づらくなったので、食べ終わった後にすぐに部屋に戻った。服を着替えて、いつもの調査セットに財布とSuicaを追加し、荷物を全部持って玄関を出た。

ジリジリと焼けるような暑さだ。蝉は相変わらず耳障りで、ほぼ未舗装の砂利道からは熱が反射してきている。

駅への道を歩き始めるが、景色はあまり変わらない。盆地なので周りは山ばかりだし、上を向いても相変わらず晴天だ。

坂道を下って錆びれたカードレールに沿って歩く。このぼろぼろな道も変わらない。というか、今後補修されることもないだろう。またこんなところのインフラを整備する余力なんて…

やっぱり道を見て、そんなことばかりを考えてしまう。そんなことを細々と考えながら駅前のロータリーまで着いた。

スマホを起動をして時間を見ると、まだ54分だった。この暑い中で数分待つのは地獄だと思ったが、仕方ない。スマホで電車の時刻表をもう一回見てから、スマホで空とのラインを見る。メッセージや返信は来ていない。

熱で脳が焼かれそうな中で、しばらくボーっとしていた。蝉の声も汗が肌に滴る感覚も、遠くなってきたとき、遠くに白い人影が見えた。

それを見てふとすこし感覚が戻ってきたので、一口冷たい水を飲んだ。フワフワしていた意識も戻ってきた。

あちらも俺に気付いたのか、近づいてくる速度が速くなる。

「ごめん!待った?」

「いや、全然」

ほんとに時間としては短かった。意識が朦朧としただけで。

「いやさ~、僕の家に迎えに来てよ~、いまみたいな会話したくないし」

「いや、空の家知らないし」

そう言いながら二人で、駅へ向かう。空は手をぶらぶらさせながら不満そうな顔をする。

改札にSuicaを当て、単線の簡単なホームで電車を待つ。

「じゃあ帰り道教えるからさ~」

心ではそれ以上いかないとわかってるつもりだが、やっぱりどこか恥ずかしい。

「まあ外で蒸し暑いのは変わらないからいいや」

「よし、いつ電車くるの?」

「多分調べた通りならあと数分でくるはず」

スマホをしまって空のほうを向く。今日はワイシャツではなく無地の白いTシャツで、最初あった日の黒いショートパンツだった。髪はいつも通りちょっとぼさぼさだったが、今日は比較的ましだった。視線はスマホに釘付けだった。

しばらく空の方を見てると、電車がやってきた。

銀色の車体に正面にオレンジ色の差し色が入った二両編成の電車で、ノロノロとあまり速度は出てなかった。

車窓を外から覗くと、車内はガラガラで空気を運んでいた。停止して、扉が開いたので中に入ると、本当に車両には俺たち以外誰もいなかった。

「人少ないね」

「俺が来たときは夏休みの最初だったから少しは人いたけど…」

「まあこの駅なんて地元の人しか使わないからね」

席に座ってそんな会話をしてたら扉が閉まり、動き始めた。扉が閉まって冷房が身体に染みる。ちらりと窓から強い光が入る中、大井川と黄緑色に煌めく茶畑が綺麗だ。

横に座った空が話しかけてくる。

「何分ぐらい乗るの?」

「ニ十分ぐらい?千頭駅までだからそれぐらいかな」

「ながっ!」

「この電車がガラガラな理由でしょ、大人はみんな車使うから」

「佐藤さんの車に一緒に乗せてってもらえば良かったね」

「だめだよ、ばあちゃんなんか運転荒いし、もう年だし」

「そんな運転荒いの?」

「そうだよ、俺は田舎の道も相まってもう乗りたくないね」

会話がひと段落ついて、スマホを取り出す。

「今日は朱崎神社で調べたことでわかんなかった内容を調べるって感じかな」

「なんだっけ、蛇の化ける理由?」

「それも気になるけど、どっちかと言うと最初の、朝廷から逃げてきたって部分かな」

と言い、スマホの写真フォルダを開いて看板の文字を拡大する。

「どれどれ」

と言って、隣から顔をスマホを見ようと顔を近づけてくる。近い…

空の息遣いを感じて、石鹸みたいな香りがした。

恥ずかしさにこらえながら、スマホを持ち続ける。

「なるほどね」

顔が離れたので、安心して話し始める。

「そう、それで調べたけどこの近くだと川根本文化会館にある図書室が一番ありそうかなって」

電車は少し揺れるが、景色はあまり変わらない。俺はちょっとこの二人だけの空間が心地よかった。高校の友達とクラスで駄弁るような、そんな感じだ。

「田舎のものを調べるって大変だね」

「そう、文献がそもそもあるかわからないしね」

「ふーん」

「そういえばさ、この後調べたら何するの?」

「え~、ここでわかったらそれまとめてレポートもどきにしようかなって思ってる」

「学術的だね」

「いやいや、論文ほど堅苦しくないよ、ただまとめて考察書くだけ、中学の理科のノートみたいな感じだよ」

「でもそれって良くて一日で終わらない?」

「それはそうかも」

「じゃあ八月暇になるね」

「たしかに」

空は控えめに微笑んでいる、というかいつもそんな感じの表情な気がする。

そのあとは、二人でおすすめの曲を紹介したりしながら、時間が過ぎていった。


数駅通過し車内アナウンスが千頭駅の名前を読み上げる。ガタンと身体が大きく揺さぶられて、駅に到着した。

珍しい構造で、ホームの位置が扉より低く、途中に短い階段がある。

ホームの屋根が特徴的だ。横を見ると車庫のようになっていたが、車両はなかった。

プラットフォームから歩いて改札を通ると、意外と立派だった。小売店もあり、かなりの種類のガチャガチャも置いてある。

「想像より立派だね」

「ね」

外に出て見て駅の方を見ると橋の土台みたいなアーチが並んでいて、面白いデザインだった。駅の目の前には千頭温泉と大きな白い字で書いてあった。

駐車場に出て、横を見ると大井川がよく見える。

空が聞いてくる。

「どっち?」

「ここ真っすぐ行って大井川渡る」

「おっけー」

二人で横並びで歩く。ここは道もちゃんと整備されている。

左側は斜面で、橋近くには観光案内版と謎の銀色のオブジェが置いてある。

徒歩なので、白いペンキが塗られている橋を渡る。

橋の中らへんで空が話しかけてくる。

「この川って綺麗かな?」

「景観的な意味?それとも水のきれいさ?」

「いや、景観的なほう」

「どうだろ、うーん」

「正直こっちに来て初日は綺麗だと思ったけど、正直見飽きたかな」

「僕も同じ、なんか見飽きた感じがするよね」

そんなことを言ってたら意外と橋は短く、渡り切った。

そのあとは、住宅地の中を数分歩いた。外観はよくわからなかったが、青看板に川根本町文化会館と書いてあった。比較的大きな建物で、目立つ訳ではないが立派だ。

そそくさと一階を通り過ぎ、二階に向かう。

二階は調べた通り、図書室になっていて、カーキ色のタイルに、白い壁で、蔵書はあまり多くはなさそうだが、専門の郷土資料の棚が発見できた。木製の椅子と机が置いてあったが、着席禁止と書いてあった。

カウンターには二十代前半ぐらいの清潔感のある職員さんがいた。

「こんにちは~」

声にも張りがあって、営業マンみたいだ。しかもイケメン。

「こんにちは~」

二人で一緒に挨拶をして、図書室の中を見回す。

「すみません」

職員さんに話しかけた。

「どうなされましたか?」

「朱崎村の資料を調べたくて…」

「朱崎…ですか?」

「はい、調べたいことがあ」

ここで職員さんは興奮気味に話しを遮ってきた。

「私も朱崎出身なんですよ!奇遇ですね!」

「そ、そうなんすか」

「こちらの棚のですね…」

空が一歩、俺から離れた。

「ごめん、ちょっと僕めんどくさそうだから外で待ってるね」

すこし驚いて、空のほうを見るとすでに階段の途中まで下っていた。

「ああ、すみません」

「大丈夫ですよ、お名前は?」

「佐藤孝弘と申します」

「佐藤さんの孫でしたか、これはこれは、小さい頃に会ったと思うんですが覚えてませんかね?」

「いや〜ちょっと覚えてませんね、すみません。今年久しぶりに帰ってきたので」

「いえいえ、それで知りたいものって何ですか?大体この棚に置いてあると思いますが」

「えっと…朝廷から逃げてきた蛇ってわかりますか?」

「ああ、蛇の伝承ですかね?なら…」

「たぶん…この本ですかね?」

とショーケースの棚から、自分の親指ぐらいの分厚くて茶色い、甘い匂いがするかなり古い本を取り出した。

「このページ…辺りですかね?」

と本を開いたまま差し出してきた。

「ありがとうございます」

開いた本を読むと、文量自体は少なかったけれど、かなり読みづらい文章だった。

頑張って読んで要約すると、延暦7年に、大井川周辺に住んでいた、人の腕ほどある蛇の群れが人を襲い、人々を苦しめていた。人に化ける術で京都の貴族を殺し、それに怒った朝廷が坂上田村麻呂率いる討伐隊数十騎を派遣し、蛇の一団を討伐したという。

「なるほど…ありがとうございました」

慎重に、本をなるべく傷つけないように返した。

「そういえば、なんでここらへんって蛇の伝承が多いんですかね?」

ふと思いついた疑問を投げかけてみた。

「大井神社の白蛇伝説みたいに、大井川って昔から氾濫しますし、蛇は水辺が好きなんでそれ関係なんですかねぇ…?すみません、その分野は詳しくなくて…」

「こちらこそすみません、まあそんなもんだと俺も思います」

「あ、ちょっといいですか?」

彼の目つきがすこし険しくなった。

「その、朝廷から逃げてきた蛇って朱崎神社の話ですよね?」

「は、はい」

「あの神社の周り今私有地ですけど、入ったんですか?」

「いえ…その、四条家の人間に許可を貰ったんで」

「…」

「その…なるべく家系には関わんないほうがいいですよ、えっとですね、無理やりその土地買ったんで、村民から嫌われてるんですよ」

「え?」

思わず声が出た。

「いや~、これは私が母から聞かされたんですけど、茶畑に塩撒くとか、酷いときは肥料を家の前に撒くとかされたらしいですからね」

「な、なるほど」

「まあこのことは秘密にしといてくださいね?私もこの話をしたことがバレたら怖そうですし」

確かに…あのときロータリーの白井さんが言ってた…そうだ、あの斜面のおばあちゃんも…

「わかりました、では俺はレポートも書かないといけないのですみません、お邪魔しました」

「いえいえ、またわからないことがあったら来てくださいね」

いや、来たくない。

「ありがとうございました」

俺は静かに階段を下った。

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