第6話 厄介な天敵

 墓守として墓石磨きは基本作業であり、日々欠かさずにやるべき大事な事です。

 墓場とは基本的に野外にある物で、建物の中にある場合もありますが、それでも墓石の掃除は欠かせません。何せヒト様がその下で眠っているのですから、やはり寝床は綺麗であってほしいです。

 しかし、そんな大事な場所を汚していく輩は突然現れます。


「あぁ!またやられた!」


 日課である見回りと共に汚れた箇所を磨こうと、墓場の敷地内の端から見ていた所、一つの墓石に被害が及んでいました。


「またここに入り込んできたなぁ!今度こそ見つけ出してしょっぴいてやんないと!」


 見つけた墓石の下の箇所、そこが濡れた様になっており、臭いを嗅げば嫌でもわかるその不快さ。そして耳をすませば聞こえて来るあの四足の足音、そして耳に響くあの声。


「こらぁ!野良犬の立ち入りは禁止ですよ!」


 今日も今日とて現れたどこぞの野良犬は、墓石に対して小用をすると、まるでわたしを嘲笑うかの様にしてわたしからそう離れていない距離をうろついていた。少し歩けばすぐに触れられる距離だが、油断は出来ない。

 わたしは問答無用で犬に向かって跳びかかった。しかし犬はわたしの奇襲を物ともせず、難なく躱して墓場の奥へと走って行ってしまった。

 ちなみにわたしは犬に躱され、勢いのままに犬の向こう側にあった墓石に頭をぶつけてしまった。


「いっつぅ…って、わたし達不死族には痛覚は無いんでした。」


 生前の名残か、思わず無い痛みを感じて頭を押さえていましたが、気を取り直して逃げ去った犬を追いかけました。しかし犬の足はやはり速く、わたしではとても追いつけそうになかった。

 墓場の平穏の為にわたしは戦っているのに、ここでまた負けを認めざる負えないのだろうか?


「おいおい嬢ちゃん。ごんなどごろで落ぢ込んで、水臭いぜ?」


 すると誰かがわたしの肩に手を置き、語り掛けてきた。


「ごごは俺らの居住区みだいなもんだぜ?」

「だっだら私らも一緒に戦っでやるよ!」


 墓場で眠る屍体達が起き上がり、共に犬を追いかけると言って来た。それにわたしはいたく感動し、立ち上がって彼らと共に犬の元へと向かいます。

 しかし、事はそう簡単にはいきません。

 屍体達も犬の方へと駆け寄るが、それよりも早く犬は察知しそしてわたし達が追いつくよりも速く走り去ってしまった。そこでわたしはある事を思い出した。

 それは犬の嗅覚だ。犬の臭いを嗅ぎ取る能力がヒトよりも何倍も高いのは有名だが、そこで不死族である屍体特有のの『体臭』とくれば、結果は一目瞭然だ。

 どんなに離れていても臭いを嗅ぎ取る犬に、腐食により常に匂いを漂わせる屍体が近付けば、いち早く接近を気付かれて逃げられるのは当然。しかも屍体達は体のあちこちが腐食しガタがきている為足が遅い。とてもじゃないが追いかけっこにおいて屍体は圧倒的に不利だ。

 いや、しかしまだ勝ち筋はある!先程犬が逃げて行った先、そこにはあるヒトが眠る墓がある。

 見れば丁度タイミング良くそのヒトが墓から起き上がっていた。何か騒がしい外を見て、まだ状況が分からずにいるがそこにそのヒトが立っていればおのずと犬がそのヒトを見る。そのヒトはまさに犬にとって目が離せない存在のはず。


「んあっ?何だ…ってうわぁ!?なんだぁ!?ヒトにいきなり噛みつきやがって!」


 思った通りに犬は全身の肉が腐り落ち、その下の骨が剥き出しになった白骨屍体である彼に目掛けて走った。まるでおやつが目の前にあるかのようにして犬は夢中になっていた。

 白骨屍体の彼は何が起こったのかまだ理解しきれず、いきなり跳びかかって来た犬に本当されてうろていていた。わたし達はその隙を狙って骨に夢中になっている犬に再び跳びかかった。…が、後一歩で逃げられた。


「あいつ!骨の味が好みじゃないからって唾を吐き捨てやがった!」

「思ってたよりも偏食だ!あの犬!」


 どうやら白骨屍体の骨が気に入らなかったのか、直ぐに口を離してまたどこかへと走って行ってしまったのだ。ちなみに犬に噛みつかれた白骨屍体のヒトは、突然犬に唾を吐きつけられてすっかり落ち込んでいた。


 結局またしても犬を捕らえる事が出来ず、そのまま犬を見失ってしまい、今回もわたし達は惨敗した。


「むきぃ!今度墓場に足を踏み入れたら、絶対にとっちめてやる!」


 わたしは悔しさのあまり地団駄を踏み、次の機会があればと決意を新たにした。


「しかし。あの犬またここに入り込んで来たなぁ。やっぱ、相当墓守ちゃんが気に入ったんだな。」

「そうだねぇ。犬からして見れば、ただ単に遊んでもらったみたいなもんだろうねぇ。」

「でも、それにしちゃあ墓守ちゃんはえらく荒立ててるなぁ。」

「そりゃああれだよ。墓守ちゃん、犬が嫌いなんだと。」

「あぁ…それは、どっちにしても残念な事だ。」


 屍体達の声を潜めた会話を気にせず、わたしは犬が去っていった方向に向かってまだ誰にも届かない怒りをぶつけていた。

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