第10話 喜妙な来客(終)
墓には墓参りにきたお客様の他には、墓にただ立ち寄っただけの厄介ものが入り込んだり、時としてなんでもないヒトが迷い込んだりする。
その日は天気が良く、特に問題も無くただ時間が過ぎていき、後少しで日が沈む時間になるであろう時だった。箒で墓場の中を掃き掃除していると、どこからともなくヒトが歩いて来る音が聞こえた。
振り返ると、小さなヒト影と大きなヒト影がこちらに近寄って来るのが分かった。そのヒト影は徐々に輪郭がはっきりと視認出来、それが少年と青年であるのが分かった。
二人揃って身なりはボロボロで、更によく見れば少年には右腕が無く、もう片方の手は青年と手を繋いでおり、どちらも目に生気が感じ取れず、どちらも不死族である事に気付いた。
青年はわたしに近づき、わたしに話し掛けてきた。
「…ひとを…ヒトを捜しています。」
「…あっそうですか?」
第一声は脈絡がなく、一体青年が何を言っているのかわたしには分からなかった。青年の方もわたしが話に着いていけていない事に気付き、何か考え込んだ素振りを見せてから再度わたしに話し掛けてきた。
「ヒトを…捜しているのですが、それが誰か…分からなくて。ですから、わたしとどうか話をしてもらえませんか?」
「えっ?…あっ、はぁ。」
やはり言っている意味が分からず、結局わたしはその青年と話をする事となった。
詳しく聞くと、二人には記憶が無く自分の事も、互いの事も分からず行く当てもなく彷徨っていたのだと言う。不死族ではそういった記憶の欠落は珍しくないが、どうやら二人は少しだけだが記憶が戻ってきているらしい。
そうして記憶が戻って行く中で、二人が衝動的に『誰かに会いたい』という気持ちが湧き上がり、こうして二人一緒に旅をしてその会いたいヒトを捜しているのだとか。
「おれら…は、話をしていて、記憶が戻って来た。だから他にもヒトと話をして、刺激をもらえば記憶が戻るかもしれない。」
自分らの探しビトが誰か、それを知る為に記憶を取り戻したい、それでわたしという他者と話をして記憶が戻る可能性に掛けているのだとか。話を聞けば納得はしたが、上手くいくかはわたしにも、そして彼らにも正直分からないだろう。
「その…捜しているヒトに関して、何か覚えてることはあるのかな?」
わたしの質問に二人は黙ったままでいたが、少しして青年が口を開いた。
「…そのヒトは、よく…木に登り…落ちて、登って、落ちてを…繰り返していた。」
「えぇっ!?それでそのヒト、大丈夫だったの!?」
「あぁ…そのヒトは、『とっくん』…だと言って、決して血も流していないし、骨も折っていなかった…はず。」
淡々と話しているが、内容はそんな淡泊なものではない。わたしは二人の捜しビトが何者なのか気になってきた。
「そのヒト、骨というか体が鋼鉄か何かで出来ているの…かな?」
「…そうかもしれない。」
今までの青年の話し方よりも断然声色がはっきりしていた気がした。
とりあえず、二人というか、青年の案に賛同しつつ、わたしの方からも色々と話をしていく事にした。
「わたしが墓守を始めたのは、先輩墓守と出逢った事が切っ掛けで、わたしが不死族として意識を取り戻してからなんだよね。
そもそもわたしも自分が不死族になる前の記憶ってのは無くて、だから目覚めてからはあっちこっちふらふらしてたんだよね。あっ!っと言っても、まち中じゃないから!森とか人気が無い場所を何も考えずにうろついてたの。
そこへ先輩墓守と偶然会って、そして先輩から色々と教わって、今に至るの。」
昔の不死族がどうだったかはよく知らないが、今の不死族は色々と制度が出来上がっており、ある程度の読み書きを教わったり職を探してもらったりと至れり尽くせるだ。
何よりもぶっきらぼうでも甲斐甲斐しくも世話を焼いてくれた先輩のおかげで、こうして不死族でも仕事に就いてそれなりに充実な生活を送っていられる。
「夢…って言う程では無いけど、わたしも先輩みたいに誰かを、不死族の仲間を助けられたら良いなって思ってる。
二人はどうかな?何か夢とか、やりたい事とか」
そこまで言ってわたしは二人に記憶が無い事を思い出し、失言をしたと後悔したが、わたしの話を聞いていた二人の様子が変わった。
少年の方は最初に会った時から変わらず黙ったままだったが、青年の方は何かを呟いているのが聞こえた。
「ゆめ…夢。おれ…おれらの夢、は。…いつか、三人一緒に…外に、旅に…出たい。」
見開いた目で遠くにある景色を見るような、不死族特有の光の無い目に光が戻った様な、そんな様子をわたしは一瞬だけ目にした。
しかし青年の様子は直ぐに戻り、わたしに向き直ると頭を下げた。
「ありがとう。…少し、だけ。思い出せた…ような気がする。」
青年は最初に会った時から変わらない、曇った目をして礼を言い、少年は相変わらず黙ったままだったが、わたしに向かって青年と同じように頭を下げた。
「…そうですか。」
わたしはそれ以上、何も二人には言わなかった。
そして二人はヒト捜しに戻ると言い、わたしに向かって手を差し出した。互いに冷たく生気にない手を握り合い、そして旅立つ二人の背を見送った。
「そういえば。二人はよく似ていたから、もしかして兄弟か親子だったのかな?今更だけど。」
そんな独り言を呟きながら、今日の見回りをする為に
墓守シ人喜譚 humiya。 @yukimanjuu
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