「棚から牡丹餅ってあるんだ」
夏の光が弱くなって、辺りの山の隙間から見える色が少し緑から群青へのグラデーションになった頃、やっと家に帰ってきた。
裏口から入って、荷物をリュックに戻してそのまま風呂に入った。
風呂上がり、夕飯の支度をしている祖母に聞いてみた。
「今日三人ぐらいから話を伺ったんだけどさ」
「そうなの」
包丁の音が規則的に聞こえる。
「結局あんまわかんなかったわ」
「そうね、思えばあんまりこの村の人は信心深いそんな感じじゃないからねぇ」
「お地蔵さんとかもあるっちゃあるけど、正直みんな習慣でやってるしね」
「へ~」
「神社もあるらしいけど、私有地で入れないらしいし」
「それもあるかもね…」
そんなことを喋っているうちに夕飯の時間だ。
夕飯を食べ終わると、自分の部屋に戻り、荷物を整理したあと、俺はスマホでしばらく調べていた。
どうやらこの地域、というよりは、静岡県の大井川周辺に蛇を祀っている神社が多いらしい。朱崎神社も検索をかけて見てもかなり昔に封鎖されたからか、情報は落ちていなかった。
高校の友達に、ラインで途中で撮ったいかにも夏っぽい画像を送りつけておいた。そういえばと、友達欄から空のラインも開いた。
「よろしく!」
というメッセージと共に、謎のクマのキャラクターのスタンプがついていた。
既読がついてしまったので、一応メッセージを送っておく。
「遅れちゃったけどよろしく!」
送って二秒ぐらいして既読がついた。早すぎる。
「よろしくねー!」
と送られてきた。
まあこの時間帯だし、ちょうどスマホをいじってたのかもしれない。
そんなことを思いながらうとうとしてきた。一日歩き回って、東京からここまで来たので疲れが溜まっていたのだろう。神棚にいるおじいちゃんに手を合わせて、そのまま蒸し暑い中、布団に入った。
目をつぶると、今日の駄菓子屋の件が瞼の裏に蘇ってきて、布団を蹴った。
そして泥の様に寝た。
次の日の朝。
スマホのアラームで起きて、時刻を確認する。
八時ぐらいだ。
頑張って起きて、布団を隅に畳んでから、祖母に挨拶する
適当に祖母が作ってくれた朝食を食べて、今日はどこを調査しようかを寝起きの頭で考えていた。イヤホンで音楽を聞きながら、今日のフィールドワークの準備をする。
あごに手を当てて悩む。個人的には蛇が祀られていることがわかっただけでもかなりの収穫だが、それでもまだ足りない気がする。
退屈したので、家から持ってきた学校の課題をやりつつ、今後の方針を考えていた。
寝巻きから普通の服に着替えてみたり、持ってきたインスタントコーヒーを飲んでカフェインを取ったりしたが、やっぱり思考がまとまらないまま、メモ帳を見返す。スマホで似たような蛇を祀っている神社を調べてみたりする。
そんなことをしていると、祖母に話しかけられた。
「そういえば、今下に四条ちゃん来てるわよ」
「マジ?」
「そう、せっかくなら顔見せてあげなさい」
「はーい」
と昨日のこともあったので若干億劫だが、意を決して下に降りてみる。
「やっほ~」
扉を開けると早速空が挨拶してきた。
昨日よりもちょっと髪がぼさぼさで、昨日と同じようなぶかぶかのワイシャツと今日はショートパンツじゃなくて灰色のスカートだ。
「朝早いね」
「そうかな?もう11時とかだと思うけど」
「マジ?」
スマホで時計を確認するとほんとに11時を過ぎていた。
「ちょっと疲れてて時間感覚壊れてるかもしれない」
「え~、昨日何してたの?」
「ちょっとこの地域の信仰について調べるためにフィールドワークを…」
「凄いね、知的じゃん」
「そうかな」
ちょっと褒められて嬉しい。
「じゃあそっちは?」
「僕?あの後普通に家に帰ってゲームしてたかな」
「まあ、あんま特にこれといったことしてないよ」
ちょっと卑屈げだ。
「まあフィールドワークといってもただ地域の人の話し聞くだけなんだけどね」
「へ~、なんかわかったの?」
「あんまりわかってないんだよね」
「神社で蛇で祀られていることがわかったんだけど、そこが私有地で入れなくてさ~、そこで止まってる」
空はちょっと目を細めた。
「そこ縁結びの神社だよ」
「え、マジ?ありがとう」
「どういたしまして」
正直驚いた、こんな簡単に欲しい情報がわかるとは。
「ついでに、なんで知ってたの?」
「え~?」
少しの間を溜めたあとに、笑顔で言った。
「その私有地、僕の家族の土地だもん」
マジで?さらに驚いた。たしかに、あの人達の話では、東京の方と色々あったと聞いていたけど、その家系の人が目の前にいるとは…
「驚いた?」
多分フリーズしてた。
「正直めちゃくちゃ驚いた」
「反応ですぐわかったよ」
あんまり考えが表情に出るタイプではないと思っていたけど、そんなことはなかったかもしれない。
「その神社行かせてあげようか?」
「いいの!?」
「全然いいよ、そもそも山だから人いないし」
「ありがとうございます…」
棚から牡丹餅を初めて体験できたかもしれない。こんな偶然があるのか、信じられないけど、これはチャンスだ。
「じゃあそのかわり」
と言って、入口に向かって歩いていく。空は冷凍庫からチューペットを数本持って帰ってきて、もう片手で瓶のサイダーを持ってくる。
「奢って」
「いや~残念ながら僕のおこづかいも結局は家のお金なんで意味がな…」
「さっき佐藤さんからバイトしてたって聞いたけど」
「まいりました…」
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