朱崎神社

財布から金を出してレジに直接入れる。仕方ない。

「荷物持ってくる」

「おっけ~」

裏口から二階に上がって、荷物を自室に取りに行く。

「あら、四条ちゃんと何か話したの?」

「昨日話した神社の周りの私有地、あれなんか空の家の土地らしくて」

祖母は軽く流した。

「そうらしいわね」

「うん、俺も正直よく知らないけど、連れっててもらえることになったからとりあえず行くことにした」

「良かったじゃない、じゃあ後でお礼しなきゃね」

「ばあちゃん、なんで俺がバイトしてるって知ってた?」

「あんたのお母さんからちゃんと聞いてるわよ」

「はぁ…」

余計な事言いやがって、まあそんなに怒っても仕方ないか。

最低限の調査セットを回収する

「じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい、昼ご飯までには帰ってくるんだよ」

「はいはい」

すたこらと階段を降りて、一階に戻った。

「とってきといたよ」

チューペットを二本持って空は待っていた。

「じゃあ行こっか」

「了解っす」

駄菓子屋から出て、空は駅から反対方面を指さした。

「とりあえずこっちに真っすぐかな」

「なるほど、てか、場所すら知らなかった」

そのままその方向に一緒に歩き出す。

「詰めが甘いね~」

「すみません…」

「というか、なんでこの土地の調査なんかしてんの?」

「高校に入って受験勉強落ち着いたら、民俗学に興味がでてさ、」

「うん」

「それでせっかくならと思って、一番身近で調べやすそうなここにしたんだ、まあ全然そんなことなかったけど…」

「僕も高校で興味出たものあったかな~」

道に見えていた木漏れ日が途切れ、木が生えていないちょっと平たい土地に出てくる。

「特にないかも」

鈴を転がすように空は笑う。横顔をチラッと見ると、すこし、いや、かなり可愛かった。

そうだ、そもそもラムネの件が棚ぼたすぎて忘れていたが、今俺は可愛い女の子と二人で歩いている。ちょっといまさら緊張してきた。

「学校は嫌いだし、ずっとゲームしてるかな」

「なんのゲームやってるの?」

「あ〜スプラトゥーンとか?最近S+行って熱いよ」

「勝った、X帯」

「マウントうざいよ?」

「ごめんって」

「じゃあもう一本後でアイスおごりね」

抗議しようと喋ろうとしたら、遮られた。

「ここを左ね」

と山の淵沿う形の道を指す

「はい…」

「てか何歳なの?」

と聞いてきた。

「今年で17かな、高校二年生」

「ほんと?僕と同じじゃん」

ちょっと嬉しい。気付いたら汗が額にたまってる。

「あと、どこから来たの?」

「千葉の柏、こっちではあんま通じないから東京って言ってるけどね」

「僕は八王子からだから正真正銘東京だね」

「あそこらへんってもう東京じゃない気がするけど…」

「確かに、ここほどじゃないけど奥多摩とかは田舎だしね」

横に並んで歩いてるうちに、空がすこし歩速を早めて、前に出て立ち止まる。

「ここだよ、ここ」

目を向けると、竹林っぽい斜面に寂れた鎖が腰辺りにある。鎖から吊り下げられている板には”私有地立ち入厳禁”と書いてある。

空が鎖を上に持ち上げて、線の中に入る。

「失礼します!」

と言って自分も鎖を持ち上げて、身をかがめて敷地の中に入った。

「ここからの道も結構管理されてないから気を付けてね」

「了解です」

と、空が先に進んでいくので後についていく。

横に並ぶと自分よりかなり小さく思えた空も、前に立つと少し大きく見える。

沢みたいな道を進む。神社への道と言うよりも登山道みたいだ。数分歩くと、ちょっと楽しくなってきた。

アニメみたいな綺麗な森じゃなくて、管理が行き届いていないのがわかるもっと野性的な森だ。里山って感じがする。

ほぼ獣道みたいな道を過ぎると、石鳥居が見えてきた。

結構歩いた。体感15分は駄菓子屋からかかったと思う。田舎は一つ一つが遠すぎる。

「ここが朱崎神社?」

「そう、多分この道を行けばすぐ本殿があると思う」

鳥居は他の神社とは変わりなくて、威厳がまだ残っていたが、おそらくあっただろう石畳からコケなどの色々な植物が生えて見えなくなっていた。

石段をのぼると、さっきと同じような石鳥居と本殿が見えてきた。

かなり建物は立派で、寂れていながらもそこで存在感を主張しているのは、古くはこの地域の人々の信仰の中心だったのだろう。

「神秘的だね、来てよかった」

「ちょっとちょっと、来た目的忘れてない?」

「あ、そうだった」

本殿の近くにあった石碑と木の看板に近づく。自分の身長よりも一回り小さい岩の平らな面に、漢字や崩してある仮名文字が書いてある。白い斑点と岩の模様も相まって、解読は難しそうだ。

木の看板には、おそらくこの石碑の現代語訳が墨で書いてあった。現代語訳と言っても、所々旧字体もあるので、最近ではなさそうだ。

近くでじっくり看板を読んでみると、大体の内容がわかる。

この地域にはもともと朝廷から逃げてきた、人に化けた蛇がおり、その蛇がこの地域の男性と付き合って結婚するとき、蛇は本性を晒してその蛇の姿を見せたが、男は変わらずその蛇を変わらず愛し、最期まで共に生きたという。

その二人が祀られているから蛇と縁結びが関係あるのか。自分の中で納得した。

しかしここでまた一つ謎が増えた。

「朝廷から逃げてきたってなんだ?」

「よくそんなところまで読んでるね」

「確かに核心につく情報はわかったけど、謎が増えた…」

「でも、かなりわかったよ、ありがとう」

俺の言葉を聞いて空はにっこり微笑んだ

「どういたしまして」

石碑と看板をスマホで写真に残し、看板の内容をメモに書いた。

メモを書き終わると話しかけてきた。

「じゃあ参拝だけして帰ろっか、一応その蛇さんにも挨拶したほうがいいかもしれないし」

「たしかに」

本殿前の賽銭箱に五円玉を投げる。

ちゃんと入ったことを確認して、うろ覚えの礼儀作法で参拝した。

僕の後に空も参拝していた。お辞儀がきれいだ。

「じゃあいこっか」

来た道を戻ろうとすると、石畳の上に細長いものが這い出てきた。

「うわ!蛇だ!」

一歩後ずさって警戒すると、空が話し始めた。

「こいつはアオダイショウだから大丈夫だよ」

「マジ?毒とかないの?」

「アオダイショウは毒もないし対して気性も荒くないから平気だよ」

とずかずかと進んでいく。怖いが、一応信じて、蛇の横を通り過ぎる。蛇はこちらを見るだけで何もしてこなかった。

そのまま道を下っていく。

「凄い、良く蛇の種類が判別できるね」

「模様見れば一発だよ、蛇って種類少ないし」

「いやいや、めちゃくちゃ博識だよ」

「そうかなぁ」

「良く言われない?」

「いや…」

言い淀んだあと、空は急に立ち止まった。

さっきまで気にもとめなかった蝉の鳴き声が大きく響いた気がした。

「なんでもない。いこっか」

「う、うん」

こちらを一瞬振り向いて、また歩き出した。

「僕、博識ってわけじゃないけど、雑学とかなら好きかな」

「例えば?」

「闘牛ってあるじゃん?あれ実は赤いマントに興奮してるんじゃなくて、動いてるヒラヒラした布に興奮して突進してるんだよ」

「すごい、知らなかった」

「でしょ?こんな知識しかないけどね」

もう一回俺の方に振り向いて、軽く微笑む。

「いやいや、でもやっぱり自分が知らないこと知ってる人は凄いよ」

「ありがと」

そんな会話をして、気付いたらもう鎖の場所まで着いていた。

鎖を持ち上げて、そのまま道側に出る。

「いやー、かなりの収穫だった」

「びっくりしたよ、まさか蛇の神社詣でたら蛇が出てくるなんて」

「あれじゃない?無意識的に蛇に反応するから」

「あ~確かに、その線もあるかも」

「そういえばこのあとの調査って何するの?」

「多分近くの図書館にでも行って文献集めかな、このあたりなら川根本か、もっと遠くなら千頭方面あたりならあるかもしれないってことで」

「へー…」

少し考えた風に見えたあと、空が話しかけてきた。

「じゃあ僕も同伴ね、僕もちょっと気になるし」

「好奇心すごいね、他の人から見たらつまらないことだと思ってた。」

「好奇心はお互い様でしょ、わざわざ信仰調べに夏休み使うのも相当だよ」

「それもそっか」

また来た道を戻り始める。来たときよりもセミが鳴いていてちょっと耳障りだ。

しばらく歩いているともう、駄菓子屋との直線だった。帰りのほうが体感の時間が短い。

「そういえば、さっきの図書館の件はいつ行くの?」

「どうだろ、明日にでも行きたいけど俺がちょっと家の用事で忙しいから来週ぐらいかな」

「あと二日連続でこうやってやるのはきつい」

「体力ないね、何部?」

「卓球部。運動部だよ」

「ほぼ文化部じゃん」

「は?じゃあそっちは?」

「僕は普通に美術部だけど」

「文化部じゃん」

「タカヒロはわかってないなあ、真っ当な文化部と運動部モドキみたいな部活だったら文化部のほうが上だよ」

名前を呼び捨てにされてちょっとドキッとした。

「部活動に上とかあるの?」

「さあ?」

ふんと鼻で笑った。なんだこいつ。

くだらない会話をしていると駄菓子屋についた。スマホを開いて時刻を見るとほぼ12時ぴったりだ。

「じゃあまた行くとき連絡してね」

「わかりました…」

「あとこっちにSwitch持ってきた?」

「一応、スプラもあるよ」

もう言いたいことはわかった。

「よしじゃあ、今日プラベでタイマンね、逃げないでね?」

真剣な眼差しで見つめてきたのでちょっと面白かった。まるで子供みたいで。

「はいはい、じゃあまた」

「またね」

手を振り、見送った。

…なにか違和感がある。空はやけに辺りを見渡しながら歩いてる気がする。

いや…気のせいだろう。そう思い、裏口から2階に上がった。

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