聞き込み調査

近くにあったぼろっちい木製の椅子に座り込んで、リュックを床に置いて開こうとすると、祖母に話しかけられた。

「そういえばタカヒロ、ここに来た目的覚えてるの?」

「覚えてるよ、ここらへんの信仰を調べにきたって感じ」

「まさかわざわざ朱崎に来てくれるなんて、あんたの母さんから聞いたとき驚いたよ」

「高校になって色んな事に興味出るようになったんだよ」

「来年は受験でしょ?じゃあこの夏休みで悔いのない様にしなさいよ」

「はいはい…わかってるって」

リュックから登山用の帽子とメモ帳を取り出した。別にスマホのメモ帳でも調査で使うだけならいいのだが、やはり人との対話が基本だ。スマホを目の前でいじるよりも、メモ帳を使ったほうが印象が良い。

そのほかの荷物を持って二階へ上がった。これから中心となる部屋の隅に置いて、必要最低限の物だけ持って一階に戻った。


「じゃあ、フィールドワーク行ってきます」

「はいはい、近所の人に迷惑掛けないでね」

「うん、じゃあ行ってくる」

裏口から一歩踏み出すと、さっきよりも太陽が強く照りつけている気がする。朝早くから東京を出たから、ちょうど三時くらいか。

まずは、この地域での信仰について調べることにした。ネットでも調べてみたが、田舎過ぎてあまり情報もないし、文献でも俺が普段行ける範囲の図書館や書店には無かった。

どうしようか。聞き込みだから、やはり人が比較的多いなら、駅だろうか?

大抵こういう田舎なら住民が集まる場所みたいなのがあったりしそうだが、俺は知らない。

消去法的には駅しかなさそうだ。

仕方なくさっき来た道をまた戻り、駅へ向かう。不快感を抱いたボロボロな道を踏みしめて、坂道を下った。

駅前のロータリーについた。太陽の光が帽子越しに後頭部に熱を帯びさせ、体感は、植物すら熱を放ってるようにすら感じる。

そういえば、来た時におそらく家族の帰省を待っていると俺が予想していた老夫婦がいた。老夫婦は駅に着いたときと同じ位置に立っていたので、近づいて話し掛けた。

「突然すみません、話しかけてもよろしいでしょうか?」

白髪が目立つおじいさんのほうが答えた。

「えぇ、全然いいですよ。見ない顔ですね?」

「えっと、駄菓子屋の佐藤の孫の孝弘です。」

二人とも驚いたような顔をした。

「あ~!タカヒロ君か!びっくりしたよ、えらい大きくなっちゃって!」

「白井だシロイ、覚えてるか?」

隣のしわが深いおばあさんも割り込んでくる。

「ああ、にーしー人かとばかりねえ」

にーしー、確か若い人という意味だった気がする。

「今みるいなんだ?」

「えっと…今年で17、今高校二年生です」

このまま世間話はすこしめんどくさい。

「えっと…すみません、この地域の信仰とかってご存じないですか?」

メモ帳を取り出した。

「そうだなあ…」

二人は顔を見合わせた。

「あんまり詳しくなくてな、元々神社があったらしいんだが、詳しいことはよくわからなあ」

おばあさんが補足するように矢継ぎ早に話す。

「神社は私の子供の頃にあったんだがね、神社の周りの土地の山を持ってる人が権利で東京のほうの親族と揉めたらしくてねぇ、私有地扱いで立ち入れなくなったんだよ」

「これだから都会の…」

と言いかけて、その都会から来た僕を見て言葉が詰まる。というか、見て取れた。

「…タカヒロは帰ってきただけおだっくいとは違うからな、うちの息子もしばらくぶりに帰るから出迎えてやりたいんだ」

「いえいえ、貴重なお話ありがとうございます」

「しばらくいるのか?」

「あ、はい。夏休み期間中はそうですね」

「じゃあうちにきんさい、えーかん夏は長いよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、他の人達にも聞き込みするので、ここらへんで…」

「ああ、いってきんしゃい」

そそくさと離れて、聞き込みをした二人に手を振る。

やっぱり、ここの人間だとわかると方言を使ってくる。意味があやふやなのでちょっと怖かった。たしかおだっくいは悪口、えーかんは長いぐらいの意味しかわかってない。

困ったな、肝心の神社に行けないとなると…とりあえず、道すがらあった人に話しかける前提で村を探索してみよう。

駅のロータリーから少し歩き、踏切を渡る。遮断機がないタイプのただ音と赤く光るタイプの踏切だ。昔になっているのを見て怖かった思い出がある。しかもそれ自体がかなり劣化してて渡るだけでも怖い。

踏切を渡ると山奥では珍しい田んぼがあった。用水路に沿ってつくられた道を進んでいく。

背の高い植物が黄緑の光を反射して綺麗だった。そのままほぼ舗装されてない道を歩く。

しばらくたつと曲がり角が出てきて、曲がると川が見えてきた。おそらく事前に調べた大井川の支流だろう。

川沿いを小一時間歩いても誰もいなかったので、仕方なく駅方面の道を歩いていくと、これまたさっきの老夫婦よりも歳をとってそうな頭巾を着けているおばあさんが山の斜面にいた。背負ってる竹籠には草が入っており、多分山菜でも採っているのだろう。

「すみません!」

声を張って話しかける。

頭巾をつけているおばあさんがこちらを向いた。

「えらい声だしてどした?わけーしあんま見ないけどよ」

「駄菓子屋の佐藤の孫の孝弘と申します」

「ちぃっとまってな」

と斜面から、道に軽いステップで降りてきてから、首にかけたタオルで顔をぬぐって、話を続けた。

「あんたがヒロ子の孫かい?えーけんずなそうな人になったね~」

「おばあちゃんのことちょーらかしてないけんね?」

「いやいや…ちゃんと仲良くやってます」

おばあさんは大きく笑った。

「よかよか、いつまでいるんか?」

「えっと夏休みの間は大体いる予定です」

「じゃあうちの三番茶の収穫でも手伝ってもらおうかね、わけーしはやっぱりおてんとさんのもとで働くのがええからね」

土だらけの手袋を着けた手をうちわ代わりにしてあおいでいる。ゴリゴリ方言だ。聞き取るのがちょっと怪しい。

「そういえば、さっき田んぼがあったんですが、珍しいですね」

「あん、江戸時代から隠し田つってバレないようにここで米作ってる奴がいたんだわ」

「へー、面白いですね」

「じゃろ?オチもあるじゃけん、結局バレてこんな貧しい土地で一生年貢払う羽目になったんじゃ」

愛想笑いをして、本題に入ろうと話を進めた。

「それで、聞きたいことがあるんですが」

「なんに?」

「えっと、ここらの地域信仰に興味があって、調べてるんですが、何か知りませんか?」

「あんまそんなこと気にしたことないなぁ、ほがの人には聞いたんか?」

「一応神社があるのは、聞いたんですけど、入れないのと詳しく知らなかったらしいので…」

「あぁ、朱崎神社がね?」

「そうですそうです!何か知ってることがあれば教えてほしいですが…」

「たしがね、今は私有地で道が塞がれてていげないんだげ、蛇が祀ってあるなぁ覚えてる」

「蛇ですか?」

「そう、蛇、細ねげぇやつだな」

「なるほど、貴重な情報ありがとうございます」

ここぞとばかりにメモ帳を取り出して、メモした。

「最近のわけーしは偉いな、見た目通りずない子になったな」

「ありがとうございます」

チラッと辺りを見ると、だいぶ日が傾いている。そろそろ夕暮れになるかぐらいだ。

「貴重なお話ありがとうございました。茶摘みも行ければいけます」

「そりゃないよ、たこらずにきんしゃいね」

「はい…」

たこらず、サボるなって意味だ。

憂鬱な気持ちを押し殺して手を振ってから、また駅に向かって歩き始めた。

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