第9話 喧噪な葬式

 墓場であれば、絶対に見る光景がある。それは葬式だ。

 墓守は葬式にこそ関わらないが、今後守る墓石を建てられるまでの様子を見守る。そして都合により墓参りに来れないヒトや墓の手入れが出来ないヒトに代わって墓を守る。それが墓守の役割だ。

 ある日、とある方の葬式が終わり、墓守の仕事の一つである遺体の入った棺桶を埋められる過程となった。指定された場所に墓穴を掘って棺桶を埋めようとした時、安置しておいた棺桶の方で何やら騒がしい様子が見られた。


「貴様ァ!今更どの面見せてんじゃあ!?」

「それはこっちの台詞だ!」


 葬式の直後だと言うのに、何故か親族の方が誰かと口喧嘩をしていた。一体誰と喧嘩をしているのか近寄って見ると、それは棺桶に入っていたはずの遺体だった。


「えっえっ…一体何が?」

「あぁ墓守さん!実は棺桶から物音がするっていうから、止めたんだけどあいつが棺桶の蓋を勝手に開けちゃって。そしたらシんだと思った爺さんが起き上がって。」


 亡くなったと思ったら実は生きていた、というものかと思ったがそうではなく、本当に亡くなっており棺桶の中で不死族として蘇ったらしい。

 確かに亡くなったヒトが時間を掛けて命を宿し、『不死族』として蘇る事はあるが、あくまでそれは永い時間を掛けて不死族へと変化するものだ。こんな葬式直後の短い時間に不死族になったという話は聞いた事が無かった。

 しかし、男性と言い争っている老人が確かに棺桶の中で眠っていたシ者であり不死族であるのが、同じ不死族であるわたしにはわかった。

 詳しく聞くと、不死族の老人と男性は父と息子、確かに血の繋がった親子である様だが、あまり良好な関係ではないらしい。


「はっ!お前はいつまで経ってもあれやこれやと言い応えしおって!こっちの事などちっとも聞こうとはしない!」

「あんな態度で誰が話を聞こうって言うんだ!口を開けばあれは駄目、これは駄目って、こっちの意見に反対ばかりで!」


 口喧嘩はひどくなっていき、このままでは殴り合いに発展してしまいそうだった。二人の家族や親族が止めようとするが、肝心の二人が周りの声を聞こうとしなかった。


「そっくりですね。」


 思わず口に出したわたしの声だけは聞こえたのか、直後に二人がわたしに詰め寄って来た。正直こわかった。


「あのな!確かにこのくそじじいとは血が繋がっているが、こいつの真似なんてしているつもりはないし、似ているなんて絶対にない!」

「こんな奴と似ているなんてあってなるものか!似ているどころか好き嫌いも全く異なってわしに反対意見ばかり出して!」

「それはこっちの台詞だ!」


 わたしの眼前でまた言い争いを始めて、わたしは勢いに飲まれてしまいそうになったが、二人の妻もとい母親だろうか。そのヒトに助け出され、何とか落ち着く事が出来た。


「本当、あなたの言う通りそっくりね。ヒトの話を聞かない所とか、周りを気にせず好き勝手する所とか、顔つきまでそっくりで。」


 言われて見れば、確かに二人の顔がそっくりそのまま生き写したかのように見えた。結局は二人は親子であり、父親でその息子と言う事なのだろう。


「親父はいつもそうだ!俺が家を出る時だって反対しやがって!」

「ふん!親に心配されているお前に独り立ちなど出来る訳ないだろう。」

「だが、こうして親父がいなくたって仕事をして家庭を持てた!あんたが心配性なだけだよ!」


 何やら言い争いの雰囲気が変わって来た様に感じた。言い争う声がどこか弱々しくなってきていた。


「むしろ心配をかけたのは親父だ!病気なのを隠してお袋がするの間に倒れやがって!それでお袋がどんだけ悲しんだか!」

「…それこそ家を勝手に出たお前には関係無い。わしだって好きで倒れた訳じゃない。」

「言い訳してんじゃねぇよ!お袋だけが親父の事を心配したと思うな!」


 息子さんの叫びに、父親だけでなく周りも、母親も黙って二人を見ていた。言い争いはしているが、結局息子さんも、そして父親も互いを想っていた。それはどこの家庭でも変わりの無い光景だった。

 騒がしかった喧嘩は、いつの間にか葬式同様に静かで悲しみに溢れた雰囲気へと戻っていた。どれだけ喧嘩をしても、仲が悪かったとしても、家族という繋がりは確かにあった。ただそれだけの事だ。

 わたしには不死族になる前の記憶が、他の不死族と同様に曖昧で家族が居たのかすらわからない。だからこそ、こういった家族間のやり取りを見て、色々と考えてしまう。


「…しかし、お前。もう少し着る服は考えた方が良いぞ。」

「はっ?別に俺が何を着たって良いだろ。むしろ親父の服のセンスがヤバいだろ。お袋に同情するわ。」

「はぁー!?わしのセンスが何だって!?お前の方が可笑しいだろ!なんだこの前の柄の服は!」

「あれが今の流行りだ!親父のはただ単に古いんだよ!」


 しんみりしていたら、また喧嘩を始めていた。これには母親も頭を抱え、今度は母親が二人に対して殴り込みに行ってしまいそれを周りが止める形になってしまった。

 喧嘩をするのは、ヒトも不死族も変わりなくて良いが、好い加減棺桶を埋めたいのだが、どうしようかわたしは頭を抱えた。

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